傍若無人のうさうさが、着付けや和のマナーの習い事を

はじめました。


無料のレッスンがあったので(週一で12回くらい)

早速申し込みました。


結構着付けとか高いんですよねあせる


今後の説明を受けて、和装って覚悟はしたたけど

思ったより何十倍も面倒くさかったです。


うさうさ☆きらりんこ-110713_0834~01.jpg

ほとんど気軽にレンタルして貰えるんだけど

最低限必要な長じゅばんまでの小物を

若干揃えないと・・・


なぜ和装かというと、母と祖母がおきものが大好きで

小さいころからいろいろ揃えて貰ったり、2人が着ているのを

見ていたので、いつかは自分もと思ってました。


中学に入って、黄八丈を一式揃えてもらったのに

結局家を飛び出して、2回しか着ないまま紛失して

しまいました。。。


一式揃えるの凄く高かったのに・・・


そんな後悔もあり、自分で着れるようになろうと思いました。


ちなみに黄八丈って、調べると・・・


うさうさ☆きらりんこ


最初に文献に出てくるのは、本居宣長の「玉勝間」と言う著書です。

これにより室町時代に生まれたと推測されています。


江戸時代には品質の良さから租税として上納され年1回、

八丈島から船荷となって持ち出されました。


夜明けに隅田川の下流から陸揚げされると「御上御用の黄八丈」と

立て札が立ち、佃島、江戸橋、日本橋を巡って御本丸に上りました。


当時この黄八丈を手にすることが出来たのは将軍家と武家大名、

御殿女中と言うごくごく限られた人々でした。


その「黄八丈」が大ブームを巻き起こしたのは、歌舞伎の衣裳に

用いられた時からです。


当時大人気だった名女形が「八百屋お七」と「白子屋お熊」を

演じるときにこの山吹色の黄八丈を着用し、

その余りにも鮮やかな色が大評判となり、

我も我もと言うブームが起こりました。


これ以来、山吹色がシンボルの織物となったのです。


私は生まれが佃島(病院は築地でしたが)だったので

隅田川と縁の深いこの黄八丈を折角揃えて貰ったのに

手元に残らなかったことをとても後悔してます。


長じゅばんも母が女の子だからと、赤字に白の折りヅルと

白地に赤い折りヅルのものを一緒に仕立てて貰い

子供ながら粋な母のコーディネイトに感動しました。


いろいろレッスンで説明を受けていると、あまりにも工数が

多くて挫折しそうになりますが、母と祖母を思い出しがんがります。