「ル・プチ・プランス」は、一九四三年、フランス人のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリによって書かれた児童小説です。かれのこのすばらしい物語は、世界各国で翻訳され、読まれつづけている名作です。
日本でも、数多くの翻訳家によって訳され、読者に愛され、親しまれてきました。
ただ、私が残念に感じたのは、多くの翻訳が、おとな向けの複雑な訳になってしまっていることでした。私自身も、この「ル・プチ・プランス」を小学生の頃に日本語の訳で読みました。親が買ってくれて本棚にしまってあったのを、ふと手にとって読んだけど、用語も難しく、いまいち内容が伝わってこなかったのをおぼえています。
たしかに、「ル・プチ・プランス」は、比喩的な表現を用いて、当時の時代背景を表していたり、作者自身の心境が投影させていたりもします。それが多少なりとも物語を難関にしている部分はあるかと思います。おとなたちへの、または社会に対しての警告を鳴らしているのかもしれません。ですが、冒頭のレオン・ヴェルトへの献辞でも書いてある通り、そして原文を読むと、これはこどもたちに向けて書いたのだと、しみじみと伝わってくる、とっても素朴で人間味にあふれた物語です。
作者は終始こどもたちの目線でかれらと会話をするかのように物語を語っています。こどもたちに、おとなたちはどうしようもないけど、許してあげて、そしてどうか、「みんなは、真実を見えないおとなにはならないでほしい」、そんな願いが、この「ル・プチ・プランス」には込められていると感じました。
その想いから、私はこの本を翻訳するにあたり、できるかぎり、やさしい訳をめざしました。原文のように、こどもたちが読んでもちゃんと理解できるような「ル・プチ・プランス」にしたかったのです。
そのためには、難しい単語をどう訳すかも大切ですが、原文を読み解いて、作者が本当に伝えたかったことが変わらないように気をつけることも忘れてはなりませんでした。
私自身、自分の訳が完全に合っているかどうかはわかりません。たぶん原文と翻訳を完全に一致させることは不可能でしょう。それほど、言葉の壁というのは高いものだと痛感しています。
私にとって、フランス語は母国語に近いので、頭では自然に理解できても、いざ日本語で再構成となると、勝手が違ってきます。なので、一字一句、作者と会話をするように翻訳に挑みました。
「サンテックス(作者の愛称)、ここはあなたはほんとうはなんて伝えたかったの? フランス人のあなたなら、きっとこういう気持ちだったのかな……」
翻訳を終えた今、叶わないとわかっていても、作者本人と話してみたい気持ちでいっぱいです。
題名も、日本人には親しまれた、「星の王子さま」にしなかったのには理由があります。それは、原名の「ル・プチ・プランス」にはさまざまな意味合いがあるため、それを表す適切な表現が、私のなかで見つからなかったのと、プチ・プランスに「さま」とつけるのは、私なりに抵抗があったためです。
つまらないこだわりかもしれませんが、「さま」とつけると、プチ・プランスがどこか遠い存在に感じてしまいます。そして、もうひとつ理由があります、「プチ・プランス」のほんとうの意味は、この本を読んだ読者のみなさん、ひとりひとりの心のなかにあるものだと信じて、あえて原名もそのままにしました。
あらためて翻訳をしてみて、この本は多くのことを私に気づかせてくれました。いや、忘れてしまっていたことを思い出させてくれたのかもしれません。
この、「心を潤す」すばらしい贈り物を、後生に残してしてくれたサン=テグジュペリに、敬意と感謝の気持ちを表したいと思います。
そしてなによりも、この本を訳すのは、私が九歳から二十歳までの十一年間を過ごし、育ててくれた、フランスへの恩返しだと思っています。
当ブログを通じ、私の訳が、こどもたちをはじめ、少しでも多くの方々に作者が本当に伝えたかったメッセージとして、伝わってくれることを願っています。
翻訳者 cielazur06
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著作権について
サン=テグジェペリの作品の著作権は、岩波書店の計算によれば2005年中に消滅しています。
原作の文章や、星の王子さまのイラストを無断使用することは法律違反ではありません。しかし翻訳には著作権が存在し、許諾を得ないで無断で利用すれば、著作権侵害となりますのでご注意ください。
当ブログの翻訳につきましては、個人やご家庭内での使用に限りまして、ご自由に使っていただいて大丈夫です。
また、当初は小学生向けに翻訳していたものですので、一部の漢字をあえてひらがなにしてあったりと、大人からすると読みづらい箇所があることをお詫び申し上げます。
あれから、もう六年がたった……。ぼくはこの話を、まだだれにもしたことがなかった。
ぼくのなかまたちは、ぼくが無事に帰ってきたのを見て、よろんでくれた。ぼくは悲しかったんだけど、かれらには、「つかれているだけだよ……」とごまかした。
いまは、すこしだけなぐさめられたのかな。でも……やっぱり、まだまだだよ。
だけどね、ぼくは、かれが自分の星に帰ったと思ってるんだ。だって、六年前の、あの日のつぎの朝、かれのからだは、どこかにきえてなくなっていたんだ。かれのからだは、そんなに重たくなかったしね……。
ぼくは夜に、星たちの音をきくのが好きだよ。だって、そこにはかれがくれた五億の鈴がなっているから……。
でもあれから、たいへんなことを忘れていたことに気づいたんだ。
ぼくがプチ・プランスに描いてあげた口輪があったよね。ぼくはそれに、革のベルトをつけてあげるのを忘れちゃったんだ! それがないと、口輪をひつじにつけれないんだよ。
だからおもうんだ。
「星でなにがおこったのかな? もしかしたらひつじが花を食べちゃったかも……」
でも、こうもおもったりする。
「いや、ぜったいにだいじょうぶ! だって、プチ・プランスは自分の花に、毎晩ちゃんとガラスのかぶせものをしてあげてるし、ひつじのことだってちゃんと見張っているはずさ……」
そうやっておもっていると、ぼくは幸せなきもちになる。すべての星たちが、ぼくにやさしくわらってくれる。
だけど、こうもおもうときだってあるんだ。
「ひとはだれでも、うっかりしているときだってあるから、そしたらさいご! もしかしたら、かれがある夜、ガラスのかぶせものを忘れちゃったとか、ひつじが音を立てずにぬけだしちゃったとか……」そうおもうと、夜空の鈴たちは、みんな泣きはじめちゃうんだ……!
でもさ、それってとってもふしぎだと思わない? みんなプチ・プランスのことが好きだよね。ぼくもそうさ。
そんなぼくたちにとって、ぼくたちの知らない、ある一匹のひつじが、バラの花を食べてしまったかどうかで、この世界の見えかたが変わってしまうなんてさ……。
ほら、みんなも空を見あげてごらん。そしたら、自分のなかで、こう思ってみて。
「ひつじはバラを食べてしまったの? それとも食べなかったの?」
いままでのことが、ぜんぶちがって見えるはずだよ……。
もちろん、おとなはだれも、それがどんなにたいせつなことかは、ぜったいわからないけどね!
これはぼくにとって、世界でいちばんうつくしくて、世界でいちばんかなしい景色だよ。
この絵は、まえのページに描いたのと同じものだけど、みんなによく見てもらいたくて、もう一度描いてみた。
ここで、プチ・プランスは地球にすがたをあらわして、そしていなくなったんだ。
この景色をよく見て、そして、みんなにおぼえておいてほしいんだ。もしいつか、みんながアフリカの砂漠を旅することがあったら、ちゃんと思いだしてくれるようにね。
それで、もしここを通りかかるようなことがあれば、おねがいだから急がずに、星の下でちょっとだけ待ってみて!
そこで、もしひとりのおとこのこがちかよってきて、わらっていて、黄金色の髪をしていて、もしこっちが質問してもなにもこたえなかったら、そう、みんなもう、かれがだれだかわかるよね。
そしたら、ぼくのことを気にかけて! ぼくをそんな悲しいままにしないで、すぐに手紙を送って。かれがもどってきたよってね……。
ぼくのなかまたちは、ぼくが無事に帰ってきたのを見て、よろんでくれた。ぼくは悲しかったんだけど、かれらには、「つかれているだけだよ……」とごまかした。
いまは、すこしだけなぐさめられたのかな。でも……やっぱり、まだまだだよ。
だけどね、ぼくは、かれが自分の星に帰ったと思ってるんだ。だって、六年前の、あの日のつぎの朝、かれのからだは、どこかにきえてなくなっていたんだ。かれのからだは、そんなに重たくなかったしね……。
ぼくは夜に、星たちの音をきくのが好きだよ。だって、そこにはかれがくれた五億の鈴がなっているから……。
でもあれから、たいへんなことを忘れていたことに気づいたんだ。
ぼくがプチ・プランスに描いてあげた口輪があったよね。ぼくはそれに、革のベルトをつけてあげるのを忘れちゃったんだ! それがないと、口輪をひつじにつけれないんだよ。
だからおもうんだ。
「星でなにがおこったのかな? もしかしたらひつじが花を食べちゃったかも……」
でも、こうもおもったりする。
「いや、ぜったいにだいじょうぶ! だって、プチ・プランスは自分の花に、毎晩ちゃんとガラスのかぶせものをしてあげてるし、ひつじのことだってちゃんと見張っているはずさ……」
そうやっておもっていると、ぼくは幸せなきもちになる。すべての星たちが、ぼくにやさしくわらってくれる。
だけど、こうもおもうときだってあるんだ。
「ひとはだれでも、うっかりしているときだってあるから、そしたらさいご! もしかしたら、かれがある夜、ガラスのかぶせものを忘れちゃったとか、ひつじが音を立てずにぬけだしちゃったとか……」そうおもうと、夜空の鈴たちは、みんな泣きはじめちゃうんだ……!
でもさ、それってとってもふしぎだと思わない? みんなプチ・プランスのことが好きだよね。ぼくもそうさ。
そんなぼくたちにとって、ぼくたちの知らない、ある一匹のひつじが、バラの花を食べてしまったかどうかで、この世界の見えかたが変わってしまうなんてさ……。
ほら、みんなも空を見あげてごらん。そしたら、自分のなかで、こう思ってみて。
「ひつじはバラを食べてしまったの? それとも食べなかったの?」
いままでのことが、ぜんぶちがって見えるはずだよ……。
もちろん、おとなはだれも、それがどんなにたいせつなことかは、ぜったいわからないけどね!
