ネトフリをぼんやり見ていて、その余りに豪華なキャストに驚き、”ちょっとだけ”のつもりがその出来栄えの凄さに最後まで観ちゃったので…済州島の小さな町を舞台に描かれる様々な人生の機微を描いて五つ星…ドラマ『私たちのブルース』

 

全20話のドラマで、各話タイトルは登場人物二人、もしくは三人、四人の名前を冠した複数のエピソードからなるオムニバス風構成ですが、実際は”群像劇”と呼んだ方がしっくりくるでしょう。登場人物たちは各話タイトルに関わらず自由に登場しますし、物語の展開もタイトルを超えて展開していて、大体2時間という”映画”の枠内ではできないと思われるその表現方法は秀逸だと思います。そのため、どう感想を残すか悩みましたが、”物語編”としてエピソードを簡単におさらいし、”キャスト編”として俳優たちの印象を残し、”脚本・演出編”としてノ・ヒギョン作家・キム・ギュテ監督の手腕に触れようかと思います。

 

さて”物語”についてですが、これがまた曲者で、例えば<ヨンジュとヒョン>のエピソードは、<第4話 ヨンオクとチョンジュン その1>で始まり<第5話 ヨンジュとヒョン>で展開し<第6話 トンソクとソナ その1>で一つの結論を迎えながら、実は<第7話 イングォンとホシク その1>で更なる物語に発展したりする、といった独特の語り口で進んでいくため、気を抜く暇がありませんし、感想としては<ヨンジュとヒョン>としてまとめるしかないわけですが、実に巧いと思います。尚、登場人物ですが、普段は役名しか書きませんが、何せ登場人物が多いので一部で俳優名も表記させて貰います。それでないと頭の中が整理できないためです。

 

舞台は済州島の小さな架空の町プルン里です。

 

<ハンスとウニ>プルン里出身で今は全国規模エスエス銀行のソウル市内の支店長を務めるハンス(チャ・スンウォン)は故郷プルン里の小さな支店への転勤を命じられる。ハンスはゴルフの才能に恵まれた娘ポラムのため7年間に渡り妻子を渡米留学させているいわゆる”ギロアッパ(雁父)”だ。しかし娘プラムはYIPS(主にスポーツ分野での不安症)に苦しみ伸び悩んでいることもあり、滞在費が嵩みハンスは家を売り親戚や知人にも借金を頼み込む生活だ。そのことが左遷の理由だろう。済州島ではウニ(イ・ジョンウォン)が手広い商いで忙しい。女手一つで魚売りから商売を広げ今や複数の店舗だけでなくカフェも構えるやり手だ。と言っても、毎日薄汚れた格好で魚を競り落とし市場で魚を捌いて売る働き者で、未だに独り者、弟たち家族からは毎日せびられる辛い立場なのだ。そんなウニにとって忘れられない思い出なのがハンスだ。数十年前高校生だった頃の初恋・初キスの相手なのだ。金に困るハンス、金はあるが青春が恋しいウニ、そんな二人が出会うのだが…

 

<ヨンオクとチョンジュン>今日もチョンジュン(キム・ウビン)は海女たちを乗せて自分の船”チョンジン1号”を出航させる。船にはチュニ(コ・ドゥシム)らベテランの海女に混じって海女学校を出て間もないアラフォーのヨンオクも乗っている。誰にでも笑顔を見せ、海に出ない日はウニ(イ・ジョンウン)の店で魚を売り”プルン”という居酒屋も切り盛りする働き者だ。しかし、本土のあちこちを流れ歩いたらしく誰かからひっきりなしに電話が鳴り、海の中で自分勝手な振る舞いも多く、しかも美人のためベテラン海女たちの間ではすこぶる評判が悪い。無口で良く働く二枚目のチョンジュンだが、ヨンオクのことが気になりつつも、謎の多い彼女に近づくべきか悩んでいる…

 

<ヨンジュとヒョン>町の高校。成績学年1位は可愛いヨンジュで、2位は二枚目のヒョンだ。生徒会長と副会長も務める優等生コンビで、同じアパートの2階と3階にそれぞれシングルファーザーの父親と住む幼馴染だ。ある日同じバスに乗り合った時ヨンジュがヒョンの耳元で囁く。”生理が遅れてるの”二人の苦悩の日々が始まったのだ…

 

