あれから、色々ありました。
人間、日々勉強なんですね。
特に大人な年齢の私といたしましては。。

使用してるマックのハードディスクが破損し、
しばらくアメーバにアクセスできませんでした。
IDとパスワードをどこにも記して居なかったので、、、。

いつの間にか読者さんも増え、
すぐにお返事を書けなかった事を申し訳なく思い、
でもやっぱりコンスタントにブログを更新する
タイプでは無いようで、、、済みません。
最近は外国人友達ともオンラインでつながれる
Facebookが快適でついついそちらで浮気しております。
chinatsu katsumi shimizuの名で登録してますので、
お友達申請大歓迎です。
得意の趣味とする食道楽はそちらでアップしております。

あ、ちなみにTwitterは今でもアクセス不能です。

最近はミラノの食事情も激しく近代化しており
マクドナルドは撤退しつつあるものの
若者の食文化はアメリカ人よりひどいのでは??
と思うような状態ですが、一時期流行した日本食も
ヨーロッパに入る日本調味料の価格の高騰化により
多分ですが、末端のレストランは淘汰されていくのでは
と推測する今、生き延びるための「他には無い何か」
を考える事に日々を費やしております。

日々、料理人と接する事で実感した事は
今の若者料理人は絶対的な食に対する経験が無いという事。
幸いに、彼らの母親が日々、苦心した手料理を食べていれば
味覚のバリエーションもある程度備わっているのですが
そうでない場合、手料理なくせしてレトルトのような
味のものしか作れないという、私の感覚からすれば
あり得ない事態が普通に起こっているのです。
まずは本人が食べた事も無い様なものは
よっぽどイマジネーションがある人ならともかく、
実現不可能、料理の味が整わないとき
彼らたちが何をするかと言えば、
また何かしらの調味料を足すのです。
そして判別不可能なうまくもない怪物的な料理が出来上がる。
「味を引く」という事がわからない。
相乗効果で素材の味をお互い殺しまくってる。
もしくは流行の素材を自分の中でこなせていないのに
見た目の奇抜さで素材の組み合わせをし、
自分が食べた事のない味だから革新的と思い込み(多分)
平気でお客様に出す。

「あなたの実験のために私はお金を払って食べに来てる
訳じゃないのよね」的な店が殆ど。

時代は変わった。私の味覚は間違ってる?と思う事も
あるけれど、食材の魅力を存分に引き出された料理を
まずいと思う人は居ないはず。
基本を知らずして応用は出来ない。

それをどのようにして若手に伝えていくか、、
目下の課題であり、私のプライベートな時間に
どのレストランで食事をしたいか、数少ないリストを
順番にぐるぐるするしか無い今の状況が少しでも
変わる様に何か出来ればと考えたりしています。

まあ、そんな感じでエンドレス。。