2026年10月10日(土)21時より「日本テレビ」及び日テレ系列の全国ネットで放映されます「俺たちの箱根駅伝」、間もなく放送スタートです
今回は明日、放送開始となる作品への期待値を高めていこう
って、番組宣伝(番宣)を兼ねたblogです![]()
原作は「下町ロケット」「半沢直樹」「ルーズベルトゲーム」等、多くの著作を持ち人々を魅了してきた池井戸潤さん![]()
そして今回の作品は毎年、御正月恒例の「東京箱根間往復大学駅伝競走」を伝えるドラマ。通称・箱根駅伝(1月2日8時出走の往路=東京大手町の「読売新聞東京本社前」~神奈川県箱根町の芦ノ湖畔、1月3日の復路は逆のルート。なお、往路と復路とでは一部、微妙にルートが異なっており全く同じコースを往復してはいません)は今や日本のお正月の風物詩にもなっているのですが、北は北海道から南は沖縄まで、東京「日本テレビ」をキー局として、日テレ系列の放送局で日本全国にリアルタイムにその実況が流されています
そしてそのテレビ放映の視聴率と言えば例年30%台前半を稼ぎ出す、TV業界にとりましては正に“キラーコンテンツ”です
作者の池井戸さんは、「箱根駅伝」の裏側を綿密で膨大な取材をもとにこの小説を書き上げ、その作品は2021年11月から1年半にわたり「週刊文春」誌上にて連載されていましたので、新刊本として出版される前から通読されていた方は多いと思われます
毎週欠かさず通読できなかったchuとしては新刊本として発刊されるのを心待ちにしていたとの記憶がありました![]()
こちらは間もなく放送される「俺たちの箱根駅伝」のTV用パネル![]()
ストーリーは…既に週刊文春での連載は終え、新刊本は2年半ほど前に発刊、そしてTV放映に合わせて2026年9月には文庫本も出版されていますのでお読みになられている方は多いと存じます
で、chuは単行本が発刊された時に読了しているのですが、原作とTV作品って、微妙な違いがあることも多いぢゃないですか
なのでこのたび放映されるTV版が原作に忠実なのか否かがとても気になっているところなのです
と言うのは、原作では実際に駅伝に出場する明誠学院大学主将の青葉君、選手としては卓越した戦績を残しながらも大学卒業後には陸上界から離れ、企業戦士として過ごしていたものの、陸上競技の指導経験が全くないまま同大学陸上部の監督に就任する新しく監督に着任した同大学OBの甲斐監督、指導歴未経験ながら高い目標を掲げた甲斐監督に対する“しらけた視線”を浴びせる他大学指導者のシビアな態度、が競技者サイドで、これと同時に「箱根駅伝」を放映する大日テレビ(日本テレビのことですね
)のチーフプロデューサー徳重さんと、その信頼が厚いチーフディレクターの宮本さん、実況を担う辛島さんの“制作側の主役”に対するTV局側の“大人の思惑”をぶつけて来るお偉いさん方、の二つのグループが同時進行的にそれぞれの側面から動いていきます
この二つの「主役」が、どのように描かれていくのかが気になるところだったのですが…
ところが、Web上にアップされています冒頭にリンクさせて頂きました「俺たちの箱根駅伝」オフィシャルサイトを見ると、どうもTV局側がメインに描かれているのでは
と感じざるを得ません
と言うのは、TV版「俺たちの箱根駅伝」の主役は大日テレビのチーフプロデューサーである徳重さんその人で、徳重さんを演じるのはスポ根もので過去の池井戸作品でも主演を演じられた大泉洋さん
大泉さん演じる徳重プロデューサーを軸として物語は展開されていく予感がします。
しかしそれもそのはず、作者の池井戸さんは「箱根駅伝」についての作品を構想した時に、思い描いたのは実際に箱根路を走るランナーや監督など競技者サイドからの視点ではなく、2日間にわたる東京~箱根間の陸上競技を完全生中継を実現させるに至った制作サイド(TV局側)の視点に立ったものだったのでした
