「にんげんは特急列車にのりこむけど、自分たちが、なにをさがしているのか、わからなくなってしまっているんだ。だから、じたばたして、同じところをぐるぐるまわってる……」
プチ・プランスは、つづけるようにつぶやいた。
「べつにそんなことしなくてもいいのにね……」
ぼくたちがたどりついた井戸は、このアフリカのサハラ砂漠でよく見かける井戸とはちがっていた。サハラ砂漠の井戸は砂をほってつくった、とってもシンプルなものなんだ。でもこの井戸は、村で見かける井戸みたいだった。だけど、ここに村なんてあるはずがないし、ぼくは夢でもみているきぶんだったよ。
「なんかへんだよ。ぜんぶそろってる、桶にロープに、それをくみあげる滑車(ロープなどをかけて、小さな力を大きな力に変えたり、力の方向を変えたりする装置)まで……」
ぼくがそう言うと、プチ・プランスはわらいながら、滑車を動かしはじめた。
滑車はぎしぎしと音をたてた。それはまるでずっと風がふいてなかった、風見鶏(風の方向を知らせる道具)が動きだしたかのような音だった。
「ねえ、聞こえるかい。ぼくたちは、この井戸をおこしてあげたんだよ、ほら井戸が歌っているよ……」
ぼくは、かれにむりをしてほしくなかった。
「ぼくがかわるよ、きみには重すぎるから」
ぼくは、ゆっくりと、桶を井戸のふちのところまで引きあげて、落ちないようにちゃんとまっすぐ置いた。ぼくの耳には、まだ、滑車の歌ごえが聞こえていて、ゆれている井戸の水のうえには、太陽がゆれてうつりこんでいた。
「そう、この水が飲みたかったんだ。さあ、ぼくに飲ませて……」
そこでぼくは、プチ・プランスが、ほんとうはなにをさがしていたのかわかったんだ!
ぼくは、かれのくちびるまで桶をもっていってあげた。かれは目をとじて水を飲んだ。それは、なんだかお祝いごとのように、やさしくてここちよかった。この水は、ただの水にはおもえなかった。
この水は、星空の下を歩いて、滑車が歌って、ぼくの腕が持ち上げたから、いまここにあるんだ。それは心があたたまる贈り物だよ。
おもいだした、ぼくがまだ小さいおとこのこだったころ、飾りつけされたクリスマスツリー、真夜中のミサの音楽、みんなのやさしくわらった顔、それがぜんぶあわさって、ぼくにとっての、きらきらかがやくクリスマスの贈り物だったんだ。
「きみのいる、この地球のひとたちは、ひとつの庭に、五千本のバラを育てたりしているけど……それでも、なにをさがしているのか見つからないんだ……」
「うん、見つからないね……」
「でもね、みんながさがしているものは、ひとつのバラや、ほんのちょっとの水からでも、見つけることができるかもしれないのに……」
「ああ、そのとおりだよ」
「だけど、目ではなにも見えないんだ。それは、心でさがさないと、見つけるこはできないよ」
ぼくは水を飲んで、大きく息をすった。朝日の砂は、まるでハチミツのような色をしていた。ぼくは、このハチミツ色に幸せをかんじていた。それなのに、なんでぼくはこんな悲しいきもちになるんだろう……。
「ねえ、約束を守ってほしいんだ」
プチ・プランスはぼくの隣に座ると、ゆっくりと話しかけてきた。
「約束?」
「ほら、あれだよ……ぼくのひつじのための口輪だよ……ぼくはちゃんとせきにんをもって、あの花のめんどうみてあげないと!」
ぼくはポケットから、下書きの絵をいろいろとりだした。プチ・プランスはそれを見て、おもしろそうにわらった。
「きみのバオバブの木はまるでキャベツだね……」
「えっ!」
ぼくは、バオバブの木には自信があったのに!
「ほら、きみの描いたキツネ……耳がなんか、角みたい……これ、長すぎるよ!」
そう言って、プチ・プランスはまたわらった。
「それはあんまりだよ、ぼくは中が見えるボアと、中が見えないボアの絵しか描いたことがないんだから!」
「うんわかってる! これでだいじょうぶだよ。こどもたちはわかってるから」
こうして、ぼくは口輪を描いてあげた。かれにその絵をわたすとき、なんだかとっても心がいたかった。
「ねえ、なにかぼくにかくしごとしてないよね? ぼくに教えていない計画があるの?」
プチ・プランスはそれにはこたえてくれなかった。
「ねえ知ってるかい、ぼくが地球におちてきてから……明日がその記念日なんだ」
それから、しばらくだまっていると、かれはつづけて言った。
「ぼくは、ここから近いところにおちてきたんだ」
かれはそう言って、顔を赤くした。そこで、なんでかわからないけど、またぼくは不安をかんじた。だけど、こんな質問が頭にうかんできた。
「それじゃ、きみと出会ったのはぐうぜんじゃなかったんだね、あの八日前の朝、きみがこの、ひとがすんでいるところから千マイルもはなれたところで、ひとりで歩いていたことだよ! きみは、おちてきたところへもどろうとしていたの?」
プチ・プランスは、また顔を赤くした。そこで、ぼくはちょっととまどいながらきいてみた。
「もしかして、記念日だったから……?」
プチ・プランスは、またまた顔を赤くした。かれはいつだって、質問にはこたえてくれない。でも赤くなるってことは、「うん」ってことだ。みんなもそうおもうよね?
「ねえ! なんだか、不安なんだ……」
ぼくの言葉に、プチ・プランスはこう言ってくれた。
「きみはもう、仕事にもどらないとね。あの飛行機のところにもどらないと。ぼくはここでまっているよ。あしたの夜、またここにもどってきて……」
ぼくはまだ不安だった。そこで、ぼくはキツネの言っていたことをおもいだした。飼いならされると、ちょっと泣きたくなってしまうことを……。