勝林院の参拝を終え、次に向かったところは「寂光院」(じゃっこういん)です
三千院から車で5~10分ほどのところにあります

平家物語ゆかりのお寺です
← 「しば漬け」発祥のお寺と言われてます
その昔、健礼門院が隠棲されたことを伝え聞いた村人たちが
次から次へと採れた夏野菜

を献上したそうですたくさんの夏野菜をお供えされたので、健礼門院の侍女の
阿波内侍がその夏野菜と赤紫蘇を塩漬けにして保存食にしました。
この漬物を食べた健礼門院があまりに美味しくて感激され

大原女が頭の頂に乗せ売り歩く柴にちなんで「しば漬け」と
名付けられたそうです
由緒書によると、594年聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うため建立。
初代住職は、聖徳太子の乳母の玉照姫であった。
1185年、平清盛の娘で安徳天皇の国母の健礼門院徳子が入寺し
、
源平の戦いに敗れ、壇ノ浦で滅亡した平家一門とわが子・安徳天皇の菩提を弔い、
終生をこの地で過ごされ閑居御所とされました

← 茶室・「弧雲」
名前の由来は平家物語の大原御幸の一節に
ちなんでつけられたそう
平成12年心無いものの放火により
本堂とご本尊様は大きく損傷しました 5年の歳月を経て、
新しいお堂と復元されたご本尊様を祀っています

← 千年姫小松
こちらも平成12年の火災にて焼損し、
倒木の危険があるため伐採され、
現在はご神木として祀られています
平家物語の灌頂巻の「大原御幸」の中でも
登場しています
← 収蔵庫
こちらは特別公開で火事で焼損されたご本尊様を
拝見することができます。
あまりにも無残な姿に強いショックを受けたのと
放火をした者への強い怒りを感じました…
なんでこんなひどいコトできるんだろう。。。
お地蔵様…熱かっただろうな…

← 奉拝
平成二十七年十一月八日
地蔵尊
洛北 大原 寂光院
達筆すぎて…(A;´・ω・)フキフキ
↓
平成27年度のご朱印です
画像ではわかりづらいかもですが、金色に輝く台紙に書かれてます
きらびやかで素敵 
← 奉拝
平成二十七年十一月八日
健礼門院
大原御閑居御所
京都 大原 寂光院
後で知ったのですが、金の台紙のご詠歌のご朱印もあるそうです
今度伺ったとき、頂きたいとおもいます
おまけ♪
この日、参拝を終えて門前のお漬物屋さんでお土産を選んでいたら
芸人のたむらけんじさんこと「たむけん」に遭遇しました

そう…あの獅子舞
をもって「ちゃ~~っ」て言う人です!関西のローカル番組のロケで来られてたみたいです

こんなところで芸能人に会えるとおもってなかったのでびっくり~

いい思い出になりました

【寂光院】
山号 清香山
寺号 玉泉寺
宗派 天台宗
ご本尊 六万体地蔵菩薩
所在地 〒601-1248
京都府京都市左京区大原草生頂676
三千院を訪れた後、すぐそばにある「勝林院」(しょうりんいん)を訪れました
雨のせいか、こちらは人がまばらでゆっくり見ることができました

切り絵作家の望月めぐみさん作だそうです
こちらは長和2年(1013年)寂源によって、法儀声明念仏の
根本道場として建立されました
声明とはインドから中国を経て日本に伝えられた仏教音楽で
お経に節やリズムをつけた声楽です。
日本の伝統芸能音楽の源になったとも。
文治2年(1186年)の秋、顕真法印の招きにより、法然上人は
こちらの寺院にて南都・北嶺の名僧や学匠、約300人を相手にして
念仏の教えについて論議されました
これが「大原問答」と呼ばれています
これにちなんで勝林院は「問答寺」とも呼ばれています
論議は一昼夜にもおよび、念仏がほかの行より優れていると法然上人が
述べられたところ、本尊の阿弥陀仏がまばゆい光を放って、その主張が
正しいことを証明されたそうです。
このことからこの阿弥陀様は「証拠の阿弥陀」とも呼ばれています。
どんな人でも極楽浄土へ生まれ変われると知った聴衆たちは喜び、
三日三晩絶えることなく念仏を唱えたと伝えられてます
← 梵鐘
← 本堂
こちらには「美男の阿弥陀様」がいらっしゃいます
目元がキリっとしてて涼しげなお顔です
「美男の阿弥陀様の指定席」も用意してありました
ゆっくり座って阿弥陀様の横顔を眺めることができます
また、本堂の左側にボタンがあり、押せば
声明のテープが流れお堂の中に響き渡ります
←平井乙磨の歌碑
苔の上をまろ深如く
流れゆく 呂律の里の
弥陀の声明
↓ ご朱印です

