25 | ル・プチ・プランス 翻訳『星の王子さま』

ル・プチ・プランス 翻訳『星の王子さま』

当ブログで掲載されている翻訳は、こども向けにわかりやすいように、原文をもとに新たに翻訳したものです。物語の語り手の口調は、子どもに視点を合わせているため、フランクなものとなっていますが、資料を基に検証を重ね、あくまで原文に忠実に訳しています。

「にんげんは特急列車にのりこむけど、自分たちが、なにをさがしているのか、わからなくなってしまっているんだ。だから、じたばたして、同じところをぐるぐるまわってる……」

 プチ・プランスは、つづけるようにつぶやいた。

「べつにそんなことしなくてもいいのにね……」

 ぼくたちがたどりついた井戸は、このアフリカのサハラ砂漠でよく見かける井戸とはちがっていた。サハラ砂漠の井戸は砂をほってつくった、とってもシンプルなものなんだ。でもこの井戸は、村で見かける井戸みたいだった。だけど、ここに村なんてあるはずがないし、ぼくは夢でもみているきぶんだったよ。

「なんかへんだよ。ぜんぶそろってる、桶にロープに、それをくみあげる滑車(ロープなどをかけて、小さな力を大きな力に変えたり、力の方向を変えたりする装置)まで……」

 ぼくがそう言うと、プチ・プランスはわらいながら、滑車を動かしはじめた。


 滑車はぎしぎしと音をたてた。それはまるでずっと風がふいてなかった、風見鶏(風の方向を知らせる道具)が動きだしたかのような音だった。

「ねえ、聞こえるかい。ぼくたちは、この井戸をおこしてあげたんだよ、ほら井戸が歌っているよ……」

 ぼくは、かれにむりをしてほしくなかった。

「ぼくがかわるよ、きみには重すぎるから」

 ぼくは、ゆっくりと、桶を井戸のふちのところまで引きあげて、落ちないようにちゃんとまっすぐ置いた。ぼくの耳には、まだ、滑車の歌ごえが聞こえていて、ゆれている井戸の水のうえには、太陽がゆれてうつりこんでいた。

「そう、この水が飲みたかったんだ。さあ、ぼくに飲ませて……」

 そこでぼくは、プチ・プランスが、ほんとうはなにをさがしていたのかわかったんだ!

 ぼくは、かれのくちびるまで桶をもっていってあげた。かれは目をとじて水を飲んだ。それは、なんだかお祝いごとのように、やさしくてここちよかった。この水は、ただの水にはおもえなかった。
 この水は、星空の下を歩いて、滑車が歌って、ぼくの腕が持ち上げたから、いまここにあるんだ。それは心があたたまる贈り物だよ。
 おもいだした、ぼくがまだ小さいおとこのこだったころ、飾りつけされたクリスマスツリー、真夜中のミサの音楽、みんなのやさしくわらった顔、それがぜんぶあわさって、ぼくにとっての、きらきらかがやくクリスマスの贈り物だったんだ。

「きみのいる、この地球のひとたちは、ひとつの庭に、五千本のバラを育てたりしているけど……それでも、なにをさがしているのか見つからないんだ……」

「うん、見つからないね……」

「でもね、みんながさがしているものは、ひとつのバラや、ほんのちょっとの水からでも、見つけることができるかもしれないのに……」

「ああ、そのとおりだよ」

「だけど、目ではなにも見えないんだ。それは、心でさがさないと、見つけるこはできないよ」

 ぼくは水を飲んで、大きく息をすった。朝日の砂は、まるでハチミツのような色をしていた。ぼくは、このハチミツ色に幸せをかんじていた。それなのに、なんでぼくはこんな悲しいきもちになるんだろう……。

「ねえ、約束を守ってほしいんだ」

 プチ・プランスはぼくの隣に座ると、ゆっくりと話しかけてきた。

「約束?」

「ほら、あれだよ……ぼくのひつじのための口輪だよ……ぼくはちゃんとせきにんをもって、あの花のめんどうみてあげないと!」

 ぼくはポケットから、下書きの絵をいろいろとりだした。プチ・プランスはそれを見て、おもしろそうにわらった。

「きみのバオバブの木はまるでキャベツだね……」

「えっ!」

 ぼくは、バオバブの木には自信があったのに!

「ほら、きみの描いたキツネ……耳がなんか、角みたい……これ、長すぎるよ!」

 そう言って、プチ・プランスはまたわらった。

「それはあんまりだよ、ぼくは中が見えるボアと、中が見えないボアの絵しか描いたことがないんだから!」

「うんわかってる! これでだいじょうぶだよ。こどもたちはわかってるから」

 こうして、ぼくは口輪を描いてあげた。かれにその絵をわたすとき、なんだかとっても心がいたかった。

「ねえ、なにかぼくにかくしごとしてないよね? ぼくに教えていない計画があるの?」

 プチ・プランスはそれにはこたえてくれなかった。

「ねえ知ってるかい、ぼくが地球におちてきてから……明日がその記念日なんだ」

 それから、しばらくだまっていると、かれはつづけて言った。

「ぼくは、ここから近いところにおちてきたんだ」

 かれはそう言って、顔を赤くした。そこで、なんでかわからないけど、またぼくは不安をかんじた。だけど、こんな質問が頭にうかんできた。

「それじゃ、きみと出会ったのはぐうぜんじゃなかったんだね、あの八日前の朝、きみがこの、ひとがすんでいるところから千マイルもはなれたところで、ひとりで歩いていたことだよ! きみは、おちてきたところへもどろうとしていたの?」

 プチ・プランスは、また顔を赤くした。そこで、ぼくはちょっととまどいながらきいてみた。

「もしかして、記念日だったから……?」

 プチ・プランスは、またまた顔を赤くした。かれはいつだって、質問にはこたえてくれない。でも赤くなるってことは、「うん」ってことだ。みんなもそうおもうよね?

「ねえ! なんだか、不安なんだ……」

 ぼくの言葉に、プチ・プランスはこう言ってくれた。

「きみはもう、仕事にもどらないとね。あの飛行機のところにもどらないと。ぼくはここでまっているよ。あしたの夜、またここにもどってきて……」

 ぼくはまだ不安だった。そこで、ぼくはキツネの言っていたことをおもいだした。飼いならされると、ちょっと泣きたくなってしまうことを……。