続いて、泉涌寺七福神第三番札所 泉涌寺塔頭

「今熊野観音寺」(いまくまのかんのんじ)
歩く

こちらは西国三十三カ所霊場 第十五番札所をはじめ

洛陽観音霊場・近畿十楽観音霊場の札所にもなっています。

11月5日(木)・12月7日(月)に参拝させていただきました
ホッ



← 山号標



← 今熊野鳥居橋と山号標



← 山門



← 子護大師像
   弘法大師さまが子供達に慕われている姿です 
   見てるとほっこりしますホッ

  そばの看板には「南無大師遍照金剛」と唱えながら
  四国八十八箇所のお砂を踏んでお大師様を廻って下さい
  と書いてあります
   



← 由緒書駒札



由緒書によると、平安時代、弘法大師は唐から帰国後、東寺で修行されていました。

その時、東山に光明が差し不思議に思われた大師は光の方へ向かいました
歩く

すると、白髪の老翁が現れ、大師に一分八寸の十一面観音像と宝印を渡され、

立ち去ろうとしました。大師が老翁に「なにびとか?」と尋ねると、

「私は熊野の権現でこの地の守り神となるだろう」と告げ、姿を消したそうです
え゛!

大師はその後、熊野権現のお告げのままにお堂を建て、自ら一尺八分の

十一面観音像を彫り、その体内に熊野権現から授かった十一面観音像を納めた

ことが今熊野観音の始まりとされています。





← 本堂
   弘法大師御作と伝えられるご本尊の
   十一面観世音菩薩が祀られています



← 五智水水
   弘法大師が観世音を祀るのにふさわしい
   霊地を選ぶために錫杖をもって、岩根を
   打たれると霊泉がわき出でました。
   大師はこの清水を観音御利生の水と
   崇められ、「五智水」と名付けられました



← 大師堂・ぼけ封じ観音像
  弘法大師が祀られているお堂です
  大師堂の前に立たれている観音様が
  「ぼけ封じ観音」です



 後白河法王の頭痛封じのおはなし
てれ

平安時代のすぐれた為政者であった後白河法王は熊野権現の信仰が篤く、

京都・今熊野以外の他にも熊野権現を勧請され、今熊野のご本尊を本地仏として

深く信仰され、「新那智山」の山号を与えられました。

後白河法王は持病の頭痛がひどく、ご本尊の十一面観音に頭痛が治るように

祈ったところ、ある日の夜、枕元に観音様が立たれ、後白河法皇の頭に光明を

差されました。するとたちまち頭痛が治ったそうです。
にこにこ

それ以来、後白河法皇は今熊野観音を頭痛封じの観音様として天下に

知らしめになり、ますます篤く信仰されたそうです
祈

↓ ご朱印 
スタンプ

  



←奉拝 
 平成二十七年十一月五日
  弘法大師
 観音寺


← 泉涌寺七福神めぐり 第三番のご朱印
  奉拝 
  平成二十七年十二月七日
  恵比須神
  観音寺


← 西国三十三カ所観音霊場 第十五番のご朱印
  奉拝 
  大悲殿
  観音寺
  平成二十七年十一月五日



← 西国三十三カ所観音霊場 第十五番 ご詠歌
   平成二十七年十二月七日
   「むかしより たつともしらぬ いまくまの
       ほとけのちかい あらたなりけり」