← 法然上人二十五霊場納経帳 第21番
奉拝
平成二十七年十一月八日
大原問答
魚山 勝林院
山号 魚山
別称 問答寺
宗派 天台宗
ご本尊 阿弥陀如来
所在地 京都市左京区大原勝林院町187
先述の三千院にいったときに、受付のところにおいてある、
パンプレットに目が留まりました

おぉ!「ご朱印巡り」って書いてある~
さっそく一部頂いて、中身をみてみると、
洛北の社寺を巡るスタンプラリーのようでした

(*´-ω・)ン? 霊場巡りではないんだ~と思いつつも、
期限もとくになさそうだし、洛北の社寺を巡ってご朱印を
いただくついでにこちらも集めてみようと思います
30カ所もあるからちょっと大変そうだけど


←左がこのスタンプラリーのパンフレットで
賛同してる社寺の案内が載ってます
右がご朱印巡りのスタンプラリーの台紙です
← 賛同してる社寺でご朱印を授かる際に、
こちらも一緒に出して、確認印をいただきます
以前に頂いたモノでも
だそうです
← 10カ所の社寺のご朱印を授かるごとにコースターを
ひとつ頂けます
少し日が遡ります…11月8日(日)のおはなしです

雨の中、京都・大原にある「三千院」(さんぜんいん)に行ってきました

京都~♪大原 三千院~♪ 車で向かう途中、頭の中でループするこのフレーズ…

これなんの歌だっけ…?CM曲だったっけ?とか考えつつ、2時間後ようやく到着~
その日は雨が降ってたので、空いてるだろう…と思ってたら
意外に多くの人が訪れていてびっくり

由緒書によると、こちらは延暦年間に最澄上人が比叡山東堂に
草庵を結ばれたことに始まります。その後、慈覚大師に引き継がれ、
平安後期、皇族が住持する門跡院となり、寺地は何度か異動しました。
その都度、寺名も変わり、明治維新以後現在の地にうつり
、
霊験天皇宸筆の勅額により「三千院」と公称されるようになりました

← 聚碧園(しゅうへきえん)
江戸時代の茶人・金森宗和の修築だそう
池泉観賞式庭園です
客殿からの眺めがとっても素晴らしく、
有料ですがお茶
の接待を受けることができます
(お庭は撮影
です)
← 宸殿(本堂)

←宸殿から撮影した有清園の紅葉

紅葉のじゅうたんがとってもきれい~

← 往生極楽院
こちらでは阿弥陀如来と脇侍の観世音菩薩と
勢至菩薩を祀ってます
脇侍の両観音は上半身を少し前かがみにし、
「大和坐り」という珍しいお姿をされています
こちらのお堂でお坊さんの説明を聞くことができます
とっても面白いのでぜひ聞いてみてくださいね

←苔むした有清園のなかにたくさんのお地蔵様が
いらっしゃいます
表情豊かでとってもかわいい~

← 観音堂
聖観世音菩薩が祀られてます
↓ ご朱印です

境内3カ所でいただくことができます
3カ所のうちの円融蔵では全種類のご朱印をいただけます
↓ 近畿三十六不動尊宝印帖の第16番のご朱印です
奉拝
平成二十七年十一月八日
金色不動尊
三千院
↓ こちらは西国四十九薬師霊場宝印帳 第45番のご朱印です

←奉拝
平成二十七年十一月八日
薬師如来
京都 大原 三千院
【三千院】
山号 魚山(ぎょざん)
宗派 天台宗
ご本尊 薬師如来
所在地 〒601-1242
京都府京都市左京区大原来迎院町540
11月21日 (土)
やぁっと待ちに待った日がやってきました

何の日かというと…本日から「六道珍皇寺」の秋の特別公開・寺宝展 第Ⅲ期 です
11月21日(土)~23日(月) までの3日間だけの開催となってます前回、伺ったときから指折り数えて待ってました~~

お目当てはそう!「紅葉色金泥ご朱印 6種セット」です
朝、ちょっと準備が遅れて駅に着いたのが10時…

限定300セットだからまだあるかな?とドキドキ
しながらお寺向かいました10時半頃、お寺に到着してびっくり すでにたくさんの人が並んでる

急いで拝観受付に並び、なんとかご朱印を頂くことができました~

よかったぁ~~


↓ 「紅葉色金泥」 ご朱印です

こちらは6枚セットになってます
ちょっと見ずらいですが、赤い印も押してあります
← 奉拝
閻魔大王
珍皇寺
← 奉拝
小野篁卿
珍皇寺
← 奉拝
地蔵菩薩
珍皇寺
←奉拝
日光菩薩
珍皇寺
← 奉拝
薬師如来
珍皇寺
← 奉拝
月光菩薩
珍皇寺
↓「紺紙金泥」 ご朱印です

こちらはバラでいただくことができます
←奉拝
薬師如来
大椿山 六道珍皇寺
←奉拝
閻魔大王
大椿山 六道珍皇寺
←奉拝
地蔵菩薩
大椿山 六道珍皇寺
←奉拝
小野篁卿
大椿山 六道珍皇寺
前回 伺った際、撮り忘れてた個所の写真です
前回の記事 「六道珍皇寺 ①」 は こちら

