みんな、それぞれの宇宙
  • 16Apr
    • ストレスマネージメント

      こんにちは、雅です。今までにないストレスフルな東欧の旅の始まりなのに「これって罰ゲーム?」って思うほどにアクシデントが重なっています。特にライフラインに関わることでポカをやると堪りませんね。お金引きおろせないとか充電できないとか。それでストレス溜め込んで疲れているのに解決策のために余計な体力を使ったりする。ストレス溜め込むと不安のせいか眠りが浅く定期的に身体全身に痺れが走ったりします。このストレスって離婚が決まる前の時に経験したレベルなのだわ。こんな状態が続いていたら病気になってしまう何してるの私?と我にかえるほど。そうそうチャレンジャーなんて言ってる場合ではありません。でも、仕事でストレスを感じてる人ってこういうのがずっと続いてたりするんだろうなぁ。そんな時何故かしら羽生結弦さんのことが思い出されました。オリンピックメダリストとしての地位を守ることそして怪我からの復帰。あの時の彼のプレッシャーとそれから最高の自分を引き出すためのストレスマネージメントってどういうものかしら、って。そんなことをふと思い出して浅い眠りで痺れに襲われた時無意識の中で彼の無意識に繋がろうと思ったら身体中の痺れがすっと治りストレスレベルがすっと下がるという経験を一晩に何度か経験しました。目が覚めてそれを思い出して再度ストレスを感じた時同様にそれができるかしらと試したけどやっぱりレム睡眠とかの時にはかないませんでした。夢も面白いですよね。こんな時、自分がどんな夢を見てるのか意識して覚えていようとしたり。まぁとりあえず問題を解決して無理をしないプランに変えたりほどほどのペースでやってます。疲れてると人と話したりするの面倒なのだけどでも、ちょっとした機会で話が盛り上がったりすると抱えていたストレスが消えていたり問題が解決したりするので引きこもってるよりも良いのですよね。ブルガリアはソフィアの街ではツアーに3つ参加してみましたけどそこで一緒だった若者たちと楽しく食事をして良い時間を過ごせました。年齢の壁なく同じ空間を過ごせてエナジーチャージできました。翌日は街を出るのでバスターミナル近くのゲストハウスの1人部屋を取り静かな環境で十分な睡眠を取りさぁ、次の国へ向かいます!このでぃなーの席でパリのノートルダム寺院の火災のニュースを知りフランス人の男子たちが???みたいな感じでパニクってました。

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  • 12Apr
    • 予感ってこれ?

      こんにちは、雅です。前回の記事投稿後フライトが遅れたため乗り継ぎ便を逃しかけてだだっ広いモスクワ空港の端から端まで全力疾走するというハプニングが起こりイスタンブールに着けばいつのまにか到着する空港が新空港に変えられていて古い空港の近くにとっておいた宿にたどり着くまで大変な思いをするという出だしからトンデモの旅です。もしかして私の潜在意識はこれを私に伝えようとしていた??なんとなく気の重い出がけの私を知っていた長女姉にテキストしたところ凄く驚かれました。日本を出るときから寝不足で疲れてたのにこの事件で疲労感マックス。自分でも何故ここまでするのか呆れるくらいです。でもこのひとり旅は凄く頭を使ってリサーチを繰り返し見知らぬ国のどこを目指すかA地点からB地点へ行くまでにどの方法で行くかその時のコンディションを考慮しつつ安く行ける方法と楽に行ける方法を秤にかけながら自分に最適な方法を選び出すみんながハマる「ゲーム」を現実世界で行ってる感じよ。だから私の脳内の画面右端にはエナジーレベルや興奮度を表すバーがあってそれが上がったり下がったりしてます。笑イスタンブール到着後の二晩しか決めてなかったので宿で死ぬほど寝ようともう一晩延長なんと13時間目覚めぬまま眠り続けました。これでやっとエナジーフルチャージです。「面倒だし疲れるし、もうそういう旅はいい」って、同じ年頃の友人たちは言うけれど「こういう旅」は全てが自分の責任。一生懸命頭使ってボケをしたらそのまま自分に返ってくる誰にも迷惑をかけず自分の失敗をただ自分で受け止めるだけ。その緊張感が老化を遅らせてくれるようでもあります。ツアーに乗っかれば楽なのは知ってますが「金払ってるのに」っていうだけで要領の悪い催行者に文句言うような老人にはまだなりたくないです。もちろん旅にはハプニングがつきものですからいつかそんなツアーに参加しても自分の経験が事情の理解を生み不本意な出来事にも寛容になれる理想的な老人になりたいと望んでいます。ただ余生を旅で楽しんでいるんじゃない。ある意味お金を使って人生を学ぶお仕事をしているようなもの。でもまぁ、イスタンブール空港に着いてすぐATMでカードが飲み込まれた時はもうすでにここでゲームオーバーかしらと心臓裂けそうに痛みましたよ。ゲームオーバーと書いてあぁ昔は恋愛をゲームのように楽しんでたなぁって今急に思い出しました。今は恋愛じゃなくて旅に変わったけどそもそも私は生そのものをゲームのように楽しむのが常のようです。死んで目が覚めて「どうだった?」って聞かれてまた再度ゲームをしたくてもう一度地球に戻ってくるかどうかは分からないけれど。ガラタ橋にて。周りの女性の殆どがモスリムでスカーフ着用なので私も同様に。そのせいかどうか分からないけれど観光客狙いの声とかかかってこなくてとても居心地のよいイスタンブールでした。

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  • 10Apr
    • 得体の知れぬ「予感」

      こんにちは、雅です。この記事はモスクワ行きのフライトの中で書いてます。モスクワで乗り継ぎ向かうはイスタンブール。あまり乗り気ではないデスティネーションですが季節と大まかな旅行プランでそこから始まることになりました。この季節北に飛んで南下するより南に飛んで北上するっていう方がいいと思ってのこと。イスタンブールはなんと30年ぶりに再訪問する土地だけど前回嫌な思いしたし同じく放浪している友人もイスタンブールではブチギレてローカルのにーちゃんにパンチをお見舞いするって事件を起こしたくらいなので未だに観光客にとって鬱陶しい奴らはうじゃうじゃしてるのだと思います。だから長居せずにとっとと出るわ。今まで散々東南アジアを徘徊し中米から南米へもチャレンジしたけれど今回は久々のヨーロッパ。ましてや東欧に踏み込むのは初めてのことです。前からずっと行きたいってぼんやり思っていたけれどここで実現させるのに何故か全く興奮や期待がありません。でも、なんとも言えない感覚に包まれているのにそれを言葉で表現することもできず悶々としています。なんでしょうね。あえて無理やり言うならば「予感」なのでしょうか。でも何の予感かも分からず。良いのか悪いのか。まぁ良し悪しは自分の後付けでしかないし出来事はいつの時でも中立で自分の解釈次第ですが。私は何かを発見するのか衝撃的な出会いがあるのか更に人生の大きく変える何かが起こるのか。よく分からないけれどまるで大きなドアの前に立ち尽くしてドキドキしてるような感じよ。そうでなければ何か自分に繋がっている紐みたいなものを手繰り寄せてるような感じ。きっといつかまた「あぁ、私はこれに呼び寄せられていたんだ」って感慨深く納得するような日が来るようなそんな予感なのかもしれません。それともただ東南アジアと勝手は違うので緊張してるだけなのかも。さほど楽しみにしてる訳でもない私に「それでも行くんだ?!理解できない!」って長女姉が驚いていましたが私も何故かなと思います。もう、離婚ハイも終わってるしノマドライフの憧れも既に経験済みになってしまったしだけど、行くっきゃないでしょって感じかしらね。とりあえず、こう記しておきます。後々に「この時既に察してたんだ」ってことを思い出すために。

