ガンと戦う---そうじゃない | アームレスリング:やれるのかい!?  

アームレスリング:やれるのかい!?  

競技と減量と私生活交えてのブログです

更新ではなく、このページに追記していきます。


2013.5.13

彼の方は、H13年に大腸がん。H19年も胃がん。

彼女は、H15年に肺がん、H18年に再発。

以後、何種類かの抗がん剤を使いここまできた。

今回の抗がん剤はあまり期待できるものではないが、

残すところ2種類ほどであとがなくなりつつある。

副作用で、皮膚が荒れ、足の爪の変形がひどく、巻爪になる為切除となった。

肺の再発のガンは大きくなる事もなく静かにそこにいる。

骨の転移も変化なくそこにある。

変わるのは、腫瘍マーカーの数値で、検査しても発見できるガンは見つからない。

相変わらず優等生で、きちんとした食事を心掛けている様子。

家の中は随分片付けが進み、

不用になった物や今のうちにと思ってか、着物や小物などを引き取らされてる。

家具まで持たされ、我が家に物があふれつつある。



2011.10.30

昨日、5日間の夫婦での九州旅行から帰ってきた。

来月は、検査で、その後入院だと言う。

治療だろうか。

もう残る治療方法は数少ない。

治療で体力なくなるのも痛々しい。

入院までの2週間程。

どう過ごすべきなのだろう?

優等生すぎるガン患者は、

生き方を見せてくれている。

それは死に方でもある。

あまりにも片付きすぎる家の中は、寂しすぎる。

準備しすぎだ。

だけど、

私も、動ける時間を片づけにあててた時期はある。




2010.11.9

抗がん剤治療は、

入院を必要としない、

一日一度の錠剤の服用になり、

副作用の様子を見る。


頭への転移が一番心配されてるらしい。

最初の癌発症の場所から転移の場所というのが想定できる様子。


9月。

歩行困難になったと言う知らせに慌てたが、

どうやら大事にしすぎて、

家事も買い物もしないため、

足の筋肉が相当衰えた様子。


通院に同行した際、

座った足の厚みのなさに驚いた。

その数日後温泉に行くと、

動いたせいか食欲もわき、箸は進んでいたが、

副作用で味覚障害になってるため、

食べる物を選んでいた。

甘い物は苦く感じ、

醤油で食べれるものが好まれ、

寿司が美味しく食べれてる様子。

夫婦で散歩がてらに回転寿司に出かけて食事してくる事が多くなったようだ。

それでも胃がんで小さくなった胃の持ち主と、

骨への転移の為大事にし運動不足で味覚障害という人との二人。

皿の数はさもないようだ。



2009.8.25

無事北海道旅行は行ってきた。

のんびりとした日々の最終日は、

初めてのアームレスリング観戦を親戚も一緒に。

一瞬で決まる勝負に驚いていた。

私は優勝できたけど、試合終えると「もういいでしょ」と早々に会場を後に。

表彰式に縁の無い私。


先月は、治療のための1週間の入院。

1月に6度目の放射線治療を終え、いい感じで過ごせてたし、

当分は何もなく過ごせると思ってた。

なんとなく、数年は何も無いと。

投薬治療は楽だが、副作用が心配。

今のところ、大きな症状は出てないようで、

来月の息子の結婚式も参列できそうな。



2009.5.3

北海道旅行。出発予定一ヶ月前をきっている。

切符の手配は、7日の結果次第になっている。




2008.12.1

前日の大会開催は既に頭の中では薄らいでいた。


彼女の5度目の放射線治療の為の入院。

「みんな手術すらできないで放射線治療に入ってるのを考えれば、私はまだいいほう。」

そう言って、他の入院患者さんたちを勇気付けている。

けど、治療前の検査で白血球の数値が下がってる事がわかり、

5度目の治療は延期、二日後退院となった。

「もおじき治療が始まるの、やだなぁ」そんな入院患者さんに、

「治療ができるようになったんじゃない、一歩前進よ。よかったじゃない。」

そう言われて、前向きになってくれた患者さんがいたそうだ。

髪が抜けるのが嫌だからと言って、薬を選んでる患者が多いらしい。

髪なんて、また生えてるくるのに、、、、

治療に専念すればいいのに、

そんな事も言ってる。

わざわざ高額な薬を飲み、髪が抜けるのを避けたのに、

後の検査で、ガンが大きくなってる事がわかりガックリきてる患者さんからの電話もあったと話していた。


得意の編み物で、帽子をいくつか編んでいた。



2008.11.13

彼女は優等生な患者のようで、周囲の患者を勇気付けてまでいる。

隣のベッドに来た患者はというと、何から何までやってもらう人。

患者であっても、私には見ていていい加減にしろと言いたくなるほど。

ベッドになじみすぎる程やせた体の同室の入院患者が

「元気になったら待ち合わせてお茶しようね、電話するから」

退院する彼女の手を握りながらか細い声でやっと言ったような。。。

「待ってるからね」の彼女の言葉。

さっきまでのむっとした気分は、あふれそうになった涙でうまった。

私にも「明日」が信じられない時期があった。

今、車を運転して、アームレスリングをして、仲間を募り、イベントまでとこぎつけた。

とても贅沢な時間を過ごしてる。

「明日」の予定が立てられるんだから。



2008.11.3

いまはこんなに元気な私。

1991.3月頭の中に起きたトラブルで脳神経外科へ運び込まれそのまま入院。

寝たきりの生活が続き、よくても車椅子かと思われたが、

数年後には一見人並みの生活ができるようになっていた。

当時、親しくしていた友人はガンで手術。

余命3年を告げられ、どう生きるかを真剣に考えていた。

そんな彼女が「頑張れって言われたくない」と手紙に書いていた。

私は充分頑張ってる。

誰よりも頑張ってる。

人に頑張れと言われても、これ以上何を頑張るの?と。

当時、私も頭の中のなくした機能に体は慣れず、

なかなか大変な毎日を送っていた。

頑張れは、頑張ってる人に言うべきではない。



2008.10.22

ちょっとずつ、言葉残しておこうと思います。


彼女と彼と私の、ガンとのかかわりという事で。

私はガンではありません。

でも彼女達と同じ、

長泉にある静岡県立静岡がんセンターで毎年定期的に検査を受けてる身。

彼女と彼そう書いていきます、二人は夫婦でガンです。

夫婦仲良く、同じ年に再発しました。


ガンと戦うなんて、なんでそんな事しなきゃなんないって。

私は戦わないよ。

先生の言う事聞いて過ごしてるだけ。


いつもにこやかに過ごしてる彼女は随分と優等生な患者さんのようです。

病院の食事がのどを通らない。

売店へ行き、何か食べるものを。。。。

そう思った時でも、菓子などへ手を伸ばすでもなく、

野菜ジュースを買ってきて、病室でのんびりと飲んでると言う。




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2011.1.26

点滴後はしばらく体調不良になるからいまのうちと、

先週二人で温泉に行った。

その直後、治療を受け、

数日前電話してみると、

案の定、食欲不振になっていた。


味覚障害と言ううだけと言っても、

何も食べる気になれないのは、

職が細くなり、

体力は落ち、

動く気力も失せ、

筋肉はどんどん落ちて、

歩行困難になっていく。


衰弱していく様子が見た目にわかる。


どこが痛いとかは何もない。