もう一人の自分
自分の中にもう1人の自分がいる・・・
って何かホラー映画の宣伝文句みたいですが(笑)、いわゆる「自分の本音」というもの。これを知るのってホント難しいな~と思ったことがあります。
それは旦那さまと初めておつき合いしたとき(彼とは紆余曲折あって2回おつきあいしております)。
とここまで書いて・・・今日は誰も知りたくない、かつ薄っぺらい告白本みたいな内容になっちゃうので(笑)、興味のある方だけ先にお進み下さい。
私はオーストリアに来て数ヶ月で、旦那さまと知り合い、お付き合いすることになりました。
そしておつき合いを初めて、まずはじめにぶつかった難問は、彼が全く結婚する気がないということ。
今考えてみれば当然の話かもわかりませんが、当時私達は20代半ばで彼は就職活動真っ最中。
でもそれまで「お付き合い=いつかは結婚」という図式があった私には、このおつき合いがもたらす意味は何であろうかと、本当に悩みました。誤解されると困るのですが、私にとっては「真剣なおつきあい=その先(いわゆる結婚)がある」と思いこんでいたんです。
彼に思い切って心中を打ち明け、「結婚なんてとんでもない」「でも君とつきあいたいという気持ちに嘘はない」という言葉をもらった後、私にできることは何かと悩み、考え抜いた結果は、
「今、自分にできる限りのことをしよう。勉強でも何でも。そして何かの転機があれば、そこでまた考えれば良い」
という、至極単純なもの。下手な期待を抱いて無駄な時間を費やすよりよっぽどいいと、彼の言葉はショックではあったものの、かえってスッキリした気分だったのを覚えています。
でもそう一筋縄にいかないのがオーストリアの長い冬!!(笑)
留学という勉強の先にある自分の姿(どこで働く等)がなかなか想像できず、しかもまるで進展する気配のない旦那さまとの関係。
毎年冬はどんより厚い雲に覆われて、見るものどこもかしこも灰色の日々。私は一体どうしたいのだろう。何をしたいのだろうか。煮え切らない天気はまるで自分の心中そのものだと、いつも下を向いて街を歩いていたのを思い出します。
転機が訪れたのは、旦那さまにお別れを告げられたとき。
目の前が真っ暗になるとはこのことかと思うほどショックを受けたとの同時に、不思議なことに、自分の中の張り詰めていたものが一気に溶け出してホッとしたような感覚。
その翌日に偶然次の引越先が見つかったり(彼とは同居していたので)、しかもその部屋が自分にピッタリの趣味で、音出しできるか確認する時間がなかったのに、上も下も横も隣人はみな「大丈夫よ!」と笑顔で言ってくれるほど音楽家には恵まれた環境。もう一つ付け加えるならば、別離を告げられる前は、週1で鍼に通っていたほど治らない左肩に悩んでいたのに、翌日から痛みが消えていたこと(爆)
新しい出だしがコレで救われたと同時に「これは偶然じゃないな・・・」と思わされるような気分でした。
落ち着いてから、何故自分がこんなにも傷ついているのにホッとしているのだろうかと考え、そこで初めて気づいたこと。
私は旦那さまのことがそんなに好きではなかった(爆)←オイオイ、爆弾発言だよ!