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  • 08Apr
    • 心の浄化、解消される確執

      こんにちは、雅です。今回の帰国の目的であった父の27回忌が済みました。「みやちゃんが帰ってくるときは必ずおじいちゃんの行事に重なるのよねぇ」なんて姉が言ってたけれど意識はしてなかったけれど確かに最近はお彼岸とか正月とかと重なってたかも。実家を訪れると姉の娘、私の姪の家族が子連れで訪れてくることが重なります。騒音に溢れてサザエさんち化することが多くなってきてるけれど五月蝿いと叫びつつ密かにそれが楽しみだったりします。今回は父の27回忌なので次女姉と彼女の娘さんも顔を出してました。彼女とは本当に何年かに一度くらいしか顔を合わせません。前回は2年くらい前だったのかな。みんなで御墓参りをして記念写真を撮り料亭で美味しいご飯を頂いて改まったスピーチをした90歳の母はとても幸せそうでした。実家に戻ってきてからみんなでデザートを頂きながら姉妹揃って母と昔話。次女姉が帰る時には母もとても満足気でした。霊園の桜もちょうど良いタイミングで小春日和の素晴らしい御墓参りでした。母と私は長い間確執があり次女と私も15年間口を聞いていませんでした。こうやって書くと多分私が悪いのだろうけれどね(笑)まぁ色々あったけれど鬱と劣等感で家族関係は私の半生ずっと悪くそれを克服しようと頑張ったのはこのブログを書き始めた10年前からです。「雅さんのチャレンジ精神は凄いですね」と、よく言われたりするけれどあまりにも苦しい人生を生きてきたので「この気持ちから解放されるならなんでもする。なんでも取る」って感じだったのです。家族間の確執というのはよくある話ですがそれを解消した後の人生の輝き度や幸せ度の違いっていうのはもうパラレルワールド並。過去の記憶さえも変わってしまいます。次女姉は彼女なりに辛い人生を送ってきたのだろうしそれを乗り越えて今とても幸せそうな感じがしました。お互いの人生の質は全く違うし価値観さえも違います。あえて、それを理解し合う必要もなくあえて、無理に近づくこともせず相変わらず口の悪さはあってもそれを敏感に反応して気にしたりせず少なくとも憎しみ合ったり嫌味を言い合う関係が解消されこうやって母を交えて姉妹が集まる空間を穏やかに楽しく過ごせるそんな仲になれたことは本当にありがたいことだと実感しました。彼女とこうなれたのも2013年にランドマークという自己啓発セミナーにチャレンジした結果でありこのセミナーが何ものであれ私にとっては素晴らしい人生の自己投資でありました。ここで頭打ちに合ったような悟りはその後の私の人生にそのまま影響を与えこのときは離婚を回避したもののやっぱり流れるべきところに流れることを自分に赦した結果でもあります。「幸せになりたい」そう思う方がいたならば、私は徹底的に自分の心の内側に入り「わだかまり」を持つ方との関係を心が健康になれるレベルまで解消することだとアドバイスするでしょう。憎しみを抱えている間は決して本当の意味で幸せになることなどありえないのです。お守りグッズや儀式など「心の浄化」という流行りものは色々あるようですがそれが深いものであればあるだけとてつもなくショッキングな出来事でないとそれは根底から覆されないのかもしれないそう、自身の経験から思ったりもするのです。Landmarkの週末 1​​​​​​​Landmarkの週末 2​​​​​​​Landmarkの週末 3​​​​​​​Landmarkの週末 4Landmarkの週末 5​​​​​​​Landmarkの週末 6​​​​​

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  • 07Apr
    • 4年前に書いた ”生霊の怖さ1”

      こんにちは、雅です。今朝布団を畳んでいたらふと「レイキ」という言葉が降りてきました。あれほど背中を押されるようにしてレイキの世界に巻き込まれ生死の奇跡を目にしたりしていたのにそれによって離婚という流れに押し出されてからすっかり影を潜めていた その存在。特に人様に施術を施す機会というのも嘘のように起こることもなく私がレイキを使用するのは自分の体調が思わしくなかったり身体に痛みがある時のみとなりました。チェンマイでダンス瞑想にやってきた女子が「誰かチェンマイでアチューナメントできる人を知らないかしら?」って、何気に話しかけてきて私が以前グループセッションに参加した所と他にいるレイキマスターの情報を教えた時「あなた、レイキできるの??」「えぇ、私マスターとって長い間、ホスピスボランティアしてたよ」「知らなかったわ!なんで言わないのよ?!」なんて会話があったくらいです。確かに仲良しのコース仲間からそう言われるまですっかり忘れていたけれど私にとって自分がレイキマスターであることなんでどうでも良いことになっていたのですよね。ダンス瞑想の会場をクリアリングしたり自分自身に使うことはあってもあえて、外でその活動をするということには意識が回っていませんでした。今朝、FBでレイキを通して知り合った方の投稿を目にして特にレイキのことは書いてなかったのにまたその言葉を思い出しそしてここで4年前に書いた投稿のお知らせが。こんな記事を書いていたことさえ忘れていたけれど、ここでもって「あぁ、こんなことがあったなぁ」とリマインドされる。このシンクロの意味はまだわからないけれどここで脳裏に種付けされたことだけは覚えておきましょう。4年前のハワイ。不思議なことが沢山あったよなぁ。ちなみにこの殿方との成り行きはその後なーんにもありませんのに時々自分が不安になった時に限ってぽろんとメッセージが入ってくるというやっぱり通じてるのかな?と思わせる不可思議な方。私は彼に対する特別な想いは全くなく彼自身もフィジカルな部分で結びつく必要性もないと考えているようなのです。「スピリチュアリティの部分で君以上にコネクトできる人に出会ったことがない」と、相変わらず言ってますよね。勝手に言ってろって感じ。FBで繋がっているので私の投稿に「いいね」をするというそれだけの関係です。今のところ。必要なら必ず必然の再開があるはず、とお互いに行動に出ないから進展しないし、会話もふーんっていう感じ。笑生霊の怖さ1生霊の怖さ 2生霊の怖さ 3生霊の怖さ 4生霊の怖さ 5