これはぼくにとって、世界でいちばんうつくしくて、世界でいちばんかなしい景色だよ。
この絵は、まえのページに描いたのと同じものだけど、みんなによく見てもらいたくて、もう一度描いてみた。
ここで、プチ・プランスは地球にすがたをあらわして、そしていなくなったんだ。
この景色をよく見て、そして、みんなにおぼえておいてほしいんだ。もしいつか、みんながアフリカの砂漠を旅することがあったら、ちゃんと思いだしてくれるようにね。
それで、もしここを通りかかるようなことがあれば、おねがいだから急がずに、星の下でちょっとだけ待ってみて!
そこで、もしひとりのおとこのこがちかよってきて、わらっていて、黄金色の髪をしていて、もしこっちが質問してもなにもこたえなかったら、そう、みんなもう、かれがだれだかわかるよね。
そしたら、ぼくのことを気にかけて! ぼくをそんな悲しいままにしないで、すぐに手紙を送って。かれがもどってきたよってね……。
井戸のそばには、石でできた、こわれかけの古い壁があった。
ぼくが、つぎの日の夜、飛行機の修理からもどってくると、壁の上で、足をぶらぶらさせているプチ・プランスを見つけた。すると、かれがだれかと話している声がきこえてきた。
「ねえ、きみはおぼえてないの? それに、ここはあの場所とはちがうよ!」
べつのだれかの声が、かれに返事をしたように思えた。
「いやいや、きょうがあの日だよ! 場所はちがうけどね……」
ぼくは壁にむかって歩きつづけていた。でもかれのほかに、まだだれのすがたも見えないし、声もきこえない。だけどプチ・プランスは、まただれかに返事をするかのように言った。
「……わかったよ。きみは、砂の上にできたぼくの足あとでその場所がわかるはずさ。きみはそこでまっていてくれたらいいよ。きょうの夜、ぼくはそこに行くから」
ぼくは、壁まで二十メートルのところまできていたけど、まだなにもよく見えなかった。
しばらくだまってから、プチ・プランスはこう言った。
「きみはよく効く毒をもっているのかい? ぼくをあまり苦しませないって約束できる?」
ぼくは心臓が止まりそうになった。だけど、いったいなんのことを話しているのかわからなかった。
「さあ、もうどっか行ってよ……ぼくは降りたいんだ!」
ぼくはかれの言葉につられて、壁の下に目をむけてみた。そこでおもわずとびあがってしまった! そいつは、プチ・プランスにむかって首をのばしていた。そう、かまれたら三十秒でみんなを死なせてしまう黄色いへびがそこにいたんだ。
ぼくは、自分のポケットからピストルをさがしながらかけだしていた。でも、ぼくのだした音に気づいて、へびはまるで、ホースの水が止まるかのように、ゆっくりと砂の中へとながれこむと、あわてたようすもなく、石の間にすがたをけした。
どうにかまにあったぼくは、雪のようにかおを青白くしたプチ・プランスをだきかかえた。
「ねえ、いまの話はいったいどういうことなんだい! きみはいつから、へびと話をするようになったんだ!」
ぼくはかれがずっとしていた、金色のマフラーをほどいた。こめかみをぬらして、水をのませてあげた。だけど、こわくてなにもきけなかった。かれはぼくをじっと見つめると、ぼくの首にうでをのばした。ぼくはかれの、まるでピストルにうたれて死んでいく、鳥のような心臓の音をかんじていた。
「きみが、きみの飛行機にたりてなかったものを見つけることができてうれしいよ。これできみは自分のところに帰れるね……」
「なんでそれを知ってるのさ!」
ぼくはまさにいま、わずかな望みをかけたおかげで、飛行機がなおったことを、かれに伝えにきたのに!
かれはぼくの質問にはこたてくれなかった。
「ぼくもね、きょう自分のところに帰るんだ……」
そう言ってかれは、さみしそうな顔をした。
「きみが行くところよりはるか遠くだよ……そこに行くのにはとってもむずかしいよ……」
ぼくは、なにかとんでもないことがおきているのに気づいてた。ぼくはかれを、まるで自分のこどものように、だきしめた。だけど、かれがまっすぐ、まっくらな闇の中におちていく気がしてならなかった。ぼくには、それを止められるものがない……。
かれは、まじめな目をして、はるか遠くのほうを見つめていた。
「きみのひつじはここにあるよ。ほら、ひつじのための箱だってある。それにきみの描いてくれた口輪だって……」
かれはさみしそうにわらった。
ぼくは長い間、そのままでいた。すると、かれがすこしずつ温かくなっていくのがわかった。
「きみは怖かったんだね……」
ぼくはそうつぶやいた。そんなの、怖かったに決まってるさ! だけど、かれはほほえんでいた。
「きょうの夜はもっと怖いとおもう……」
ぼくは、からだが氷ついてしまいそうだった。とりかえしがつかない、不安なきもちにおそわれた。それでわかったんだ、もうかれのわらった声がきけなくなるかもしれないって。そのことが、ぼくにはたえられなかった。
かれのわらった顔は、ぼくにとって砂漠の中の泉と同じなんだ。
「ねえ、きみのわらった声がもっとききたいよ……」
「きょうの夜で、まる一年だよ。ぼくの星はね、ぼくが一年前におちてきた場所の真上にあるんだ……」
「ねえ、これは、なんかの悪い夢なんだよね。あのへびとのまちあわせのことや、きみの星のこととか……」
だけど、かれはなにもこたえてくれなかった。
「たいせつはものは、目に見えないんだ……」
「うん、わかってるよ……」
「それは、花と同じだよ。もしきみが、どこかの星にある、ひとつの花を好きになったら、夜の空を見あげると、やさしいきもちになれるよ。ぜんぶの星に花が咲いたように見えるはずさ」
「うん、わかってる……」
「それは、水と同じだよ。きみがくれたあの水はまるで音楽のようだったよ、滑車とロープのおかげで……ねえおぼえてる……おいしかったね」
「ああ、もちろんさ……」
「夜になったら星を見てごらんよ。ぼくの星は小さすぎて、どこにあるか、教えてあげられないけど。そのほうがいいよ。ぼくの星は、きみにとってあの星の中のどれかになるんだ。そうすれば、きみはぜんぶの星を見るのが好きになるから……。星たちはぜんぶきみのともだちだよ。あと、きみにひとつ贈りもの……」
そう言ってかれは、わらってくれた。
「ああ! ぼくは、きみのわらった声が大好きだよ!」
「うん、それがぼくからの贈りものさ……それは水とおなじ……」
「なにが言いたいの?」
「ひとはみんな、それぞれちがった星をもっているんだ。旅をするひとたちにとって、星は道案内をしてくれる。ほかのひとにとっては、星はただの光でしかない。学者たちにとっては、星は悩みの種だね。ぼくの知ってるビジネスマンにとっては、星はお金。それでも、星たちはなにも言わず、ただそこにいるだけだよ。きみは、だれももっていない星を、もてることになるんだ……」
「ねえ、なにが言いたいの?」
「きみが夜に空を見あげたとき、ぼくはどこかの星に住んでいるんだ。ぼくは、このどこかの星のひとつに行くからね。それはきみにとって、ぜんぶの星がわらっているのと同じなんだよ。きみはわらってくれる星をもつことになるんだ!」
そこで、かれはぼくにもう一度わらってくれた。
「きみがそれで心をなぐさめられたら(なぐさめれないことなんて、ないはずさ)、きみはぼくに出会えたことを嬉しくかんじるはず。きみはぼくにとっていつまでも、ともだちだよ。ぼくといっしょにわらいたくなるはずさ。それで、たまに気がむいたときに、窓を開けてみたくなるはず……。きみのほかのともだちは、きみが星をみてわらっているのを見たら、びっくりするだろうね。そしたら、こう言ってあげるといいよ、『そうさ、星はいつだってぼくをわらわせてくれるのさ!』。でもきみは、頭がおかしいと思われちゃうね。ぼくはきみに、悪いいたずらをしちゃったかな……」
かれはまたわらってくれた。
「そうだ、ぼくが星のかわりに、きみにたくさんの、わらってくれる鈴をあげたと思ってくれたらいいよ」
かれはそう言ってわらうと、こんどはまじめな顔をして言った。
「きょうの夜……ねえ……きみはきてはいけないよ」
「ぼくはきみのそばをはなれないよ」
「ぼくは、いたそうにするよ……死んだようにするかもしれないよ。だからね、そんなの見にきてはいけないよ……」
「ぼくはきみの側をはなれない」
だけど、かれは心配してくれていた。
「ぼくがこれを言うのはね……あのヘビのこともあるんだ。あのヘビが、きみをかむかもしれないだろ……ヘビはいじわるだから。気まぐれでかむかもしれない……」
「ぼくはぜったいに、きみのそばをはなれない」
だけど、なにかがかれを安心させたみたい。
「たしかに、二回目にかみつくときは毒は残ってないかもね……」
その夜、ぼくはかれが、その場所へむかったことに気がつかなかった。かれは音もなく、そっとぬけだしたんだ。ぼくがかれを見つけたとき、かれは決心したように、いそぎ足で歩いていた。
「ああ! きてしまったんだね……」
かれはぼくの手をつかむと、つらそうな顔をした。
「きみは間違っているよ。きみはとっても悲しむよ。ぼくが死んだように見えるとおもうけど、それはちがうんだ……」
ぼくはだまっていた。
「ねえ、わかって。そこはあまりにも遠いんだ。ぼくはこの体を運んで行くことはできない。重すぎるんだ」
ぼくはだまっていた。
「それはね、古くなってはがれおちた、木の皮みたいなもんなんだよ。古い木の皮だったら悲しくないでしょ……」
ぼくはだまっていた。
そんなぼくを見て、かれはちょっとあきらめかけた。でもぼくを説得するためにがんばった。
「きみは、とってもやさしいきもちになれるんだよ。ぼくも星を見るよ。ぜんぶの星たちが、ぼくにとっては、古い滑車のついた井戸に見えるのさ。ぜんぶの星たちがぼくに水を飲ませてくれる……」
ぼくはだまっていた。
「それって、とってもたのしいことだよ! きみは五億の鈴をもっていて、ぼくは五億の泉をもっていることになるんだ……」