<トンソクとソナ>フェリーでソナ(シン・ミナ)が久しぶりに故郷プルン里に帰ってくる。傷心を抱えてだ。7年前にソウルで結婚し可愛い息子ヨルを授かったソナだが、ある時から鬱病の症状が出始める。発症すると街中の灯りが消え、ベッドが水浸しになるのだ。6歳の息子ヨルの面倒を失念することもあり、夫テフンは離婚を決意、ヨルの親権も取られそうなのだ。島で彼女の姿を見かけたトンソク(イ・ビョンホン)だが冷たくあしらう。二人はプルン里の中学時代の幼馴染で、7年前ソウルで再会し付き合い始めたが、手ひどく振られたのだ。その後トンソクはプルン里に戻り、粗末なトラックに日用品や魚・野菜を積んでプルン里や離島を売り歩く行商人として暮らし島民の年寄りたちから頼りにされている。そんな風の強いある日、防波堤で荒れる海を見ていたソナが海中に落ちるが、幸い近くにいたチョンジュンの船の海女たちが救い上げ事なきを得る。不利な裁判を抱えるソナと彼女を許せないトンソクは…

 

<イングォンとホシク>イングォン(パク・チファン)とホシク(チェ・ヨンジュン)はウニ(イ・ジョンウン)たちの同級生だ。イングォンは、昔はヤクザとして暴れていたこともあるが、今は腸詰(スンデ)作って売る働き者で、あのヒョンの父親だ。ホシクは、昔は賭博に嵌ったこともあるが、今は市場に氷を卸す店を営んでいて、あの可愛いヨンジュの父親だ。二人ともシングルファーザーで同じアパートの2階と3階に住んでいるが、犬猿の仲だ。理由は定かではない。若いヨンジュとヒョンは子供を産むことを決意し、それぞれの父親を説得しなければならない。ただでは済まないと重々承知の上で二人が決意したことだが、いよいよその時がやって来る……

 

<ミランとウニ>ソウルで高級エステ店を営むミラン(オム・ジョンファ)は、浮き浮きしている。間もなく卒業式を迎えるパリに留学中の娘ジユンとの世界一周の旅が近いのだ。ミランは三度の結婚・離婚を繰り返し、ジユンは最初の夫との子だ。そんなミランがプルン里にやって来る。彼女はウニ(イ・ジョンウン)たちの同級生で、元々金持ちの娘で昔から女王様として崇められる存在だったので男の同級生たちは大歓迎だ。当時は貧しいウニも何かにつけて面倒を見てもらい互いに深い”義理”でつながった親友だと広言しているので、再会を抱き合って喜ぶ。カラオケでの同窓会もまるでミランの歓迎会のようになるが、一人帰ったウニは日記帳に本音を書く。ミランは自分勝手で二重人格だ、と。そしてウニの家に泊まったミランがその日記帳を見てしまう…

 

<チュニとウンギ>ベテラン海女のチュニは年老いた体に鞭打ち今日も海へ潜る。夫にも三人の息子に先立たれ、希望はただ一人成長した末っ子マンスが幸せに暮らしていることだ。6歳の孫娘ウンギ(キ・ソユ)の可愛い動画は宝物だ。ある日、マンスの妻ヘソンから電話が鳴る。トラック運転手のマンスが電話も通じない国境の島ペンニョン(白翎)島へ木材運搬の仕事で出張し、自分も昇格の話があり、ウンギを二週間だけ預かって欲しいと言う。そして14日間の老婆と幼女の生活が始まり、ウンギも島のみんなに可愛がられるが、チュニの頭には次第に疑念が湧いてくる。本当に嫁はウンギを迎えに来るのだろうか…

 

<オクトンとトンソク>ベテラン海女たちから大先輩と慕われるオクトン(キム・ヘジャ)はトンソク(イ・ビョンホン)の母親だ。しかしトンソクはオクトンを見かけても知らん顔で挨拶もしない。父親と姉トンイが海で亡くなった後、オクトンはトンソクを連れて父親の友人の妾として住み込み、血もつながらない兄たちに苛められ母親も守ってくれなかったことで恨んでいるのだ。そんなオクトンは末期胃癌で治療もせず先はそう長くないが、トンソクは知らない。ある日突然オクトンは、亡き旦那(トンソクの養父)の祭祀(チェサ)のためモッポ(木浦)に連れて行って欲しい、とトンソクに頼む。激高するトンソクだったが…

 

勿論、色々な物語で語られた関係性ばかりともいえますが、ティーンエージャー、アラサー、アラフォー、アラフィフ、老婆、幼女たちの間での愛情・友情・憎悪・和解、さらには、誕生・病・死…とかを独特の会話(或いは沈黙)で描くエピソードたちがモザイクのように攻めて来るのは驚くような映像体験だと思います。ノ・ヒギョン作家は、大昔キム・ヘスを初めて知りその演技力で最後まで観ちゃった『愛の群像』しか知りませんが、その語り口の巧みさには高名な評判に恥じない驚くような手腕を感じます。そしてそれを表現する役者達が凄いんですが、それは次回”『私たちのブルース』 (2022) -キャスト編-”で…