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  • 04Apr
    • 時代の変わり目にて

      こんにちは、雅です。新しい時代の元号が発表されましたね。号外を手にしようと渋谷でもみくちゃになってる人々をニュースで見て本当にびっくりしました。そこまでして欲しいものかしら?って。でも、考えてみたら40歳以下の人々にとったら時代の変わり目に遭遇するなんて凄く興奮することなんでしょうね。私はすでに平成で経験済みのことだけれど。私は人生の半分以上を国外で過ごしているというのにたまたま平成の元号が発表された時は日本にいたのでした。今回も本当に短い期間であるにも関わらずTVのモニターに映し出される新元号を発表するその瞬間を経験できたのは妙なデジャブーを感じされられるようでちょっと不思議な気がしました。まもなくまた国外に出てしまうので実際に元号が変わる5月1日の興奮は実感することはないのでしょうが。平成が始まる時私は日本社会で就労するという経験にピリオドを打ったばかりでした。アメリカ帰りで日本に戻って就労したものの1年で脱落。中東への旅の準備をしている頃でした。エジプトを目指すその旅が更に1年に及ぶ世界一周の旅になるとは予期してもいませんでしたけれどね。だから平成元年は私にとっては凄く濃い年だったのです。このブログを始めた頃はサンフランシスコで専業主婦生活をする私でありましたけれど結局はオリジナルな自分ボヘミアンに戻っただけだったのだなぁと振り返って分かる事実です。あのままでは終わらなかった!笑私にとっての平成の30年間は国外での時間が殆どですがそういえば、バブルが弾けたその瞬間もたまたま日本に戻って仕事をしていた短い期間に起きた出来事でした。平成を振り返るTVニュースが多い最近自分の知らない平成の出来事をおさらいするのにはちょうど良い機会です。『令和』という元号もすでにニュースでお腹いっぱいという感じですでに耳に馴染んでいます。昭和を懐かしむ我々の世代にとってはその対称にある令和は未知であり還暦以降をどう生きるかというひとつのシンボル的時代になるのだと思います。『ショーケンという孤独』のドキュメンタリーで執行猶予を終えて59歳のショーケンが最初の仕事のレコーディングで若いアーティスト達との場で「いいのかな、こんなおじいさんが大丈夫かな」と、ジョーク混じりに言ったことが私にとってはかなりショックでもありました。時代の違いをいち早く察して自分の素行歴も含めて謙虚に生きることを学んだ彼。私がそこから学んだことは大きかったかな。今年初めにチェンマイ空港に着いた途端日本人のおじさん達から怒鳴られたという経験をしました。凄くびっくりしたけれどそんな風に威張っている日本人男性時々気づきますが美しくないですね。『弱犬の遠吠え』みたいで逆に寂しい。萩原健一さんの謙虚さは更に彼の威厳を強くし人々の尊敬を高めたのだと思います。結局は「過去に何をしてたか」よりも「今何をしてるか」でしかないのでしょうし過去の栄光にしがみついているプライドは滑稽でしかありません。萩原健一さんがお亡くなりになって彼の過去が昔の写真と共に紹介されますがほんの数分で語り尽くされてしまう。それを目にすると思うのは先日ダンス瞑想で閃いた(記事:強くなるシンクロとひらめき)「私はついこの間生まれてまもなく消滅するという、存在の瞬間的な短さ」にやっぱり行き着くのです。今上天皇が退位を望まれてから2年も働かせるのかわいそうって思ったのがついこの間のことだと思えるくらいこの2年が短く感じることよ!イギリス人の彼も60歳になって「周りがどう思うと気にならなくなった」という解放を手に入れるように私たちは残りの時間を大切に自分が生きたいように生きるしかない。それがネガティブに作用して年中怒って生きる老人になったらそれはそれで悲しいことですけどね。率直に言えば本人が幸せを感じられ良い笑顔を佇ませる生き方ならどう生きようとそれでいい。じっくり鏡の中の自分に見入ることはないけど洗面所でちらっと映った自分の顔が好きだと思えるので私の現在の自分の精神状態はとても良いのだと思います。

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  • 03Apr
    • 萩原健一さんの訃報でもの思う 3

      こんにちは、雅です。今まで気にもしていなかったたった一人の芸能人の訃報により自分の気持ちが大きく揺れた数日。人はひとつの事件を通して自分の人生を振り返る機会を与えられるようです。萩原健一さんの面影をニュースや過去の映像に追いつつ私はふと自分は今年明けに大きな失恋をしていたのだということに気づきました。当時は元夫とのお別れショック中でいたしその精神状態の不安定さから好ましくない事柄が起こったとは知っててもそれが恋愛感情だったとはあまり意識することもなかったのです。失恋といっても恋愛も直接的に始まっていなかったしその殿方ともまだお会いしてもいなかった。でも、確かに私の深いところでは彼に対する憧れと淡い希望そして妄想は膨らんでいたことを思い出しました。彼は昔30代の初めの頃私が一方的に激しく恋に落ちた『酒乱のサーファー』を彷彿させる方でとてつもないアウトロー。そのアウトローが孤独と戦いながらコントロールの効かない己の理想を実現化させるために行動を起こし繰り返し語り世間の波に逆らいつつ自然と生きる。一緒に生きるにはとてつもなく面倒臭い殿方なのですよ。自分と似てるところがあるから彼の考えることは良く分かるけれど私は彼ほど不器用には生きてないしそれなりに中間部を要領よく生きている。とても憧れていたし、尊敬もしてるから一緒には語れるし一瞬「同士」になれるのかと錯覚するけれど実は私たちは同じ方向を向いているけれどお互いを向き合っていないそんなことに後から気づきました。触ったら火傷しそうなほど情熱的な男性にすごく惹かれて触ってみたら噛み付かれたそんな感じでしたね。おかげで心から血ぃ流してしばしは再起不能と思うような落ち込みでした。昔の『酒乱のサーファー』や数年前に寝起きを共にするくらい付き合っていたヴィーガンの彼のようにこの方にも感じた恐ろしいほどの情熱。そういう男に惚れてしまうようです。でも、そういう男は私のような女は好きじゃないのよ!好きじゃないというよりうまくいかない。涙そういう男には彼の子供っぽいところやワガママ破天荒な生き方そのものをお母さんのように包み込む許容力のある愛の塊の女性が合うのです。私にはとてもそんな忍耐ありません。涙それでもって私に惚れてくださる殿方というのはそれこそ父性が強い手のひらの上で遊ばせてくれる無条件にサポートしてくれるそんな姿勢がある方が多いようです。良い例が元夫で彼は離婚をした後々まで私のサポートを続けてくれました。もちろん、そういう殿方も好きですし居心地が良いからつい甘えてしまいますが心の奥底ではなんだか物足りないとかつまらないとか思っている私がいることも事実なのでした。うまくいかないというか凸凹の相性というのはありますからね。自分が好きな服や色と自分に似合う服や色が違うように私の好きな男性のタイプと私に合うタイプは違うというのもやっぱり理解するようです。萩原健一さんが再婚された冨田リカさんも恋多き女だったことが後から分かりましたがあの二人の会話や行動は一体どんなものだったのだろうなぁとちょっと興味があるのも事実です。冨田リカさん現在57歳で私とほぼ同い年と知って驚かされました。やっぱり美しさの秘訣は恋なのでしょうね。お二人は結婚されてもずっとお幸せな夫婦関係のようでしたし。ここしばらく恋愛から遠ざかっていた私でしたがここでなにやらもぞもぞするものを覚えるのです。実際4年前にデートした殿方が今でも時々連絡を下さって待っていてくれてるようなお言葉をくれたりするのだけれどそこに行かない私がいます。まだまだこの自由を失いたくないまだまだこの放浪を続けたいって思う時と誰かと寄り添って生きることへの羨望とそういう自分を持て余している現状。全てはタイミングなのでしょうけれど。別に再婚を望んでいるわけではないので恋愛に関してもサレンダーでいる私なのです。

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  • 02Apr
    • 萩原健一さんの訃報でもの思う 2