そこで、かれもだまりこんだ、なぜなら泣いていたから……。
「ここだよ。おねがいだから、ひとりで一歩をふみださせて」
すると、かれは座りこんだ。きっと、怖かったんだ。
「ねえ知ってるかい……ぼくの花のこと……ぼくはちゃんと責任をとらないと! だって、ぼくの花はほんとうにか弱いんだ! それにとっても傷つきやすいんだ。ぼくの花はたった四つのとげしか、世界から身を守るものがないんだ……」
ぼくもかれと同じように、座りこんだ。怖かったからじゃない、もう立っていられなかったんだ。
「うん……これでもうぜんぶ言えたよ……」
かれは、まだちょっとまよっているように見えた。でも、立ちあがると、一歩まえにふみだした。
ぼくは動けなかった。
かれの足首のあたりに、ひとすじの黄色い光のようなものが見えた。かれは、ちょっとの間、そのまま動かなかった。さけんだりもしなかった。そして、まるで木がたおれるかのように、ゆっくりと地面にたおれた。砂のせいで、なにも音はしなかった。
ぼくが、つぎの日の夜、飛行機の修理からもどってくると、壁の上で、足をぶらぶらさせているプチ・プランスを見つけた。すると、かれがだれかと話している声がきこえてきた。
「ねえ、きみはおぼえてないの? それに、ここはあの場所とはちがうよ!」
べつのだれかの声が、かれに返事をしたように思えた。
「いやいや、きょうがあの日だよ! 場所はちがうけどね……」
ぼくは壁にむかって歩きつづけていた。でもかれのほかに、まだだれのすがたも見えないし、声もきこえない。だけどプチ・プランスは、まただれかに返事をするかのように言った。
「……わかったよ。きみは、砂の上にできたぼくの足あとでその場所がわかるはずさ。きみはそこでまっていてくれたらいいよ。きょうの夜、ぼくはそこに行くから」
ぼくは、壁まで二十メートルのところまできていたけど、まだなにもよく見えなかった。
しばらくだまってから、プチ・プランスはこう言った。
「きみはよく効く毒をもっているのかい? ぼくをあまり苦しませないって約束できる?」
ぼくは心臓が止まりそうになった。だけど、いったいなんのことを話しているのかわからなかった。
「さあ、もうどっか行ってよ……ぼくは降りたいんだ!」
ぼくはかれの言葉につられて、壁の下に目をむけてみた。そこでおもわずとびあがってしまった! そいつは、プチ・プランスにむかって首をのばしていた。そう、かまれたら三十秒でみんなを死なせてしまう黄色いへびがそこにいたんだ。
ぼくは、自分のポケットからピストルをさがしながらかけだしていた。でも、ぼくのだした音に気づいて、へびはまるで、ホースの水が止まるかのように、ゆっくりと砂の中へとながれこむと、あわてたようすもなく、石の間にすがたをけした。
どうにかまにあったぼくは、雪のようにかおを青白くしたプチ・プランスをだきかかえた。
「ねえ、いまの話はいったいどういうことなんだい! きみはいつから、へびと話をするようになったんだ!」
ぼくはかれがずっとしていた、金色のマフラーをほどいた。こめかみをぬらして、水をのませてあげた。だけど、こわくてなにもきけなかった。かれはぼくをじっと見つめると、ぼくの首にうでをのばした。ぼくはかれの、まるでピストルにうたれて死んでいく、鳥のような心臓の音をかんじていた。
「きみが、きみの飛行機にたりてなかったものを見つけることができてうれしいよ。これできみは自分のところに帰れるね……」
「なんでそれを知ってるのさ!」
ぼくはまさにいま、わずかな望みをかけたおかげで、飛行機がなおったことを、かれに伝えにきたのに!
かれはぼくの質問にはこたてくれなかった。

「ぼくもね、きょう自分のところに帰るんだ……」
そう言ってかれは、さみしそうな顔をした。
「きみが行くところよりはるか遠くだよ……そこに行くのにはとってもむずかしいよ……」
ぼくは、なにかとんでもないことがおきているのに気づいてた。ぼくはかれを、まるで自分のこどものように、だきしめた。だけど、かれがまっすぐ、まっくらな闇の中におちていく気がしてならなかった。ぼくには、それを止められるものがない……。
かれは、まじめな目をして、はるか遠くのほうを見つめていた。
「きみのひつじはここにあるよ。ほら、ひつじのための箱だってある。それにきみの描いてくれた口輪だって……」
かれはさみしそうにわらった。
ぼくは長い間、そのままでいた。すると、かれがすこしずつ温かくなっていくのがわかった。
「きみは怖かったんだね……」
ぼくはそうつぶやいた。そんなの、怖かったに決まってるさ! だけど、かれはほほえんでいた。
「きょうの夜はもっと怖いとおもう……」
ぼくは、からだが氷ついてしまいそうだった。とりかえしがつかない、不安なきもちにおそわれた。それでわかったんだ、もうかれのわらった声がきけなくなるかもしれないって。そのことが、ぼくにはたえられなかった。
かれのわらった顔は、ぼくにとって砂漠の中の泉と同じなんだ。
「ねえ、きみのわらった声がもっとききたいよ……」
「きょうの夜で、まる一年だよ。ぼくの星はね、ぼくが一年前におちてきた場所の真上にあるんだ……」
「ねえ、これは、なんかの悪い夢なんだよね。あのへびとのまちあわせのことや、きみの星のこととか……」
だけど、かれはなにもこたえてくれなかった。
「たいせつはものは、目に見えないんだ……」
「うん、わかってるよ……」
「それは、花と同じだよ。もしきみが、どこかの星にある、ひとつの花を好きになったら、夜の空を見あげると、やさしいきもちになれるよ。ぜんぶの星に花が咲いたように見えるはずさ」
「うん、わかってる……」
「それは、水と同じだよ。きみがくれたあの水はまるで音楽のようだったよ、滑車とロープのおかげで……ねえおぼえてる……おいしかったね」
「ああ、もちろんさ……」
「夜になったら星を見てごらんよ。ぼくの星は小さすぎて、どこにあるか、教えてあげられないけど。そのほうがいいよ。ぼくの星は、きみにとってあの星の中のどれかになるんだ。そうすれば、きみはぜんぶの星を見るのが好きになるから……。星たちはぜんぶきみのともだちだよ。あと、きみにひとつ贈りもの……」
そう言ってかれは、わらってくれた。
「ああ! ぼくは、きみのわらった声が大好きだよ!」
「うん、それがぼくからの贈りものさ……それは水とおなじ……」
「なにが言いたいの?」
「ひとはみんな、それぞれちがった星をもっているんだ。旅をするひとたちにとって、星は道案内をしてくれる。ほかのひとにとっては、星はただの光でしかない。学者たちにとっては、星は悩みの種だね。ぼくの知ってるビジネスマンにとっては、星はお金。それでも、星たちはなにも言わず、ただそこにいるだけだよ。きみは、だれももっていない星を、もてることになるんだ……」
「ねえ、なにが言いたいの?」
「きみが夜に空を見あげたとき、ぼくはどこかの星に住んでいるんだ。ぼくは、このどこかの星のひとつに行くからね。それはきみにとって、ぜんぶの星がわらっているのと同じなんだよ。きみはわらってくれる星をもつことになるんだ!」
そこで、かれはぼくにもう一度わらってくれた。
「きみがそれで心をなぐさめられたら(なぐさめれないことなんて、ないはずさ)、きみはぼくに出会えたことを嬉しくかんじるはず。きみはぼくにとっていつまでも、ともだちだよ。ぼくといっしょにわらいたくなるはずさ。それで、たまに気がむいたときに、窓を開けてみたくなるはず……。きみのほかのともだちは、きみが星をみてわらっているのを見たら、びっくりするだろうね。そしたら、こう言ってあげるといいよ、『そうさ、星はいつだってぼくをわらわせてくれるのさ!』。でもきみは、頭がおかしいと思われちゃうね。ぼくはきみに、悪いいたずらをしちゃったかな……」
かれはまたわらってくれた。
「そうだ、ぼくが星のかわりに、きみにたくさんの、わらってくれる鈴をあげたと思ってくれたらいいよ」
かれはそう言ってわらうと、こんどはまじめな顔をして言った。
「きょうの夜……ねえ……きみはきてはいけないよ」
「ぼくはきみのそばをはなれないよ」
「ぼくは、いたそうにするよ……死んだようにするかもしれないよ。だからね、そんなの見にきてはいけないよ……」
「ぼくはきみの側をはなれない」
だけど、かれは心配してくれていた。
「ぼくがこれを言うのはね……あのヘビのこともあるんだ。あのヘビが、きみをかむかもしれないだろ……ヘビはいじわるだから。気まぐれでかむかもしれない……」
「ぼくはぜったいに、きみのそばをはなれない」
だけど、なにかがかれを安心させたみたい。
「たしかに、二回目にかみつくときは毒は残ってないかもね……」
その夜、ぼくはかれが、その場所へむかったことに気がつかなかった。かれは音もなく、そっとぬけだしたんだ。ぼくがかれを見つけたとき、かれは決心したように、いそぎ足で歩いていた。
「ああ! きてしまったんだね……」
かれはぼくの手をつかむと、つらそうな顔をした。
「きみは間違っているよ。きみはとっても悲しむよ。ぼくが死んだように見えるとおもうけど、それはちがうんだ……」
ぼくはだまっていた。
「ねえ、わかって。そこはあまりにも遠いんだ。ぼくはこの体を運んで行くことはできない。重すぎるんだ」
ぼくはだまっていた。
「それはね、古くなってはがれおちた、木の皮みたいなもんなんだよ。古い木の皮だったら悲しくないでしょ……」
ぼくはだまっていた。
そんなぼくを見て、かれはちょっとあきらめかけた。でもぼくを説得するためにがんばった。
「きみは、とってもやさしいきもちになれるんだよ。ぼくも星を見るよ。ぜんぶの星たちが、ぼくにとっては、古い滑車のついた井戸に見えるのさ。ぜんぶの星たちがぼくに水を飲ませてくれる……」
ぼくはだまっていた。
「それって、とってもたのしいことだよ! きみは五億の鈴をもっていて、ぼくは五億の泉をもっていることになるんだ……」