← 洛陽三十三カ所観音霊場 第十九番のご朱印
   奉拝 
   平成二十七年十一月五日
   大悲殿
   観音寺



← 近畿十楽観音霊場 第一番のご朱印
  平成二十七年十二月七日
  奉拝 
  ぼけ封じ観音
  観音寺



【今熊野観音寺】

山号 新那智山

宗派 真言宗泉涌寺派

ご本尊 十一面観音

所在地 〒 605-0977
        京都府京都市東山区泉涌寺山内町32



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続きまして、泉涌寺塔頭 「戎光寺」(かいこうじ)です

こちらは泉涌寺七福神第2番札所になってます

12月7日(月)に参拝させていただきました
歩く



← 山号標



← 山門



由緒書によると、鎌倉時代の安貞2年(1228年)、後堀河天皇の勅願所として

猪熊八条の地に巨大な伽藍を持つ、戒律復興の道場として建立されました。

「戒光律寺」と呼ばれ、皇族・庶民に崇められてましたが、応仁の乱によって

堂舎が消失。ご本尊は兵火を逃れたので仮に一条戻橋付近に移されました。

その後、さらに三条河東に移築されましたが、正保2年(1645年)後水尾天皇の

発願により、泉涌寺の塔頭となり今に至るそうです


← 泉山融通弁財天 鳥居鳥居



← 泉山融通弁財天 本堂
  こちらの弁財天様は名前の通り、
  「金銭の融通をしてくださる」そうですお金
  学芸・商売はもとより、どんなお願い事にも
  融通をきかせてくれて聞いて頂けるそうですおおーっ!!
  普段は秘仏となっており、年に2回だけ御開帳されます
  


← 本堂
  ご本尊の丈六釈迦如来立像が安置されています
  鎌倉時代の仏師・運慶と湛慶親子の合作でその高さが
  10メートルにも及ぶことから
  「丈六さん」と呼ばれていますにこ
  首の辺りに流れているようなものは血の跡だと
  いわれており、後水尾天皇が即位争いの際、
  暗殺者に寝首をかかれた際、この釈迦如来様が
                            身代わりにたたれついたものといわれてます
                            このことから、「身代わりのお釈迦様」と呼ばれています
  

 
 ← 本堂横の建物に生けてありました
    とっても綺麗~スキ


↓ ご朱印 スタンプ



← 奉拝 
  平成二十七年十二月七日
  丈六殿
  戎光寺



← 泉涌寺七福神 第二番のご朱印
  奉拝 
  平成二十七年十二月七日
  弁財天
  泉山 戎光寺






← 京都十三佛霊場 第三番のご朱印
  奉拝 
  平成二十七年十二月七日
  文殊菩薩
  戎光寺






  













 【戎光寺】

 山号 円通山

 宗派  真言宗泉涌寺派

 ご本尊 丈六釈迦如来

 所在地 〒605-0977
       京都府京都市東山区泉涌寺山内町29


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つづいての七福神巡りのお寺は 泉涌寺塔頭 「即成院」(そくじょういん)です

泉涌寺七福神めぐり第一番札所となってます

こちらにも秋の特別拝観時の11月5日と12月7日に伺いましたルン♪



← 山号標


← 看板です


← 山門凱旋門
  屋根の中央に鳳凰がいます

  宇治の平等院鳳凰堂の鳳凰と向き合う形で
  鎮座しています


← 由緒書



由緒書によると、即成院は平安時代・正暦3年(992年)、恵心僧都が

伏見に建立した光明院を始まりとしています。

当時の関白の藤原頼道は極楽浄土を願い、宇治に平等院を建立。

頼道の3男、橘俊綱も寛治元年(1087年)に伏見桃山に広大な山荘を

造り、光明院を阿弥陀堂として移設しました。その後、様々な変遷をへて

現在の場所に移りました。




← 地蔵堂


← 与一の手洗い場(手水舎)


← 手水舎のところに掲げられてる看板


← 本堂
   特別公開の時には内陣に入ることができ、
   ご本尊様と二十五菩薩様・如意輪観音様を
   間近でみることができます
   二十五菩薩はそれそれが琵琶や笙や腰鼓などの
   楽器をお持ちになってます
   にぎやかで楽しそうな雰囲気です顔
   まさしく仏様のオーケストラっていう感じですスキ
   


← 二十五菩薩お練り法要で使われるお面
  かぶって写真撮ってもいいですよ♪って
  お寺の方が勧めてくれました…(笑)
  

  
  二十五菩薩お練り法要は、毎年10月の第3日曜日に行われる

  阿弥陀如来の来迎する様を具現化した法要です

  本堂を極楽浄土、地蔵堂を現世に見立てて渡された橋を

  大地蔵菩薩を先頭に金色の菩薩の面に金襴の装束の二十五菩薩が

  練り歩いて往復します。


  来年、ぜひ行ってみたいなぁ~ぽっ


← この奥に那須与一の供養塔があります


弓の名手・那須与一のおはなしまと

那須与一は源平の屋島合戦で大活躍した人物です

舟の上で揺れる扇子扇子3を弓矢で射抜き、見事源氏の勝利を導きました


与一はこの合戦の前突然の病に倒れますが、霊験あらたかなる阿弥陀様が

即成院にいらっしゃるのを知り、熱心に祈願し療養されたところ病が癒えました。

屋島合戦で功績をあげたあとも阿弥陀如来への信仰を続け、この地で生涯を終えたそうです


← 那須与一の絵馬
  


← 祈願之塔
  地球をイメージして作られ、美道5原則を通して
  美肌祈願がされているそう
  球体に触れて祈願すると美肌になれるみたいおおーっ!!