      こんにちは、雅です。昨日書いたイギリス人の彼にメッセージを送ってみましたらやっぱり彼は1月に60歳になっていました。肉体の中にいる35歳の自分が鏡の中の姿に動揺するものの人生は決して悪くないと言います。子供たちとの関係もうまくいき自転車の遠乗りを相変わらず楽しんでいるので体力も維持しているとのこと。精神的にもよくてやっと承認欲求が静まり他人が自分をどう思うかと言うことにも囚われなくなった、と言っていました。でも、その開放感ゆえ彼の地球温暖化とアメリカ政府の関係のプロテスト運動に熱が入ってしまっているようです。そんなメッセージと共にプラカードを掲げイエロージャケットを着た彼の画像が送られてきました。熱い、、、熱いわ〜。でもね、彼のお父様は革命家でしたからね。血だなぁ、と笑わされます。彼にはすごく惹かれるけれど彼自身の人生の環境が恋愛を許す余裕がなかったからこんななんとなく知り合ってるって言う関係のままですがね。やっぱり良い「友達」なんでしょう。萩原健一さんのお話に戻りますがYouTubeで「ショーケンという孤独」というドキュメンタリーを観ました。https://youtu.be/-KrzlNugvwY沁みるところ沢山ありました。自分が当時の彼の年齢に近くなっただけあって59歳であの状態親戚に会えばダメ子扱いで説教されそれでも暖かく子供のように迎え入れてくれる人もいるそんな自身の生きている位置のほんの寂しさとありがたさこれで終わるのかなという不安いろんな思いは生々しく感じられます。この動画の中の萩原さんは良くも悪くもそのまんまでどこにもセレブのカッコつけや綺麗事はありません。いや、それどころか過去の栄光を思ったらめっちゃくちゃカッコ悪い!そのカッコ悪さをそのまま見せることを恐れないことがカッコいい!そして60歳で冨田リカさんと再婚しその幸福感でさえ露骨なのろけでそのまんまという感じ。あの状態の萩原さんを観て昔のスタイルに憧れていた男性陣がどう感じたかはわからないけれどそれでも彼の変化を目の当たりにして彼をそれだけ変えることができたリカさんの力も凄いなぁと思わされます。60歳で再婚なされて過去を全て忘れるくらいのメリーゴーランドのような8年間を過ごし最後は眠るように奥様に見守られて逝かれた彼。まだ早すぎる最期だったかもしれないけれどでも終わりよければ、で本当に良かったなぁ、と思わされました。どんな人生を送ったかは語らずともその方の表情にそのまま表れています。萩原健一さんの表情にはアウトローでありながらも人々が忘れてしまっている情熱や純粋さをそのまま失わずに人生を生ききっている潔さが感じられます。自分も時々ふと思いますよ。私の最期はどんなかな、って。後悔だけははないだろうけどでも今回の彼の訃報で「還暦以降の幸福感」を深く考えさせられました。萩原健一さんのご冥福をお祈りいたします。

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  • 01Apr
    • 萩原健一さんの訃報でもの思う 1

      こんにちは、雅です。「5日も書いてませんよ。いまの気持ちを書いてみよう!」なんてアメブロからメッセージが来ると流石に「あらもうそんな」なんて気持ちにさせられます。ここ数日、先日お亡くなりになられたショーケンこと萩原健一さんの面影を追いかけておりました。たまに日本に帰ってくるとTVモニターの中の懐かしい人々のその姿の変化に驚かされることはしょっちゅうですが自分も劣化してるってことよねって妙に納得させられます。そんな中、訃報で映し出された萩原健一さんの最近のお姿に私は珍しくも一目惚れしてしまいました。有名人ですからその存在は認知してても特にファンだったことはありませんでしたのに彼の60歳以降の白髪の壮年のお姿にどうにもこうにも胸がキュンとしてしまうのでした。そして何故かしらこの知らないはずの壮年の萩原さんをとても良く知ってるような妙な錯覚に囚われていたのですがだんだんその正体を理解することになって思わず苦笑いの私でした。なんと再婚なさって髪を伸ばしスーツ姿ではなくカジュアルな服装で眼鏡をかけて皺だらけの顔で笑う彼は私がSFで何度かデートしたイギリス人の殿方とイメージや性格がぴったりと重なるのでした。音楽が好きでやんちゃなジジイ。女性本能をくすぐるかのような正直さと不器用さを持ち合わせてるから大変に女性にモテること。すっごく魅力的だけどずっと一緒にいるのは大変、みたいな情熱的すぎるが故、度重なる結婚遍歴と未だ引きずる複雑な婚姻関係。でも男気はちゃんと持ち合わせてシングルファーザーの責任のある人。彼を久々に懐かしく思い出して確か彼とデートした時の記録あったはずよねと、恋愛テーマほじくりました。自分で書いておきながら読んでて面白くて笑ったわ。これ、5回のシリーズで書いてましたがそれ前には普通に良いデートしてたのよね。思えばこの頃から若い男性ではなくて自分の年齢に見合う殿方たちに魅力を感じ始めたのかも。このシリーズの最後に予感してたようにイギリスで例の彼女と再会した彼は「やっぱり違ってた (´・ω・`)」って恥ずかしそうに報告してきました。爆笑私はSFを離れてしまったけどFBで繋がってるから余計なものまで見えてしまいます。その後、彼が付き合っていた女性が彼女のサイドでだけステイタスを彼の恋人としてタグ付けしてたりとあったけど多分に続かなかったようにも見えるし。一番最近の接触では私が末期癌の元夫にさよならを言うために去年のクリスマスにSFを訪れていた私が事後報告でなんとなくそれ匂わす投稿をしたとき個人的なメッセージを送ってきて彼も時期を重ねて親しい友人を亡くしていたのだと気持ちをシェアしてくれてました。いつだったか以前デートしてる最中に何気にセレクトショップを覗いてたとき不幸があった知り合いの男性の話になって人目気にせず泣いてたよなぁ。あっちにいた時ほんの一瞬彼のことを思い出したのだけど状況が状況だったので勘違いさせてもいけないと連絡も入れずに帰国してしまいました。そんな彼だったら会っていい話も出来たかもしれないですね。記事を読み返すと彼は当時56歳だったから今年は還暦なのですね。萩原健一さんのようにいい味出しそう。あなたのことを久々に思い出したよとたまにはこちらからメッセージでも入れてみようかしら。顔自体は違うのだけど眼鏡と白髪の髭と人懐っこい笑顔からのエネルギーに彷彿とさせるものがあるのです。萩原健一さんのご冥福をお祈りいたします。

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  • 27Mar
    • 叱られる親孝行

      こんにちは、雅です。還暦近いぞアワアワの私なのに実家に帰ると「3女」の位置は変わらず。昔から「海外に住んでいる変わったおばさん」だからたまに会う姪の子供でさえ私からの普通の待遇は期待してません。テヘ90歳になる母は今でも老人会のアクティビティやまだ働き続ける長女姉の代わりに台所を受け持つ元気な強者。でも、たまに会うそのたびに萎んでゆく様を見るのは切ないです。彼女の年齢だったら元気でいたって「ぽっくり」ってありますもの。でも実家に帰ると憂鬱なのが朝の早起き。フライトで疲れているときは実家に帰る前にホテルに泊まってゆっくり好きなだけ寝たいのが本音。私は昔から早起きが苦手で翌日に用事がないアラームをかけなくても良い朝は決まって9時半くらいに目覚めます。睡眠時間は9〜10時間くらいかしら。疲れが溜まってたらそれはもうぶっ続けで眠れるものよ。私くらいの年齢の人は長く眠れなくなると言うか眠らなくても平気らしいですけれど。それなのに母親は自分のペースでしかモノを言わず「長く眠るのは怠け者」ですからそれはもう朝の起こし方が人格を完全に無視したボロクソな言い方なのです!流石に「カチン!」のカの半分くらいちょこっとムカつくのですわ。子供の頃寒い冬の朝にいきなり布団剥ぎ取られたくらいでしたもんね。それを元夫に話した時には「おまえ、それ虐待されてたんじゃない?」って言われたくらい。いや、あれはそんな時代だったのだと思いますけど。まぁしかし、トラウマになったのは事実で元夫と結婚するときには「朝絶対起こさないこと」という唯一の条件を出したくらいです。まぁ私もいい大人ですからならば、目覚ましをかけて母が起こしに来る前にさくっと起きてれば良いものの毎日わざと母が起こしに来るまで布団に入っている甘えっ子でいるんですよ面白いことに。毎回毎回同じ質問と説教。私の家なし放浪のノマドライフは母親にとっては心配が尽きることなく前回言い聞かせても認知症始まったかなと思うほどに同じことをうるさく言われます。やっぱりカチンのカの半分くらいちょこっとムカついたりしますがそれでも辛抱強く同じ説明を繰り返す私。若い頃はそんな母の叱り方が大嫌いで言われればムカつくし彼女を満足させるなんて不可能なことだから会えば嫌な思いをするだけ。本当に実家に戻ってくるのが嫌でしたし喧嘩をして帰省の正月待たずして家を出てしまったこともありました。でも、今はとにかく彼女との時間を宝にしています。とっても口うるさいけれど別の部分では私を限りなく甘やかす母。いらないと言ってもお小遣いをくれるので受け取らないわけにもいかないのです。この歳になってもベイビーなのですね。そうすることで母が嬉しいことも知っています。私に説教をする喜び。私に小遣いをあげる喜び。ダメな末っ子を「演じて(半分は地だけど)」甘えっ子でいることで家の相関関係が成り立っていることを理解するからそう言う形で「親孝行」をしている私です。近年は「子供がえり」っていうんですか彼女が愛らしい幼女のような行為をすることも多くて長女姉と微笑ましいねと笑うこともしょっちゅう。平和であるには変わりありませんし私の心の平穏もそうすることで保たれています。

