パリの灯は 遠いのか? | 5番の日記~日々好日編~

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英語の原題は「Mr.Klein(ミスター•クライン)」です。

これでは何のこっちゃわかりません。


ロベール•クライン.... 主人公の名前がそのまんまタイトルになっています。



こういうパターンの映画は割と多くて(ベンジャミン•バトンとか、ギルバート•グレイブとか。あ、ハリー•ポッターも主人公の名前ですね)、それなりに意味を持つものばかりですが、宣伝部としては「こんなタイトルじゃお客さんが来ない」と、独自の邦題をつけます。



フランス映画の名作、ジュリアン•デュビビエ監督、ジャン•ギャバン主演の『望郷』も、原題は「ぺぺ•ル•モコ」

ギャバンが演じた主人公の名前です。



望郷て.....




『パリの灯は遠く』(1976年 / フランス•イタリア合作)


これも。

何でまたこんなタイトルに変えるかな(笑)



「イケメン」なんて言う言葉はまだなくて、顔の造作が整っている男の事を「ハンサム」と呼んでいた時代、そのハンサムの代名詞だったアラン•ドロンが主演しています。


"世紀の二枚目"とも呼ばれました。

当然のようにポスターにもデカデカとお名前。



監督:ジョセフ•ロージー

脚本:フランコ•ソリナス、フェルナンド•モランディ

出演:アラン•ドロン、ジャンヌ•モロー、シュザンヌ•フロン、ミシェル•オーモン



重た〜い社会派ドラマがお得意のジョセフ•ロージー監督がナチスのユダヤ人迫害を描いた作品。


1942年、ナチス占領下のパリ。

アラン•ドロン演じる画商のロベール•クラインは、地下に潜る資金が欲しいユダヤ人の弱みにつけ込んだアコギな商売で、戦時中にも関わらず優雅な暮らしをしていました。


そんなある日、ユダヤ人しか購読していない会報がなぜか自宅に届きます。

同姓同名のユダヤ人と間違われたんです。


いやいや、ちゃうし! パリジャンのワシが間違われたらエラいこっちゃ!

と、別人である事を証明する為にもう1人のロベール•クラインを探しに行くロベール•クライン....



その間、彼の周囲では不可解な出来事が次々に起こります。

もしかすると...? 何者かが自分を陥れようとしているのでは??




この謎はよくわからないまま終わるんですが、国家権力の恐怖と個人の無力さ、人種差別の無意味さ、運命に翻弄される男を描いた一級のサスペンス!

との評価がある一方、カンヌで『タクシー•ドライバー』とグランプリを争ったとされるこの映画の評価は、実は真っ二つ。


当時の映画雑誌に、「アラン•ドロンの『パリの灯は遠く』は傑作なのか駄作なのか」という記事が載ったぐらい。



自分と同姓同名の謎の人物を追う、というアイデアはヒッチコック的で面白いと思いますし、重厚なドラマなんですが、やはり最後がね....



いや、ちゃうし!

の、「そんなアホな事する?」感が残ります。



考えてみれば、アラン•ドロンという稀代のスターの全盛期はもう少し前でした。


もちろん俳優としてのキャリアはこの後も続きますが、この人の代表作を挙げていくと、おそらく70年代の前半までではないでしょうか。


『太陽がいっぱい』が1960年。

『地下室のメロディー』1963年。

『冒険者たち』1967年。

『さらば友よ』1968年。


『ボルサリーノ』1970年。

『高校教師』1972年。

『暗黒街のふたり』1973年。


1976年『パリの灯は遠く』の翌年、カーリーヘアが似合わない!と散々な評価だった『友よ静かに死ね』があって、立て続けに『プレステージ』『チェイサー』と3本の主演作が公開されましたが、すでに「主演 アラン•ドロン」でお客さんが劇場に足を運ぶ神通力はかなり落ちていたと思います。



欧州映画界、最後のスターだったかもしれないアラン•ドロン、一昨日、フランスの自宅で亡くなりました。

88歳。


思えば、昭和の頃は、テレビの洋画劇場でこの人を見ない月はなかったんじゃないでしょうか。

二枚目スターなのに、あの独特の冷ややかな目。正義の味方よりも屈折したワルを演じたら抜群でした。