”100選”第9弾は、残念ながら”YouTube【では予告編しか観られませんが】韓国映画100選”、大ファンのシム・ヘジン作品を続けて…寂れゆく炭鉱の町を舞台に、指名手配の左翼知識人と流れ者売春婦を通して時代の重苦しさを、何故か驚くほど抒情的に描いて傑作…「彼らも我らのように (邦題:追われし者の挽歌)」

 

【漆黒の画面を背景に】母親が無言電話にひたすら語りかける「テフンよね、ちゃんとご飯食べてる?」…キム・ギヨンが煤を巻き上げて走るバスで寂れつつある炭鉱の町に着く。町では合理化のせいで閉める炭鉱が増え、あちこちが廃墟になっている。ギヨンは求人広告を見て炭鉱会社に向かうが、都会人には無理だ、と断わられる。町の安食堂で飯を食べていると、炭鉱夫が余っている筈なのに俺の練炭工場には誰も来ない、と愚痴が聞こえ、ギヨンは、雇ってくれないか、と声をかけ、町の小さな練炭工場に住み込んで働くことになる。一方、町の汚い連れ込み旅館の一室では、タバン(茶房)で働くヨンスクが煤けた町を見下ろしていて、傍には、あの練炭工場社長の息子イ・ソンチョルが眠りこけている。この町に来て三か月ほどのヨンスクは体を売って生きる放浪の売春婦だ。懸命に働くギヨンの職場にソンチョルが現れ、帳場から金を抜き取る。会計担当の妹ミスクや父親である社長が諫めるが副社長のソンチョルは聞く耳を持たず、大型バイクを飛ばして何処かに遊びに行く。賃金未払いも多く労働者の生活も荒む中、謎の都会人、放蕩息子、放浪の売春婦、この三人が出会い、その人生が大きく変わろうとしている…

 

都会から流れ着いたキム・ギヨンに、デビュー2作目でこの後文芸系韓国映画を牽引していく超演技派名優ムン・ソングン、練炭会社の放蕩息子で副社長イ・ソンチョルに、「チルスとマンス」で抜擢されこの後数々のカン・ウソク監督作品などで名優ぶりを発揮していくパク・チュンフン、流れ者の売春婦ソン・ヨンスクに、デビュー3作目23歳にして名女優の風格を感じさせる美形シム・ヘジン、情に厚い工場長に、”100選”常連名脇役ファン・ヘ、練炭工場社長の娘でソンチョルの妹ミスクに、子役出身キュートなキム・ミニ。

 

チョン・ドゥファン政権が終わったもののその右腕ノ・テウ大統領が引き継ぎ、まだ検閲も続き労働運動も激化する時代にあって、この作品も相当検閲で捻じ曲げられたようです。その結果、リアリズムで労働者の苦闘を描く作品というより、労働運動を先導し指名手配される知識人を中心としたメロドラマの雰囲気が強くなった、との評が多く見受けられます。ただ個人的には、曲がり角にある左右対立の中で、インテリゲンチャの漠とした焦燥や諦念みたいなものが色濃く表れることで、単純なプロパガンダに陥らず極めて映画的な陰影をスクリーンに映し出しているように思えたりします。それを後押しするのが独特の映像美で、煤けたボタ山や廃鉱山を背景にした歯がゆいロマンスや、放蕩息子が砂塵を巻き上げるバイクの暴走、といったちょっと幽玄なシーンが独特の抒情を醸し出して見事だと感じます。

 

かつて日活ロマンポルノでの逃亡する過激派学生が潜伏先で…みたいな雰囲気がないではありませんが、時代の転換点特有の曖昧な状況をきちんと映画に仕立て上げた、という意味で”100選”にふさわしい作品であるということに異論はないでしょう。それはそれとして若いシム・ヘジンの魅力は圧倒的で、誰かに似てる表情だと思っていたら大ファンの仲里依紗だと気づき、ますます大満足の一本だったりします。

 

ちなみに、エンドクレジット最後に”映画撮影に協力されたコハン・サボク地域の住民の皆様に深く感謝します”といった文言が掲げられています。これは、この映画で重要な役割を果たす寂れつつある炭鉱町の風情が、今は廃山となったサムチョク(三陟)炭鉱の町”古汗・舎北(コハン・サボク)”で撮影されたことを示しています。見事な撮影だと思います。

 

楽曲について。ギヨンの歓迎会のクラブでカラオケされるのは、ナム・インス(남인수)1957年「山有花(산유화)」とコ・ユンボン(고운봉)1941年「船艙(선창)」、ヨンスクが切なく一人ラジオから聞くのはシム・スボン(심수봉)1985年「ムクゲ(무궁화)」、タバンのホステスたちがカラオケするのは、キム・ジエ(김지애)1988年「憎い人(얄미운 사람」)。

 

【YouTube(但し予告編だけです)】그들도 우리처럼 예고편 Black Republic Trailer (1990) (尚、韓国映像資料院KMDbはリストアししかも日本語字幕付きの版を所蔵してますが、恐らくですが、YouTube公開には許されない描写があるためYouTubeチャンネルにアップされていないと想像されます。ただこの予告編だけでもシム・ヘジンの魅力は良く発揮されているでしょう。ついでに「結婚物語」も同様の事情でYouTube公開してないんだと思われます)