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  • 26Mar
    • マインドフルネスのおひとりさま

      こんにちは、雅です。父の法事のために日本に帰ってきています。寒い冬も和らいで桜を楽しめるなと思ったけれど宇都宮はまだまだ寒いです。たまに日本に戻ってくるとやっぱり最初の数日はいろんなシーンが新鮮ですね。東京にステイする時は上野近辺の下町情緒を楽しみますし新橋駅付近も前回から面白さを発見しています。私、おっさん化してるわ。汗日本に戻ってきて嬉しいのは何と言ってもご飯が美味しいこと。先日は新しいかき揚げのお店を見つけたので何気に入ってみたらチケット制でした。人為的なサービスを思いっきり外してお値段を大サービスみたいな蕎麦とかき揚げ丼のセットはなんと590円!それなのに200バーツしないわ!って頭の中はまだチェンマイです。宿泊費は高くつくけど外食の質に対する値段はやっぱり世界一って毎回かなり感心させられるのです。チェンマイでは主に屋台飯とかローカル食を頂いている私でしたが最後の頃は友人との外食が続いてました。近所に粋なイタリアンレストランがあってひとり600バーツの支払いになるなんて本当に珍しいことです。「なんだか一方的にお店決めて散財させてごめんね〜」なんて、コース仲間から一言あったけれど「いいわよぉみんなと一緒に食べるご飯って美味しいし。私、いつもひとりで食べてるからさ」そう応えたら「えぇ、ひとりご飯いいじゃない!私、大好き。マインドフルで食べられる絶好の機会よ!」別のヨガの先生のイギリス人女子がそう言ってきたのでおやっと、思いました。おひとりさまには慣れていたけれどマインドフルで食べられるから良いとは思ってもみませんでしたよ。カジュアルな場所ではなんとなくスマホ眺めながら食べちゃうときもあるし。恥マインドフルで頂く食事といえば『食禅』がありますがこれは小池龍之介さんの月読寺での座禅会に参加して初めて経験したものでした。質素なご飯と汁を一口ごとに箸を置き目をつぶって長い間咀嚼して頂く禅。そういえばそれを自らやっていた時もあったのだわ。いつの間にかすっかり忘れて食べるのが早い人になってしまうときもあるけれど。確かにおしゃべりをして気持ちが他に向いていると瞬間的には美味しいと思っても実際その美味しさを心底まで味わえてなかったりします。本当に美味しいものを食べてる人は無言になりますしね。と言うわけでそんな彼女の言葉を耳にしてから再びおひとりさまの食事が好ましく思える私です。そのかき揚げ丼のかき揚げにじ〜んと感動し目をつぶって頂いた私でした。確かに美味しさ倍増しますです!前回の新橋ではみなかったから多分に新装オープンしたばかりだと思います。美しい蘭の鉢植えが入り口に目立ってましたし。このかき揚げ要は10cmの厚さはありそうよ。お箸をガツっと突き刺し両手で左右に豪快に割りました。ぷりぷり海老がごろごろ出てきて感動。上野駅で見た日本の僧侶。東南アジアを散々まわってオレンジ色の袈裟をまとっている僧侶に見慣れていると日本の僧侶は本当に特殊だなぁと思わされます。高下駄履いてるだなんて今まで気づきませんでした。そういえばビジネス化されてる日本の僧侶の生活を知って信じられないと驚く東南アジアの僧侶たちの英語の記事を最近読みました。彼らの生活は本当に過酷な修行なので生臭坊主の生活はありえないのだそうです。笑

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  • 21Mar
    • ”コンフォートゾーンの外の奇跡” 再考

      こんにちは、雅です。昨日アフタヌーンティーを一緒にしたイギリス人の彼女、今日のFBの投稿で『There is no growth in a comfort zone.Dream big. Take risks.(コンフォートゾーンに成長はありえない。夢は大きく。賭けるのよ)』って自分にはっぱかけるようなこと書いてました。彼女私たちが受けたSheDanceのセッションをイギリスに持ち帰ってどんな風にビジネスにするのかを熱く語っていたのだわ。『コンフォートゾーン』ね。いつだったかそのことについて私も書いたな、って思ってたらなんと4年前の同じ頃に書いてました。私が去年学んだダンス瞑想のチェンマイでのセッションを日本にそのまま持っていっても日本人には通用しなかったのでセッションのたびに学んで実験的に修正したって話したら「イギリス人もきっと同じよ。ここをこういう風に変えるべきよね」と、具体的なセッションを語ったり。「あなたは日本でしないの?」「さぁ、今回は日本に長居しないから特に考えてないけれどいつか日本人の女性にもこのセッションを経験してもらいたいと思うけれどね。このコースはビジネスじゃなくて私自身を救うために取ったのよ。自分がやっと本来の自分を取り戻して女性として輝けるところまで持ち上げてもらったことだけでとても満足なの」「そうね、あなたは更に美しくなったわ。私はね、自分のビジネスで成功したいの。Bigになりたいのよ!」「なれるんじゃない?それだけ具体的にもうイメージが出来上がっているのですもの。イメージができるっていう時点でもうそれは現実化できるってことだもの。でもそれを行動に移せるDoerにならないとね。うだうだプランを語ってるだけで何もしないまま終わる人もたくさんいるから。そしてそういう人に限って10年後に『should have (〜するべきだった)』『could have (〜できたはずだった)』っていうの。夢を大きく語る男にいそうな話よね」「いいこというじゃない!私は決してそうはならないわ」「自分にそう言わないように戒めてるのよ。決してその言葉を使わないように、って。あと、Cannot (できない)も言わないようにしてる。Cannotを使ってたら全てを外の要因のせいにして自分の人生に責任を持たないまま終わるから。言いたくなったらI don't do で自分の意思でやらないって言い方に変えてる」「そうよ!そうなんだわ。今日、あなたと話ができてよかった!」そんな会話をした後にそれも昔どこかに書いたよなと、思ったのでした。

