たーまごっ♪
夏に日本から帰って来て、タンタンが
「たーあごっ、たーあごっ♪(訳:「たーまごっ、たーまごっ♪」)
と何回か歌っているのを聞いて、NHKの「みーつけたっ!」の番組内で出てくる歌だと分かってはいたけれど、どんな歌詞だっけ・・・
と検索したら、ありました☆
「みいつけた!」
(もしかしたら削除されちゃうかもしれませんが・・・)
ボーっと聞いていたら、歌詞に感動してしまいました(笑)
子供が好奇心いっぱいに何かを探求すること。体をいっぱい使って、一日中お外で遊んで・・・。
ただ落ちているだけの石、落ち葉、草、虫たち・・・子供にとってはすべてが不思議で面白くて。時間が経つのも忘れて、触ったりつついたりした子供心を思い出しました。
とは言っても、実は子供の頃はそういった時間がそんなになかった私。
幼稚園の頃からびっくりするくらい毎日お稽古ごとがあって、自営業なので週末も両親は仕事だし、家族は祖父母も一緒の7人所帯。自分が今の生活でいっぱいいっぱいなのが信じられないくらい、母は猛烈に忙しかったと思います。
だからというのか、まぁ彼女の性格もあったでしょうが、子供と、子供目線で同じ時間を共有してくれた思い出がありません。
私が今、働かないで専業主婦として子供を育てるという選択をしたとき、子供の為だと言いながら、一番は自分の為だということが、最近になってつくづく感じるようになりました。
自分が実は子供の頃に母にやってもらいたかったこと、自分がしたかったこと、自分が子育てという行為を通して、自分の子供だった頃をもう一度反芻し、足りていなかったものを補っているような気がしてなりません。
子供達と一緒に座って飽きるまで本を読んであげたり、公園でじっとしゃがんで何かを観察している我が子に、「早く行こうよ」と絶対言わずに一緒についていたり。(注:もちろん毎日そういうわけではありません(爆))
そこに映る我が子供の先には、自分(の子供の頃)の姿があったんですねぇ。。。
もちろん言うまでもなく、それでも母にはたくさんの愛情をかけてもらったし、感謝してもしつくせない思いがあります。亡くなってしまったからなおさらなのだけれど。
そんな話を、夏に一時帰国をしていて妹としていて「ホントにそうだよね!」とお互い納得したのが子育ての話。
「これでいい、悪いって子育て、ないよね」
と。
もちろん体罰を初め、絶対してはいけない類の子育てはありますが、私達が日々悩んでいるような些細なこと。
毎日が、些細な選択の積み重ねによって作られていて、子育てもしかり。
つまり、子育てって育てる人の生き方そのものだよね~、と。
面白いもので、パーフェクトな人間が存在しないのと同じように、パーフェクトな子育ても存在しない。子供がいち人格を持っているからこそ、親の性格や相性なんかも含めると「こうだからこう!」という解答は子育てに存在しないのだと。
つまり、私の現時点での子育てでの短所を妹はズバリと指摘してくれたのですが、
「だからってさ、直せるものでもないし、直さなきゃいけないものでもないんだよ。それは姉ちゃんそのものだから」
と言われたんです。
そんな妹、まだ子供いないんですが(爆)
でも言われて確かに納得。
すっごく極端な例ですが、御両親がとっても仲が良くて理想の夫婦で、自分がそれに見合うようなパートナーが見つからないっていうお友達、います。逆に実家が居心地良すぎて、出て行くのが億劫だという子も。
反対に、親が少々未熟だったりすると、子供が早く自立することもあります。音楽家(はしくれな私も含め)でもそうですが、親が「明日から援助しないよっ!」ていうタイプだと必死になって働き口を見つけたり、親の理解がありすぎるとズルズルと勉強期間が延びてしまったり。
思い出すと、本当に色々な例があり、一時期の「いい子」を育てるのではなく、子供の一生のスパンを考えると、「こうしたらいい」「ああしたらいい」という決定項はないのだということを、つくづくと考えさせられます。
「唯一言えることは、トータルして十分な愛情をあげられれば、それで良いよね!!」
ってお互い納得して(ってしつこいけど、妹は子供まだいないんですが(爆))話は終わりました(笑)
で何が言いたかったかというと、ここまで前置きなんですが(←長っっっ(爆))、明日、旦那さま曰く、最後の秋晴れなんだそうです。(って書いておいて10月にもそんな日がでてきたらごめんなさい(^^;)土曜日からお天気も気温も下り坂・・・って旦那さまが言わなくてもオーストリアにお住まいのみなさんだったら知ってますよね(^^;
そんなわけでインドアな私も、子供と秋晴れを楽しみにハイキングに行こうと思います☆
明日はどんな「たーまごっ!」が見つかるかな?
