生きていると,しばしば不足や欠乏に悩まされます。
お金が無い
友達がいない
パートナーがいない
楽しみが無い
やりがいが無い
仕事が無い
愛が無い 等々
そういう時によく言われるのが,
「無い」ことに注目するのではなく,
「有る」ことにフォーカスしよう!ということです。
お金が無いと言っても,本当に1円も無いのか
友達がいないと言っても,本当に誰とも関わっていないのか
楽しみが無いと言っても,本当に楽しいと思えることは無いのか
仕事が無いと言っても,世の中人手不足と言われるし,何かしらできることはあるのでは?
「無い」ことに注目すると不満と焦りに囚われ,
「有る」ことにフォーカスすると,感謝が生まれ,先に進めるようになります
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『老子』の第40章に,「天下萬物生於有,有生於無」
(天下の万物は有から生まれ,有は無から生まれる)
とあります。
無というのは,本当に何も無いことではなく,
万物の根源である「道」(タオ)のことです。
本当に何も無いのであれば,そこからは何も生じようがありません。
万物は存在していますが,存在していなかった時は,
万物を存在させる何者かだけが有ったことになります。
それが無=道です。
いくら無い無いと言っても,あなた自身がこの世に「有」ります。
有る以上は,何かを持っており,何かを伴っているでしょう。
物,属性,能力,関係,経験など何でもです。
それらは,生まれた時からすべて備わっていたわけではなく,
今に至るまでの間に順次獲得されたものです。
獲得される前には,「無」かったものです。
でも,「無」かった状態から,「有」る状態になりました。
無から有が生じたのです。
こう考えると,「無い」状態というのは,
そこから「有る」状態に至る,前段階なのです。
お金が無い → これからどれだけ増えるかな?
友達がいない → どんな人と関わるか?
パートナーがいない → どんな人が現れるか?
(以下同様)
何者かをイメージできるということは,
それは「無」から「有」に変化させられるのです。
本当に「無い」状態というのは,
そのもの自体を全くイメージできない状況のことです。
そうであれば,「有る」状態に変わりようがありません。
「有る」ことは「無い」ことから転じているのですから,
「無い」とは,「伸びしろしか無い」ということなのです。
「無い」というのは,いわばドラえもんの
四次元ポケットのようなものをイメージすると良いでしょう。
そこからどんな「有」が出てくるか,ワクワクしないでしょうか?
以上からすると,「有るにフォーカス」と言いますが,
「無いにフォーカス」しても良いのです。
ただ,その場合の「無い」とは,本当に何も無いことではなく,
「有る」を行く先にイメージした「無い」である,ということです。
はて,どうでしょうか?