← 祈願碑
  杉本博司作で世界の恒久的な平和と繁栄を
  祈願して建立されたそうです


← 吽形の狛犬さん
  



← 阿形の狛犬さん



← 弘法大師様の像



↓ご朱印 
スタンプ


← 奉拝 
  平成二十七年十一月五日
  阿弥陀如来
  東山 即成院


← 泉涌寺七福神 一番のご朱印
   奉拝 
   平成二十七年十二月七日
   福禄寿
   泉山 即成院


 ↓ 平成二七年度 京都非公開文化財秋期特別公開のご朱印 
スタンプ
   この時は4種だけでしたが、あと2種あったみたいです
   もみじの模様が入ってます


← 奉拝 
  京都非公開文化財
  秋期 特別公開
  現世極楽浄土
  平成二十七年十一月五日
  東山 即成院
   



← 奉拝 
  京都非公開文化財
  秋期 特別公開
  現世極楽浄土
  平成二十七年十一月五日
  東山 即成院


← 奉拝 
  京都非公開文化財
  秋期 特別公開
  現世極楽浄土
  平成二十七年十一月五日
  東山 即成院


← 奉拝 
  京都非公開文化財
  秋期 特別公開
  現世極楽浄土
  平成二十七年十一月五日
  東山 即成院











【即成院】

 山号 光明山

 宗派 真言宗泉涌寺派

 ご本尊 阿弥陀如来

 所在地 〒605-0977
       京都府京都市東山区泉涌寺山内町28 




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引き続き、泉涌寺七福神巡りのお話です

泉涌寺七福神には番外が二つあります

なので全部で9つの寺院を巡ることになります

先に番外のうちの一つの泉涌寺を記事にしたので

2つめの番外のお話にしたいとおもいます

2つ目の番外泉涌寺塔頭 「新善光寺」(しんぜんこうじ)です

12月7日(月)参拝。前回は時間がなくて寄れずじまいだったところです

ちょうど15時半くらいだったかな…新善光寺の横に幼稚園園児

あるのですが、お帰りの準備をしてる子供たちのにぎやかな声が

聞こえてました 懐かしいなぁ…ほわゎ

わが子の小さい頃を思い出しつつ山門をくぐります。




← 山門標
  木の影でちょっと見えずらいですが…



← 山門です凱旋門 




← 境内
   よく手入れされて綺麗なお庭です
   真ん中の井戸はもう使ってないのかな…?
   春になると綺麗な枝垂れ桜c.blossoms*が出迎えてくれます




← 右の小さな扉から本堂の方へ向かいます
   普段は閉まってるので、インターフォンを押して
   拝観希望の旨を伝えるとロックを解除してもらえます



由緒書によると、寛元元年(1243年)、僧・値願念西が勧進し、嵯峨天皇の

御願寺として一条大宮の地に創建されました

勅命によって、大工・藤井為行、小工・沙弥教弘らが信州の信濃にある

善光寺のご本尊と同体の全銅阿弥陀如来立像を鋳造してご本尊としたことから

新善光寺と呼ばれるようになりました
うっとり

南北朝・室町時代には寺勢も盛んでしたが、応仁の乱によって焼失
。.・´Д`・.。

文明5年(1473年)、泉涌寺山内に移建し、弧雲正瑞によって再興されました



ロック解除してもらって中の庭園へ。

思ってた以上に広かったですニコリ



 ← 錦鯉たちが水に浮かぶ
    紅葉の間を優雅にいったりきたり…にしき



← 手水鉢にも水紅葉もみじが…風情があって素敵ですテヘ



← 愛染堂
  七福神番外の愛染明王が祀られています
  家庭円満と恋愛成就にご利益がありますハート・はーと
  



← 本堂です
  ご本尊の阿弥陀如来様が祀られています


← 句碑
   「添水闇 小石が石に 育つとき 」 丸山海道
   「本尊に そわかそわかと蝶生まる」 丸山佳子


← 書院

   
 ↓ ご朱印 スタンプ


← 奉拝 
  平成二十七年十二月七日
  妙………殿?
  一條殿 新善光殿

  真ん中の墨書き…達筆すぎてわからない・・・汗



← 泉涌寺七福神めぐり 番外のご朱印

  奉拝 
  平成二十七年十二月七日
  愛染明王
  泉山 新善光寺
  


【新善光寺】

山号 東山

宗派 真言宗泉涌寺派

ご本尊 阿弥陀如来

所在地 〒605-0977
      京都府京都市東山区泉涌寺山内町31


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泉涌寺七福神巡りで参拝したそれぞれのお寺の話に戻りたいと思います嬉しい