好きという表現にも色々深さがあってこれは本当に表現しにくいのだけれど、「いいな」と思う瞬間があってもそれが持続しないというか、これは彼のせいではなく、自分が心を許せなかったのだと。(多分、傷つきたくなかったんだろうな)
そして、私が最も欲しかったのは
「君が、僕にとって一生の人だ」
という言葉。
私が彼の心を変える人になれなかったことが悔しい。会った瞬間から「この人だ!」と思われる人でなかったのが残念。自分が彼を好きという感情より、彼からそういう感情が欲しかった。
そしてそれは、いつのまにか執着に変わっていったということ。
私がごはんを作って一緒に食べて「楽しいね」という瞬間一つ一つに、そのときには気づかなかったけれど、潜在意識には「いつかこれが積み重なって、彼の決心となれば」という期待があったんだということ。オーストリアに残るか、日本に帰るか、自分の進展を含めて彼に委ねていた部分もあると思います。
こうやって書くと、典型的な(?)チャランポランな留学生の行く末そのもので恥ずかしい・・・でもその時は私なりに必死でした。
何度も何度も心のフタを開けようとしたけれど、いや実は開けて見たけれど、
「だからどうする?」
となったとき、簡単に決断できなかった。
そう、冒頭にも書いたけれど、「本音を知る」というのは、「知っているけれど何もできない」ということではなく、「知って、ではどうしたらいいかアイデアが湧いてくる」という状況。白黒つければいいというものでもないけれど、自分のことなのに難しいと思えるのは私だけでしょうか。
ホントに「前にも後ろにも進めない。どうしようもない」という心境、状況ほど厄介なものはないですね~(笑)
なんでこんなことを長々と書いたかというと、やっぱり冬になるとどうしても気分がすぐれない。
優れない原因を突き詰めようと思うと、その本音に蓋をしている部分がパカパカ開いて「聞いて!」と言ってくるんですワ。
もちろん当時と比べれば、基本となる自分のすべきことが自分のやりたいことと重なっているという点で有り難いのだけれど、でもでも、旦那さまがいても子供が二人いても、悩みも見たくないこと逃げたいこともたっくさんあって(爆)、そのうち蓋が外れ落ちそう・・・
もっと自分のエネルギーを補給しないといけないかな。
国際結婚の本当の現実とか、ド田舎に住むかもしれないこととか、もっと旦那さまに頼らず自立することとか、自分の子育ての仕方とか、日本人の私を無視する幼稚園のオーストリア人ママのこととか(あ。でももちろん優しいママさんもたくさんいます)、姑のこととか・・・まだまだあるけど、すべてポジティブに考えられるのかな。
もう1人の自分を大切にしなきゃね。
って何かホラー映画の宣伝文句みたいですが(笑)、いわゆる「自分の本音」というもの。これを知るのってホント難しいな~と思ったことがあります。
それは旦那さまと初めておつき合いしたとき(彼とは紆余曲折あって2回おつきあいしております)。
とここまで書いて・・・今日は誰も知りたくない、かつ薄っぺらい告白本みたいな内容になっちゃうので(笑)、興味のある方だけ先にお進み下さい。
私はオーストリアに来て数ヶ月で、旦那さまと知り合い、お付き合いすることになりました。
そしておつき合いを初めて、まずはじめにぶつかった難問は、彼が全く結婚する気がないということ。
今考えてみれば当然の話かもわかりませんが、当時私達は20代半ばで彼は就職活動真っ最中。
でもそれまで「お付き合い=いつかは結婚」という図式があった私には、このおつき合いがもたらす意味は何であろうかと、本当に悩みました。誤解されると困るのですが、私にとっては「真剣なおつきあい=その先(いわゆる結婚)がある」と思いこんでいたんです。
彼に思い切って心中を打ち明け、「結婚なんてとんでもない」「でも君とつきあいたいという気持ちに嘘はない」という言葉をもらった後、私にできることは何かと悩み、考え抜いた結果は、
「今、自分にできる限りのことをしよう。勉強でも何でも。そして何かの転機があれば、そこでまた考えれば良い」
という、至極単純なもの。下手な期待を抱いて無駄な時間を費やすよりよっぽどいいと、彼の言葉はショックではあったものの、かえってスッキリした気分だったのを覚えています。
