勢いついでにもう一人将来が実に楽しみな女優シム・ダルギ作品を…コロナが吹き荒ぶ2020年の夏、25歳大学中退無職パラサイト娘が突然母親のキンパブ(韓国海苔巻)屋を任されて、ってなシム・ダルギ独特の存在感が魅力の…「ローリング・ガール」

 

コロナが荒れ狂う2020年夏のソウル下町。昼寝から目覚めた一人暮らしのジュリはインスタントでアイスコーヒーを作ろうとするが氷がない。それでも窓際で生ぬるいコーヒーをすすりながら煙草に火をつける。そしていつものTVゲームに向かっていると玄関チャイムが鳴る。出ると不動産屋で、ジュリの母親がこの部屋を賃貸に出したので、部屋の下見に来たというではないか。何とか不動産屋を追い返したジュリは慌てて母親に電話する。小さなキンパブ屋を営む母親の言い分はこうだ。ジュリの祖母の具合が悪く暫く看病で店を空けるが、その間キンパブ屋を代わりにやれ、さもないとジュリをアパートから追い出す、以上。無職パラサイトのジュリに選択肢はなく、スクーターに乗って母親のキンパブ屋に向かう。ラジオは、コロナで小さな商店の経営はどこも火の車だと伝えている。キンパブを作ったことのないジュリは、メモを片手に母親のキンパブ作りを覚えなくてはならない。夜は”ズンバ”に精を出す母親から2日の猶予を貰い、アパートでキンパブ作りに邁進するジュリだが、果たして彼女はこのコロナの夏を乗り切れるのだろうか…

 

主人公25歳パラサイト娘ジュリに、「ペルソナ」とか見れば必ず鮮やかな印象を残しますが最近では『私たちのブルース』イ・ジョンウンの女子高時代役が圧巻のシム・ダルギ、母親ヨンシムに、よく見るおばさん脇役ですが巧いチョン・ウンギョン、頼りなさげな就活青年イウォンに、この作品以外では情報が見つからない爽やか系二枚目ウ・ヒョウォン、近くのパン屋のおばさんチュンジャに、「マイ・ハート・パピー」でお嬢様キム・ユジョンの女執事を演じたチョン・ウィスン。

 

とにかく映画的な出来事は全く起きない、という映画だと思います。コロナ禍の閉塞感に押しつぶされそうな日常と細やかな抵抗を丹念に描くだけ、といえばそれまでですが、これが実に味わい深い出来栄えです。例えば、スクーターで母親の店に出かける際に座席に積もった埃を払うことで長らく引きこもっていることが分かりますし、母親に甘過ぎと文句を言われメニューから外したいと言った”ミョルチ(カタクチイワシ煮干し炒め)・キンパブ”が、単独初日に貼り出された手書き臨時メニューに載っててやっぱり辛めにしたんだと安心したり、インスタントラーメンにネギとスライスチーズを乗せただけの”ラーメン”を客が頬張る姿を心配そうに横目で見ていることで店や料理への愛着が垣間見えたり、そんな些細な描写が息苦しい状況での妙にしぶとい生命力みたいな感じで心地良いといえるでしょう。そしてやっぱりシム・ダルギ独特の空気感でしょう。表情をわずかに変えるだけで感情を表現する巧さは絶品で、看病に出かける母親の置き土産が具材のはみ出たキンパブの端っこばかりなのを見て口を歪めて微かにほほ笑んだり、好青年がくれたポロロ(子供向けペンギンのキャラクター)柄バンドエイドを愛おしそうに洗面台の鏡に貼っていったり、惚れてまうやろ~と叫んだ芸人の気持ちが良く分かったりします。積極的にもなれず怠惰にもなれない、鬱陶しいと思いながらも感謝も忘れない、そして夜の現金締めでは必ず1枚ネコババする、みたいな境界性を彷徨う演技は彼女でしか出せない味わいだと思われ、ますます将来が楽しみに感じます。

 

とはいえ、映画館で観る映画としては映画らしさに乏しいんだろうと想像され、今年2月に劇場公開されてのFilmarksでの評価も微妙に割れている感じです。それだけ好き嫌いの分かれる作品であることは間違いないでしょう。既にTELASAでは有料配信され、来月にはDVDも出るので、よおく自分の映画嗜好と相談でして、観る、観ないを考えられてください。個人的には、こういうコロナという重圧を逆手に取ってのフワフワ・トロトロした作品はかなりの好物だといってしまいましょう。

 

余談ですが、劇中お小遣いを握りしめてキンパブを食べに来た小学生がジュリの指のバンドエイドを見て、”ポロロ”だと喜び、ジュリは”ピングーは?”と聞くシーンがあります。”ポロロ”は2003年に放送開始された子供向けペンギンのキャラクターで、”ピングー”は1980年イタリア生まれでドイツ育ちらしいやはりペンギンのキャラクターだそうです。この小学生との会話も実にほのぼのしてお気に入りだったりします。