3章 層雲峡謎解明編 第1話 カラー・レッド
はじめに
日本各地では桜の開花が始まった頃でしょうか。
私、山岡朝洋(やまおか ともひろ)が住む北海道の旭川市でも幾分寒さが和らぎ、春の訪れを感じるようになって参りました。今年は例年以上に積雪が多く、雪解けは4月下旬、桜の開花は5月中旬になるかもしれません。
自宅2階から望む鷹栖神社の桜色の景色をどうやら楽しむ時間は私たちには無いようでございます。
時折舞い降りる小鳥を2階で捕獲し、それを食して命を長らえてきましたが、それも限界を迎えました。極度の栄養失調で体力はギリギリの状況です。このまま雪解けを待っていれば、ここを脱出する計画は頓挫いたします。かと言って車を走らせることができる環境ではございません。外へ出ればやつらの歯牙にかかり命を落とすことになるでしょう。
私たちに残された選択肢はひとつなのでございます。
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せんよ。ここまできたのです。多くの犠牲の上でここまで生き残ってきたのです。無下に捨てるわけにはいきません。そんなことをすればあの世で李(り)さんに笑われます。
生き延びるための選択肢は、たったひとつ。
そして私は妻と「知床(しれとこ)」を目指すつもりです。
さて、私たちの未来を語る前に、この男(ひと)の記録について正式にこの掲示板に綴(つづ)っていきたいと思います。
私たちが地獄のような「層雲峡(そううんきょう)」を彷徨ったあの2013年9月30日から10月4日までの期間、その背後で繰り広げられていた信じられないような出来事について触れておかねばなりません。
途切れた部分の修繕のため、多少の脚色が含まれています点をご了承ください。
主役の名前は、そう、坂本陽輔(さかもと ようすけ)その男(ひと)でございます。
3章 層雲峡謎解明編
第1話 カラー・レッド
北海道の中央に位置する旭川市(人口約35万人)から自動車で1時間余りの距離に上川町(人口約5千人)という場所がある。ここには大雪山(たいせつざん)山系の中の「黒岳(くろだけ)」の登山口があり、北海道有数の温泉街「層雲峡(そううんきょう)」としても知られている。北海道でも珍しく「熊牧場」が存在し、季節を問わず観光客でにぎわっていた。
漆黒のロングコートに身を包んだ男が高級日本車の助手席から降り、この地に立ったのは2013年9月29日の夜半であった。
後部座席の窓が少しだけ開き、スモッグガラスの奥から威厳に満ちた男の声が聞こえて来た。
「期待しているぞ。」
ただ一言だったが、降り立った男は深く感じ入っている様子であった。
身長は185cmほどだろうか、線は細いが迫力を周囲に与える威容がある。長髪がかった黒髪、目は鋭く、鼻は日本人と比べると高い。右ポケットからシルバーのジッポを取り出し、咥えたタバコに火を付けた。北海道も神無月に近づく頃になると吐く息も白い。それ以上に濃い白煙が月に向かって昇っていった。
男をひとり残して車は走り去っていった。
男の名は坂本陽輔(さかもと ようすけ)。元は陸自(陸上自衛隊)特作(特殊作戦群)に所属し、国防軍に編成されてからは特殊部隊イーグルソードの隊員として国家機密の作戦に従事してきた。作戦遂行能力、戦闘力ともに部隊屈指のエリート兵士である。
しかし二か月前、中京工業地帯での作戦中に大きな失敗を犯して謹慎処分となり、それ以後は部隊の作戦への参加を許されてはいない。
日本国を守る最強部隊の看板を背負ってきた自負があるだけに、彼の受けた挫折感は尋常ではなかった。軍を飛び出し、夜の繁華街を酒に溺れて暴れ回り、警察に保護されたところで、彼は今回の作戦の指揮をとる沖田勝郎(おきた かつろう)という人物に出会った。そして名誉挽回のチャンスを与えられたのである。
作戦名(コード)は「虹(レインボー)」。
事前に聞いた話だと日本全国8128か所で同時作戦が展開されるらしい。坂本が送り込まれたのは、NO.666地点。東京以北では最高の戦力が集結しているとの前振りだった。期待度は、国防軍第二師団北鎮司令部の将補(MG)である沖田勝郎に直接こうして送り出してもらったことからも十分に伝わってくる。
任務に関しては幾つかの規定が設けられていた。
① 10月4日午前8時までに任務を遂行すること。
② 他者の任務に関しては干渉しないこと。(妨害工作は絶対に許されないが、協力は一部認めるとされていた)
③ 任務完了時には必ずメイン基地局(ベース)にアクセスし確認が必要であること。
④ 10月4日午後1時をもって作戦は強制的に終了すること。
⑤ 任務完遂者は作戦後、首都移転先とされる「知床」への居住権限が与えられること。
他にも項目はまだまだあったが、中でも坂本の興味を惹いたのが②である。NO.666地点に送り込まれるメンバーは7人だと聞いた。それぞれがそれぞれの任務を帯びている。任務に携わる7人を「カラー」と呼ぶらしいが、一般市民とカラーの区別は事前にはできない。誰がどんな任務なのか伏せられているとも聞いた。よほど強いコンタクトを取らない限りはお互いがカラーであることに気が付けないだろう。
8128×7という数の人間が極秘任務を遂行するため日本中の作戦ポイントで励むわけだが、人数が人数なので軍関係者ばかりとはいかなかったようだ。脛に傷を持っているような有象無象のやからが参加しているとも聞く。
説明を聞いていても坂本にはどうという感想も無かった。こんな馬鹿げた作戦が日本を救う任務だとは信じられないが、そんなことはどうでもよかった。挽回できるチャンスがあり、部隊に復職することだけが彼の願望だったからである。
与えられた任務はたったひとつ。
この任務を果たせば部隊に戻してもらう約束になっている。
東京のマスメディアで働く妹も一安心してくれるだろう。
ちなみに任務遂行以外での禁止事項は何も無い。この作戦中は超法規的処置が施されている。ようは「何をしても許される」わけである。国がそれを認めたということだけでも事の重要性は認識できた。
注意事項のひとつとして、他国からの妨害工作についても説明を受けている。その対応については「断固たる処置」とされていた。
話から全体像を想像するに、これは軍事作戦というより臨床実験である。カラーは「被験者」と言っても過言ではないだろう。
坂本は層雲峡の温泉街の片隅にあるホテルまで足を運んだ。
ここがN0.666地点。
坂本の戦場となる場所であった。
この数時間後、作戦は静かにスタートされた。
そしてその静寂を破る唸り声と悲鳴に層雲峡は包まれていくのであった。