日付が変わりましたが、昨日は東日本大震災が三年前に起こった日。
あたしみたいなものが大したことは言えませんが、また言えるほどの者ではありませんが、あたしにとって、この日は生きていく中で避けて通れない日となり、そしてこの日記にも当然記さずにはいられない日です。
このことを記さずに進むことは出来ませんので、ここに記させていただきます。
あたしも阪神淡路大震災を小学生に体験した身です。
生まれて初めての体験でした。
それまでは、そんなこともなかったのに、揺れがおさまり、家族がリビングに集まった時、気が付いたんです。
手が、両手の手のひらが震えていることに。
小刻みに震えていることに。
小学生ながら、子供ながらに、これは何?と震えている手を見ながら、地震の揺れと手の震えに初めて心底何とも言えない感情を抱いたことを覚えています。
その時は自分を客観的に見ているような感覚に襲われました。
それからこの手の震えが微妙に止まらないというか。
その震災が起きるまでは、自分の手のひらが震えることなど見たこともなかったし、お箸で何かを取る時も小刻みに震えていた記憶もなかったけれど、それ以来それが治ることはありませんでした。
小学生のあたしにとってあの体験はもう。
体が感じる恐怖と目から感じる恐怖それはもう言葉では言い表せないほどです。
まるで戦争の時のような、教科書で見た、アニメで見た戦争の時のような。
あちこちで火があがり、建物はぐちゃぐちゃ、人は逃げ回り、もうそれは凄まじく今でもあたしの記憶に留まっています。
東日本大震災を見た時、またあの感覚が、あたしの中にあの感覚がじわじわとよみがえってくるのが分かりました。
あたしにとって他人事ではないのです、だけどこの何も出来ないこの無力さ、これにまた空虚感を感じたのでした。
自然を目の前にして、人間というものは、なんて無力だと。
海に流された人がいても大丈夫か早く、とは思うけど何もしてやれない。
ただその風景をテレビで見ることしかあたしは出来なかった。
と、同時に、撮影はしているが助けにいくことはしない、そんなどこか屈折した自分にまた気が付いた。
報道という仕事で、きっとその人達も絶対歯がゆい思いをしていたはず、そんな事は分かりきっているのに、人を人が自然を目の前にするとどうすることも出来ない、というこの現実、そんな気持ちがあたしを襲った。
そして、その後の大変さ。
残されたものの大変さ、辛さ、虚しさ、それはきっと永遠に続いていくのだろう。
けれど、それをなんとかなんとかなんとか喜びに変えて優しさに変えて生きていかないといけない。
とはいえ、当事者ではないあたしには計り知れないものがあるはず。
それこそ世の中は綺麗事じゃないように。
あたしが阪神淡路大震災を経験してこの年になるまで忘れていないようにこの東日本大震災もあたしは忘れない。
そして微力ではあるけれどあたしに出来ることを。
江戸時代に起きた震災は今誰も覚えていない、阪神淡路大震災も東日本大震災もいつかいつか教科書で知ることだけになるかもしれない、けれど、80才まで生きるとして後50年、あたしは覚えている。忘れない。
そして、いつかの子供達に、大事なことを、命のことを、伝え教えることは出来る。
そして、教科書や資料で知ることしか術はなくなったとしてもそれは風化はしない。
このことは形を変え後世に受け継がれる。
風化は永遠にしない。
頑張れという言葉はあんまり好きではないけれど、「頑張れ!」「頑張ろう!」