丁半博打に挑む心境になっちゃうチョ・ソンギュ監督作を続けますが、やっと見つけたイ・ソムの映画デビュー作を…またも客の入りが悪い借金漬けの映画会社の代表(社長)が逃げるように訪れた江陵(カンヌン)で体験する危うい道中を描いて好感ロードムービー…「おいしい人生」

 

寒さが身に沁み始める10月の金曜日、ソウル。新作もまた客が入らなかった映画会社のチョ代表(社長)は借金の督促から逃げるように街中を車で彷徨う。しかし、そこでも携帯電話が鳴りっぱなしだ。嫌になった彼はふと、海が見たい、と20年前の思い出がある江陵(カンヌン)に車を向ける。夜になりホテルのレストランで夕食を取るが、デザートのメニューを持ってきたうら若いスタッフを見て不思議な気持ちに襲われる。何処かで会った筈だが思い出せないのだ。チョ代表は部屋に戻るが、彼女のことが気になって仕方がない。そこでロビーに降り、彼女の仕事が終わるのを待ち、後を尾けることにする。彼女は歩いて下町の小さなスーパー兼民拍に帰り着く。チョ代表は彼女が奥に消えたのを見計らい店に入りビールを買う。そして店番の老婆にさりげなく聞くと、若い彼女は孫のようだ。店を出ると慌てて、客の入りが悪かった新作のポン監督に電話する。20年前大学生の頃に二人で江陵(カンヌン)に遊びにきた時のことを確認したいのだ。監督も良く覚えているように、チョ代表はその時民泊の若い娘と一度きりの関係を持ったのだが、その時の娘と瓜二つなのだ。つまり若い彼女は彼の娘かもしれないということだ。翌朝ホテルで朝食を取っていると、彼女が近づいてきて、いきなり”パオ”さんかと聞く。チョ代表が運営する映画コミュニティのIDで、彼女はチョ代表のファンだと言う。困惑するチョ代表だが、思わず、新しい作品のため江陵(カンヌン)辺りを案内してくれないか、と頼んでしまう。こうして、娘かもしれない若い女性との危うい道中が幕を開ける…

 

儲からない映画会社チョ代表(社長)に、『冬ソナ』から応援するリュ・スンス、江陵(カンヌン)で出会う女子大生ミナに、これが映画デビューのイ・ソム。声の出演では、売れなかった新作映画のポン監督に、何と「別れる決心」などの名優パク・ヘイル、チョ代表が電話で相談するキム先輩に、本作のチョ・ソンギュ監督自身。友情出演では、何度も登場する笑える刺身屋の主人に、今や主演格のコ・チャンソク。

 

物語は、美しいイ・ソムを道連れに、監督作「2つの恋愛」でも舞台の江陵(カンヌン)を出発点に、注文津(チュムンジン)、高城(コソン)、花津浦(ファジンポ)、大津(テジン)と東海岸景観地を北上していきますし、各地で、トチアルタン(ホテイウオの卵鍋)だのマッククス(蕎麦冷麺)とかのグルメ情報も交えているので、抒情的とか旅情的に心地よい、と感じる観客も少なくないかもしれません。一方で、本当に自分の娘なのか、違うのか、という疑念が独特の緊張感を醸し出しますし、何度か登場する上品とはいえない深酒宴席シーンもありますし、何より口悪くとぼけたコ・チャンソクの登場も多く、巧みに”居心地悪さ”を織り込んでいるので、独特のアンバランス感を感じるともいえるでしょう。ただ本作でも、写真を専攻する女子大生がライカで撮る写真と、そんな彼女をソニーのカメラで撮る代表のビデオを巧く織り交ぜるなど、映画的には職人技を感じるのもまた事実かもしれません。

 

いずれにしろ、理解不能な監督やなぁ、というのが正直な所ではありますが、リュ・スンスが巧いですし、何より映画デビュー二十歳のイ・ソムがベラボーに輝いているので、個人的には、十二分に満足する作品だ、とはいえるでしょう。もうしばらくはこの監督作品を追いかけてみようかと思います。

 

楽曲について。イ・ソムが車の中で聞くのは、25歳で早世したユ・ジェハ(유재하)1987年「ぼくの心に映る自分の姿(내마음에 비친 내 모습)」、カフェでイ・ソム自身が可憐に歌うのは、イ・サンウン(이상은)1993年「いつかは(언젠가는)」、上手いというよりは可愛いという感じでしょうか…