そこで、かれもだまりこんだ、なぜなら泣いていたから……。
「ここだよ。おねがいだから、ひとりで一歩をふみださせて」
すると、かれは座りこんだ。きっと、怖かったんだ。

「ねえ知ってるかい……ぼくの花のこと……ぼくはちゃんと責任をとらないと! だって、ぼくの花はほんとうにか弱いんだ! それにとっても傷つきやすいんだ。ぼくの花はたった四つのとげしか、世界から身を守るものがないんだ……」
ぼくもかれと同じように、座りこんだ。怖かったからじゃない、もう立っていられなかったんだ。
「うん……これでもうぜんぶ言えたよ……」
かれは、まだちょっとまよっているように見えた。でも、立ちあがると、一歩まえにふみだした。
ぼくは動けなかった。
かれの足首のあたりに、ひとすじの黄色い光のようなものが見えた。かれは、ちょっとの間、そのまま動かなかった。さけんだりもしなかった。そして、まるで木がたおれるかのように、ゆっくりと地面にたおれた。砂のせいで、なにも音はしなかった。
「にんげんは特急列車にのりこむけど、自分たちが、なにをさがしているのか、わからなくなってしまっているんだ。だから、じたばたして、同じところをぐるぐるまわってる……」
プチ・プランスは、つづけるようにつぶやいた。
「べつにそんなことしなくてもいいのにね……」
ぼくたちがたどりついた井戸は、このアフリカのサハラ砂漠でよく見かける井戸とはちがっていた。サハラ砂漠の井戸は砂をほってつくった、とってもシンプルなものなんだ。でもこの井戸は、村で見かける井戸みたいだった。だけど、ここに村なんてあるはずがないし、ぼくは夢でもみているきぶんだったよ。
「なんかへんだよ。ぜんぶそろってる、桶にロープに、それをくみあげる滑車(ロープなどをかけて、小さな力を大きな力に変えたり、力の方向を変えたりする装置)まで……」
ぼくがそう言うと、プチ・プランスはわらいながら、滑車を動かしはじめた。
滑車はぎしぎしと音をたてた。それはまるでずっと風がふいてなかった、風見鶏(風の方向を知らせる道具)が動きだしたかのような音だった。
「ねえ、聞こえるかい。ぼくたちは、この井戸をおこしてあげたんだよ、ほら井戸が歌っているよ……」
ぼくは、かれにむりをしてほしくなかった。
「ぼくがかわるよ、きみには重すぎるから」
ぼくは、ゆっくりと、桶を井戸のふちのところまで引きあげて、落ちないようにちゃんとまっすぐ置いた。ぼくの耳には、まだ、滑車の歌ごえが聞こえていて、ゆれている井戸の水のうえには、太陽がゆれてうつりこんでいた。
「そう、この水が飲みたかったんだ。さあ、ぼくに飲ませて……」
そこでぼくは、プチ・プランスが、ほんとうはなにをさがしていたのかわかったんだ!
ぼくは、かれのくちびるまで桶をもっていってあげた。かれは目をとじて水を飲んだ。それは、なんだかお祝いごとのように、やさしくてここちよかった。この水は、ただの水にはおもえなかった。
この水は、星空の下を歩いて、滑車が歌って、ぼくの腕が持ち上げたから、いまここにあるんだ。それは心があたたまる贈り物だよ。
おもいだした、ぼくがまだ小さいおとこのこだったころ、飾りつけされたクリスマスツリー、真夜中のミサの音楽、みんなのやさしくわらった顔、それがぜんぶあわさって、ぼくにとっての、きらきらかがやくクリスマスの贈り物だったんだ。
「きみのいる、この地球のひとたちは、ひとつの庭に、五千本のバラを育てたりしているけど……それでも、なにをさがしているのか見つからないんだ……」
「うん、見つからないね……」
「でもね、みんながさがしているものは、ひとつのバラや、ほんのちょっとの水からでも、見つけることができるかもしれないのに……」
「ああ、そのとおりだよ」
「だけど、目ではなにも見えないんだ。それは、心でさがさないと、見つけるこはできないよ」
ぼくは水を飲んで、大きく息をすった。朝日の砂は、まるでハチミツのような色をしていた。ぼくは、このハチミツ色に幸せをかんじていた。それなのに、なんでぼくはこんな悲しいきもちになるんだろう……。
「ねえ、約束を守ってほしいんだ」
プチ・プランスはぼくの隣に座ると、ゆっくりと話しかけてきた。
「約束?」
「ほら、あれだよ……ぼくのひつじのための口輪だよ……ぼくはちゃんとせきにんをもって、あの花のめんどうみてあげないと!」
ぼくはポケットから、下書きの絵をいろいろとりだした。プチ・プランスはそれを見て、おもしろそうにわらった。
「きみのバオバブの木はまるでキャベツだね……」
「えっ!」
ぼくは、バオバブの木には自信があったのに!
「ほら、きみの描いたキツネ……耳がなんか、角みたい……これ、長すぎるよ!」
そう言って、プチ・プランスはまたわらった。
「それはあんまりだよ、ぼくは中が見えるボアと、中が見えないボアの絵しか描いたことがないんだから!」
「うんわかってる! これでだいじょうぶだよ。こどもたちはわかってるから」
こうして、ぼくは口輪を描いてあげた。かれにその絵をわたすとき、なんだかとっても心がいたかった。
「ねえ、なにかぼくにかくしごとしてないよね? ぼくに教えていない計画があるの?」
プチ・プランスはそれにはこたえてくれなかった。
「ねえ知ってるかい、ぼくが地球におちてきてから……明日がその記念日なんだ」
それから、しばらくだまっていると、かれはつづけて言った。
「ぼくは、ここから近いところにおちてきたんだ」
かれはそう言って、顔を赤くした。そこで、なんでかわからないけど、またぼくは不安をかんじた。だけど、こんな質問が頭にうかんできた。
「それじゃ、きみと出会ったのはぐうぜんじゃなかったんだね、あの八日前の朝、きみがこの、ひとがすんでいるところから千マイルもはなれたところで、ひとりで歩いていたことだよ! きみは、おちてきたところへもどろうとしていたの?」
プチ・プランスは、また顔を赤くした。そこで、ぼくはちょっととまどいながらきいてみた。
「もしかして、記念日だったから……?」
プチ・プランスは、またまた顔を赤くした。かれはいつだって、質問にはこたえてくれない。でも赤くなるってことは、「うん」ってことだ。みんなもそうおもうよね?
「ねえ! なんだか、不安なんだ……」
ぼくの言葉に、プチ・プランスはこう言ってくれた。
「きみはもう、仕事にもどらないとね。あの飛行機のところにもどらないと。ぼくはここでまっているよ。あしたの夜、またここにもどってきて……」
ぼくはまだ不安だった。そこで、ぼくはキツネの言っていたことをおもいだした。飼いならされると、ちょっと泣きたくなってしまうことを……。
プチ・プランスは、つづけるようにつぶやいた。
「べつにそんなことしなくてもいいのにね……」
ぼくたちがたどりついた井戸は、このアフリカのサハラ砂漠でよく見かける井戸とはちがっていた。サハラ砂漠の井戸は砂をほってつくった、とってもシンプルなものなんだ。でもこの井戸は、村で見かける井戸みたいだった。だけど、ここに村なんてあるはずがないし、ぼくは夢でもみているきぶんだったよ。
「なんかへんだよ。ぜんぶそろってる、桶にロープに、それをくみあげる滑車(ロープなどをかけて、小さな力を大きな力に変えたり、力の方向を変えたりする装置)まで……」
ぼくがそう言うと、プチ・プランスはわらいながら、滑車を動かしはじめた。
滑車はぎしぎしと音をたてた。それはまるでずっと風がふいてなかった、風見鶏(風の方向を知らせる道具)が動きだしたかのような音だった。
「ねえ、聞こえるかい。ぼくたちは、この井戸をおこしてあげたんだよ、ほら井戸が歌っているよ……」
ぼくは、かれにむりをしてほしくなかった。
「ぼくがかわるよ、きみには重すぎるから」
ぼくは、ゆっくりと、桶を井戸のふちのところまで引きあげて、落ちないようにちゃんとまっすぐ置いた。ぼくの耳には、まだ、滑車の歌ごえが聞こえていて、ゆれている井戸の水のうえには、太陽がゆれてうつりこんでいた。
「そう、この水が飲みたかったんだ。さあ、ぼくに飲ませて……」
そこでぼくは、プチ・プランスが、ほんとうはなにをさがしていたのかわかったんだ!
ぼくは、かれのくちびるまで桶をもっていってあげた。かれは目をとじて水を飲んだ。それは、なんだかお祝いごとのように、やさしくてここちよかった。この水は、ただの水にはおもえなかった。
この水は、星空の下を歩いて、滑車が歌って、ぼくの腕が持ち上げたから、いまここにあるんだ。それは心があたたまる贈り物だよ。
おもいだした、ぼくがまだ小さいおとこのこだったころ、飾りつけされたクリスマスツリー、真夜中のミサの音楽、みんなのやさしくわらった顔、それがぜんぶあわさって、ぼくにとっての、きらきらかがやくクリスマスの贈り物だったんだ。
「きみのいる、この地球のひとたちは、ひとつの庭に、五千本のバラを育てたりしているけど……それでも、なにをさがしているのか見つからないんだ……」
「うん、見つからないね……」
「でもね、みんながさがしているものは、ひとつのバラや、ほんのちょっとの水からでも、見つけることができるかもしれないのに……」
「ああ、そのとおりだよ」
「だけど、目ではなにも見えないんだ。それは、心でさがさないと、見つけるこはできないよ」
ぼくは水を飲んで、大きく息をすった。朝日の砂は、まるでハチミツのような色をしていた。ぼくは、このハチミツ色に幸せをかんじていた。それなのに、なんでぼくはこんな悲しいきもちになるんだろう……。
「ねえ、約束を守ってほしいんだ」
プチ・プランスはぼくの隣に座ると、ゆっくりと話しかけてきた。
「約束?」
「ほら、あれだよ……ぼくのひつじのための口輪だよ……ぼくはちゃんとせきにんをもって、あの花のめんどうみてあげないと!」
ぼくはポケットから、下書きの絵をいろいろとりだした。プチ・プランスはそれを見て、おもしろそうにわらった。
「きみのバオバブの木はまるでキャベツだね……」
「えっ!」
ぼくは、バオバブの木には自信があったのに!