まずは泉涌寺(せんにゅうじ)から

こちらには11月5日(木)と12月7日(月)の2回来ています京阪特急8030系

最初、こちらに伺ったのは秋の特別拝観の時で、

塔頭の雲龍院と即成院に参拝した折、泉涌寺にも寄らせてもらいました。

2回目は七福神巡りのためにおとずれましたキャッ*m
にこにこ
七福神巡りでは番外となってます



← 山門凱旋門
  この門は泉涌寺の山号である「東山」の額を
  かかげているので東山門とも呼ばれてます
  額の文字は中国南宋の張即之(ちょうそくし)の
  筆であると伝わってます
 


← 楊貴妃観音堂
  楊貴妃は絶世の美女でしたがその美貌のせいで
  夫の玄宗皇帝の失政と安禄山の乱を招いてしまい
  その乱で楊貴妃は命を落としましたu-n*
  玄宗皇帝は亡き妻の面影を偲ぶため、香木によって
  等身の坐像の聖観音を造ったそう。
  建長7年(1255年)、中国に渡った湛海はその像を
  持ち帰り泉涌寺に安置したといわれてます。



← 浴室onsen*
   床下に鉄釜で湯を沸かす竈があって、
   湯を沸かし、蒸気を床上にいれる古式の
   蒸し風呂です



← 泉涌水屋形水
   泉涌寺の名の由来となった清水を覆う屋形です



由緒書によると、広く「御寺(みてら)」と親しまれてる泉涌寺は天長年間

弘法大師がこの地に草庵を結び、法輪寺と名付けられたことに由来し、

のちに仙遊寺と改名されました

天皇の御代・承久元年(1219年)に当時の開山と仰ぐ月輪大師が

宇都宮信房からこの聖地の寄進を受け、時の宋の法式を取り入れて

大伽藍の造営を志し、嘉禄2年(1226年)に主要伽藍が完成した

その時、寺地の一角から清水が涌き出たことから「泉涌寺」と改めた

今もこの泉は枯れることなく涌き出でているそう。



← 仏殿
   本尊は鎌倉時代の代表的な仏師「運慶」作の
   「三世三尊佛」と呼ばれ、左の阿弥陀如来は「現在」
   中央の釈迦如来は「過去」、右の弥勒如来は「未来」
   の守護尊として、3世にわたって人類の平安と幸福を
   祈念しています


← 舎利殿
  泉涌寺の仏舎利は月輪大師の弟子、
  湛海宗師が安貞2年(1228年)、
  宋より請来した三国伝来の佛牙舎利と呼ばれ、
  不可思議な舎利で釈迦の歯にあたり、説法を
  される口にあることから特に尊い舎利だといわれてます
  

  


← 霊明殿唐門
  



← 扉に皇室の菊の御紋が彫られています


← 霊明殿
  明治17年(1884年)に明治天皇により再建され、
  天智天皇以来の歴代天皇を御尊碑が奉祀されており、
  皇室とのご縁が深く内部の荘厳具は明治天皇以降の
  ご皇族からご増進されたものだそうです



← 11月に参拝したとき菊の展示がしてありました
   大輪の菊菊がとても綺麗!うっとり2

   