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  • 20Mar
    • 普通の日常の奇跡

      こんにちは、雅です。イギリスからきているコース仲間がいたので美しい英国紅茶館でアフタヌーンティーを。「You are so popular!(あなたって人気者ねぇ!)最近国を変えて再会する友人との会食が続いてたりしたのでそれをFBに載せていたのを見た彼女の反応でした。そんなこと思ってもみなかったのでその言葉に面食らった私です。「人気?とんでもない。ただ私はチェンマイは3年目だし3年もあちこちの国を放浪していると人と出会い再会したりするものよ。それが嬉しいだけ」そういえば、この彼女英国はマンチェスター出身なのですが訛りが凄くて最初ちょっと戸惑いました。でも、こんこんと話しているうちに国や年齢を超えたところで共通したコネクションを感じもう彼女の訛りとか気にならないくらい普通に話してたしそれじゃぁね、とすぐまたどこかの国で会いそうなそんな予感とともに軽く別れました。そう、大げさなさよならではなくて。Grabというアプリで呼ぶクルマを待つ間最近こんな外国人の女子トークや国を変えた再会とかが続いてるなぁと、ふと思いいつから私はこんな人になったのだろうと奇跡的なものを感じました。私は30代で再度渡米しカレッジでクラスを取っていた時に英語が話せない訳ではなかったのにどうしたって人と普通の会話ができずランチもひとりで食べていました。その当時はひとりが好きだからそうしていたのではなくランチを一緒に取りに行く人お弁当を一緒に座って食べる人もいなかったのです。今でいう『ぽっち』トイレでお弁当を食べてる人が本当にいるかは疑問だけれどでもその人の気持ちは理解できる私なのです。それを元旦那に知られた時にはもっと社交的になりなさいと激しく叱られたこともあったのだわ。あの頃の私が今現在の私に出会ったら本当に眩しいだろうなぁと思うのです。日本語のフェイスブックに日常の投稿をすると「英語喋ってそんな旅ができるなんて凄いですね!」というコメントを執拗にいただくとどう反応していいか戸惑います。それは多分外国人が「お箸使えるんですか凄いですね!」と言われ続ける居心地の悪さに似たものがあるかもしれません。自分ができないことをしてる人イコール「凄いですね!」という賞賛なのでしょうが本人が当たり前に思っていることを凄いですねと言われるのってこんなに妙な気持ちになるんですね。まぁ私も自分ができないことやってる人にはそう反応しちゃうかな。「こんなことができる俺かっけ〜♪」と本人が思っていたらその言葉も嬉しいものでしょうけれど。少なくとも自分もそういう時がありましたね。認めます。はい。そして、今思い出すときっと拙い英語ですんごく恥ずかしいことを厚顔無恥でやってたはずです。若い時はバイポーラ気味だったのかしら万能感に溢れる時と落ち込んだ時の差が激しかった。まぁ万能感に溢れるというのも実は劣等感の裏返しに過ぎないのだけれど。「あなたはいつから英語を習い始めたの?」「私はね、地方出身で上京した時に自分の地方訛りをバカにされたの。多感な10代だからね、恥ずかしくて。単純だから、英語話せるようになったら誰も自分をバカにしなくなるかしらって思ってお金ないから毎日一人で教材で練習してたわ。24歳の時にエキスポがあってそこの募集で『英語できれば尚可』ってあって英語話せますか?って聞かれてはいって言ったら受かっちゃった。本当は話せなかったのだけれど受かっちゃったから現場で無理やり話したわ」劣等感や人見知りが激しくバブルで女子大生がもてはやされた時代に家族から縁を切られ貧困で影を生き躁鬱であるのに傍若無人の時があったゆえに大きく変わった人生でもあるのです。コース中のセッションのシェアリングで『昔の自分に言ってあげたいこと』というのがあって「多分に今のあなたは想像できないけれどあなたの人生には凄い展開があって冒険があって長い闇をも生きるのだけれどいろんな人と出会ってサポートを受けて自分の中に信じるもの発見してアラジンの魔法のランプを手に入れ魔法の絨毯に乗ったような華麗な生活を経験し打ち出の小槌さえ手に入るのよ」って言ったのだけれど私、過去の私にお礼を言うのを忘れてました。あの時「英語話せますか?」って聞かれて「えっと、少しだけなんですけど〜」とか言ってたあの時の私だったら多分この人生じゃなかったでしょうね。多分彼女はまだ30代前半かも。年齢なんて気にしない同じ目線のトークができる英語の会話の方が私は話していて楽です。

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  • 19Mar
    • 私というあなたへ

      こんにちは、雅です。『Dear Miyabi私はあなたをとても誇りに思います。あなたがどんな風に生きてきて闇の中からこの光の場所に到達したかそれを私はちゃんと見てきました。朽ちてゆく肉体と年齢という数字を目の当たりにして戸惑いを覚えるあなたはまた新しいステージに直面しています。でも、あなたはもう知っているでしょう。全ての過去を統合して現在と未来は今ここに。あなたは今のあなた、そしてこれからのあなたに『なる』ことにすでに成功しています。そのままでいいのよ。深呼吸をして微笑んでいればいいの。人生はあなたの笑顔と共にただ望むように展開するのだから』SheDanceのコースの間にハイアーセルフと繋がって速記するエクササイズのレターが荷物をまとめたら出てきました。捨てる前にここに記しておきます。薄い枯れたブーゲンビリアの花びら。庭を裸足で歩いて目についたものを拾いそれにまつわる思いをシェアするエクササイズにて。この枯れた花びらどこか自分自身を重ねつつもそこに美しさを見出した私は遠い昔にドライフラワーのアレンジメントを作る人を「枯れた花じゃんよね」と、バカにして笑った若さだけしか取り柄のなかったような自分をも思い出しました。自分がきた道。これから若い人がどんなに無知で恥知らずなことを言っても寛容で暖かい心で受け止める余裕を持とうとそれを思い出すシンボルとしてこの枯れた花をそっとノートに挟んだのでした。

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  • 18Mar
    • 医療/がん保険を見直す

      こんにちは、雅です。今までずっと夏休みの宿題をおわしていない子供のような気持ちでいましたが今日やっと昨日から頑張ってリサーチしてがんも含めた医療保険を申請しました。ずっとやらなきゃと思っていたけれどあまりにも色々あってちらっと調べては面倒臭くなって後回しにしていたのですがうかうかすると誕生日が来てしまいそうなると保険料も上がってくるのでもうやるっきゃない、でした。幸いにも頭で考えるよりも無意識が私を動かしてくれ着々と今後の為に導いてくれて去年全ての健康診断も終え準備はできていたのです。姉はまだ働いているのでそういう時間が取れませんが私に刺激され先日人間ドッグに入って来たと言ってました。私がサンフランシスコを出たのはその寒さと物価の高さに嫌気がさしたのもありますが一番の理由はヘルスケアが馬鹿馬鹿しいほど高いことです。夫が仕事をしている時は手厚い保険にカバーされまるで5スターホテルでのもてなしのような定期検診を受けてたりしてたのですが夫がリタイアしてすぐに私の乳がん検査の通知が来て何も考えずに受けてしまい保険が切れていたということで600ドルの請求が来て驚いたものです。「俺は歳だからメディケアに入れるけれどお前はまだ若いからどこかプライベートの保険に入らんとな」と夫から言われた時には冷や汗が出ました。アメリカのプライベートの保険がどれだけかかるか知ってたからです。そういえばこのブログの過去の投稿でも医療機関に出かけた時は本当に夫と結婚していることをありがたいと思ってそれを書いてましたよね。離婚に踏み切れなかったのも保険のことが大きなネックになっていたのでした。まぁ結局は夫もリタイアしちょうど離婚が重なりアメリカを離れる私はヨーロッパの会社の世界中をカバーする『ノマド保険』に入りましたがそれでもディダクティヴという最初に自費で支払う額を20万円くらいにしそれ以上の負担があった時に保険でカバーする、という安いのでさえ年間40万円ほどを費やしていたのでした。後ほど旅をしながら色々人と話をし情報を得ながら最善の方法を考えやっぱり日本のヘルスケアが一番だよね、ということを実感したのです。それで日本をベースにしたいという気持ちが大きく膨らんで来たのかな。そして旅行保険もクレジットカードを上手に使えばそれもカバーできると知りその外国のノマド保険を解約しどんどん現実的に考えるようになったのです。去年の暮れにサンフランシスコに戻って寿司屋のオーナーのおかまの女将と話したら「私なんて月15万円以上も払ってるのよ?信じられないわ!でも、それさえもしなくて事故なんかにあったら破産しちゃうもの仕方ないわ」ですって。彼のように収入があったらあったで大変なんです。貧乏人はそれなりに福祉があるからサンフランシスコに住んでいられるのだけれど。ここのところ、芸能人のがん告白がとても目につくのですけれど。私がそういう年齢に来たってことですよね。長女姉も私の知らないうちに甲状腺癌を患い手術していて今はもう心配ないそうですが。彼女は随分前から保険だけはちゃんと入ってて膝の半月板損傷、甲状腺癌、網膜剥離白内障手術と全て保険おりたから元はしっかり取ってるらしいです。私は今のところすごく健康ですがいつガタがくるかもわからないしね。旅も動ける今のうち!っていう感じですし。差額ベッドとか考えるし先進医療費や手術費後の通院とか色々検討して終身保険で行きました。定期だと次の更新で値段が一万以上跳ね上がるって長女姉が言っていたのです。価格.comというサイトが各保険会社の比較を出してくれてるので結構それが頼りになりました。そして上位人気の数社とリサーチで何を重視するかを考えて。若ければ若いほど値段が安いけれどろくに使わないままずっと掛け捨てっていうのもねーとか考えちゃいますよね。まぁ、私のこの歳では遅すぎたのかもしれないけれど健康でありがたいのだから月一回美味しいご飯を外食したつもりで安心を買っておくというのが保険というものだと思います。日本人でいるということのありがたさをつくづく噛み締めながら。

