アメリカに来て間もない頃、ある日本人女性と親しくなった。色々とよくしてもらい私は頼りにしていた。


彼女はアメリカの大学を卒業しているので英語はネイティブ並み。私とは雲泥の差。アメリカの会社でバリバリと仕事をこなし、さらに当時、日本はバブル。彼女の日英のスキルが重宝されていた。


ある日彼女と電話で話していて、何かの話しで相方が私の話していることを聞いてくれないとボヤいたことがあった。


“そりゃそうよ、日本で〇〇みたいな仕事についていた人の言うことなんか聞くわけがない。”と。


えっ?ってことは”アンタなんか昨日今日アメリカにきて何もここのことなんか知らないクセに、おまけに日本で働いていたことなんかなーんのタシにもならないし、私がしている事と比べたら大した仕事じゃないじゃない。だからアンタの言うことなんて誰も聞く耳もたないわよ”ですか?


確かに当時は彼女は、会社では引っ張りダコで日本とのコミュニケーションは彼女を通してしかできなかった。レンガみたいな携帯を持たせてもらい、それで時差がある日本とやり取りする。日本に何度も出張しいつぞやは飛行機に乗り遅れるとかで、ヘリで成田まで飛んだと言う(アンタは何様?)


こう言う超ルースな、独裁の会社で働けた彼女もラッキーだけど、どの会社も普通はそうだと思うが役職もない普通の一般社員にヘリで空港に行かせるなんて聞いたことがないし、自分の決裁でそれができるわけがない。したとしても自己負担になる。さらに彼女が飛行機に乗り遅れたところで、会社生命をかけた会議があるわけでもなし、ビクともしない。もう一端のエグゼクティブ気取り。僅か20代後半。当時の彼女にとっては、どんな仕事も自分と比べると、”〇〇なんか”の範疇に入っていたのだろう。


正直、”良くしてくれている裏には、この感情を私に持っていたんだ ー 可哀想に、その程度でアメリカにやってきて、仕事なんて無理よね!”と思っていたんだと思う。


しばらくたって私はパートタイムの仕事を見つけた。会社はアメリカ企業最大手の1つ。あれ以来連絡を取っていなかった彼女が久しぶりに偶然電話してきた。近況を聞かれたたので、その会社で働いていると言うと、電話の向こうで息を飲む彼女の表情が手に取れた。ごくごく短い沈黙の後、”それって正社員にもなれるってこと?”と少しばかりの不安を滲ませて聞いてきたので、いや、この契約が終わればそれで終わりだと思うと答えると、やはり電話の向こうで”そ、そりゃそうよね、アンタみたいなのが私の先を越すなんて10年早い!”の言葉が聞こえ、彼女の小さな安堵のため息を私は聞き漏らさなかった、


この電話を最期に私は連絡もしないし関係を切った。未曾有のバブルで湧いていた日本。湯水のように札束が舞い、異常をきたしていた。恐らく彼女もその狂気に魅せられた1人なのだろうと思う。