「コペンハーゲンに3週間行くことにした」
「せっかく欧州まで足を伸ばすんだ。バルセロナまでおいでよ!今度は俺が案内してあげるよ!」
黙っている必要もないのでルシウスに伝えたら、そうあっさり彼に言われたのが数ヶ月前。
「はぁ?」どこまで本気なのかしらと思って「それって家に泊めてくれるってこと?」と確認したらその通りだと。
「俺の家はでかいんだ。専用バスルームもある客間に泊まれるよ。階も違うからプライバシーあるし」
「嫁、大丈夫なの??」
「もちろん。俺の家には友人たくさん泊まりに来るし。気にしないさ」
そうは言われてもなんだか妙だなぁと思い、実際予定を合わせたり出かけるまではドキドキものでした。
ルシウスの出張の合間に上手く3泊のバルセロナ滞在が決まり、初日にはポーランドから戻ってくる彼とバルセロナの空港で落ち合うことに。
今年の1月に会った時、見栄えのことでボロクソ言われた私でしたからね。髪や服装には気を使いましたよ。
でも、一足先に空港に着いていた彼が私の到着ゲートで待っていて、会うなり「なんだよ!イタリア人よりもイタリア人みたいじゃないか!」って服装のこと褒めてくれてぎゅーっとハグされて苦しいくらいだったわ。
「毎回冬にしか会ってないものな〜」
そう言いながら荷物を受け取ってくれて、タクシーで彼の家まで向かいます。
いよいよ嫁のSとの顔合わせだわ。と、ちょっぴり緊張がありましたが、実際会ってみたら顎が落ちるくらい気が抜けました。
彼女、ボサボサの頭に着古したユニクロのフリース、そしてシワだらけの黒の薄い綿パン履いてました。寝てたって言ってたからパジャマだったのかな? とは言っても夕方だったのですけれどね。
お客さんが来るっていう緊張感全くなし。なんか、ルームメイトにでも挨拶したような感じさえしました。ルシウスも「ハイ、ハニー!」みたいな嫁に対する挨拶もなくって、割と事務的に会話を交わしてたって感じ。
嫁のSは、ルシウスと私が毎回日本を一緒に旅してるのも、前回私が彼のアパートに泊まってるのも知っています。私は彼の動画で散々彼女の顔を見てるし、性格も想像していたけれど、でも、思ったよりもずっとさっぱりしてる感じでした。
荷物を置いて、そのまま私とルシウスは夜の街に出かけましたが、嫁は同行しません。
「彼女、一緒に行かないの?」そう尋ねると
「俺たちの間には協定があるんだ。お互いの友人が来た時には各自でエンターテイメントして相手を巻き込まないっていう。だから俺の友人が来た時には俺だけ。彼女の両親とか姉妹が来た時にも、彼女たちだけで好きにやるっていう」
ということでした。
二日目にはランチにルシウスの友人のイベントに連れて行かれて、何人かの知り合いに会いそこで嫁も後から車でやって来て合流してました。
その日午前中だけで彼に連れ回されて1.5万歩も歩かされて、私靴擦れ起こしてたからね。「拷問かよ」って私ちょっとプンスカ。帰りは彼女の車で家まで連れて来てもらって、ルシウスはレンタル自転車で汗だくで戻って来ていたわ。彼、アイアンマンだから。
車の中で嫁と普通に話してて彼女から何の緊張感も感じられず、私たちの会話もごく普通。
ただ、ちょっとルシウスと彼女の他愛のない話の食い違いを発見したけれど。
嫁が居る家でのルシウスもあまり大きく態度が変わることもなく、今までの私の懸念がなんだったのかしらと苦笑いしてしまいそうです。うちら、本当に友達なんだわね。
ルシウスと嫁の関係は「良いパートナー」という感じです。他の夫婦に見られるような甘いベタベタした感じもなく、身体の距離感も少しあるような。ただ、出張ですれ違いが多い日常なので、彼らの連絡頻度はきっちり細かいです。ちょっと私の知るセックスレスの友人夫婦と似た雰囲気を感じました。