← 水琴窟
ひしゃくで水をすくってしたの砂利のところに流すと、
きれいな水の音が聞こえます
この音色大好き
癒される~~

← 竹林大明神
こちらに水占いのおみくじを納めます
持ち帰る方はビニール袋があります
↓ポチッ お願いします(*・ω・)*_ _))ペコリン
11月15日(日)
湖南三山ご利益巡り 最後のお寺は「常楽寺」(じょうらくじ)です
こちらは先述の東寺と呼ばれる長寿寺に対して、西寺と呼ばれてます
パンフレットに載ってる山門と山号標を探したのですが…わからずじまい

なのでいきなり境内の紹介です


← 由緒書
由緒書によると、和銅年間に元明天皇の勅命により、良弁上人が開基した
阿星寺五千坊の中心寺院として、また信楽宮(紫香楽宮)の鬼門鎮護として栄えました
平安から鎌倉時代にかけては、皇室の帰依を受けてお寺は栄えたそう
延暦年間に今の天台宗に改められました

← 本堂
大きさはあまり大きくないのですが、脇侍の二十八部衆が
とても精巧で今にも動き出しそうです
ひとりひとり仕草や表情が違うので見比べると面白いかも
本堂の中に入って驚いたのは…セキュリティかな…

監視カメラや注意書きがたくさんありました

こちらにはご本尊の脇侍として、28部衆と風神・雷神がいらっしゃりますが
昭和56年3体が盗難にあってしまったとのこと。心無い人がいるもんです…

昭和60年に1体見つかったそうですが残りの2体はまだ見つかってないそうです
いつか全員そろったとこが見れたらいいな…と思いつつ本堂をあとにしました

← 本堂の扁額
← 普賢堂
← 西国三十三カ所巡りの石仏様です
三重塔を囲むようにして三十三体いらっしゃいます
よくみると一体一体お姿が違います

← 三重塔
立ち姿がとても趣があって美しい三重塔です
高さ約23メートルです

← 階段上ったとこから撮った三重塔
↓ ご朱印

←「湖南三山ご利益巡り」のご朱印
奉拝
平成二十七年十一月十五日
千手観世音菩薩
阿星山 常楽寺
← 奉拝
平成二十七年十一月十五日
大悲閣
常楽寺
【常楽寺】
山号 阿星山
宗派 天台宗
ご本尊 千手観音菩薩
所在地 〒520-3121
滋賀県湖南市西寺6丁目5-1
11月15日 (日)
湖南三山ご利益巡りの二つ目のお寺は「長寿寺」(ちょうじゅじ)です
同じ地区内にある湖南三山巡りのお寺の一つの「常楽寺」が別名・西寺と
呼ばれるのに対して、こちらのお寺は「東寺」と呼ばれてます
← 山号標と山門
紅葉が色づきはじめてます


← 本堂までの参道
もう少し紅葉が進んだら綺麗な敷き紅葉になるみたい

← 山門くぐってすぐ近くの看板
手書きの文字がいい味でてます

← この先に子授け祈願の石が祀られてます
後ろの石ではありません
標号のインパクトがハンパない…

← 参道の脇に小さいお地蔵様や灯籠が建ってます

← 本堂
内陣にある国宝の春日厨子は
ご本尊の子安地蔵尊を安置してます
秘仏のため、50年に一度の御開帳となってます
また、本堂裏手には収蔵庫があり、そこには高さ約3メートルの
「丈六阿弥陀如来坐像」が安置されてます

由緒書によると、奈良時代後期、聖武天皇の勅願によって良弁僧上によって
創建されました。聖武天皇は大仏造営のため、一時、信楽宮に遷都されたが
世継ぎがなかったため、良弁に祈請しました。 良弁が阿星山の瀧に
籠って祈った結果、聖武天皇は皇女を授かることができました

聖武天皇は信楽宮より鬼門にあたる東寺に七堂伽藍・24坊の寺を建立し、
皇女生誕にちなむ子安地蔵尊を本尊とし
、
皇女の長寿を願い「長寿寺」という寺号を送りました
鎌倉時代には源頼朝が、室町時代には足利将軍家が
祈願所として、諸堂を造改修したといわれてます
← 弁天堂
小池の中島に建ってます
←三重塔跡
かつて西寺同様三重塔が建立されてましたが
織田信長によって安土城山中の信長の菩提寺の
総見寺に移築されました
← 拝殿
↓ ご朱印← 湖南三山ご利益巡りの限定ご朱印
奉拝
平成二十七年十一月十五日
子安地蔵菩薩
阿星山 長寿寺
← 奉拝
平成二十七年十一月十五日
悲願金剛
湖南三山 長寿寺
【長寿寺】
山号 阿星山
宗派 天台宗
ご本尊 子安地蔵菩薩
所在地 滋賀県湖南市東寺5-1-11





































































































