4ヶ月間のだんなさんの育休もいよいよ終了。
来週からの仕事復帰の前に、今週からコタを保育ママさんのところで慣らし保育へ。

私は出勤なので、メールでだんなさんから報告を受けたところによると、号泣したらしい。
「ドアがしまる直前にコタと目が合って、そこでうまれてはじめてコタの考えていることがわかった」と興奮気味。
「おまえ、本気でおれを置いてく気か、って顔してたんだよ」と。

だんなさんもコタを保育ママに預けなければならない悲哀を200%感じている様子。

そんなだんなさんをみて、預けに行くのが私でなくて本当によかったと思った。
号泣しているところを置いてくなんて辛くてみてられない。

来週から本格的にだんなさんが仕事復帰をしたら、朝保育ママまで送っていくのは私の役目だけど、
せめてそれまでにちょっとは慣れてくれるといい、と。

今日、出勤途中に知り合いのママさんが上の子供を保育園に送る途中に出会った。
コタが号泣したことを歩きながら話したら、「まあ、しょうがないよね~。最初に泣かないと、あとからくるらしいよ~」
とかる~い感じで言われた。

やっぱり二人目だと強いな。いつか慣れるってのが肌でわかってるからか。

コタちゃん、がんばれ!
だんなさんが育休をとると、いろんなところから「だんなさんが育休なんていいわねえ」といわれたり、
「だんなさんが育休なの?」とびっくりされたり。

社会があてはめるジェンダーロールについて考えさせられる。

そういえば、最初に私が会社の人事担当者に「だんなさんが育休とる予定です」といったとき、
彼は「え、お母さん(私)はそれでさみしくないの?いいの?」と言われた。

もちろんさみしいことはさみしいが、そこには「父親はそれまでの期間コタロウと一緒にいられなくて
さみしくないのか」という視点が欠けている。

社会が「育児は母親がやるもの」「母親の方が子供との結びつきが強いもの」という思い込みがあるから
出てくる発言なんだろうなあ、と。

私の父親の世代はまさにそういう世代で、母親が働きに出ようとするのを嫌がっていたらしい。
(妻が働きに出ると甲斐性がないと思われるという風潮があったのかどうかは定かではないが)

でも、例えば子供との結びつきについては、母親だからということでもないと思う。

昨日私がママ友との忘年会があり、コタロウを連れて午後出かけた。久しぶりに一人を満喫できるということで、
だんなさんも新宿へ一人ぶらりと遊びに行った。
ところが、2時間もするとコタロウがどうしてるか気になって仕方がなかったらしい。
コタロウのオシッコの臭いがどこからともなくした、と本人はいっている。

コタロウと四六時中一緒にいるとそうなるのだ。
それは物理的に一緒に過ごした時間、一日にコタロウのことを考えている時間が長いため
そう身体がなってくるのだ。

それは別に父親だからとか母親だからとかではないだろう。
実は育休中の私のだんなさんもブログをやっており、このブログと一緒に見ると
うちら一家が何をやっているかがなんとなくわかる。


http://ameblo.jp/500daysofkotaro

ちなみに子育てママのブログなんて沢山あるけど、育休中の男性が毎日更新するブログなんて
そうないからけっこうおもしろい。

最初は「あまり知り合いにブログを書いてることを知られると、ブログが書きにくくなる」
といってたので、あまり知られたくないのかと思いきや、最近はアメブロで毎日ブログのランキングが
わかるのがおもしろいらしく、私に「●●さん(私の友達)にブログ教えてあげたら」といってくる。

しかし、だんだん見る人が増えてくると、おもしろく書かなきゃいけないと思うらしく、ネタに困る始末。
週末には「ネタになるから」と、「コタロウが顔を向ける方向にお散歩する」企画をやろうということで、
近所をぐるぐる歩き回った。

で、たまにブログで私を悪者にしたり、非難する。
黙ってるとそれが本当になるので、私もブログで反撃する・・・
なんやねん、面とむかっていいなはれ。

ということで、私のだんなさんのブログの宣伝でした。