最近、北大の研究をしている友達に
私の母校(中・高)の創設者「島地黙雷」先生について
聞かれました。
学校にいた時は、女子に教育などもってのほか、なんて
思われていた時代に、女子にも教育をといちはやく取り入れ
創設されたと聞いてました。
教育理念は「叡智」「温情」「真実」「健康」「謙虚」
この5つは、私が生きる中でとても大切な5本の柱となりました。
北大の研究をしている友達からは、西洋化がどっと入ってきた
明治時代、何でも西洋が一番とみんなが西洋にかぶれていたなか、
なくしてはならない文化を守ろうとした一団の中心人物のひとりと
伺いました。
私もネットで調べると
明治維新後、外国からキリスト教などどっと入って、仏教系も含め
各宗派が大学を創設していたそうです。
黙雷先生は岩倉使節団の一員として木戸孝允らと共に欧州歴訪
インドやエルサレムなどの聖地をまわってきたそうです。
天皇は神様であり、したがって国家神道を国の宗教の中心にする
新政府は徳川に代わって天皇を中心にした国家の形にすることに
なりました。
島地黙雷ら西欧の宗教と国家の在り方を視察して帰った人材が
「そうすると現在のイスラム国家のようになる」と懸念しました。
そこで
信教の自由、政教分離、思想の自由を主張して
現在のような国柄をつくるのに尽力しました。
新政府には人材も乏しく。
宗教に関しての法律案を作る精通した人材もいませんでした。
そこで島地黙雷らが法案をつくり新政府を動かしました。
新政府の首脳部は長州閥で占めていました。
島地黙雷も同じ長州の僧侶でした。
新しい国家をつくるためにともに改革のために闘ってきた
いわば「同志」です。
島地黙雷、赤松連城らによって達成された政府の宗教政策の
近代化はいまに続いています。
父も母も他界して、家族の歴史とか考えていたのですが
祖父も、校長先生や事務長、もちろん、いち教員の経験があり
教育をとても大切に当たり前のように机に向かわせてくれました。
家族だけでなく、時代を越えて教育を大切に守ってくれていた
方々のお陰で、学ぶ自由が女子の私にもあることを考えると
感謝の気持ちが絶えません。
とかく、やらされている感の強いお勉強ですが、学校って
偏差値的な競争だけ、○と×の世界ではなく、人間が
人間らしく、支えあえる、そして窮地を乗り越える智慧を学べる
大切な場所だったと今、ふと感じました。
中高の友達は、いつもどんなに離れていても、心配をして
困った時は駆けつけてくれます。それは、私もしかりです。
これも、島地先生の贈り物なのですね。ありがとうございます。
