ご破算で願いましては | アームレスリング:やれるのかい!?  

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競技と減量と私生活交えてのブログです

突然降りてきた今日の言葉はこれ。

何でだ?



「ご破算(ゴハサン)で願いましては」

そろばんで使われる言葉です。



読み上げ算(数字を読む人)で、次の読み上げを始めるときに、

今そろばんに出てる答え(珠)を払いなさい(ご破算)と、

読み始めますよという合図(願いましては)が一緒になってます。




「ご破算」は、日常にも使われる言葉で、

何もない状態に戻す、白紙にするということですが、

そろばんでは、「ご破算で願いましては」で、1つの言葉になっています。

何もない状態にして始める合図です。

間際の計算で、解答を間違えてようと、

しまった! やっちまった!どこでしくじった? 等は考えてる場合じゃない。

直ぐに次が始まるのだ。



なん桁もの数字をガンガン読み上げて行くスピードに指が必死についていく。

読み上げ算の際には、数字がどんどん読み上げられ

「24,536円也(なり)、985,365円也、1,766円也、、、」

もう容赦無いです。

足しきれずとも、読まれた数字を覚えておいて、何とか珠を動かす。

幾つめかで、読み上げられた数字も覚えきれなくなり、

途中でついていけなくなる。

しかし答えは出せないとわかっていても、

幾つかの数字は足されないまま、どこかからの数字に反応して珠を弾いていく。

それがなければ進歩できない。

食らい付いていくのだ。




「○○○○○(数字)円では!」と読み手が最後の数字を読み上げ、

誰かが、答える。

合っていれば「ご明算(名算)」と、

他人の答えに敬意を表す言葉での「正解」を告げられる。

読み手の先生が言う事もあれば、

教室内の生徒全員で言うこともあって、その教室教室のやり方でしょう。




そろばんを始めて間もない子は、こうして上の級の子についていけなくても、部分部分で一緒に参加。

小さな桁だと最後まで計算しきれて、

大きな数字にも、途中までついてこれた!

間違えたけど最後までいけた等となっていく。

集中力半端ない。

和室で正座でという教室もあれば、テーブルでというのも今時は普通でしょう。




せっかく出た正解であっても、いちいち喜んでる場合じゃない。

直ぐに

「ご破算で~」の声がかかる。




時間内に、かけ算、割り算、見取り算、暗算とこなしていくのも、

すさまじい勢いで計算ぶりだ。

答えを出すと直ぐに書いて、そろばん弾いて次の数字を置く準備となり、

もっと早く字は書けないのか!? 気持ちは次の問題に向いて焦っている。




時折、答え間違えたかも?と思う瞬間がある。

考える暇はない。

チェックマークして、次の問題へ取りかかり、

時間が余ったら、見直しとする。




そろばん

ものすごい勢いで、数字を目で追い、

狂ったかのように指先で細々しく珠を弾き、

答えの数字を書く時間すら削りたい。

集中、緊張の連続で、発狂したくてもそれすら忘れるような、

とんでもなく追い詰められた競技のように思える。

ーーーーーー真面目にやればの話ですが。




自分自身は小学生の頃と、高校生になって再びやっていた。

子供たち3人にもそろばん教室に通わせ、

当時から、就職難の時は自宅での教室も考えていた。

2階に12畳の部屋があるのは、教室を見据えての事でした。
(今はアームレスリングの練習会場に狙ってますが)

長男の暗算での段位に長女が叶わず、

負けず嫌いの娘は段が欲しい!と言うので、

娘のそろばんの練習に力を貸すのではなく、そろばんに見切りつけ剣道を勧めた。

娘も勧められてその気になって本当にやっちゃった。

そんな流れになるとはね(*_*)




降ってきた「ご破算で願いましては」の言葉に、

今の私って、何をご破算にするんだ?とキョロキョロ。

そろばんって、振り向く暇もない、

やっちゃった!嘘でしょ!失敗!と思ってもどんどん流す。

無かったことに!冷静に!ここからよ!と爆走してるようなもんだなと思えたのでした。

なんか、めちゃくちゃだなあ。