入院中、退院していく仲間を
いつも見送っていた私。

私だって、早く退院したかった。

でも、私は消化器官にGVHD が強く出ていたので
退院に半年以上もかかってしまったのだった。

私の入院中、小学生の息子は遠方に暮らす弟のところで世話になっていた。
当初は退院したら呼び戻すつもりだったのだが
長い入院生活で体力が落ちている私の体調が安定するまで少し様子を見ることになった。

退院して家に帰ると
私は夫と二人そろって
Skypeの画面に向かった…。

その日の息子の日記がこちら↓↓↓

2021年1月×日(×曜日)
今日、ぼくは家でお父さんとお母さんとテレビ電話をしました。
なぜならお母さんが退院したからです。
お父さんは、お母さんが入院していた部屋に置いてあった荷物を
2日で半分ずつ持って帰ったそうです。
(中略)
お母さんが食べてもいいものを聞きました。
たとえば、作った料理は2時間以内に食べないとダメだったり、
決まりがあるので大変と思いました。
(中略)
お父さんとお母さんがそろってテレビ電話をするのは
しばらくぶりだったのでとてもうれしかったです。
それに、お母さんは家に帰ってきて
とてもうれしそうでよかったです。

子どもや夫、孫だったり

ネコちゃんやワンちゃんだったり

愛するものの存在って、大きいなって思う。


入院している仲間が

退院するとき、みんなうれしそうだもの。


入院中に親切にしてくれたおばちゃんは

病気の治療のために、遠方にある自宅から

入退院を繰り返していたけれど

家で2匹の猫が待っているから、と毎回元気で退院していくニコ


つらい治療を受けることを迷っていた友人は

かわいい孫と会いたい、というその気持ちで治療を決意そして、びっくりするくらい早く回復して退院していったびっくり


これまで仕事中心の生活だったという隣のベッドの姉さんは抗がん剤治療で1ヶ月単位の入退院が続くことが決まっていたけれど、

「今度一時退院したら、入院中に息子が困らないように料理を教えたり、いろんなことを一緒にするんだー!」と、とにかく前向きだった。


忘年会シーズンですね。コロナ禍ということもあって、勤務先の忘年会はそれぞれの支店でお弁当を用意して本支店間をネットで繋いでのリモート忘年会。私は仕事復帰したばかりだったのでお弁当は遠慮して、自宅からリモート参加。雰囲気だけだったけれど楽しかったな照れ



もう3年前の話だけど、この病気で休職する直前にも職場の忘年会があった。
当時はまだ新型コロナの流行前だったから会社の忘年会は支店毎で開催していたのだけれど、年明けから私が休職するという噂を聞いて他の支店から同期入社の支店長二人が仕事終わりで新幹線に乗って私の支店の忘年会に駆けつけてくれた。

私の職場は比較的年齢層が低いということもあり病気で休職するというのは、私が初めてのケースだったようだ。

自分自身はもちろん不安でいっぱいだったけれど、同僚にとっても、休職して本当に戻って来るのだろうか…?という不安もあったのではないかと思う。

それにしても、あの年の忘年会は「忘年会」なのに私の「壮行会」のような会になってしまった。
私はみんなから拍手をもって送り出してもらった。同僚たちは毛布、タオル、本、マグボトル、マフラー…。これから闘病生活に入る私のために用意してくれていた。

あの時の私は、確かに不安もあったのだけれど、
なぜか、前向きな気持ちでやっていこうとだけは
強く思っていた。

あの年の忘年会は私にとって一生「忘れられない」忘年会だと思う。