では、みなさんも良い週末を~☆
「たーあごっ、たーあごっ♪(訳:「たーまごっ、たーまごっ♪」)
と何回か歌っているのを聞いて、NHKの「みーつけたっ!」の番組内で出てくる歌だと分かってはいたけれど、どんな歌詞だっけ・・・
と検索したら、ありました☆
「みいつけた!」
(もしかしたら削除されちゃうかもしれませんが・・・)
ボーっと聞いていたら、歌詞に感動してしまいました(笑)
子供が好奇心いっぱいに何かを探求すること。体をいっぱい使って、一日中お外で遊んで・・・。
ただ落ちているだけの石、落ち葉、草、虫たち・・・子供にとってはすべてが不思議で面白くて。時間が経つのも忘れて、触ったりつついたりした子供心を思い出しました。
とは言っても、実は子供の頃はそういった時間がそんなになかった私。
幼稚園の頃からびっくりするくらい毎日お稽古ごとがあって、自営業なので週末も両親は仕事だし、家族は祖父母も一緒の7人所帯。自分が今の生活でいっぱいいっぱいなのが信じられないくらい、母は猛烈に忙しかったと思います。
だからというのか、まぁ彼女の性格もあったでしょうが、子供と、子供目線で同じ時間を共有してくれた思い出がありません。
私が今、働かないで専業主婦として子供を育てるという選択をしたとき、子供の為だと言いながら、一番は自分の為だということが、最近になってつくづく感じるようになりました。
自分が実は子供の頃に母にやってもらいたかったこと、自分がしたかったこと、自分が子育てという行為を通して、自分の子供だった頃をもう一度反芻し、足りていなかったものを補っているような気がしてなりません。
子供達と一緒に座って飽きるまで本を読んであげたり、公園でじっとしゃがんで何かを観察している我が子に、「早く行こうよ」と絶対言わずに一緒についていたり。(注:もちろん毎日そういうわけではありません(爆))
そこに映る我が子供の先には、自分(の子供の頃)の姿があったんですねぇ。。。

もちろん言うまでもなく、それでも母にはたくさんの愛情をかけてもらったし、感謝してもしつくせない思いがあります。亡くなってしまったからなおさらなのだけれど。
そんな話を、夏に一時帰国をしていて妹としていて「ホントにそうだよね!」とお互い納得したのが子育ての話。
「これでいい、悪いって子育て、ないよね」
と。
もちろん体罰を初め、絶対してはいけない類の子育てはありますが、私達が日々悩んでいるような些細なこと。
毎日が、些細な選択の積み重ねによって作られていて、子育てもしかり。
つまり、子育てって育てる人の生き方そのものだよね~、と。
面白いもので、パーフェクトな人間が存在しないのと同じように、パーフェクトな子育ても存在しない。子供がいち人格を持っているからこそ、親の性格や相性なんかも含めると「こうだからこう!」という解答は子育てに存在しないのだと。
つまり、私の現時点での子育てでの短所を妹はズバリと指摘してくれたのですが、
「だからってさ、直せるものでもないし、直さなきゃいけないものでもないんだよ。それは姉ちゃんそのものだから」
と言われたんです。
そんな妹、まだ子供いないんですが(爆)
でも言われて確かに納得。
すっごく極端な例ですが、御両親がとっても仲が良くて理想の夫婦で、自分がそれに見合うようなパートナーが見つからないっていうお友達、います。逆に実家が居心地良すぎて、出て行くのが億劫だという子も。
反対に、親が少々未熟だったりすると、子供が早く自立することもあります。音楽家(はしくれな私も含め)でもそうですが、親が「明日から援助しないよっ!」ていうタイプだと必死になって働き口を見つけたり、親の理解がありすぎるとズルズルと勉強期間が延びてしまったり。
思い出すと、本当に色々な例があり、一時期の「いい子」を育てるのではなく、子供の一生のスパンを考えると、「こうしたらいい」「ああしたらいい」という決定項はないのだということを、つくづくと考えさせられます。
「唯一言えることは、トータルして十分な愛情をあげられれば、それで良いよね!!」
ってお互い納得して(ってしつこいけど、妹は子供まだいないんですが(爆))話は終わりました(笑)
で何が言いたかったかというと、ここまで前置きなんですが(←長っっっ(爆))、明日、旦那さま曰く、最後の秋晴れなんだそうです。(って書いておいて10月にもそんな日がでてきたらごめんなさい(^^;)土曜日からお天気も気温も下り坂・・・って旦那さまが言わなくてもオーストリアにお住まいのみなさんだったら知ってますよね(^^;
そんなわけでインドアな私も、子供と秋晴れを楽しみにハイキングに行こうと思います☆
明日はどんな「たーまごっ!」が見つかるかな?
では、みなさんも良い週末を~☆