1月2日の朝からの「箱根駅伝」の実況放送をかぶりつきになって見る視聴者の関心はランナーであり、その視聴者はもちろん一般の方が殆どなのですが、中でも母校の躍進を願う大学OBや出場している学友を応援したいと思う在校生も一定数はいるわけであり、TV局サイドの製作過程に関心を寄せる方は少ない多くはない、というのがchuの見立て。そしてそもそもこの作品を書こうと思うまでの池井戸さんは、一般の方と同じ「箱根駅伝」のテレビ中継を視聴する程度の方だったそうです。ところが作品中にも明かされているのですが、「箱根駅伝」コースの往路の5区と復路の6区の、いわゆる“山登りと山下り”の実況中継の中で、各ランナーが通過する際にその名前が連呼される「小涌園前」という旅館の名前と、そこに定点カメラが設置されたエピソードを聞き「箱根駅伝」に対する興味が一段と強まったのだそうです。なおそのエピソードについても作品中には紹介されているのですが、今でこそ当たり前のように観ている「箱根駅伝」の実況放送は技術的にもとても困難だったのだそうで、数々の困難を克服した制作者サイド=日本テレビのプロデューサーらの努力と技術の賜物を前面に出したい、という視点から描いたのだそうです。う~ん、単行本を読了した際のchuは、どうしても“箱根の主役は競技者サイドでしょ”の側面からこの作品を評価し、感動したのでしたがどうも作者の池井戸さんと、読者のchuとではこの作品を受け止める価値観りがズレていたようです
池井戸さんは作品を構想する中で、箱根駅伝の完全中継を企画した初代プロデューサーでありました坂田信久さんを始めとする番組制作の関係者から直接話を聞く機会に恵まれたそうなのですが、そうした方々から聞いたのは当時の技術では東京~箱根間の完全実況中継は無理、なので局としてはGOサインは出せない、から実際に実況中継を実現させるまでのテレビマンたちの偉業を多くの人に知ってもらうべきと考え、箱根駅伝の中継に奮闘するテレビクルーたちの物語の主役にしようと考えられたのだそうです。う~ん、NHK「プロジェクトX」でも取り上げられそうなストーリーだと思うのですが、ここで初代プロデューサーを務められました坂田信久さんの逸話を少々御紹介させて頂きます。坂田さんが日本テレビに入社されたのは1963年(昭和38年)のこと。プロデューサーとして入社した坂田さんが配属された先は報道部運動課で、採用直後の新人は箱根駅伝の取材をすることが習わしになっていたそうです。そして坂田さんが初めて取材をした1964年は「第40回記念大会」で、「関東学生陸上競技連盟」所属の15大学に加え関西からは立命館大学、九州からは福岡大学が参加。そしてこの大会には後に指導者となり箱根駅伝を語り継いでいく碓氷哲雄さん(中央大学)、澤木啓祐さん(順天堂大学)などが参加された大会だったそうです。この大会で初めて箱根駅伝にかかわった坂田さんは何時かはTV中継をしたい。という気持ちにかられたのですが周囲の反応は冷めていたそうです。もちろん中継できない理由は技術の問題。当時、箱根駅伝を全国中継していたのはTVではなく映像のいらないNHKのラジオ
その歴史は古く第29回(1953年)から実況放送されていたそうです。しかし60年代になっても箱根駅伝の中継を考えるTV局は皆無。もちろん今ほど熱狂的に取り上げられるスポーツイベントではなかったということもあるのですが、その後NHKが1964年の「東京オリンピック」で世界初となるマラソンの完全中継を成功させました。これは自衛隊のヘリコプターを借りての中継だったのですが、世界中から耳目を集めるオリンピックの華である踏めマラソンと、学生ランナーのみが集う箱根駅伝とを比べる意味はありません。さらに箱根駅伝で選手が走る距離は213.9㎞(当時)でマラソンの5倍
さらに箱根の山岳部での高低差は約900mに及びますので当時のTV局にとり、音声と映像を切らさずに長時間のロードレースを生中継するなど、考えも及ばない夢物語だったのだそうです。ところが実況中継への技術革新が進まない中で日本テレビを脅かす事態が生じました
