車の運転 その後
なんだか今更な話ですが、車をぶつけた話(9月1週)のその後。記録まで。
車をぶつけて週末をはさみ、3日ぶりの運転でした。
その第2週目の月曜日はリンツ中の学校の始業式の日でもあり、かつぽぽちゃんが今年からドイツ語コースを幼稚園で無料で受けるようになった為、初めての8時までの登園。
緊張しつつもいつも乗り慣れた幼稚園までの道のり・・・と思いきや、やはりぶつけたことが尾を引いているのか、全くスムーズにいかない!!
緊張がいつもより格段に上ということは車に乗る前から分かったのですが、だったら慎重に走ればいいものの、逆に焦ってしまい、しかも緊張しすぎていることでその制御も効かない。
譲らなければならないところを、一瞬のスキを狙って「えいやっ!」と行ってしまったり、後ろの車のことが気になって、自分のペースで運転できなかったり。アクセル噴かしたりオタオタしたりのくり返し。
しかし・・・いつもより30分違うだけで、こんなにも交通量、運転する人の質(?)が違うものなの!!
学校始まりということもあってか、どの車もストレスがあるように見受けられ(一番あったのは自分なんでしょうが)、今までにないくらいクラクションを何回もならされました。
そんな日に限って、狭い道にクレーン車が止まっていたり、ゴミ収集車が走っていたり。
一瞬パニックになった時には、ウインカーも出せず(上に出したり下に出したり)、気づいたときにはウインカーでなく夜間用のヘッドライトを点灯してました(爆)
これが同じ道を運転して3ヶ月目!?!?という感じ・・・
帰った時には精神的にグッタリ
何よりも怖かったのは、自分を信頼できなくなってしまったこと。
車をぶつけた時に、ちゃんと「見た」はずだった。
見たはずだったのに起こってしまったことで、見て確認しても「やっぱり見落としがあるんじゃないか」という不安が常につきまとって、何回見ても不安になってしまうんです。
その後旦那さまに、他の車をぶつけた場合についての指示を仰いだのですが、
「オーストリアの場合、ちゃんとぶつけたことを正直に言えば警察沙汰にはならないから、自分の名前と電話番号を書いた紙を相手の車に貼ればいいんだよ」
と言われてから、「その為の紙とペン」を持たないと車に乗れなくなってしまいました(爆)
それまでも「もしも」のことを考えて、携帯電話を初め「もたなければいけないもの」の強迫観念があったのですが、これからその数が増えていったらどうしよう!?
という話を妹にしたら
「姉ちゃん・・・なんだか戦ってるね」
そうなんです。
一番の原因は、車に乗る一番の目的を見失ってしまったこと。
もちろん子供の為、自分の為でもあります。便利だし、ここまでやってきてもう2度と絶対ペーパーに戻りたくない!!という強い思いも。
でも・・・でも、それが重い「課題」となって、生活自体を楽しめなくなっていました。
朝起きたら、まず車の運転から始まる。
上手くできなかったら自己嫌悪に陥るし、どうかすると人として失格なんじゃないかと思うくらい凹むこともある。
車なしでの生活でここまで来てしまったのもあるのでしょうが、ショッピングにしても何にしても、車でしか行けないところにどうしても行きたいという思いがそんなにない。
車に乗って楽しいことを想像するよりも、苦手意識への「克服」と題して、ずっとそれと戦うことしか考えていませんでした。
そんなんで行き詰まるのも無理はなく・・・
翌週に、旦那さまに
「なんか、しんどい。オーストリアにいるのがしんどい」
と言ったまま涙が止まらず・・・・その後発熱(爆)一晩寝込みました(笑)
まさか車の運転で熱出すなんて・・・(恥)
旦那さまから
「君は運転の才能がないし、隣にいても僕が緊張するくらい緊張しているよ。このまま運転し続けても、事故にあって怪我して、怖くなって2度と乗れなくなるのがオチだよ」
と言われて
「なんてひどい人!!!!」
と、ここまで頑張った妻の努力(←自分で言うかぃ(笑))を認めようともしないで・・・と落ち込んだのですが、ネットで「運転恐怖症」関連の質問欄に出てくる解答も、半数が
「怖いのなら乗らない方が、他の車のため、人のため、社会のため」
というコメントで、そう思っている人は少なからずいるのだなぁと。
その中で自分に再び言い聞かせなければいけない、いいコメントを見つけました。
「まず最初に心に刻むべきは、車の運転は自己責任だということです。
他のドライバーがどうしようと、あなたが安全だと思う方法で運転するというのが鉄の芯のように心の中になければなりません。」
