傍若無人のうさうさが、着付けや和のマナーの習い事を
はじめました。
無料のレッスンがあったので(週一で12回くらい)
早速申し込みました。
結構着付けとか高いんですよね![]()
今後の説明を受けて、和装って覚悟はしたたけど
思ったより何十倍も面倒くさかったです。
ほとんど気軽にレンタルして貰えるんだけど
最低限必要な長じゅばんまでの小物を
若干揃えないと・・・
なぜ和装かというと、母と祖母がおきものが大好きで
小さいころからいろいろ揃えて貰ったり、2人が着ているのを
見ていたので、いつかは自分もと思ってました。
中学に入って、黄八丈を一式揃えてもらったのに
結局家を飛び出して、2回しか着ないまま紛失して
しまいました。。。
一式揃えるの凄く高かったのに・・・
そんな後悔もあり、自分で着れるようになろうと思いました。
ちなみに黄八丈って、調べると・・・
最初に文献に出てくるのは、本居宣長の「玉勝間」と言う著書です。
これにより室町時代に生まれたと推測されています。
江戸時代には品質の良さから租税として上納され年1回、
八丈島から船荷となって持ち出されました。
夜明けに隅田川の下流から陸揚げされると「御上御用の黄八丈」と
立て札が立ち、佃島、江戸橋、日本橋を巡って御本丸に上りました。
当時この黄八丈を手にすることが出来たのは将軍家と武家大名、
御殿女中と言うごくごく限られた人々でした。
その「黄八丈」が大ブームを巻き起こしたのは、歌舞伎の衣裳に
用いられた時からです。
当時大人気だった名女形が「八百屋お七」と「白子屋お熊」を
演じるときにこの山吹色の黄八丈を着用し、
その余りにも鮮やかな色が大評判となり、
我も我もと言うブームが起こりました。
これ以来、山吹色がシンボルの織物となったのです。
私は生まれが佃島(病院は築地でしたが)だったので
隅田川と縁の深いこの黄八丈を折角揃えて貰ったのに
手元に残らなかったことをとても後悔してます。
長じゅばんも母が女の子だからと、赤字に白の折りヅルと
白地に赤い折りヅルのものを一緒に仕立てて貰い
子供ながら粋な母のコーディネイトに感動しました。
いろいろレッスンで説明を受けていると、あまりにも工数が
多くて挫折しそうになりますが、母と祖母を思い出しがんがります。