← 本坊入口
   入って左手に御座所拝観とご朱印の受付あります
  



← 本坊前のお庭
  白砂がとても綺麗に曳かれています



← 御座所庭園
   御座所は霊明殿再建の際、明治天皇より御所内にあった
   文化15年(1818年)上棟の御里御殿が移築されたものです
  



← 御座所庭園の手水鉢
   縁の狛犬さんたちがかわいい



↓ ご朱印



← 奉拝 
  平成二十七年十一月五日
  霊明殿
  みてら 泉涌寺




← 洛陽三十三観音霊場 第二十番のご朱印
   奉拝 
   平成二十七年十一月五日
   楊貴妃観音
   泉涌寺観音堂 



← 泉涌寺七福神 番外のご朱印です
   番外の為、こちらの墨書きになるそうです

   奉拝 
   平成二十七年十二月七日
   七福神
   泉涌寺



← 京都十三佛霊場 第六番のご朱印です

   奉拝 
   平成二七年十二月七日
   弥勒菩薩
   洛東東山 泉涌寺
  


【泉涌寺】

山号 東山(とうざん)・泉山(せんざん)

別称 御寺(みてら)

宗派 真言宗泉涌寺派

寺格 総本山

ご本尊 釈迦如来
     阿弥陀如来
     弥勒如来

所在地 〒605-0977
      京都府京都市東山区泉涌寺山内町27

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12月8日(火)

泉涌寺の七福神ご朱印帳の記事を書いたので、巡ったそれぞれのお寺のことを記事に

しようと思ってましたが、ブロ友さんから7日の晩に、

「8日も千本釈迦堂で大根炊き」があるよって教えてもらえたので急遽行ってきました

記憶が薄れないうちにこちらを先に記事にさせてもらいます

「千本釈迦堂 大報恩寺」(せんぼんしゃかどう だいほうおんじ)



← 山号標



← 大根焚きの看板
   12月8日はお釈迦様が悟りをひらいた日で、
   成道会の法要が行われます
   こちらの大根焚きをいただくと
   中風・悪病にかからないといわれています
   2日間で約4千本の大根が使われるそうです
  



←山門 
  朝10時半頃はまだそんなに並んでません…が
  昼を超えた頃、この山門前の参道から道路まで
  大根焚きの行列ができてました…え゛! 




← 稲荷社



← 不動明王堂


← 北野経王堂成就寺
  明徳2年(1391年)山名氏清が将軍家に背き、明徳の乱を
  起こしましたが足利義満に返り討ちに。
  翌年、義満は山名一族とその戦いによって
  亡くなった兵士たちのために供養をし、
  北野経王堂成就寺を建立。江戸時代になり、
  この大堂が荒廃し、解体され小堂になった時、
  その解体された木材を運びこの地に復元したのが
                            このお堂です


← 阿亀桜(おかめさくら)桜
  見事な枝垂れ桜です
  本日は参拝客が多く、枝垂れを守るために結ばれてます
 



← 本堂



← 本堂 (横側から撮影)



由緒書によると、安貞元年(1227年)で義空上人によって創建されました

応仁の乱や数々の災害にも消失することなく残り、京都市内では最古の仏堂建築物です

大御影堂造営の際、大光柱が見つからず工事は停滞。時を同じくして、

摂津の材木商「成金」の一夜の夢に金色白眉の老僧が現れ、お告げをします

「洛中に一大精舎を建立しようとしています。あなたの持つ巨木の中に

大光柱にするべきものがあるので寄進してもらいたい」と。

成金が応じたところ、老僧は巨木の頭に大報恩寺の刻印を打って帰っていきました

目が覚めた成金は早速材木を調べたところ、刻印が打ってあるものを発見!

その翌日、寺を訪れたところ夢にでてきた老僧は仮堂に安置している迦葉尊者であったことから

成金はおおいに感激し材木を寄進したそうです



← 千体地蔵塔



← 霊宝殿
  有料にはなりますが、数々の寺宝や
  仏師・快慶作の十大弟子像、
  仏師・定慶作の六観音を拝観することができます



← ぼけ封じ観音菩薩像




← おかめ塚おかめさん福笑い


少し悲しいおかめさんのおはなしえーん

鎌倉時代、大工の棟梁の高次とその妻・阿亀(おかめ)がいました

この千本釈迦堂を造営する際、かけがえのない大事な四本の柱の

うちの1本を短く切ってしまいましたガーン

悩んでいる高次におかめは「いっそ他の材も短く切ったら?」と助言します

この助言が功をなし、無事に本堂を建てることができましたテヘ

しかしおかめは自分の提言によって夫が棟梁としての大任を果たしたと世に知れたら…と

夫の名誉を守るために棟上式の前に自ら命を絶ってしまいます…泣く

棟上式の日、高次は亡き妻おかめの冥福を祈り、おかめの面を御幣につけて飾りました

今でも家の棟上式にはおかめ御幣があげられる習慣があるそうです



← 布袋尊像
   笑顔がかわいいはぁと



← 大根焚きの券
   先にこちらの券を購入して授与所で引き換え
   となります 一皿千円です
   (ちょっと高い…って思ったのはナイショ)