それは1979年(昭和54年)のこと。東京に基盤は持つものの、いわゆる“キー局”を持たない「テレビ東京」が「箱根駅伝」を“中継”したのでした
しかしそれは9区までは録画を編集した構成であり、しかし10区のゴール部分のみを生中継したものだったのですが「読売新聞東京本社」前に繰り出した観衆の前でゴールテープを切る瞬間がTVで“生中継”された初めての映像であり世間に大きなインパクトを与えたのです。そして20年も前から“箱根駅伝中継”の企画を温めていた坂田さんは10区のフィニッシュ部分だけとは言え「テレビ東京」の実現させた実況中継に大きな衝撃を受けたのだそうです。そして“このままでは他局に出し抜かれる”と
今でこそ「箱根駅伝」はお正月の風物詩になり、圧倒的な視聴率を叩き出す番組となったのですが、実はロードレースの人気が不動の物になりつつあったのは比較的新しく、世界で初の“駅伝”を冠した大会は「横浜国際女子駅伝」での中継の成功が転換期を迎えたのだそうです。坂田さんは技術職として日本テレビに同期入社の大西一孝さんに箱根駅伝中継の夢を打ち明けたのが1985年(昭和60年)、「ロサンゼルスオリンピック」で取材スタッフとして渡米していた時のこと。この時、中継の技術者でもある大西さんが“箱根の中継は技術的に無理だ”と頭から否定しなかったことに光明を見出します。そのためスポーツ中継のディレクターをしていた坂田さんはプロ野球中継の通常業務とは別に、箱根駅伝の中継に向け休日を使いコースを歩いて見たり、箱根路を走った元選手や関係者を取材したりと、個人的に事前調査を始めたのがこの頃のこと。すると出るわ出るわ、十分に視聴者を引き付けることができる話が山ほど出て来たそうで、“これは絶対、数値(視聴率)になる”と確信したのだそうです。それが今ではレース中に随時、組み込まれている「箱根今昔物語」の礎となったのは言うまでもありません
1920年(大正9年)に始まり戦争を挟んでもずっと続いてきた伝統ある大会が箱根駅伝です。しかし中には“「関東学生陸上競技連盟」所属の大学しか参加できない、関東ローカルの大会だろう”とした意見があるのも事実、ですが坂田さんは1985年の「全国高校駅伝大会」、京都の中心部を走り抜ける“都大路”の駅伝ですが、この大会に優勝した報徳学園(兵庫県)の選手にインタビューしたところ、選手全員が“次の目標は「箱根」です”と言いきったことに箱根の将来性を確信するとともに、完全中継への決意を再確認したのだそうです
ま、ちょっと厳しい感想を申し上げさせて頂くとすれば、“箱根の将来性”は、選手にとっては憧れとランナーとしての集大成であり、制作サイドの坂田さんにとりましては商品としての価値であります。しかし選手とテレビ局、両サイドから見た「箱根駅伝」が夢であることに変わりはないのでした
ここうして池井戸さんは坂田さんから話を聞き箱根駅伝の完全実況中継に向けたTV局スタッフらの熱い思いに触れ、そして感銘し書き上げた作品が「俺たちの箱根駅伝」であり、タイトル中にある“俺たち”の「俺」は制作サイドのTV局スタッフであり、「たち」が実際に箱根路を走るランナーであり、監督であり、それぞれのランナーを一所懸命に世話をするマネージャーたちの競技者サイド… こう整理してみてみるとchuが読了しました単行本「俺たちの箱根駅伝」への見方は少し修正する必要があるのかな
と思っているところです![]()
と言うことであれば今回のTVドラマの主役が「大日テレビ」のチーフプロデューサー役を演じる大泉洋さんなのは、納得するのでした![]()
こちらが甲斐監督を演じる山Pこと山下智久さん
全くの余談ですが、実は山Pの出身中学はchu宅至近の千葉県松戸市立和名ヶ谷中学校です![]()
こちらは大泉洋さん演じるチーフプロデューサー・徳重さんの信頼が厚いチーフディレクターの宮本菜月さんを演じる伊藤沙莉さん。ところで伊藤さん、最近は随分と大人の女性の雰囲気を醸し出されていますね