自分の運転を見失いかけていたので、ハッとさせられました。
そして、「なるほど」と思ったのは
「意識の高い人は最初からうまいです。それは、実技をする前、習っている最中から知識をフル稼働し、頭の中のイメージトレーニングが出来ているからです。」
実は、前述のCちゃん、私がこのままだったら1年はかかるだろうと思われる、「行ったことない道を、カンを頼りに行く」ということをやってのけちゃうのですが、彼女の口からは
「でも、あそこ旦那さまに同乗して何回も通ったことがあるからだよ~」
という言葉が出るだけ。彼女がまさにそういうタイプだったのだと納得。
私もリンツに住んで早5年。旦那さまと何十回も通った道があるはずなのに・・・助手席にドーンと座って、ドライバーの目で道路を見たことがなかったんですねぇ・・・今更ながらもったいなかった。
旦那さまの運転が上手ということは、それを意識して見ていれば、一緒に乗っているだけでも吸収できることが多いはず。
と思って、今日は助手席で集中していたのですが、ともするとあっという間に「助手席の人」になってしまう私(^^;もう少し意識改革が必要みたい。
ただ・・・才能なくてもやっぱり諦められない!
ここで止めるなんて、悔しすぎる。
というわけで、路面が凍結する季節まで(!)相変わらず幼稚園送迎を続けたいと思います。
今週、車の修理と冬タイヤ交換で1週間運転をお休みしたけれど(運転から開放されて楽しい1週間だったぁ(笑))、来週月曜からまた・・・奮闘だぁ!
そして、走る目的を、楽しみを、もう一度考えてイメージトレーニングし直したいと思います☆
追記)このカテゴリーに関してはいつも後ろ向きな記事ですみません(^^;。でも、「励ましてもらおう」とかそういう意図はホントにないんです。ブログを書くことはずっと昔から好きでやってきたことなので。全くないかと言われれば、意識していないところで、そういうこともないかもわからないですが・・・。
私自身、解決しない愚痴の類いは好きではないので、「いつか運転できるようになる!」ことを前提で書いています。ので、気長に見てやって下さい(^^;
車をぶつけて週末をはさみ、3日ぶりの運転でした。
その第2週目の月曜日はリンツ中の学校の始業式の日でもあり、かつぽぽちゃんが今年からドイツ語コースを幼稚園で無料で受けるようになった為、初めての8時までの登園。
緊張しつつもいつも乗り慣れた幼稚園までの道のり・・・と思いきや、やはりぶつけたことが尾を引いているのか、全くスムーズにいかない!!
緊張がいつもより格段に上ということは車に乗る前から分かったのですが、だったら慎重に走ればいいものの、逆に焦ってしまい、しかも緊張しすぎていることでその制御も効かない。
譲らなければならないところを、一瞬のスキを狙って「えいやっ!」と行ってしまったり、後ろの車のことが気になって、自分のペースで運転できなかったり。アクセル噴かしたりオタオタしたりのくり返し。
しかし・・・いつもより30分違うだけで、こんなにも交通量、運転する人の質(?)が違うものなの!!
学校始まりということもあってか、どの車もストレスがあるように見受けられ(一番あったのは自分なんでしょうが)、今までにないくらいクラクションを何回もならされました。
そんな日に限って、狭い道にクレーン車が止まっていたり、ゴミ収集車が走っていたり。
一瞬パニックになった時には、ウインカーも出せず(上に出したり下に出したり)、気づいたときにはウインカーでなく夜間用のヘッドライトを点灯してました(爆)
これが同じ道を運転して3ヶ月目!?!?という感じ・・・
帰った時には精神的にグッタリ

何よりも怖かったのは、自分を信頼できなくなってしまったこと。
車をぶつけた時に、ちゃんと「見た」はずだった。
見たはずだったのに起こってしまったことで、見て確認しても「やっぱり見落としがあるんじゃないか」という不安が常につきまとって、何回見ても不安になってしまうんです。
その後旦那さまに、他の車をぶつけた場合についての指示を仰いだのですが、
「オーストリアの場合、ちゃんとぶつけたことを正直に言えば警察沙汰にはならないから、自分の名前と電話番号を書いた紙を相手の車に貼ればいいんだよ」
と言われてから、「その為の紙とペン」を持たないと車に乗れなくなってしまいました(爆)
それまでも「もしも」のことを考えて、携帯電話を初め「もたなければいけないもの」の強迫観念があったのですが、これからその数が増えていったらどうしよう!?