「ほら、きみの描いたキツネ……耳がなんか、角みたい……これ、長すぎるよ!」
そう言って、プチ・プランスはまたわらった。
「それはあんまりだよ、ぼくは中が見えるボアと、中が見えないボアの絵しか描いたことがないんだから!」
「うんわかってる! これでだいじょうぶだよ。こどもたちはわかってるから」
こうして、ぼくは口輪を描いてあげた。かれにその絵をわたすとき、なんだかとっても心がいたかった。
「ねえ、なにかぼくにかくしごとしてないよね? ぼくに教えていない計画があるの?」
プチ・プランスはそれにはこたえてくれなかった。
「ねえ知ってるかい、ぼくが地球におちてきてから……明日がその記念日なんだ」
それから、しばらくだまっていると、かれはつづけて言った。
「ぼくは、ここから近いところにおちてきたんだ」
かれはそう言って、顔を赤くした。そこで、なんでかわからないけど、またぼくは不安をかんじた。だけど、こんな質問が頭にうかんできた。
「それじゃ、きみと出会ったのはぐうぜんじゃなかったんだね、あの八日前の朝、きみがこの、ひとがすんでいるところから千マイルもはなれたところで、ひとりで歩いていたことだよ! きみは、おちてきたところへもどろうとしていたの?」
プチ・プランスは、また顔を赤くした。そこで、ぼくはちょっととまどいながらきいてみた。
「もしかして、記念日だったから……?」
プチ・プランスは、またまた顔を赤くした。かれはいつだって、質問にはこたえてくれない。でも赤くなるってことは、「うん」ってことだ。みんなもそうおもうよね?
「ねえ! なんだか、不安なんだ……」
ぼくの言葉に、プチ・プランスはこう言ってくれた。
「きみはもう、仕事にもどらないとね。あの飛行機のところにもどらないと。ぼくはここでまっているよ。あしたの夜、またここにもどってきて……」
ぼくはまだ不安だった。そこで、ぼくはキツネの言っていたことをおもいだした。飼いならされると、ちょっと泣きたくなってしまうことを……。
ぼくの飛行機が砂漠で故障してから、プチ・プランスは八日目をむかえていた。商人の話は、もっていた水の、さいごの一滴を飲みほしながらきいていた。
「きみの話はどれもとってもすてきだね。だけどぼくはまだ飛行機を修理できてないんだ。飲む水もなくなった。そうだな、ぼくもそろそろ泉にむかって歩けだせたら、それは幸せだろうね!」
「ぼくのともだちのキツネは……」
「わからないかな、もうキツネのことを話している場合じゃないんだよ!」
「なんで?」
「だって、このままいたら、ふたりとものどがかわいて死んじゃうからさ……」
プチ・プランスにぼくの考えは伝わらなかったみたい。
「ともだちをもつってことはいいことだよ。もしここで死んだとしても、ぼくはキツネとともだちになれてうれしかったな……」
ぼくは思った、かれはどれだけ危険な状況かわかってないんだ。かれはお腹はすかないし、のどもかわかない。かれには、ちょっとだけの太陽の光があれば、それで満足なんだ……。
だけど、まるでぼくの考えていることがわかるかのように、プチ・プランスはぼくのほうを見ると、こう言った。
「ぼくものどがかわいたよ……。井戸をさがそうか……」
かれのその言葉に、ぼくはやれやれと肩をすくめた。だって、この広い砂漠のなかで、まったくぐうぜんに井戸をさがして、見つけるなんてできるわけない。それでもとりあえず、ぼくらは歩きだした。
おたがいなにも言わずに、何時間も歩いていると、やがて夜になって、空に星が光はじめた。のどがかわいて熱っぽかったぼくは、その星をまるで夢のなかで見ているようなかんじだった。
歩きだすまえに、プチ・プランスが言っていたことが、ぼーっとした頭のなかで、ぐるぐるまわっていた。
「さっき言ったこと──。きみものどがかわいているの?」
プチ・プランスは、ぼくの質問にはこたえてはくれなかった。
「水は心にとってもいいものだよ……」
ぼくはかれの言っている意味がわからなかったけど、とりあえず話すのをやめた……。だって、かれに質問をしてはいけないってわかっていたから。
かれは疲れてたみたいで、座りこんだ。ぼくもかれのとなりに座った。すこしだまっていると、かれはこう言った。
「星がきれいに見えるのは、見えないバラがそこにあるからなんだ……」
「そうだね」
ぼくは返事をすると、話すのをやめて、月に照らされた砂の丘を見つめていた。
「砂漠はうつくしいね……」
プチ・プランスはつぶやいた。
たしかにかれの言うとおりだ。ぼくはいつも砂漠が好きだった。砂の丘に座ると、なにも見えないし、なにも聞こえない、だけどその、しずまりかえったなかで、ぼくはなにか光るものをかんじるんだ。
「砂漠をもっとうつくしくしているのは、それは砂漠がどこかに井戸を隠しもっているからだよ……」
ぼくはかれの言葉にびっくりした。突然だったけど、どうして砂漠の砂が、あんなにふしぎな輝きをしていたのか、わかった気がしたんだ。
ぼくがまだ小さなおとこのこだったころ、古い家に住んでいて、その家には宝物が眠っているって言い伝えがあった。もちろん、その宝物を見つけたひとはいなかったし、だれもちゃんとさがしたことだってなかったとおもう。だけど、宝物が眠っているかもしれないっていうだけで、その家は、みんなを虜にしてしまう、ふしぎなちからがあった。ぼくの家は、そのどこかに秘密をかくしもっていたんだ……。
「たしかにそうだ。たとえそれが、家でも、星でも、砂漠であっても、それをうつくしいって思わせてくれるものは、目には見えないんだね!」
「きみが、ぼくのともだちのキツネとおなじ考えでいてくれてうれしいよ」
プチ・プランスが眠ってしまったので、ぼくはかれをだっこして、ふたたび歩きだした。ぼくは言葉がでなかった。なんだか、とってもこわれやすい宝物をだっこしているような気がしてた。地球上で、これよりもこわれやすいものはないかもって思えてきた。ぼくは、月の明かりのしたで、かれの真っ白なおでこ、とじたまぶた、風にゆられている髪を見つめていた。そしてこう思った。
(ぼくがいま見えているのは、かれの外側でしかないんだ。ほんとうにたいせつなものは、目には見えないんだ……)
プチ・プランスの、ちょっとだけ開いたくちびるからは、ほんのすこしのほほえみがこぼれおちていた。
(この眠っているプチ・プランスを見て、ぼくがなによりも心をうごかされるのは、かれがたったひとつの花をたいせつにするその想いだ。そのバラは、まるでランプの明かりのように、眠っていてもかれを照らしつづけているんだ……)
そうおもうと、かれが、ぼくがおもっているより、もっともっとこわれやすいものだって気づいた。だって、ランプはちゃんと守ってあげないと。風がひとふきしただけで、その明かりは消えてしまうかもしれないだろ……。
こうやって歩きながら、太陽がのぼると同時に、ぼくはその井戸を見つけたんだ。
「きみの話はどれもとってもすてきだね。だけどぼくはまだ飛行機を修理できてないんだ。飲む水もなくなった。そうだな、ぼくもそろそろ泉にむかって歩けだせたら、それは幸せだろうね!」
「ぼくのともだちのキツネは……」
「わからないかな、もうキツネのことを話している場合じゃないんだよ!」
「なんで?」
「だって、このままいたら、ふたりとものどがかわいて死んじゃうからさ……」
プチ・プランスにぼくの考えは伝わらなかったみたい。
「ともだちをもつってことはいいことだよ。もしここで死んだとしても、ぼくはキツネとともだちになれてうれしかったな……」
ぼくは思った、かれはどれだけ危険な状況かわかってないんだ。かれはお腹はすかないし、のどもかわかない。かれには、ちょっとだけの太陽の光があれば、それで満足なんだ……。
だけど、まるでぼくの考えていることがわかるかのように、プチ・プランスはぼくのほうを見ると、こう言った。
「ぼくものどがかわいたよ……。井戸をさがそうか……」
かれのその言葉に、ぼくはやれやれと肩をすくめた。だって、この広い砂漠のなかで、まったくぐうぜんに井戸をさがして、見つけるなんてできるわけない。それでもとりあえず、ぼくらは歩きだした。
おたがいなにも言わずに、何時間も歩いていると、やがて夜になって、空に星が光はじめた。のどがかわいて熱っぽかったぼくは、その星をまるで夢のなかで見ているようなかんじだった。
歩きだすまえに、プチ・プランスが言っていたことが、ぼーっとした頭のなかで、ぐるぐるまわっていた。
「さっき言ったこと──。きみものどがかわいているの?」
プチ・プランスは、ぼくの質問にはこたえてはくれなかった。
「水は心にとってもいいものだよ……」
ぼくはかれの言っている意味がわからなかったけど、とりあえず話すのをやめた……。だって、かれに質問をしてはいけないってわかっていたから。
かれは疲れてたみたいで、座りこんだ。ぼくもかれのとなりに座った。すこしだまっていると、かれはこう言った。
「星がきれいに見えるのは、見えないバラがそこにあるからなんだ……」
「そうだね」
ぼくは返事をすると、話すのをやめて、月に照らされた砂の丘を見つめていた。
「砂漠はうつくしいね……」
プチ・プランスはつぶやいた。
たしかにかれの言うとおりだ。ぼくはいつも砂漠が好きだった。砂の丘に座ると、なにも見えないし、なにも聞こえない、だけどその、しずまりかえったなかで、ぼくはなにか光るものをかんじるんだ。
「砂漠をもっとうつくしくしているのは、それは砂漠がどこかに井戸を隠しもっているからだよ……」
ぼくはかれの言葉にびっくりした。突然だったけど、どうして砂漠の砂が、あんなにふしぎな輝きをしていたのか、わかった気がしたんだ。