「これは経費で落ちません」とか「獣になれない私たち」に御出演されていた時は役柄でもあるのですが
ホントに頼りなくて、でもかわいい女の子という感じでした![]()
こちらは当日、出走する面々です
が、同じチームを組んでいながら何ゆえに皆さんのユニフォームが違うの
はネタバレになっちゃうのですが、まぁ原作では紹介されていますからいいか
彼らは自分たちが所属する大学の陸上部としては「箱根駅伝」への出場が叶わず、しかし箱根駅伝本選出場を逃した大学から選抜された選手で編成される「関東学生連合チーム」として箱根路を走るのでした
順位も、記録も何も残らない単なるオープン参加であるため、選手のモチベーションが上がりにくい仕組みなのですが、また大会に向けて例年以上に結束を固めようとする「連合チーム」が合宿などで例年以上に努力することを冷ややかに見る向きもあるのですが、甲斐新監督を始め、明誠学院大学のキャプテンで「連合チーム」でも主将を務め、何とかチームを纏めようと力を尽くす青葉君を描写する部分には思いっきり感情移入してしまいました
あ、それは単行本を読んだことですので、この辺りがTV番組としてどのように描かれているのかについてもとても興味があるのです![]()
明誠学院大学のキャプテンとして箱根駅伝に臨む青葉隼斗君を演じるのは小林虎之介さん。chuは知らない俳優さんです![]()
こちらは翌年の「箱根駅伝」に出場が保証されるシード権(本選10位以内のチームにシード権が付与されます)を獲得出来なかった11位以下のチーム及び本選への出場が叶わなかった「関東学生陸上競技連盟」所属の各大学が、本選に出場できる10枠に入るために凌ぎを削る予選会の様子(TV作品の予告編から接写させて頂きました)。毎年10月に東京都立川市で開催されるこの大会は、位置付けとしては本選の前哨戦に過ぎない大会なのですが、日本テレビでは毎年、この様子を生中継しています
そして作品の中ではコース中盤を過ぎ、軒並み他のランナーがギアを上げスパートをかけ始めた時に主役の一人である明誠学院大学の青葉君は腹痛を起こし…結果はTV放映をお楽しみに![]()
こちらは予選会を取材している徳重チーフプロデューサー
そしてこちらは恐らく本選の際の日本テレビ特設スタジオを再現したものと思われます![]()
こちらは本選の映像(TVドラマです)。優勝を狙う強豪・関東大学のランナーが次のランナーにたすきを渡し倒れ込んだところ。実際の大会でもこの手の映像がたくさん撮影されるのですが、どうやら番組制作側は走って来たランナーが倒れこむSceneを好むようで
20㎞強を走りぬいた選手が涼しい顔をしてゴールしてくるのは“絵的”には面白くないと感じている節があるようです
そして、例えば先頭のランナーが通過してから20分を経過するとその中継所では繰り上げスタートとなり、その前の区間まで選手が繋いできたたすきが途切れるのですが、母校のたすきを渡せなかった選手が悔しさのあまりに涙する姿を欲しいんぢゃないの
って番組制作サイドの思惑が見え隠れしている、って感じるのは恐らくchuだけぢゃないと思われますよ![]()
こちらは1月2日 8時前のスタート直前の各校の選手たち 東京大手町の「読売新聞東京本社前」でのスタート直前のスチール写真です(以下3枚同)。なお「俺たちの箱根駅伝」で放映される協議Sceneのロケは、たくさんのエキストラやボランティアさんを集め静岡県の三島市で撮影されたのだそうです![]()
そしてこちらがchuが読了しました「俺たちの箱根駅伝」単行本です
読み終わる直前には、もう涙なしには読めない作品でした
あ、ここでの涙は感泣のほうですよ![]()
放送は明日の午後9時から(2026年10月10日 21時 「日本テレビ」とその系列局) 皆さん、どうぞ一緒に見て愉しみ、感動して、そして一緒に涙しましょう![]()

