という話を妹にしたら
「姉ちゃん・・・なんだか戦ってるね」
そうなんです。
一番の原因は、車に乗る一番の目的を見失ってしまったこと。
もちろん子供の為、自分の為でもあります。便利だし、ここまでやってきてもう2度と絶対ペーパーに戻りたくない!!という強い思いも。
でも・・・でも、それが重い「課題」となって、生活自体を楽しめなくなっていました。
朝起きたら、まず車の運転から始まる。
上手くできなかったら自己嫌悪に陥るし、どうかすると人として失格なんじゃないかと思うくらい凹むこともある。
車なしでの生活でここまで来てしまったのもあるのでしょうが、ショッピングにしても何にしても、車でしか行けないところにどうしても行きたいという思いがそんなにない。
車に乗って楽しいことを想像するよりも、苦手意識への「克服」と題して、ずっとそれと戦うことしか考えていませんでした。
そんなんで行き詰まるのも無理はなく・・・
翌週に、旦那さまに
「なんか、しんどい。オーストリアにいるのがしんどい」
と言ったまま涙が止まらず・・・・その後発熱(爆)一晩寝込みました(笑)
まさか車の運転で熱出すなんて・・・(恥)
旦那さまから
「君は運転の才能がないし、隣にいても僕が緊張するくらい緊張しているよ。このまま運転し続けても、事故にあって怪我して、怖くなって2度と乗れなくなるのがオチだよ」
と言われて
「なんてひどい人!!!!」
と、ここまで頑張った妻の努力(←自分で言うかぃ(笑))を認めようともしないで・・・と落ち込んだのですが、ネットで「運転恐怖症」関連の質問欄に出てくる解答も、半数が
「怖いのなら乗らない方が、他の車のため、人のため、社会のため」
というコメントで、そう思っている人は少なからずいるのだなぁと。
その中で自分に再び言い聞かせなければいけない、いいコメントを見つけました。
「まず最初に心に刻むべきは、車の運転は自己責任だということです。
他のドライバーがどうしようと、あなたが安全だと思う方法で運転するというのが鉄の芯のように心の中になければなりません。」
自分の運転を見失いかけていたので、ハッとさせられました。
そして、「なるほど」と思ったのは
「意識の高い人は最初からうまいです。それは、実技をする前、習っている最中から知識をフル稼働し、頭の中のイメージトレーニングが出来ているからです。」
実は、前述のCちゃん、私がこのままだったら1年はかかるだろうと思われる、「行ったことない道を、カンを頼りに行く」ということをやってのけちゃうのですが、彼女の口からは
「でも、あそこ旦那さまに同乗して何回も通ったことがあるからだよ~」
という言葉が出るだけ。彼女がまさにそういうタイプだったのだと納得。
私もリンツに住んで早5年。旦那さまと何十回も通った道があるはずなのに・・・助手席にドーンと座って、ドライバーの目で道路を見たことがなかったんですねぇ・・・今更ながらもったいなかった。
旦那さまの運転が上手ということは、それを意識して見ていれば、一緒に乗っているだけでも吸収できることが多いはず。
と思って、今日は助手席で集中していたのですが、ともするとあっという間に「助手席の人」になってしまう私(^^;もう少し意識改革が必要みたい。
ただ・・・才能なくてもやっぱり諦められない!
ここで止めるなんて、悔しすぎる。
というわけで、路面が凍結する季節まで(!)相変わらず幼稚園送迎を続けたいと思います。
今週、車の修理と冬タイヤ交換で1週間運転をお休みしたけれど(運転から開放されて楽しい1週間だったぁ(笑))、来週月曜からまた・・・奮闘だぁ!
そして、走る目的を、楽しみを、もう一度考えてイメージトレーニングし直したいと思います☆
追記)このカテゴリーに関してはいつも後ろ向きな記事ですみません(^^;。でも、「励ましてもらおう」とかそういう意図はホントにないんです。ブログを書くことはずっと昔から好きでやってきたことなので。全くないかと言われれば、意識していないところで、そういうこともないかもわからないですが・・・。
私自身、解決しない愚痴の類いは好きではないので、「いつか運転できるようになる!」ことを前提で書いています。ので、気長に見てやって下さい(^^;