今日も毎週の行事となりました、歯科通いの後

歯医者近くの「烏森神社」に御挨拶にいきました。


おお、茅の輪が出ているぞ。


もうそんな時期になったんですね。


6月30日の「夏越の大祓い」まで、しばし天気のいい時には

茅の輪めぐりでもして、御祓いまわりでもしようかな音譜


うさうさ☆きらりんこ
茅の輪「ちのわ」は

遠い神代の昔、スサノヲノミコトが旅の途中で蘇民将来(そみん

しょうらい)・巨旦将来(こたんしょうらい)という兄弟に一泊させてと

頼んだところ、裕福な弟の巨旦はこれを拒んだのに対し兄の蘇民は

貧しいながらも厚くミコトをもてなしました。


ミコトは御礼として悪疫退散(あくえきたいさん)の『茅の輪』の

作り方を蘇民に教え、小さな『茅の輪』を腰につけさせせると

蘇民一家はその年流行した悪疫から逃れることが出来ました。
『備後国風土記』(びんごのくにふどき)




『茅の輪くぐり』神事はこの故事(こじ)にちなみ、罪・穢れや厄災を

祓い、生命力を強める行事として、現在6月の末に全国の神社で

執り行われています。


その作法は、左右左と八の字にくぐります。すなわち、正面よりくぐり、

左にまわり、正面り今度は右にまわり、最後に正面よりもう一度左に

まわり、御神前に進みます。


日常生活の中で、知らず知らずの内に犯した罪・穢(けが)れを

祓(はら)い除(の)け、元の健やかな心身に立ち返るのが

大祓(おおはらえ)です。


年末と、6月末の年2回行われます。


去年6月30日に挙式したので、思い出深い行事となりました。


うさうさ☆きらりんこ-110610_2124~01.jpg

ちなみに我が家の入り口には「蘇民将来之子孫」という札を

掲げてます。


昨年、お誕生日(11月末)に出雲に旅行した時、須佐神社で

購入しました。


といっても、蘇民将来さんの子孫を語っているのにちょっと

気がひけますが、元気に生まれて生きているところから

考えると、神代の時代の恩恵のお陰で生を賜ったということで

みんな子孫の可能性大!ということで、いいのではと

勝手に弁解してます。


お陰さまで、まだ入居して2カ月半ですが、大きい病気もなく

朝早くから、まる半日お仕事に恵まれ、笑顔で毎日を迎え

見送ることが出来てます。


今の生活に対する感謝の気持ちは、薄れるばかりか日々募る

ので御利益大!ですね音譜





ずっと探していた調味料?!がありました。


桃屋の「キムチの素」です。

うさうさ☆きらりんこ


一見どこにでもありそうなのに、やっと購入できました。


コレさえあれば、キムチ味を瞬殺でなんでも美味しく作れます。


記念に自慢の「キムチ鍋」を作りました。


20代の時に同居していためーめーちゃんのママが

お料理がとても上手で、御馳走してくれたときの味を

受け継ぎました。


秘伝の味付けは、「バター」と「牛乳」を惜しげなくじゃんじゃん

鍋にぶっこみます。


これが病みつきになる味を作り出します。

ぜひ騙されたと思ってお試しくださいラブラブ


うさうさ☆きらりんこ

お料理といえば、私の大好きな中国の武侠作家

金庸先生の物語に出てくる「黄蓉」ちゃんを思い出します。


金庸先生の代表作「射チョウ英雄伝」に出てくるヒロインです。


うさうさ☆きらりんこ

お料理が上手で、料理でグルメの剣豪を手名付けてました。


頭の回転も速く、人がいいだけの主人公をいつも支えてました。


うさうさ☆きらりんこ

「射チョウ英雄伝」は続編的なお話が2個続いてあり

3番目の作品は最初の頃から100年経過しいているけれど

黄蓉の機転が民族を救います。


賢いだけでなく、お料理も超一流というのが、女の子らしく

武芸も強く、登場は男装といったところのギャップも

素晴らしいですよ。


二人は2作目で熟年夫婦になっても、鶴の夫婦のように

寄り添って助け合います。


話は脱線しましいたが、そんな黄蓉ちゃんにあこがれます。。。






最近、ちょっとおどけてポーズを取る時に使う雲竜型。


横綱の土俵入りポーズの一つです。


気づいて拾ってくれる人がいないと寂しいですおやしらず



うさうさ☆きらりんこ
超かっこいーと思うのは私だけでしょうか?!


上が雲竜型、下が不知火型。

それぞれ10代横綱・雲龍久吉と11代横綱・不知火光右衛門の

型が伝えられたものであるとされてます。


雲龍型は攻守兼備、不知火型は激しい攻撃を表しているそうです。


私の父方の実家が、双葉山の里のすぐ近くで、そのせいか

父は双葉山をはじめお相撲を見るのが好きでした。


うさうさ☆きらりんこ

双葉山は少年時代の負傷が元で右目が半失明状態(5歳の時

吹矢右目に当たったという)だったことや、右手の小指が不自由

(事故で2度も右手の小指に重傷を負いその後遺症による)といった

ハンデを抱えながら相撲道に精進し、昭和屈指の大力士

なりました。


本場所での通算69連勝、優勝12回、全勝8回などを記録。

年2場所の時代の力士であるがその数々の大記録は

未だに破られていないものも多いです。


日中戦争の泥沼化、太平洋戦争が間近に迫る時局もあり、

国民的英雄となりました。


「双葉の前に双葉無し、双葉の後に双葉無し」という言葉の

示す通り、まさに不世出の大横綱であり、「角聖」の異名で知られた

明治の常陸山谷右エ門と並ぶ偉大な力士として「相撲の神様

「昭和の角聖」と呼ばれることも多いです。


双葉山の言葉に「我はまだ木鶏たりえず
」という名言があります。


横綱であった双葉山が69連勝を逃したときに友人に語った言葉と

いわれています。


負けた言い訳をせず、自分を戒める言葉にもなっています。


木鶏とは『荘子』にでてくる鍛えられた闘鶏が木彫りの鶏のように

静かであるさまのことです。


英雄であっても自分に厳しい姿が、感銘をうけます。


うさうさもそんなヒトになりたいですベル