昨夜は、友人夫妻と今年最後の夕食。
サンフランシスコ市内にあるレストラン。
前菜はデビルエッグ。サラダはシーザーサラダ、相方はステーキ、私はサーモン。
私は自分のメインが来た段階で、前菜とその後にオーダーしたフレンチフライを摘んでほぼお腹一杯。案の定、半分、お持ち帰り。
なんと友人夫妻のご主人は、スポーツバイクに乗っていてバランスを崩してつけていたヘルメットが大破するほどの転倒をした。幸い骨も折ることもなく良かったのだけれど打ち身があり、翌日から身体のあちこちに痛みが出始め、ムチウチの場合と同じように首にガードをして現れた。ただ、日にち薬のようで安心はしたけど。
話すうちに彼らは大学時代のことを話し始めた。なぜ自分が卒業した大学を選んだのか?と言うことだった。私、食べるのに忙しく口を動かしながら彼らの話しを聞いていた。
友人夫妻は、どちらもごく普通の大学卒業。だけど受け入れられた大学は有名大学でそれをやめて別の大学を選んだと言う。友人夫妻の奥さんはフルスカラシップである有名大学から通知がらきたものの、いわゆるかなり裕福な家庭の学生が多い大学らしく、いくら学費免除とはいえ、お付き合いやらで大変よ、苦しい思いをするかもよ、、と言う母親のアドバイスに従って行きたかったその大学を断念した。ご主人の方はこれまたかなり有名な理数系の大学に受かっていたにも拘らず、学費が高い、、と言う理由で諦めた。相方も東部の大学を受かっていたにも拘らず、カリフォルニアの大学を選んだ。確かに学費の高さは公立の大学でも日本の比ではない。
“だけどあの時あの決断をしなければ、うちのワイフにはあってなかったし、こうやって一緒に夕食のテーブルを囲むこともなかったんだよね”と興味深い顔で話す。
そうなのよね。分かれ道でどちらかを選ぶともう1つの道はどんなに首を長くしても、どんなに遠くを見ようとしたところで絶対にわからない。あーあの時あーしてればよかったと思っても今あるのが、生きているのが自分の人生。自分のクローンを作って”もうひとつの人生”がどんなものになっていたのかと思うのも興味深い。
ただ、何を言っても、誰のせいにしたとしても所詮、選んだのは自分。
ただただ、楽しいな、幸せだと思うようにしたい。