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  • 17Mar
    • ”My people の環境を選ぶこと” 再考

      こんにちは、雅です。私はチェンマイにいる間はここのThe Yoga TreeというヨガスタジオでDANCEmandala(ダンスマンダーラ)というダンス瞑想のクラスを時々受け持っています。実際これを日本でやったら日本人はどんな反応をするかしら?と、その好奇心を抑えきれず去年半年間、埼玉で試してみましたけれど興味を持った方はごく少なかったです。先日は私のセッションにひょっこり去年コースを一緒にとった友人が姿を見せたので1年ぶりねと大喜び。セッションの後で夕食を食べに言ったらおしゃべりが尽きなくて11時過ぎまでお店の人が私たちが帰るのを待ってたみたいで。閉店ですよ、って言いに来ないのもタイ人の人の良さかしら。この1年間のお互いの経過を報告。日本での生活が決して順調ではなかったことを告げチェンマイのスタジオに戻って来て初めて『My People!』という属する安心感とホームを感じたことを口にしたら、彼女も同様に「私もそう思ったわ!!」と同意してくれました。日本に限らずこう​​​​​​​いったものにオープンになれない国民性というのはありそれはイギリス人しかりそして、友人が住むイタリア南部でさえそうなのですって。チェンマイ周辺に集まる人々は本当に共通のものがありそれは私が先日パーイで数日過ごした時も同様に感じたものでした。同じレストランに毎日通いそこで同席になった人とは誰だって同じ共通の志向でオープンに情報をシェアできまるで友人と同じような楽しい会話が成り立ったのです。日本のシェアハウスでの生活は全くの孤独ではなかったけれどでも、それ以上にここに住んでいる時の自分の方が自分らし生きられるということをもしかしたらサンフランシスコと同じくらいの充実度が得られてるのではないかと気づいた今年のチェンマイでした。まだまだ旅は続けるけれど将来住む土地として大きな可能性を感じさせられます。暖かい気候物価の安さ食が合うこと気軽におしゃべりができるローカルの人々の優しさとそして微笑みをもらえること医療機関の充実度先進国の便利さも存在することそして何よりMy Peopleがいるコミュニティ。彼女とは去年コースが忙しすぎて2人きりでじっくり話す機会がなかったけれどこんなにも楽しく笑いあえるとは思ってもみませんでしたことよ。以前My Peopleについて記事書いてましたよね、と思い出したらありました。

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  • 16Mar
    • 全ての女性が知るべき10の事実

      こんにちは、雅です。私の友人がFacebookでシェアしていたこの記事。是非ともシェアしたいと思います。1. Everyone has rolls when they bend over.誰だって前かがみになったら巻き寿司がいくつかお腹にできるわよ。2. When someone tells you that you'rebeautiful, believe them. They aren't lying.誰かが「あなた綺麗ね」って言ったらそれを信じなさい。お世辞じゃないから。3. Sometimes we all wake up with breaththat could kill a goat.時々私たちみんな、寝起きの息はヤギを殺す威力があるほど臭いのよ。4. For every woman unhappy with herstretch marks is another womanwho wishes she had them.妊娠線で悩んでいる女性がいればそれを持ってる人を羨む女性もいるってこと。5. You should definitely have more confidence.And if you saw yourself the wayothers see you,you would.あなたはもっと自信を持つべき。他人があなたを見るように自分自身を見ることができれば持てるの。6. Don't look for a man to save you.Be able to save yourself.白馬の王子様を待つんじゃない。自分を救う自分自身になるの。7. It's okay to not to love every part ofyour body... but you should.あなたの身体のパーツ全てを好きでなくていい。でも、好きになるべきよ。8. We all have that friend who seemsto have it all together.That woman seemingly perfect life.Well, you might be that womanto someone else.みんな誰だって周りに憧れの全てを持ち合わせてパーフェクトライフを生きてるような人が一人や二人いるだろうけれど誰かにとってはあなたがそれそのものっていうこともあるのよ。9. You should be a priority.Not an option.a last resort, or back up plan.あなたは一番の人であるべき。決して第二選択のオプションでも最後の逃げ場の女でもダメな時の穴埋め女になってもダメよ。10. You're awoman.That alone makes youpretty damnremarkable.あなたは女性なの。そのこと自体が本当に素晴らしいことなの!

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  • 15Mar
    • 『私』はいない

      こんにちは、雅です。フォレスト修道院から戻ってきてしばらく経ってしまうと瞑想の習慣も少しずつ乱れてきました。以前は朝晩20分ずつやっていたのにネットに釣られるとついつい後回しで忘れたり。でも、あえて思い出して瞑想の時間を作ってみるとやっぱりホッとする「懐かしの場」みたいなところへ行けるような気がします。修道院での瞑想の時間にはよく身体の外に意識が飛んでいました。動かないでじっとしているとしびれやその他の身体の感覚はやがて麻痺してくるような感じになり身体そのものが消滅するような感じになります。その時に何となく意識が外側を漂い始めます。以前にも書いたと思うけれどとても辛い運動をしている時にもよく私は自分の意識を身体の外に出して遊んでいました。「苦しんでいるのはそこにある肉体で自分は身体の外で楽してる」みたいな感覚です。これっていじめにあっている子供がそういう意識になって「いじめられているのは私ではない」と客観的に眺めているうちに多重人格になるという傾向が生まれてたりするので意識的にするのが好ましいかどうかは私自身は知ることはありませんが。実際の幽体離脱とは違って肉眼で見るようなそれとは違うのですが意識が外に出てしまうとイメージ上の自分の身体や周りの人々が見える。そして、自分の視点がどんどん上方に登っていってホールの屋根や敷地の全体図ややがてはタイの地図で見るような風景そして、地球を離れて宇宙の彼方まで飛んでゆく感じになります。やがて意識が宇宙のバイブレーションそのものになってしまう時にふと疑問に思うのです。あそこに座っているあの身体は何なのであろう?と。確かに私なのだけれども私の意識はここでありここの意識はもはや『私』ではなくもしかしてこれがワンネスなのか、と。そういうとてつもなく大きなはるかに大きなものとの一体感を感じられるそんな瞑想の瞬間は限りなく平和で穏やかで愛と慈悲に満ちたエネルギーでもうずっとそうしていたいと思わされます。でも、時間がきて自分の身体に戻ってると知った瞬間私の中のエゴが目覚める。エゴは他人を認識し他人に映る自分を認識し自利や防衛反応を持ちもはやワンネスを感じていたあの感覚さえも忘れてしまいます。修道院で瞑想を繰り返し行っていたあの空間ではそこにいる人々は静かに口をつぐみお互いのために動き穏やかな微笑みをたたえていたのに帰りのトラックの中に詰め込まれた日常社会の顔と言葉をもつ我々はすでにあそこでのエネルギーをすっかり忘れてしまったかのようでした。『社会』がエゴを育てるのでしょうか。自分と他人がどのような利害関係を持ち自分の位置がどのように生活に、サバイバルに関係してくるか。修道院の生活は当然『社会』ではないのだけれどあそこで自分がまとっていたあのエネルギーをこうやって思い出していたい。自分と他人を分け隔てているこの身体というものはもはや3次元の感覚を味わう乗り物、アバターでしかないのでそう思ったら、カスタマイズしながら与えられたゲームを最大限に楽しむしかないと、やっぱりそこに行き着く雅な私です。フォレスト修道院の最後の日にこっそり撮影。思い出せば、私の修行暦というのは古く19歳の時点で京都の冬の禅寺で1週間ほど座禅をしたのが初めてでした。当時は鬱に苦しみ社会での生活が困難でしたから「こんな平和なところで隔離された生活をして修行になるなんてあり得ない」と憮然として帰ってきましたわ。苦しみとは社会で自分と他人の格差を見せられるからこそ起こるもの。そう、19歳の私は結論付けたのでした。