← こちらが振る舞われた大根焚きおでんの大根
  大きな大根が3つときつねあげが1枚入ってます
  タッパーなどの容器があれば持って帰ることもできます
  容器は大根焚きの券のところでも販売してます
  味が良くしみてて美味しかったぁ~~~きゃー
  一年の無病息災を祈りながらいただきましたhappy*


← 生の聖護院大根授与所大根
  自分の家で焚きたいって方は生の大根も
  頂けます こちらも一本千円!



← 大根に不動明王さまもしくは観音さまの梵字が
   書かれています


← 大根焚きの大釜釜
   ひとつで何人分焚けるんだろう・・・?


↓ ご朱印
スタンプ



← 奉拝 
  平成二十七年十二月八日
  釈迦如来
  千本釈迦堂





← 新西国霊場 第十六番のご朱印

  奉拝 
  平成二十七年十二月八日
  六観音
  千年釈迦堂



← 近畿十楽観音霊場 第二番
   
   奉拝 
   平成二十七年十二月八日
   六観音
   千本釈迦堂



← 京都十三佛霊場 第八番のご朱印

  瑞応山
  平成二十七年十二月八日
  観音菩薩
  大報恩寺



【大報恩寺 千本釈迦堂】

山号 瑞応山 宗派 

真言宗智山派

ご本尊 釈迦如来

所在地 〒602-8319       
      京都府京都市上京区七本松通今出川上ル


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泉涌寺の塔頭・戎光院でみつけました~おぉ!

「京都泉涌寺七福神めぐり」 専用のご朱印帳です


↓ ご朱印と七福神の写仏をするご朱印帳です
   紐で閉じるタイプで書き置きをもらうものではなく
   その場で書いて頂きます 




↓ 説明書きです
   泉涌寺七福神では七福神以外に番外として
   愛染明王・楊貴妃観音を一緒に参拝し、
   七福ではなく九福(久福)が授かることができるそうおお




↓ 右が写仏のページで左がご朱印を頂くスペースになってます
   写仏のページは薄い紙になっていて、七福神が描かれた紙を
   下に敷いてます これをなぞっていきます筆

   写仏は元旦から始めて、1日1枚ずつ仕上げていこうかなぁと考えてます
   初めてだから上手くできるかなぁ…
ドキドキ><





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毘沙門天つながりの流れでこちらの寺院の記事を先にあげることにしました

12月4日(金) 京都・山科にある「毘沙門堂門跡」にいってきました~

ど~~~しても有名な敷き紅葉
momiji*が見たくて見たくて…祈

この秋、3回目の参拝にして念願叶いました
わぁい

(ちょっと想像よりは敷き紅葉が少なかったけど…
ざんねん…

ちなみに… 1回目 11月2日  2回目 11月15日 参拝です

写真は時系列が入り乱れてますが、お許しくださいね
ペコリ

紅葉のビフォーアフターを楽しんでいただけたら幸いです。



← 門跡碑
  11月2日撮影 まだまだ紅葉してません
  手前の小さな橋は「極楽橋」と呼ばれてます



← 仁王門
   阿吽の二天像様が護ってます




← 仁王門の赤い大提灯提灯
  



← 経蔵



← 鐘楼 かね


← 由緒書



毘沙門堂は天台宗五箇室門跡のひとつで、大宝3年(703年)文武天皇の勅願により

行基が創建した護法山出雲寺(京都市上京区)が起源といわれてます

その後、度重なる戦乱から苦難の道をたどり、寛文5年(1665年)、現在の地に再建。

後西天皇の皇子の公弁法親王が入寺してより門跡寺院となりました


← 唐門と本殿
  本殿ではご本尊の毘沙門天様を祀ってます
  天台宗宗祖・比叡山を開山された伝教大師の御自作で
  延暦寺の根本中堂のご本尊の薬師如来の余材で
  作られたため大きさが二寸二分ほどしかないそうです
  秘仏となっていて333年に一度の御開帳になってますu-n*
  


← 本殿から霊殿への渡り橋にて撮影
   中央のお堂は高台弁財天です
   ここの紅葉はほんと見事ですキャッ*m



← 晩翠園(ばんすいえん)・12月4日撮影です
  谷川の水をひき、滝を造った江戸初期の回遊式庭園で
  「心字」の裏文字を模った池に亀石・鳥石・座禅石を配置
  しています
  


← 晩翠園の手水鉢
   一品公弁親王が大変このまれた鞍馬自然石の手水鉢
   手水に浮かぶ紅葉もみじがいい感じ~おぉ!