三日目の夜は、階下のアメリカ人を招待してルシウスがカルボナーラを作ってテラスで食事したけれど、嫁は菜食主義だからといって、パンとトマトだけ食べてました。
旦那が張り切って作る料理も食べない嫁だから、そりゃ食べ物の「美味しい」のシェアがないというのはちょっとつまんないよね。
階下のアメリカ人女性が嫁に結婚して何年かを尋ねた時「8年。でも、その前にも長い間付き合ってたから」と答えたルシウスに対して「Oh my god! ここまでよく続いたと思うわ!」と嫁が声を張り上げたので、なるほど結婚生活はそう簡単ではないのだろうな。喧嘩もするらしいし。(日常会話は英語で。でも怒鳴り合いの喧嘩をする時には、お互いイタリア語やポルトガル語になるって言ってました)
ルシウスは「俺は一緒にいるのは難しい男なんだよ」って言ってたから、結構わがままなのか振りまわしなのか。それとも抜けていて相手を苛立たせるのか。でも、それを我慢して合わせてくれる嫁に対しては感謝してるようです。
彼より10歳若い嫁がルシウスに年齢に対するいじりをしたのも見逃さなかったから、きっとこれからが大変なはず。
壁に飾ってある過去の彼らの写真の数々は、ルシウスが若くてとてもハンサムだけれど今はおっさんがかなり入って来てるもんな。
それに比べて、嫁は全然変わってないもの。
ルシウスは、日本に居るときは私に気に入られるように「Yes man」でしかないけれど、バルセロナに居る時の顔は少し違いました。ちょっと気分屋だし、ネガコメントが多い。私が思っていたほどの素晴らしい人間性でもないということも分かりました。
まぁ、それさえも正直に彼に伝えたけどさ。
嫁はルシウス以上に頭の良い人で、飾りっけがなく化粧も一切せず。友人とのランチの時にも、ロングの髪の毛をU字にゴムで縛ってただけでちょっと驚いたし。そういえばみんなでテーブル囲んで座った時も、特に夫婦隣同士に座るってことしてなかったよね。私の両脇に彼らがいたわ。
コペンハーゲンに戻るフライトが昼なので、方向が同じという嫁が出勤のその車で空港まで送ってくれました。
家を出る前にルシウスが「ゲストブックにコメント書いて」って。ノートを見たら、私の前に泊まったゲストは2月に同じく日本人女性でした。そら、嫁もごく普通に接するよね。なんたってルシウスの友人の数多いもの。
空港までの道のりなんとなく他愛のない雑談をしてたけど、いきなり嫁が「話題を変えるようで申し訳ないけど、あなたのまつ毛なんでそんなに長いの?」と聞いてきました。
「エクステよ。普段はずっとお休みしてるけど、今回3週間だから来る前にしてきたの」
それから女子の会話になったけど、嫁はそれなりに私のこと観察してるんだな、と思いました。
夫婦の間に何があるかなんて人それぞれ違うしわからないけれど、ルシウスは「彼女の代わりになる女性はいない」って断言してるくらいだから大切に思ってるのは本当。ただちょっと安心してよそ見してるんだと思う。私には「君は恋人じゃなくて友達」ともはっきり言ってるし。
でもルシウスは私をちゃんと女性として意識してるし時々友人の線を超えるようなじゃれ合いもあるのだけれど、それも「このくらいいいじゃーん」っていう御愛嬌なのだろうな。どうせそれもそのうちなくなるっしょ。私、彼より12歳年上だし。
正直、バルセロナのルシウスと嫁と一緒に過ごして、以前頭くるくるしてた自分が笑えるし、彼に対する気持ちもものすごーく冷めました。
決して嫌いになったわけではないのだけれど、恋心は消えましたね。今後は腐れ縁なのかもしれません。
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