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  • 14Mar
    • 久々にボトックス

      こんにちは、雅です。数日前に鏡を覗いてハッとしました。眉間のシワが上方に長く伸びている!以前から眉間のシワが深くなっていることには気づいていたのですが日頃あまりマジマジ自分の顔をチェックしてないのですっかり忘れてました。ここ最近月単位で部屋を借りてて鏡台もあることから化粧をする余裕もあり気づいた次第なのです。大体にして老眼の私たちのお年頃は裸眼ではうまいことソフトフォーカスがかかるので現実よりも遥かに綺麗だと思っています。ホホもうすぐチェンマイ離れるしここにいるうちにボトックス打っておいた方がいいかしらと、急に焦りましたわよ。私は10年以上も前の一番最初のボトックス経験で顔の印象が変わってしまった苦い経験があるからかなり慎重になります。あの時は眉毛が上がってしまってドラッグクィーンのような顔つきになってしまったものなぁ。泣それ以来、お願いするときには効かなくて失敗と思うくらいの方がマシと言って少なめに打ってもらったのが何度か。多分過去に3回くらいしか打ってないので頻度的にはそうしていないのですが表情が変化したのは初回のみであとはしかめっ面の癖を和らげる程度の効き具合だったのでしょう。カメラモードにしてセルフィーモードになってるの知らずして意識してない自撮りしてしまったら私凄いしかめっ面しててこれがいつもの顔なんだなぁと驚きます。目が悪いので眉間がリラックスできないのですよね。もうこれ以上深くなったら最悪なのでどうにか慣れない土地でボトックスのクリニック探したら良い感じのがあったので相談に行ってみました。そういえば「ちゃお」という現地の日本語新聞に日本語が通じるというクリニックの広告が乗っててそれでそうだと思い出したっていうのもあるかしら。私は英語に問題がないので英語で検索して近場で評判が良さそうなところ選びましたけれど。Absolute Care Clinic旧市街の東側ターペー門の近くです。私のお願いだと皺が消えることはないけれど眉をひそめる癖を回避するにはちょうど良いくらい。20ユニットで4000バーツ($120)ですからアメリカの標準よりも半値以下くらいに安いです。そういえばアメリカではボトックスパーティというのがあって打ってもらいたい人を集めてドクター呼んで割安に打ってもらうってうのがあったわ。「君のここにはこのくらいのユニットでまぁ350ドルくらいでやってあげるよ〜」なんて言われたの記憶にあります。小顔だか皺取りだか忘れたけどおかまくんとか強気になってガンガン打ってもらってた気がします。でも、その効果とかは忘れちゃうのよね。これは永久のものではないから逆に安心っていうところもありますが。日本のクリニックでの料金って知らないけれど日本も今は随分とお気軽に安くなってきてるのかしら。ハマって打ちまくると顔が変形するからこういうのは本当にギリギリまでやらないでおくくらいの気持ちの方がいいと思うのですがまぁ大体に顔なんて本人の自己満足でしかないので人がとやかく言うことではないのでしょう。心が弱い時は毎日気になるところを拡大鏡で見つめてすっかり自信をなくして暗い気持ちになりやすいのでそういうときこそこのようにこのような技術でサクッと修正して心明るく生活した方が良いと思います。これでさえ「整形」と言う名のもとで人からなんやら言われるのが嫌とか気にする人もいるのでしょうがやらない人の、できない人のやっかみなど気にしてるほど人生そう長くないですから。鏡でみて気づいた翌日ですが散々暑い外を歩いた後に友人と記念撮影したのを確認して心決めましたの。私普通に笑ってるのに眉間がっつりシワ入っていてまるで苦笑いしてるような感じに見えるのだもの。

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  • 11Mar
    • コミュニティのサポート

      こんにちは、雅です。ダンスマンダーラでの気づきでまた別のエピソードを。前回のダンス瞑想の次に先生がファシリテートするセッションを受けた時のことコース半ばのことで夕方のダンスはかなり疲れていました。それでもう早々と床に転がった私。その時はハートのゲートウエイで流れる曲もハートビートを意識されるリズムでした。目を閉じて、心臓の鼓動のようなビートで私は半分まどろむような感じで床の上に胎児のように丸まっていました。その時、私は母の子宮に戻り身体全体に愛のエナジーを感じていたのです。私がお腹にいた時に母がどれだけ楽しみにしていたかを瞬間的に悟り、涙が溢れました。最後の輪のシェアリングの時私はそのことを話しました。「私は母を恨んで人生の多くの時間を過ごしそのために子供を産まない人生を選択したけれどなぜ、この今のひらめきをもっと前に得ることがなかったのだろう。時々人生は皮肉なもので遅すぎてから気づくこともたくさんある。今この時まで意識することはなかったけど私は母にならなかったことを少しは後悔しているのかもしれない」そう言いながら泣を流す 私がいました。その後にセッションに参加するのが3度目と言う中年の殿方が口を開いてくれて「多分に大変なセンシティブな事柄を正直に思いを打ち明けてくれることに感動しています。私の娘は先日出産をしたけれど赤ちゃんは死産という結果でした。自分にも娘にもそして家族の全ての人にとって辛い出来事だったけれど起こることにはそれなりの意味があるとそういう運命を静かに受け止めています。あなたもとても大きなことを超えてきたのでしょう。でも、人生に間違いということはありません」と、多分にそのようなことを言ってくださったと思います。クロージングサークルが終わった時隣に座っていたゲイの仲間が「自分も時々我に返って子供がいない人生を見つめることがある。もしも、を考えてはいられないけれど君の気持ちは理解できるようだよ」そう言ってハグしてくれました。そんな話をしていたら先ほど発言した殿方が私の横までやってきて「あなたの勇気に感動しました。正直な気持ちをシェアしてくれてありがとう」と、同様にハグしてくださいました。こういうことを打ち明けられる場が提供されているということを本当にラッキーに思います。何が起こっていようが全てはベストなタイミングで起こったのだし今は自分がいる環境を最大限に有効活用して100パーセントフルに生きるしかありません。でも、時々立ち止まってしまう時こんな風に正直に話せるそして安心できるこれが『コミュニティのサポート』なのだろうなって思わされた夜でした。日本に住んでいた時にセッションを行っていましたがフリーフォームというのはまだまだ日本人にはハードルが高いのかなと、そんな風に思いながらいろいろ工夫していました。自分の内側に入るのには最高のツールなのだけれどなぁ。

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