ぼくがまだ小さなおとこのこだったころ、古い家に住んでいて、その家には宝物が眠っているって言い伝えがあった。もちろん、その宝物を見つけたひとはいなかったし、だれもちゃんとさがしたことだってなかったとおもう。だけど、宝物が眠っているかもしれないっていうだけで、その家は、みんなを虜にしてしまう、ふしぎなちからがあった。ぼくの家は、そのどこかに秘密をかくしもっていたんだ……。
「たしかにそうだ。たとえそれが、家でも、星でも、砂漠であっても、それをうつくしいって思わせてくれるものは、目には見えないんだね!」
「きみが、ぼくのともだちのキツネとおなじ考えでいてくれてうれしいよ」
プチ・プランスが眠ってしまったので、ぼくはかれをだっこして、ふたたび歩きだした。ぼくは言葉がでなかった。なんだか、とってもこわれやすい宝物をだっこしているような気がしてた。地球上で、これよりもこわれやすいものはないかもって思えてきた。ぼくは、月の明かりのしたで、かれの真っ白なおでこ、とじたまぶた、風にゆられている髪を見つめていた。そしてこう思った。
(ぼくがいま見えているのは、かれの外側でしかないんだ。ほんとうにたいせつなものは、目には見えないんだ……)
プチ・プランスの、ちょっとだけ開いたくちびるからは、ほんのすこしのほほえみがこぼれおちていた。
(この眠っているプチ・プランスを見て、ぼくがなによりも心をうごかされるのは、かれがたったひとつの花をたいせつにするその想いだ。そのバラは、まるでランプの明かりのように、眠っていてもかれを照らしつづけているんだ……)
そうおもうと、かれが、ぼくがおもっているより、もっともっとこわれやすいものだって気づいた。だって、ランプはちゃんと守ってあげないと。風がひとふきしただけで、その明かりは消えてしまうかもしれないだろ……。
こうやって歩きながら、太陽がのぼると同時に、ぼくはその井戸を見つけたんだ。
「こんにちは」
プチ・プランスはあいさつした。
「こんにちは」
鉄道の職員は、あいさつをかえした。
「なにをしているの?」
「私はね、旅行者を千人ごとにまとめて、わけているのさ。それから、かれらをのせてはこぶ列車の行き先を決めているのさ。ときには右へ、ときには左へとね」
すると、ライトをつけた特急列車が、かみなりのような音をたてて、鉄道の職員とプチ・プランスのいる小屋をゆらした。
「なんか、かれらはとっても急いでいるみたいだね。なにかさがしものでもしているの?」
「それは、列車にのっているひともわかってないよ」
すると、また大きな音をたてて、ライトのついた特急列車が、こんどは反対側からやってきた。
「もうもどってきたの?」
「あれは、おなじ列車じゃないよ。すれちがいにもどってきたべつの列車さ」
「もどってきたひとたちは、自分たちがいたところに、満足してなかったの?」
「だれも自分のいるところに、満足なんてできやしないのさ」
また大きな音をたてて、三度目の特急列車がやってきた。
「あれは、最初の列車のひとたちをおいかけているの?」
「いや、なにもおいかけちゃいないよ。みんな列車のなかで寝ているか、あくびをしているだろうさ。こどもたちだけが、まどに鼻をおしつけて景色を見てるだろうよ」
「こどもたちは、もうさがしものが見つかっているんだよ。こどもたちは、使い古した人形といっしょに時間をすごして、それがとってもたいせつなものになるんだ。だから、とりあげたら泣いてしまうんだ……」
「そっか。こどもたちがうらやましいかぎりさ」
プチ・プランスはあいさつした。
「こんにちは」
鉄道の職員は、あいさつをかえした。
「なにをしているの?」
「私はね、旅行者を千人ごとにまとめて、わけているのさ。それから、かれらをのせてはこぶ列車の行き先を決めているのさ。ときには右へ、ときには左へとね」
すると、ライトをつけた特急列車が、かみなりのような音をたてて、鉄道の職員とプチ・プランスのいる小屋をゆらした。
「なんか、かれらはとっても急いでいるみたいだね。なにかさがしものでもしているの?」
「それは、列車にのっているひともわかってないよ」
すると、また大きな音をたてて、ライトのついた特急列車が、こんどは反対側からやってきた。
「もうもどってきたの?」
「あれは、おなじ列車じゃないよ。すれちがいにもどってきたべつの列車さ」
「もどってきたひとたちは、自分たちがいたところに、満足してなかったの?」
「だれも自分のいるところに、満足なんてできやしないのさ」
また大きな音をたてて、三度目の特急列車がやってきた。
「あれは、最初の列車のひとたちをおいかけているの?」
「いや、なにもおいかけちゃいないよ。みんな列車のなかで寝ているか、あくびをしているだろうさ。こどもたちだけが、まどに鼻をおしつけて景色を見てるだろうよ」
「こどもたちは、もうさがしものが見つかっているんだよ。こどもたちは、使い古した人形といっしょに時間をすごして、それがとってもたいせつなものになるんだ。だから、とりあげたら泣いてしまうんだ……」
「そっか。こどもたちがうらやましいかぎりさ」
そんなとき、かれはキツネと出会ったんだ。
「こんにちは」
キツネはあいさつした。
「こんにちは」
プチ・プランスはていねいにあいさつして、ふりかえったけど、そこにはだれもいなかった。
「ぼくはここだよ」
リンゴの木の下で、なにやら声がした。
「きみはだれ? なんだか、とってもきれいなすがたをしているね」
「ぼくはキツネだよ」
「ねえ、こっちにきていっしょにあそばないかい。ぼくはいま、とっても悲しくて……」
「ぼくはきみとあそべないよ。だってぼくは、飼いならされてないから」
「ああ! ごめん」
プチ・プランスは、しばらく考えてからきいてみた。
「ねえ、『飼いならす』ってどういう意味?」
「きみはここのひとじゃないね、なにをさがしているんだい?」
「ぼくは、にんげんをさがしているんだよ。ねえ、『飼いならす』ってどういう意味?」
「にんげんはね、てっぽうをもっていて、狩りをするんだよ。こまったことにね! まあ、かれらは にわとりを育てているから、それだけがいいところだけど。きみはにわとりをさがしているの?」
「ううん。ぼくはともだちをさがしているんだ。ねえ、『飼いならす』ってどういう意味?」
「それは、みんなが忘れてしまっていることだよ。それは絆をつくるっていう意味さ」
「絆をつくる?」
「そのとおりさ。ぼくにとってきみはまだ、そこらへんにいる十万の小さなおとこのこと、なにも変わらないよ。ぼくはきみのことが必要じゃないし、きみはぼくのことを必要としていない。きみにとってぼくは、そこらへんにいる十万のキツネとなにも変わらないのと同じさ。だけど、もしきみが、ぼくを飼いならせば、きみはぼくのことが必要になるし、ぼくはきみのことが必要になる。きみはぼくにとって、世界でひとりだけの存在になるんだ。同じように、ぼくはきみにとって、世界でひとりだけの存在になるよ……」
「なんかわかってきた気がするよ……。ぼくもね、ひとつの花が……その花は、ぼくを飼いならしたんだと思う……」
「それもあるかもね、地球ではいろんなことがおきるから」
「ううん! それは地球じゃないよ」
キツネは、プチ・プランスの言ったことがふしぎに思えたみたい。
「ほかの星ってこと?」
「うん」
「その星には、狩りをするにんげんはいる?」
「いいや」
「それはいいね! にわとりは?」
「いないよ」
「そっか……なんでもそう、うまくはいかないもんだね」
そこでキツネはためいきをつくと、またさっきのつづきを話しだした。
「ぼくの人生は、いたってつまらないものだよ。ぼくはにわとりを狩って、にんげんはぼくを狩る。にわとりはぜんぶ似ているし、にんげんもぜんぶ似ている。まあ、ようするにつまらないのさ。だけど、もしきみがぼくを飼いならしてくれたら、ぼくの人生はとってもかがやくと思うんだ。ぼくは、ほかのだれの足音でもない、きみの足音を知ることができる。ほかの足音がしたら、ぼくは巣穴に隠れてしまうよ。だけど、もしきみの足音がしたら、それはまるで音楽のように、ぼくを巣穴からつれだしてくれる。それに見てごらん! ほらあそこ、あの麦畑が見えるかい? もちろん、ぼくはパンは食べないよ。だから麦はぼくにとってなんの意味もないんだ。麦畑を見たって、これっぽっちも、なにも思いださない。それって、とっても悲しいことだよ! きみは黄金色の髪をしているだろ? もしきみが、ぼくを飼いならせたら、とってもすてきなことがおこるんだ! あの黄金色の麦は、きみをを思いださせてくれるのさ。そこでぼくは、麦畑できく風の音が、とっても好きになるんだ……」
キツネはだまって、プチ・プランスのことを見つめた。
「もしよかったら……ぼくを飼いならしておくれよ!」
「もちろん、いいよ。だけど、ぼくにはあまり時間がないんだ。ぼくには、まだ見つけなくちゃいけないともだちがいっぱいいて、知らなきゃならないことがたくさんあるんだ」
「そっか。でも、飼いならしたものしか、ほんとうにそれを知ることはできないよ。にんげんは、なにかを知ろうとすることに、ぜんぜん時間をもとうとしないんだ。かれらは、もうすでにできあがったものを、商人から買うことしか知らないのさ。でもね、ともだちを売ってくれる商人なんてどこにもいないんだよ。だからかれらには、ともだちがいなくなってしまったんだ。もしきみが、ともだちがをさがしているのなら、ぼくを飼いならしておくれよ!」
「ぼくはどうすればいいの?」
「教えてあげるよ。まず、ぜったいに焦らないことだね。そうだな、はじめきみはちょっとだけぼくからはなれたところにすわって。こんなかんじに、草むらの中にね。ぼくは、きみをちらっと横目で見るだけ。でも、きみはなにもしゃべってはいけないよ。言葉は勘違いのもとだから。だけど、毎日ちょっとずつ近くによって、ぼくの隣に座っていいから……」