でもそう一筋縄にいかないのがオーストリアの長い冬!!(笑)
留学という勉強の先にある自分の姿(どこで働く等)がなかなか想像できず、しかもまるで進展する気配のない旦那さまとの関係。
毎年冬はどんより厚い雲に覆われて、見るものどこもかしこも灰色の日々。私は一体どうしたいのだろう。何をしたいのだろうか。煮え切らない天気はまるで自分の心中そのものだと、いつも下を向いて街を歩いていたのを思い出します。
転機が訪れたのは、旦那さまにお別れを告げられたとき。
目の前が真っ暗になるとはこのことかと思うほどショックを受けたとの同時に、不思議なことに、自分の中の張り詰めていたものが一気に溶け出してホッとしたような感覚。
その翌日に偶然次の引越先が見つかったり(彼とは同居していたので)、しかもその部屋が自分にピッタリの趣味で、音出しできるか確認する時間がなかったのに、上も下も横も隣人はみな「大丈夫よ!」と笑顔で言ってくれるほど音楽家には恵まれた環境。もう一つ付け加えるならば、別離を告げられる前は、週1で鍼に通っていたほど治らない左肩に悩んでいたのに、翌日から痛みが消えていたこと(爆)
新しい出だしがコレで救われたと同時に「これは偶然じゃないな・・・」と思わされるような気分でした。
落ち着いてから、何故自分がこんなにも傷ついているのにホッとしているのだろうかと考え、そこで初めて気づいたこと。
私は旦那さまのことがそんなに好きではなかった(爆)←オイオイ、爆弾発言だよ!
好きという表現にも色々深さがあってこれは本当に表現しにくいのだけれど、「いいな」と思う瞬間があってもそれが持続しないというか、これは彼のせいではなく、自分が心を許せなかったのだと。(多分、傷つきたくなかったんだろうな)
そして、私が最も欲しかったのは
「君が、僕にとって一生の人だ」
という言葉。
私が彼の心を変える人になれなかったことが悔しい。会った瞬間から「この人だ!」と思われる人でなかったのが残念。自分が彼を好きという感情より、彼からそういう感情が欲しかった。
そしてそれは、いつのまにか執着に変わっていったということ。
私がごはんを作って一緒に食べて「楽しいね」という瞬間一つ一つに、そのときには気づかなかったけれど、潜在意識には「いつかこれが積み重なって、彼の決心となれば」という期待があったんだということ。オーストリアに残るか、日本に帰るか、自分の進展を含めて彼に委ねていた部分もあると思います。
こうやって書くと、典型的な(?)チャランポランな留学生の行く末そのもので恥ずかしい・・・でもその時は私なりに必死でした。
何度も何度も心のフタを開けようとしたけれど、いや実は開けて見たけれど、
「だからどうする?」
となったとき、簡単に決断できなかった。
そう、冒頭にも書いたけれど、「本音を知る」というのは、「知っているけれど何もできない」ということではなく、「知って、ではどうしたらいいかアイデアが湧いてくる」という状況。白黒つければいいというものでもないけれど、自分のことなのに難しいと思えるのは私だけでしょうか。
ホントに「前にも後ろにも進めない。どうしようもない」という心境、状況ほど厄介なものはないですね~(笑)
なんでこんなことを長々と書いたかというと、やっぱり冬になるとどうしても気分がすぐれない。
優れない原因を突き詰めようと思うと、その本音に蓋をしている部分がパカパカ開いて「聞いて!」と言ってくるんですワ。
もちろん当時と比べれば、基本となる自分のすべきことが自分のやりたいことと重なっているという点で有り難いのだけれど、でもでも、旦那さまがいても子供が二人いても、悩みも見たくないこと逃げたいこともたっくさんあって(爆)、そのうち蓋が外れ落ちそう・・・
もっと自分のエネルギーを補給しないといけないかな。
国際結婚の本当の現実とか、ド田舎に住むかもしれないこととか、もっと旦那さまに頼らず自立することとか、自分の子育ての仕方とか、日本人の私を無視する幼稚園のオーストリア人ママのこととか(あ。でももちろん優しいママさんもたくさんいます)、姑のこととか・・・まだまだあるけど、すべてポジティブに考えられるのかな。
もう1人の自分を大切にしなきゃね。