what's the point?
There are deferences in between values,purposes and reasons,etc.
なにか違和感を感じた。
教育実習に行く前にとかいうコラムで。
納得する部分もあれば納得出来ない部分が存在したということ。
いい視点もあれば、私にはよくわからない視点があるの。
書いている人もなんかよくわからないし、大部分が主観にしか取れないから。
見ていてなんか、あっけらかんとしてしまう。
だからもう少し一般化したいというか、まだ教育の現場を知らない私としても意見を残しておきたいっていうのがこれから未来の私に伝えること。
それこそ、価値観の違いや、教育の目的の違いや、教員になる理由の違いとか、色んな個別差が混沌としていると思うんだ。
そこに憤りを感じている場合ではなくて、
それを受け止め、それぞれが良い部分を伝承していくのが大切だと思うんだよなー。
もっと具体的には、
教育で大切だと思うこと、そう思う経験則、
これからの教育目標、教員として何を成したいか、今何を頑張っているか、
公教育をえらぶ理由、私学教育を選ぶ理由、中等教育初等教育を選ぶ理由、
もういっぱいいっぱいですわ。
根本にはこれからの日本や未来があると思うのだけれど、
それすらもバラバラなのが日本の奇妙な所でもあるのかな。abe政権に変わりよりいっそうへんになってしまったのかな?それを後押ししてさらによくしていこうというきもちもないのかな?それほどまでに悪い状況なのかな?それを確かめる術すらも失ってしまったのが日本という国なのは間違いないんじゃないかなって思うのが今日この頃です。
知識基盤社会というながれにまかせて、情報があふれ、どんどん新しい物がうまれ、これからは情報を操り、産み出し、判断していくというのが大切だって歌うのに、
教える側がそれすらもできていないんじゃないかな?
教員は国がこうやって教育施策をたてたから、っていって人事を果たさずにげるつもりなんじゃないかな?公務員はそうやって逃げるんじゃないかな
自分で正しい情報を手に入れようとしたのかな?
自分で判断出来るほどの情報を手に入れようとしたのかな?
グローバル化はずいぶん前のことのように聞こえるけど、
今でもグローバル教育を目指しているのに教員はグローバルに情報を手に入れてるのかな
世界はめまぐるしいほどの成長を遂げているだろうけど、
それについていけてるのかな
それに日本は、日本の教育は、日本の教員はついていけているのかな
生の情報が大事なのに
日本語に翻訳されるのをまって、変化におびえて、
現状維持に進む未来は
後出しで進む未来は
そんなに価値があるのかな
失敗を恐れすぎてるんじゃないかな
いままでで私の世代は一番弱い世代になるんじゃないかな
それスらも国の責任にしたくないな
弱い世代だと子供に思われたくないな
思われてもよくわからない国のせいになんかする親になりたくないな
英語なんてできるのが当たり前になるべきなんじゃないかな
これが私の教員としての強みになれば良いな。
商売道具として、数学は必要だけど、
俺はそれよりこっちが生き残る為に大事だと思うな。
わかんないことだらけだけど、ひとつずつわかっていこうと思う
いまが頑張り時
いまという時間を後悔しない為に頑張ろう。。
常に生産性ある日々を。
乱文乱筆ごめんね
いつかの自分へ、いつかの自分より。
なりたかった自分になるのに、遅すぎるということはない。
Long time no write.
Therefore I drop my mind in here.