次の日、プチ・プランスはキツネのところにやってきた。
「う~ん、きのうと同じ時間にもどってきたほうがよかったかも。たとえば、きみが午後の四時に来ることがわかっていたら、ぼくはもう三時からうきうきしているよ。そこで、午後の四時に近づくにつれて、だんだん嬉しくなってくるのさ。四時になると、もういてもたってもいられなくなるだろうね。それが、幸せなんだって、ぼくは気づかされるよ! だけど、もし決まった時間にきみが来ないとなると、ぼくはいつ、自分の心の準備をすればいいかわからなくなっちゃうだろ……。だから、儀礼っていうのはだいじなのさ」
「『儀礼』ってなに?」
「うん。これもまた、忘れられてしまっていることさ。儀礼は、一日をほかの一日とは違う日にしたり、その一時間を、ほかの一時間と違う時間にしてくれるのさ。たとえば、狩りをするにんげんたちにも、儀礼があるんだ。かれらは、木曜日は村の娘たちと踊りをする。だからぼくにとって木曜日はすばらしい日なんだ! ぶどう畑までさんぽをしに行ったりするんだよ。だけど、もし狩りをするにんげんが、決まった日に踊りをしなかったら、ぼくには休みがなくなってしまうよ」
こうして、プチ・プランスはキツネを飼いならした。そして、お別れのときが近づいてくると、キツネが言った。
「ああ、泣いてしまうよ……」
「きみのせいだよ、ぼくはきみを悲しませようとはまったく思ってなかったのに、きみが飼いならしてって言うから……」
「もちろんだよ」
「だけど、きみ泣いちゃうじゃないか!」
「もちろんだよ」
「だったら、きみにはなにも得られなかったじゃないか!」
「得られたんだよ。あの麦の色が、ぼくにそう教えてくれている」
キツネはさらにこうつけくわえた。
「ほら、あの庭に咲いていたバラたちを見にいってごらんよ。きっと、きみのバラは、世界でたったひとつのバラだってわかるから。そしたら、またぼくにお別れを言いにきてよ。そしたら秘密をきみにプレゼントするよ」
プチ・プランスは、キツネの言うとおりに、もう一度、バラたちに会いにいってみた。
「そっか、キツネが教えてくれたとおりだ。あなたたちは、まったくぼくのバラに似てないよ。ぼくにとって、あなたたちは、まだただのバラなんだね。だって、だれもあなたたちを飼いならそうとしなかったし、あなたたちも、だれかを飼いならそうとしなかった。あなたたちは、ぼくがなかよくなるまえのキツネといっしょだよ。ちょっとまえまで、かれは、ほかの十万のキツネとかわらない、ただのキツネだったんだ。でもぼくはかれと、ともだちになった、もうかれは世界でたったひとりしかいない存在なんだ」
バラたちは、気まずそうにもじもじしていた。
「あなたたちはうつくしいよ。だけど、なかみが空っぽなんだ。あなたたちのために、だれもいのちをかけてはくれない。もちろん、ぼくのバラだって、ほかのとおりすがりのだれかからすれば、あなたたちと同じ、ただのバラに見えるかもしれないよ。だけど、たったひとりのかのじょが、ぼくにとっては、あなたたちみんなよりもたいせつなんだ。だって、ぼくがかのじょに水をあげ、風よけをかぶせて、毛虫を退治してあげた(蝶々のために二、三匹は残したけど)。かのじょの文句や、自慢話をきいて、かのじょが黙っているときも、ずっと耳をかたむけてあげたんだ。だってかのじょは、ぼくのバラなんだから」
プチ・プランスは、キツネのところにもどってきた。
「お別れだね……」
「うん、お別れだね。さいごに、ぼくの秘密をきかせてあげるよ。とっても簡単なことさ。『心でしか、なにかをちゃんと見ることはできない。ほんとうにたいせつなものは、目には見えない』」
「ほんとうにたいせつなものは、目には見えない」
プチ・プランスは、キツネの言葉をくりかえした。
「きみがバラのためになくした時間が、きみのバラをとくべつなものにしてくれたんだ」
「ぼくがバラのためになくした時間が、バラをとくべつなものにしてくれた……」
プチ・プランスは、その言葉を忘れてしまわないようにくりかえした。
「にんげんたちは、なにがほんとうにたいせつか、忘れてしまったんだ。だけど、きみは決して忘れてはいけないよ。これからきみは、飼いならしたものたちみんなに、責任をもたないといけない。きみは、きみのバラへの責任をもたないと……」
「ぼくのバラへのせきにん……」
プチ・プランスは、さいごに、その言葉をもう一度忘れないようにくりかえした。
「こんにちは」
キツネはあいさつした。
「こんにちは」
プチ・プランスはていねいにあいさつして、ふりかえったけど、そこにはだれもいなかった。
「ぼくはここだよ」
リンゴの木の下で、なにやら声がした。
「きみはだれ? なんだか、とってもきれいなすがたをしているね」
「ぼくはキツネだよ」
「ねえ、こっちにきていっしょにあそばないかい。ぼくはいま、とっても悲しくて……」
「ぼくはきみとあそべないよ。だってぼくは、飼いならされてないから」
「ああ! ごめん」
プチ・プランスは、しばらく考えてからきいてみた。
「ねえ、『飼いならす』ってどういう意味?」
「きみはここのひとじゃないね、なにをさがしているんだい?」
「ぼくは、にんげんをさがしているんだよ。ねえ、『飼いならす』ってどういう意味?」
「にんげんはね、てっぽうをもっていて、狩りをするんだよ。こまったことにね! まあ、かれらは にわとりを育てているから、それだけがいいところだけど。きみはにわとりをさがしているの?」
「ううん。ぼくはともだちをさがしているんだ。ねえ、『飼いならす』ってどういう意味?」
「それは、みんなが忘れてしまっていることだよ。それは絆をつくるっていう意味さ」
「絆をつくる?」
「そのとおりさ。ぼくにとってきみはまだ、そこらへんにいる十万の小さなおとこのこと、なにも変わらないよ。ぼくはきみのことが必要じゃないし、きみはぼくのことを必要としていない。きみにとってぼくは、そこらへんにいる十万のキツネとなにも変わらないのと同じさ。だけど、もしきみが、ぼくを飼いならせば、きみはぼくのことが必要になるし、ぼくはきみのことが必要になる。きみはぼくにとって、世界でひとりだけの存在になるんだ。同じように、ぼくはきみにとって、世界でひとりだけの存在になるよ……」
「なんかわかってきた気がするよ……。ぼくもね、ひとつの花が……その花は、ぼくを飼いならしたんだと思う……」
「それもあるかもね、地球ではいろんなことがおきるから」
「ううん! それは地球じゃないよ」
キツネは、プチ・プランスの言ったことがふしぎに思えたみたい。
「ほかの星ってこと?」
「うん」
「その星には、狩りをするにんげんはいる?」
「いいや」
「それはいいね! にわとりは?」
「いないよ」
「そっか……なんでもそう、うまくはいかないもんだね」
そこでキツネはためいきをつくと、またさっきのつづきを話しだした。
「ぼくの人生は、いたってつまらないものだよ。ぼくはにわとりを狩って、にんげんはぼくを狩る。にわとりはぜんぶ似ているし、にんげんもぜんぶ似ている。まあ、ようするにつまらないのさ。だけど、もしきみがぼくを飼いならしてくれたら、ぼくの人生はとってもかがやくと思うんだ。ぼくは、ほかのだれの足音でもない、きみの足音を知ることができる。ほかの足音がしたら、ぼくは巣穴に隠れてしまうよ。だけど、もしきみの足音がしたら、それはまるで音楽のように、ぼくを巣穴からつれだしてくれる。それに見てごらん! ほらあそこ、あの麦畑が見えるかい? もちろん、ぼくはパンは食べないよ。だから麦はぼくにとってなんの意味もないんだ。麦畑を見たって、これっぽっちも、なにも思いださない。それって、とっても悲しいことだよ! きみは黄金色の髪をしているだろ? もしきみが、ぼくを飼いならせたら、とってもすてきなことがおこるんだ! あの黄金色の麦は、きみをを思いださせてくれるのさ。そこでぼくは、麦畑できく風の音が、とっても好きになるんだ……」
キツネはだまって、プチ・プランスのことを見つめた。
「もしよかったら……ぼくを飼いならしておくれよ!」
「もちろん、いいよ。だけど、ぼくにはあまり時間がないんだ。ぼくには、まだ見つけなくちゃいけないともだちがいっぱいいて、知らなきゃならないことがたくさんあるんだ」
「そっか。でも、飼いならしたものしか、ほんとうにそれを知ることはできないよ。にんげんは、なにかを知ろうとすることに、ぜんぜん時間をもとうとしないんだ。かれらは、もうすでにできあがったものを、商人から買うことしか知らないのさ。でもね、ともだちを売ってくれる商人なんてどこにもいないんだよ。だからかれらには、ともだちがいなくなってしまったんだ。もしきみが、ともだちがをさがしているのなら、ぼくを飼いならしておくれよ!」
「ぼくはどうすればいいの?」
「教えてあげるよ。まず、ぜったいに焦らないことだね。そうだな、はじめきみはちょっとだけぼくからはなれたところにすわって。こんなかんじに、草むらの中にね。ぼくは、きみをちらっと横目で見るだけ。でも、きみはなにもしゃべってはいけないよ。言葉は勘違いのもとだから。だけど、毎日ちょっとずつ近くによって、ぼくの隣に座っていいから……」
次の日、プチ・プランスはキツネのところにやってきた。
「う~ん、きのうと同じ時間にもどってきたほうがよかったかも。たとえば、きみが午後の四時に来ることがわかっていたら、ぼくはもう三時からうきうきしているよ。そこで、午後の四時に近づくにつれて、だんだん嬉しくなってくるのさ。四時になると、もういてもたってもいられなくなるだろうね。それが、幸せなんだって、ぼくは気づかされるよ! だけど、もし決まった時間にきみが来ないとなると、ぼくはいつ、自分の心の準備をすればいいかわからなくなっちゃうだろ……。だから、儀礼っていうのはだいじなのさ」