  



← 歌碑
  「初寅の 頂点となる 大篝火」
                  伸以知



← 前庭の枝垂れ桜桜*
  「般若桜」とも呼ばれてます
  樹齢百五十年の巨木で、その枝張りは30mにも及ぶそう
  春の開花時期にまた見に来たいなぁぽ


← 歌碑 
  「宸殿乃 左近の梅として 愛でる」 



← 宸殿
  見る位置によって動いているように見える
  不思議な襖絵がたくさんあります
  お寺の方の説明もとてもわかりやすく面白いので
  拝観料は必要ですが聞いてみる価値は大です!!!
  



← 宸殿入口



←宸殿玄関に飾ってある屏風
  生けている花と「夢」の競演が素晴らしいにこにこ 

 



←高台弁財天
  太閤秀吉公の大政所・高台尼公が大阪城内に
  祀っていたものを庶民福楽を願って移したそうです
  別名「不老弁財天」といいます


← 高台弁財天から本殿を撮影


← 勅使門から薬医門への道


← 勅使門下の坂道の参道
  ここの敷き紅葉が見たくて来ました
  2011年「そうだ、京都行こう」でも紹介されたとこです

  風が強かった日のせいかあまり敷き詰められてないなぁ…
  雨上がりとかの方が綺麗なのかも…?
  晴れてると紅葉も乾燥してカサカサな感じかおもじ
  また来年リベンジしたいと思いますあんぱんまん




↓ ご朱印です


← こちらは通常頂けるご朱印です

  奉拝 
  平成二十七年十二月四日
  毘沙門天王
  山科 毘沙門堂




← 11月1日から「毘」の文字が
   入った紅葉の印を押して頂けます
   紅葉が色づくにつれて…紅葉印の色も変わっていきます
   遊びゴコロがあっていいですネハート
   紅葉印の押印も12月6日で終了だそうです
 
   奉拝 
   平成二十七年十一月二日
   毘沙門天王
   山科 毘沙門堂

   

    



←  奉拝 
    平成二十七年十一月十五日
    毘沙門天王
    山科 毘沙門堂



←  奉拝 
   平成二十七年十二月四日
   毘沙門天王
   山科 毘沙門堂




↓ 秋限定のご朱印
   12月6日までの拝受となってます



 ← 奉拝 
   平成二十七年十一月二日
   不動尊
   山科 毘沙門堂


← 奉拝 
   平成二十七年十一月二日
   不動尊
   山科 毘沙門堂


← 奉拝 
   平成二十七年十一月二日
   高台弁財天
   山科 毘沙門堂


← 奉拝 
   平成二十七年十一月二日
   高台弁財天
   山科 毘沙門堂


12月4日に参拝した折、授与所で新作のオリジナルご朱印帳がありました

ビロードっぽい生地で、赤 青 紫 ピンク 緑 の5色のようです

ですが、緑以外の色は全部売り切れになってました
つかれた

来年の2月に各色50冊ずつ再頒布されるそうです
にこにこ




【毘沙門堂門跡】

山号 護法山

宗派 天台宗

ご本尊 毘沙門天

所在地 〒607-8003
      京都府京都市山科区安朱稲荷山町18

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24日に再び勝林寺へ…
歩く

この日の目的は秋の特別拝観ライトアップひかり

お寺の方による秘仏の毘沙門天や虎の大襖絵の説明を聞かせていただき、

そのあと本堂内を自由に拝観させてもらいました。 

毘沙門天像も襖絵もとても立派で素晴らしかったですおぉ!