By Gorge Eliot
時々、この言葉が反芻されます。
やりたいことがたくさんあって、
なりたい自分がたくさんいて、
My ideal man が頭上から高笑いします。
やりたかったことがたくさんあって、
そのうちやれたことも、
やれなかったことがたくさんあって、
そのどれもが今の自分を取り巻いてる。
やれた自分は
私と仲良くじゃれあって、
やれなかった自分は
私の頭上で嘲笑ってて、
やってみたけれど本当はやらなくてよかった自分は
私の側で軽蔑して、
やれなかったけれどそれでよかった自分は
私の足元で微笑んでる。
どれも仲良くやれてるつもりだけど、気になるのは頭上のそいつら。
だって彼らは今だってなりたい私だから。
それを足引っ張るのはもちろん微笑んでる彼ら。
だって彼らの仲間が増えるかもしれないから。
でもお金とか時間とか年とか勉強とか恋愛とか就職とか親とか兄弟とか友達とか世間体とか見栄とかプライドとか欲とか世界のいろんなことが複雑に絡み合って、
真ん中にいる私を揺さぶる。
いつだってやりたいことやりたい自分を揺さぶるの。
あの時こうなりたかった自分と、
今こうありたい自分と、
未来そうありたい自分が、
複雑に交差していく。
一致することはなかなかなくて。
一人一人殺していくけど、
新しく誕生してく。
そんな風にやりたいことにまだ他者が絡んでこない私は自由なのかも。
どれもうまく決めかねている私は、
昔夢中になってたものに会いに行ってみます。とりあえず未来も過去も今もどれもが一致しているから。
でもね、
1年後、
いや半年後の、
選択の一手は未来を大きく変えるタイミングかもよ。
未来の自分へ
未来の自分より
p.s. その時のあなたは今の俺とそう変わらなそうね、だからこそこの言葉を聞いて。そして今の俺はこう思うよ。良い決断を。
i hate trial class for recrute
僕が授業というものをおしえる側で意識し始めた時から思っていることは
授業はLIVEだ
ってこと
その時々で伝え方は絶対変わる。
伝えたいものがあって、伝えたい人がいる、聞いてくれる人がいるってこと。
自らの理想をもって、完璧に伝えるためにそれを熟知して、伝えるために磨く模擬授業はとても大事なことだ思います。
けど教える力をみるのにそれは適切な方法なのでしょうか。
それより生徒との関わり方や、仕事の行い方とかの方が現場は大切なのではないかと思うのです。
それこそ完璧な授業はないのだからこそ、研究活動ができるかっていうのをしっかりみるのも大切だと思うのです。
加えて、日本の授業はとの国際比較によってわかった新しい知識がさらに私に変化を加えたのです。
授業とは教師と生徒と教材の3つの要素と課題っていうつながりで成り立つのですね。
日本の授業では、生徒と教師の関わりがすごい濃密でかなり複雑化している。
日本人は起承転結の性質から、導入展開まとめのかたにはめ込んだ授業を行う人がおおいみたいです。
このことを考えると、生徒のいない模擬授業なんてめちゃくちゃではないかと思うのですね。
そもそも会話という相互作用もないし、なんなんだろう。
いやいろんな設定を前もって決めて行うのでしょうけど、それは採用側も見たくないでしょうよ。
模擬授業でわかることもあるけど、それが大切だとあまり感じないのは僕がずれてるのかなー。
それ以外の効率的かつしっかり応募者を見極めることのできる方法を提示するわけではないけど、
このきもちは忘れたくない信念でした。独りよがりな教師中心の授業ではしたくない僕の信念。
授業はLIVEだ
ってこと
その時々で伝え方は絶対変わる。
伝えたいものがあって、伝えたい人がいる、聞いてくれる人がいるってこと。
自らの理想をもって、完璧に伝えるためにそれを熟知して、伝えるために磨く模擬授業はとても大事なことだ思います。
けど教える力をみるのにそれは適切な方法なのでしょうか。
それより生徒との関わり方や、仕事の行い方とかの方が現場は大切なのではないかと思うのです。
それこそ完璧な授業はないのだからこそ、研究活動ができるかっていうのをしっかりみるのも大切だと思うのです。
加えて、日本の授業はとの国際比較によってわかった新しい知識がさらに私に変化を加えたのです。
授業とは教師と生徒と教材の3つの要素と課題っていうつながりで成り立つのですね。
日本の授業では、生徒と教師の関わりがすごい濃密でかなり複雑化している。
日本人は起承転結の性質から、導入展開まとめのかたにはめ込んだ授業を行う人がおおいみたいです。
このことを考えると、生徒のいない模擬授業なんてめちゃくちゃではないかと思うのですね。
そもそも会話という相互作用もないし、なんなんだろう。
いやいろんな設定を前もって決めて行うのでしょうけど、それは採用側も見たくないでしょうよ。
模擬授業でわかることもあるけど、それが大切だとあまり感じないのは僕がずれてるのかなー。
それ以外の効率的かつしっかり応募者を見極めることのできる方法を提示するわけではないけど、
このきもちは忘れたくない信念でした。独りよがりな教師中心の授業ではしたくない僕の信念。
知らなかったという罪
悲劇。
もし自分の家族や友人や恋人がこういう構造の悲劇に巻き込まれていたら、
憎むだろう。
自分の力のなさを嘆くだろう。
知らない自分を恥じた。
知らなかったという恥。
先進国と呼ばれる日本に住む国民として、日本の豊かさを改めて認識したし、
それに満足しない自分の欲深さに呆れた。
There is short movie about Back of Fashon in English.