「『儀礼』ってなに?」
「うん。これもまた、忘れられてしまっていることさ。儀礼は、一日をほかの一日とは違う日にしたり、その一時間を、ほかの一時間と違う時間にしてくれるのさ。たとえば、狩りをするにんげんたちにも、儀礼があるんだ。かれらは、木曜日は村の娘たちと踊りをする。だからぼくにとって木曜日はすばらしい日なんだ! ぶどう畑までさんぽをしに行ったりするんだよ。だけど、もし狩りをするにんげんが、決まった日に踊りをしなかったら、ぼくには休みがなくなってしまうよ」
こうして、プチ・プランスはキツネを飼いならした。そして、お別れのときが近づいてくると、キツネが言った。
「ああ、泣いてしまうよ……」
「きみのせいだよ、ぼくはきみを悲しませようとはまったく思ってなかったのに、きみが飼いならしてって言うから……」
「もちろんだよ」
「だけど、きみ泣いちゃうじゃないか!」
「もちろんだよ」
「だったら、きみにはなにも得られなかったじゃないか!」
「得られたんだよ。あの麦の色が、ぼくにそう教えてくれている」
キツネはさらにこうつけくわえた。
「ほら、あの庭に咲いていたバラたちを見にいってごらんよ。きっと、きみのバラは、世界でたったひとつのバラだってわかるから。そしたら、またぼくにお別れを言いにきてよ。そしたら秘密をきみにプレゼントするよ」
プチ・プランスは、キツネの言うとおりに、もう一度、バラたちに会いにいってみた。
「そっか、キツネが教えてくれたとおりだ。あなたたちは、まったくぼくのバラに似てないよ。ぼくにとって、あなたたちは、まだただのバラなんだね。だって、だれもあなたたちを飼いならそうとしなかったし、あなたたちも、だれかを飼いならそうとしなかった。あなたたちは、ぼくがなかよくなるまえのキツネといっしょだよ。ちょっとまえまで、かれは、ほかの十万のキツネとかわらない、ただのキツネだったんだ。でもぼくはかれと、ともだちになった、もうかれは世界でたったひとりしかいない存在なんだ」
バラたちは、気まずそうにもじもじしていた。
「あなたたちはうつくしいよ。だけど、なかみが空っぽなんだ。あなたたちのために、だれもいのちをかけてはくれない。もちろん、ぼくのバラだって、ほかのとおりすがりのだれかからすれば、あなたたちと同じ、ただのバラに見えるかもしれないよ。だけど、たったひとりのかのじょが、ぼくにとっては、あなたたちみんなよりもたいせつなんだ。だって、ぼくがかのじょに水をあげ、風よけをかぶせて、毛虫を退治してあげた(蝶々のために二、三匹は残したけど)。かのじょの文句や、自慢話をきいて、かのじょが黙っているときも、ずっと耳をかたむけてあげたんだ。だってかのじょは、ぼくのバラなんだから」
プチ・プランスは、キツネのところにもどってきた。
「お別れだね……」
「うん、お別れだね。さいごに、ぼくの秘密をきかせてあげるよ。とっても簡単なことさ。『心でしか、なにかをちゃんと見ることはできない。ほんとうにたいせつなものは、目には見えない』」
「ほんとうにたいせつなものは、目には見えない」
プチ・プランスは、キツネの言葉をくりかえした。
「きみがバラのためになくした時間が、きみのバラをとくべつなものにしてくれたんだ」
「ぼくがバラのためになくした時間が、バラをとくべつなものにしてくれた……」
プチ・プランスは、その言葉を忘れてしまわないようにくりかえした。
「にんげんたちは、なにがほんとうにたいせつか、忘れてしまったんだ。だけど、きみは決して忘れてはいけないよ。これからきみは、飼いならしたものたちみんなに、責任をもたないといけない。きみは、きみのバラへの責任をもたないと……」
「ぼくのバラへのせきにん……」
プチ・プランスは、さいごに、その言葉をもう一度忘れないようにくりかえした。
そんなかんじで、プチ・プランスがずっと長いあいだ、砂や岩、雪のうえを歩いていくと、やっとある日、道をみつけたんだ。そして、道はぜんぶにんげんのところへとつづいている。
「こんにちは」
プチ・プランスはあいさつした。そこには、バラがいっぱい咲いている庭があった。
「こんにちは」
バラたちもあいさつした。
プチ・プランスは、バラたちをじっと見つめてた。だってみんな、かれの花に似ていたから。
「あなたたちは?」
「わたしたちはバラですよ」
「そんな!」
プチ・プランスは、なんだかとっても悲しい気持ちになった。だって、かれの花はかれに、この宇宙でたったひとつしかいない種類の花だって言っていたから。
それがどうだい、ひとつの庭に、五千も同じ花が咲いているじゃないか!
(ぼくの花は、これを見たらとってもおこるだろうな……。はずかしさをごまかそうとして、いっぱいせきをして、死んだふりをするかも。そこでぼくは、わざとらしく、かのじょの面倒を見てあげなきゃならないんだ。だってそうでもしないと、かのじょはぼくをはずかしめるために、ほんとうに、そのまま死のうとするだろうから……)
すると、プチ・プランスはさらにこう思えてきた。
(ぼくは、あの花が世界にたったひとつの花だと思って、とってもめぐまれていたと思っていたのに、あの花は、どこにでもあるふつのバラだったんだ。その花と、ひざまでしかない三つの火山。そのうちのひとつは、もしかしたら、永遠に活動をやめちゃってる。ぼくにはたったそれだけしかないんだ──。これじゃあ、あまりにも、立派な王子とは言えないよ……)
そういってプチ・プランスは草の上に寝ころぶと、なみだをながした。
「こんにちは」
プチ・プランスはあいさつした。そこには、バラがいっぱい咲いている庭があった。
「こんにちは」
バラたちもあいさつした。
プチ・プランスは、バラたちをじっと見つめてた。だってみんな、かれの花に似ていたから。
「あなたたちは?」
「わたしたちはバラですよ」
「そんな!」
プチ・プランスは、なんだかとっても悲しい気持ちになった。だって、かれの花はかれに、この宇宙でたったひとつしかいない種類の花だって言っていたから。
それがどうだい、ひとつの庭に、五千も同じ花が咲いているじゃないか!
(ぼくの花は、これを見たらとってもおこるだろうな……。はずかしさをごまかそうとして、いっぱいせきをして、死んだふりをするかも。そこでぼくは、わざとらしく、かのじょの面倒を見てあげなきゃならないんだ。だってそうでもしないと、かのじょはぼくをはずかしめるために、ほんとうに、そのまま死のうとするだろうから……)
すると、プチ・プランスはさらにこう思えてきた。
(ぼくは、あの花が世界にたったひとつの花だと思って、とってもめぐまれていたと思っていたのに、あの花は、どこにでもあるふつのバラだったんだ。その花と、ひざまでしかない三つの火山。そのうちのひとつは、もしかしたら、永遠に活動をやめちゃってる。ぼくにはたったそれだけしかないんだ──。これじゃあ、あまりにも、立派な王子とは言えないよ……)
そういってプチ・プランスは草の上に寝ころぶと、なみだをながした。
プチ・プランスは、高い山にのぼってみた。かれが知っていた山は、ひざの高さまでしかない、たった三つの火山だけだった。活動していなかった火山は、小さな椅子のかわりに使ってた。そこで、かれは思った。
(これほど高い山だったら、一目で地球が見わたせるし、にんげんだってどこかに……)
だけど、かれが見たのは、ハリのようにとんがった岩だけだった。
「こんにちは」
プチ・プランスは、だれかいるかもしれないと思って、あいさつしてみた。
「こんにちは……こんにちは……こんにちは……」
かえってきたのはこだまだった。
「あなたはどなた?」
「あなたはどなた……あなたはどなた……あなたはどなた……」
「ぼくのともだちになってください、ぼく、ひとりぼっちで」
「ひとりぼっちで……ひとりぼっちで……ひとりぼっちで……」
(なんておかしな星なんだ! この星は、ひからびていて、とんがっていて、しょっぱいよ※。それに、ここに住んでいるひとたちは、想像力がないのかな。ぼくの言っていることを、くりかえして言うだけだし……。ぼくの星には花がいたよ、いつも自分から話しかけてくれる花が……)
※これは直訳だと「塩辛い」となります。詳しい説明はありませんが、砂漠化の原因のひとつである塩類集積(地面に塩がたまる現象)のことを言っているのだと思われます。
(これほど高い山だったら、一目で地球が見わたせるし、にんげんだってどこかに……)
だけど、かれが見たのは、ハリのようにとんがった岩だけだった。
「こんにちは」
プチ・プランスは、だれかいるかもしれないと思って、あいさつしてみた。
「こんにちは……こんにちは……こんにちは……」
かえってきたのはこだまだった。
「あなたはどなた?」
「あなたはどなた……あなたはどなた……あなたはどなた……」
「ぼくのともだちになってください、ぼく、ひとりぼっちで」
「ひとりぼっちで……ひとりぼっちで……ひとりぼっちで……」
(なんておかしな星なんだ! この星は、ひからびていて、とんがっていて、しょっぱいよ※。それに、ここに住んでいるひとたちは、想像力がないのかな。ぼくの言っていることを、くりかえして言うだけだし……。ぼくの星には花がいたよ、いつも自分から話しかけてくれる花が……)
※これは直訳だと「塩辛い」となります。詳しい説明はありませんが、砂漠化の原因のひとつである塩類集積(地面に塩がたまる現象)のことを言っているのだと思われます。











