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04:ウェスタの森【上】

レッドバルト夫妻のご好意で、ウェスタの森にある別荘を借りる事になり、ベルルと共にやってきた。
この時期の紅葉が美しい。

日当りも良く、天候も穏やかな秋晴れである。

静かな小道はの落ち葉で敷き詰められ、歩く度にカサカサと音がする。
ベルルは新しいブーツでそれを踏みしめ、秋の音や色合いを楽しんでいるようだった。

「綺麗ね、旦那様!! 私黄色って大好き。見ているだけで温かいわ」

「………それで今日は黄色のリボンを付けているのかい?」

「そう。ふふ……私も落ち葉みたいでしょう?」

軽やかな足取りで、舞い落ちる落ち葉のようにあちこちを見てまわっている。
彼女はふ2013 新作 財布
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と高い木々を見上げた。

「ねえ旦那様、ここでお昼にしましょうよ」

ベルルはバスケットの中から薄い布を取り出し、それを広げた。
誰もいない静かな森で、ランチタイムか。

サフラナが用意してくれていた弁当は、庭で取れたカボチャのコロッケを、丸いパンに切って挟んだものだった。

「まあ、鳥よ旦那様」

側に美しい鳥が降りて来て、ツンツン鳴いている。
ベルルがそっと手を伸ばすと、驚いた事にその小鳥が側に寄って来た。

「まあ可愛い!!」

ベルルがパッと笑顔になって、その鳥の背に注目していた。
良く見ると鳥の背に小さな妖精が乗っている。

ベルルはパンをバスケットの中に置いて、布巾で手を拭くと、立ち上がって側の樹の果実をもいだ。

「ベルル、その実をこの妖精にあげるのか?」

「ううん。ちょっと魔法をかけるの」

「魔法?」

ベルルはキンコウ樹の果実を指で二度程つついた。
するとキンコウ樹の果実が宙を舞って、クルクルと細かく分解され、オレンジ色の小さな粒になる。
それらはキラキラぽろぽろと地面にこぼれ落ちた。

妖精は飛び上がり、それらの粒を集め始める。

「べ、ベルル……そんな事ができるのか!?」

「旦那様がやっていたのを真似してみただけよ」

真似しただけって、魔法式も描かないでこの子は……。
そもそも、ベルルにこのような魔法ができるとは思っても見なかった。

「でも私のはお薬にはならないわね。これじゃ、妖精のおやつだわ」

「いや……それだけでも例に無い事だ。学会に発表したら大騒ぎになりそうなものを………。しかしこれは内緒にしていた方が良いだろうな、うん」

きっとベルルが魔王の娘だから出来る芸当なのだ。
僕はそう納得するに留めた。






森を散歩した後、別荘へ戻った。
ベルルは少し疲れたのか、白いシーツの、いつもとは違うベットに埋もれる様にして昼寝をしている。

僕はベルルが起きるまで、ベットの側のソファで読書をした。寝室には多くの本があったからだ。

レッドバルト伯爵の趣味なのか。そこには妖精の本や、魔獣に関する本も置かれていた。
歴代の魔王の記録本もある。

この世界には途切れる事無く魔王と言う者が存在する。
今も、旧魔王が討伐されてからすぐに新しい魔王が即位した。魔王討伐に参加していた偉大な魔術師が継いだのだ。


さて、魔王とはいったい何なのか。
それは、この人間界と魔界を繋ぐ、門の管理人である。

古い本にはそう書かれていた。
そのくらいなら、僕だって知っている。学校で習う内容だ。


“世界は東の最果てで、一度折り返す”

この世界の、決まり文句のような言葉だ。
しかしこの言葉の意味を、正確に理解している者はきっと少ないのだろう。

魔獣や魔人の住む魔界と、この人間界は、東の最果てにある“ゲート”によって繋がっている。そのゲートを管理するのが魔王だ。

魔王によって、二つの世界は天秤のはかりを水平にするように、均衡を保たれている。
魔界と人間界はお互いの僅かな行き来を許されていて、その交通量は魔王によって調整されているのだ。
しかし魔王がどちらかに肩入れし、どちらかの世界に有利に働く様にしかければ、当然魔王を討伐しようと言う者が現れる。

旧魔王は魔界に肩入れし、人間界を征服しようとした。魔族が異様にこの世界に出現し、暴れる現象が続いたから、そう判断されたのだ。
それが理由で世界中から猛者が集められ、我が国で勇者一行が結成され、東の最果てにすんでいた魔王は打ち倒されたとか。