大襖絵の三頭の虎しまじろうは毘沙門天と奥様の吉祥天・お子様の善膩師童子を

表してるそうです。 すごくリアルに描かれてて今にも動き出しそう…どきどき

毘沙門天が虎になぞらえてるのは、毘沙門天が出現したのが、

寅の年、寅の日、寅の刻とされたことからだそう。

このことから虎もまた毘沙門天の「神使」とされているようです

お庭も暗闇の中、ライトで紅葉momiji*が照らされてとても幻想的で綺麗でしたキラキラ

あまり混んでなかったのでゆっくり眺めることができましたぽ

ただ、吉祥紅葉がこの時期でもまだあまり紅葉してなかったのが少し残念…えーん



← 看板です


← 本堂前の紅葉もみじ
   紅く綺麗に色づいてます紅葉


← 本堂
 本堂前の緑色の木が吉祥紅葉です
 まだまだ紅葉は先なのかな…? 



← 嘯月庭
  無数の虎が月に吠える様子を表現しているそうです
  (堂内は撮影禁止ですが、お庭は撮影OKです)

 
← 境内の紅葉のアップです
   



キラキラ平成27年度 秋の特別拝観ご朱印キラキラ

   こちらはご住職様がいらっしゃるときにだけ授与していただけますわーい




← 奉拝 
  平成二十七年十一月二十四日
  虎嘯(こしょう)
  勝林寺

  虎嘯とは「虎が吠えること」
  「英雄や豪傑が世に出て活躍するたとえ」
  をあらわしています
  



前回の「勝林寺①」の記事は こちら クリック 



【勝林寺】

宗派 臨済宗

ご本尊 毘沙門天王

所在地 〒605-0981
      京都府京都市東山区本町15-795

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また少し遡って 11月5日(木)。

(時系列がバラバラですみません…
ごめんなさい 

東福寺塔頭 毘沙門堂 「勝林寺」(しょうりんじ)を参拝してきました

ちょうどヨガ体験の日だったみたいで

お堂にヨガウェアを着た方がたくさんいらっしゃいました
おぉ!

こちらのお寺ではヨガのほかに座禅の体験もできます(予約制)。

こういうのもいいなぁ~ちょっと参加してみたいなぁ…て思ったりするのですが、

なにぶん一人でお寺を巡ることが多いのでちょっと勇気が…
(´・ω・`)

いつか行けたらいいなぁ…
ほわゎ

この日は本堂は閉じられていたので扉越しの参拝です

特別参拝時のみ本堂や毘沙門堂に入れます…
ザンネン…。


← 山号標と看板です
   看板の毘沙門天の紋には使い番のムカデ
   描かれてます




← 南門
   階段の脇にたくさんののぼりが立ってます




← 東門



← 由緒書


勝林寺は東福寺の塔頭寺院であり、天文19年(1550年)

第二百五世住持の高岳令松(こうがくれいしょう)によって

勝林庵として創建されました。

本山の東福寺の鬼門(北方)に位置し、仏法と北方と守護するところから

「東福寺の毘沙門天」と呼ばれています。

ご本尊の毘沙門天像は東福寺仏殿の天井内に密かに安置されていたものを

江戸時代に独秀令岱禅師が
高岳令松の霊告よって発見し、

勝林寺のご本尊として祀られるようになりました。


← 手水舎



← 本堂
  五摂家の一つ・近衛家の大玄関を移築したものだそう
   




← 吉祥紅葉もみじ
   その美しさから吉祥天が宿る紅葉と言われています
   「美しさ」「良縁」を求める女性にご利益があります
   この時点ではやっと紅葉が始まったところです



← 石塔
   近衛家の一切経を納めているそうです



←神社境内
 ところどころ紅葉が始まってます


↓ ご朱印です
スタンプ



← 通常頂けるご朱印です

  奉拝 
  平成二十七年十一月五日
  毘沙門天
  勝林寺


↓ 下の三色のご朱印は平成27年度秋限定のご朱印です

    



← ピンク色
  奉拝 
  平成二十七年十一月五日
  毘沙門天
  勝林寺



← ベージュ金箔
  奉拝 
  平成二十七年十一月五日
  毘沙門天
  勝林寺



 紫金箔
  奉拝 
  平成二十七年十一月五日
  毘沙門天
  勝林寺




ありがと この秋限定ご朱印のご授与は12月中旬までのご予定だそうです

   そのあとは冬のご朱印になるそう…

   1月1日から3日まで3日間だけの特別ご朱印がでるそうです

   
楽しみ~わーい

【勝林寺】

宗派 臨済宗

ご本尊 毘沙門天王

所在地 〒605-0981
      京都府京都市東山区本町15-795




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