それから半月ほどくらい彼女は出社してこなかった。
ようやく出社してきたので大丈夫?と声をかけたら、なんと、彼女の彦星さんが亡くなった…と教えてくれた。
ええー!な、なんでまた?と聞いたら、なんでもバイパスの手術をした後は血栓が出来ると非常に危険な状態になるので1日3回、血液濃度を調べていたのにある日突然大出血を起こし、救急車を呼んだが残念ながら命は救えなかったとのこと。
日本ではありえないぞーと思う私。確か心臓の弁を取り替えた知人も3日目に細菌感染し慌てて2度目の手術をしたけど、本来なら3日目が退院日だったので、まさに不幸中の幸いだった。だけど、素人に血液濃度だけを検査させてその数値だけに頼ると言うのは疑問が残るし、入院していたら助かった命かもしれない。
さて、女史は諸々の手続きをすませてカルフォルニアに戻ってきたのはいいけれど、今度は移民局からこの結婚は認められないと物言いがついた。つまり彦星さんが病床にある中の結婚で、さらに悪いことに婚姻届をだしてまもなく亡くなられたから実質結婚生活とよべるものがあるのか?が理由だった。結婚話も出ていたらしいが、彦星さんが退職してから結婚するつもりだったのを伸ばし伸ばしにして病床で決心。なのにそれがいきなり危うくなってる…。
さらに追い討ちをかけるように彦星さんの娘達から彼らの父親の遺産は絶対に渡さないと言われこれも弁護士を雇い裁判で争うことになった。法的には彼女は彦星さんの妻であり、同然相続の権利は遺言がない限り発生すると思う。時々彼女の弁護士からこの件に関して電話が会社にもかかってきていて、時には声を荒げて”xxxは私に全部譲ると言われていた!”と興奮気味に話していたのを聞いたことがある。
彼女の精神的負担を思うとかなり大変な時期だったと思う。彼女のビザがどうなったのかわからないまま、私は転職したが、風の便りでアメリカで中国語を教えるポジションに転職したと聞いた。
転職が出来たと言うのは、ひょっとしとグリーンカードが認められたのか、はたまた転職先がビザスポンサーになったのだろうけど、いずれにせよ良かったと思った。
中国語に関してはかなり厳しい、妥協をしない採点者だったので、彼女に鍛えられた学生は今頃は、ピカイチになっていることだろう。