「………旦那様?」

ベルルが目を擦りながら起き上がった。

「ああ、良く眠れたかいベルル。ほら……髪が乱れているぞ……。ぷっ……はは、こっちへおいでベルル」

「だ、旦那様ったら、そんなに笑わなくても……っ」

ベルルはムッとして、それでもベットからヒョイと降りて、僕の所までやってくる。
僕は彼女の髪があちこち散らばっているのを、丁寧に整えた。

「さあ、夕飯の準備をしようか。今日はサフラナもいないしな」

「……うん!!」

「と言っても、缶詰とパンとチーズだが……」

準備にそれほど時間はかからない。
缶詰はなかなかのごちそうだが。

夕食は、ジェラルがパンとチーズさえあれば他に何も要らないと言った様に、本当にここにある缶詰などの保存食だけで豪勢なものになった。
火をつけ、鍋で温めるだけ。
十分過ぎる食事の後、僕らは共に後片付けをした。








「ベルル、少し話したい事がある」

ベルルはベットの上にぺたんと座り込んで、僕は向かいに椅子を持って来て座った。
少し躊躇ったが、一つ聞いておきたい事があった。

「ベルル……君はその、地下牢に閉じ込められる前の事は、どう思っているんだ。魔王の所へ居たときの事は……。もしかして、家族を恋しく思ったり……するのか?」

ベルルはもう帰る場所が無いし、父も母も居ないはずだが、その事をどう考えているのだろう。
ベルルは少しばかり首を傾げた。

「私が前の魔王様の娘だって事は知っているわ。でも……私、ほとんど覚えていないの」

「……?」

「東の最果ての王宮で暮らしていた時の事も、お父様とお母様も事も、何にも。でも地下牢に閉じ込められた時の事は覚えているから、不思議よね」

それは要するに、魔王が討伐された時までの記憶が曖昧で、そこからの事は全部覚えていると言う事だろうか。
僕は瞳を細め、膝の上の手を握った。

「君の事ばかり聞いてすまないな。……僕も一つ、言っておきたい事がある。我がグラシス家の事だ。我がグラシス家が、この国の四大魔術一門だっているのは知っているかい?」

「う、ううん」

「それはそうだろうね。正直言って、今はもうその面影は無い。………一家の衰退が始まったのは3代前から。当時本家と分家の内部抗争があって、一族の分裂騒動となった。その時、一族から離れた分家が、一族の秘術書の一部を持っていってしまった。グラシス家は力の半分を失ったが、長年の成果と王宮への功績、地盤の強さを盾に踏ん張って来た。しかし、先代………僕の父であるエルフリード・グラシスと母レアデール・グラシスが王宮魔術師としてモナリエル国の視察に出ていた時、落石事故に巻き込まれて死んでしまった………酷い事件だったらしい」

「………」

ベルルは黙って、でもしっかり僕を見て聞いていた。
僕は、意外と落ち着いて語っている自分に驚いた。

「最終的に、研究チームのリーダーをしていた僕の父の監督責任と言う事になったよ。………この事件をきっかけに、グラシス家は一気に名を落とし、力を失った。グラシス家に残っていたのは僕のような若造だけだったし、こんな時を待ち望んでいた元分家の一族が、こぞってグラシス家を叩いたしね。僕も父と母を一気に失って………まあ、酷く落ち込んだ。」

「………旦那様……」

ベルルはベットから降りると、僕の前に立った。

「私、お家の事は良く分からないけれど………」

ベルルは椅子に座る僕の頭を、ぎゅっと抱いた。

「旦那様が、ずっと旦那様だったら素敵だわ。今のお家が大好き。旦那様と、お料理が上手で優しいサフラナと、賢いレーンと、無口だけどいつも馬車に乗せてくれるハーガス。みんなで穏やかに暮らせれば、それで十分幸せなの。……幸せすぎるくらいよ。だから、これ以上の贅沢は要らないわ」

「………ベルル」

「私……ずっとあの家に居たい……。旦那様が良い……っ」

それだけで良いと、何度も必死に言う彼女を、僕はゆっくり抱きしめた。
世間を全く知らないからこそ、彼女はただ僕だけを見てくれている。家柄も、過去も、将来の展望も頭には無い。

あの家が良いと、僕が良いと、必死に言ってくれる。
良い歳して少し、泣きそうになった。