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チョン・マンシクつながりで、昨年シネマートで上映されたのでご覧になった方もいらっしゃるでしょう、アートな香りいっぱいのメロドラマ、「パジュ(坡州)」。

驟雨の中、太陽政策が追い風となって開発が進む国境沿いの町パジュ(坡州) に向かう一台のタクシー。3年ぶりにインドから帰国したウンモは、見知らぬ中年男と相乗りしており、やがてその男はホバク(かぼちゃ)観光ナイトクラブの前で降りる…8年前。学生運動のせいで警察に追われるチュンシクは、赤ん坊のいる先輩夫婦の家に匿われるが、先輩は警察に拘留されており、残された妻はチュンシクの初恋の女チャヨン。チュンシクは、激情を抑えきれずチャヨンと愛し合うが、その隙に、赤ん坊が大火傷を負ってしまう。深いトラウマを抱いたチュンシクは、先輩牧師を頼ってパジュへ流れ、そこで競馬場に勤めるウンスと知り合う。ウンスの15歳の妹ウンモは激しく反対するが、やがて二人は結婚する…現在。インドから帰郷したウンモは友人ミエを訪ねるが、ミエ親子は開発で取り壊される古い団地に立てこもり撤去反対を叫んでおり、奇しくもその開発反対運動リーダーとなっているチュンシクと再会する。やがてウンモは、義兄チュンシクが、7年前に死んだ姉の保険金1億ウォンの受取人をウンモに変えていたこと、そして、姉の死因が、義兄が言うひき逃げではなくガス爆発だと知り、姉の死に深い疑問を持っていく…3年前。姉を失って4年、大学入学が近づくウンモは、義兄チュンシクと仲良く暮らしているが、チュンシクの前に初恋の女チャヨンが現れ、彼は再び政治運動に身を投じ、やがて逮捕される。拘置所の義兄に面会に行ったウンモは彼を愛していることに気づき、大学進学資金を持って衝動的にインドへ旅立ってしまう…

チュンシクに、最近人気沸騰という感じながらTV・映画歴は10年イ・ソンギュン、ウンモに、いかにもアイドル的な風貌ながら次回作「下女」でも芸術的な魅力を発揮するソウ、チュンシクの妻でウンモの姉ウンスに、「リアル・フィクション」「熱血男児」などのキム・ジナ改めシム・イヨン、チュンシクの初恋の女チャヨンに、TV・映画で良く見かける美形キム・ボギョン、チュンシクの先輩で牧師に、大好きなイ・デヨン、ミエの父親に、いつもは独特の味わいが光るコメディアンのウ・ヒョン、組織ボスに、見事な貫祿イ・ギョンヨン。ちなみに、チョン・マンシクは、団地に立てこもる撤去民の一人。

8年前、7年前、3年前、現在、という四つの時制を行き来しながら語られる物語は、二つの顔を持っています。チュンシクに身を寄せて観れば、誠実さゆえに政治(社会)運動に関わり国家権力から敵視され続ける8年間の物語、ウンモに身を寄せて観れば、義兄への打ち明けられない思いに翻弄され続ける8年間の物語なんですが、この二つの物語が裏になり表になり織り上げるのは、素晴らしくアートな世界だと思います。さらには、保険金や姉の死因という謎を示し、火傷や家出といったシンボルを繰り返すことで、独特の輝きを持った抒情空間になっているでしょう。このパク・チャノクという女流監督は、前作「嫉妬は私の力」でホン・サンス風の辛辣で茫漠とした男女関係を描きましたが、今回は、時制を自在に操りながら輪郭のしっかりしたストーリー・ラインを描くという手法で、アートな雰囲気の中に、抗えない人間、或いは男女の業が描けていると感じます。役者では、イ・ソンギュンの映画俳優らしい名演も見事ですが、特筆すべきはソウでしょう。失礼ながらシット・コム主演アイドル風の容貌が、何故か、映画全体の軋むような不安感に絶妙にマッチしており、その次作「下女」に繋がる密度の高い存在感は秀逸だと思います。シム・イヨンとキム・ボギョンという、チュンシクに絡む二人の女優もきちんと役割を果たしていますし、殆どプロローグとエピローグにしか顔を出さないながら、顔を出さないことで逆に不気味な存在感を示すイ・ギョンヨンが強烈な印象を残すあたりも見どころです。

何か、はっきりしない歯がゆい感じを残して終わるあたり、多少、好き嫌いを分けるかもしれない、とか感じながらも、かつて日本でも多く作られた、社会状況の中で運命に翻弄される男女をビビッドに描いた秀作だと思います。

余談ですが、キリスト教的なもの、も映画に微妙な陰影を落としているように感じますが、終盤、チュンシクが牧師に、ウンモを「迷える羊」に例えて話す台詞は、「ルカによる福音書」15章からの援用です。