chuが今回参加しました、こちらの「駅からハイキング」👇

サブタイトルとして、~桜の名所と港町の魅力、地元ならではのお土産も楽しめるコース~とあります今回の「駅ハイ」は、JR東日本の中でも千葉支社が主催したもの。ですので今までchu一行が参加していた東京支社が催す「駅からハイキング」とは少し毛色が異なるようですキョロキョロで、なぜそのように感じたのかと言うと、受付時点で参加者に配付される当該「駅ハイ」ルートのコースマップですが、東京支社主催のものはA3サイズのため、blogにアップする際にはA4にして2枚に分けてスキャンしたものをアップしていたのですが、今回頂いたマップはなんと今どきB版サイズのB4でして、これだとピッタシのスキャンが出来ませんのでスマホで撮影したものを貼り付けましたあせるあせるあせる見ずらくて、おもさげございません(>_<)

さて、今年の桜シーズン、具体的には2026年3月29日~4月4日までchu一行には色々なことが有り過ぎまして、恐らくその間が桜の見頃の最盛期を迎えていたであろうところ、改まっての観桜は全く出来ませんでしたコンナトハハジメテデシタ滝汗ブログをアップする間隔もかなり空いてしまいましたが、まぁ、その間いろいろとあったわけでして、その間の出来事でメンタルもやられてしまいましたので、このお話を出来るのは1年間くらいは必要なんだな、と思いますので、この間の出来事は来年の3月頃にでもブログに出来ればと思っていますニヤリそして今回の「駅ハイ」、その舞台は千葉県木更津市ニコニコchuは千葉県人ですので木更津市が今の千葉県を形成する上で、とても大きな役割を果たした自治体であることは知っているのですが、いかんせん、木更津はいわゆる観光スポットが少ないのでここをを目的に訪問することはなく、そのため、木更津は南房総エリアとの間を行き来する際の素通りスポットとなっていましたニヤニヤここで少しだけ千葉県の歴史を振返らせて頂くと、千葉県が「房総」と呼ばれるのは、元々「安国(あわのくに)」「上国(かずさのくに)」「下国(しもうさのくに)」から成っていた名残で、安房の「房」と上総・下総の「総」の組み合わせに由来しています。1871(明治4)年の廃藩置県により、房総には24の県が生まれ、その後上総・安房の地域は「木更津(きさらづ)県」、下総の地域は「印旛(いんば)県」となりました。1873(明治6)年6月15日、両県を合わせて「千葉県」が誕生。この日を記念して、1984(昭和59)年に6月15日を「県民の日」と定めました。県人口は、2002(平成14)年に600万人を突破し、現在全国で6番目に人口の多い都道府県となっています(千葉県オフィシャルWebサイトから転載させて頂きました)。そうなんです、ここ木更津は上総と安房地域を統合して出来た「木更津県」の中心市、県庁所在地だったのですびっくり今まで素通りばかりしていたchuでしたが、今回のような機会がなければこの先も木更津を訪れることはない叫びと思いましたので、せっかくの機会ですから今の千葉県の礎を成した木更津を、そして今回の「駅ハイ」コースには桜の名所も含まれていますので、今年出来なかった観桜もしちゃいましょうビックリマークと言うことでのチャレンジとなったのでしたウインク

 

JR内房線 木更津駅に到着ビックリマーク こちらは6時58分に神奈川県逗子市の逗子駅を出発し、千葉県君津駅に向かう総武快速線の電車ニコニコ神奈川、東京、千葉の東京湾岸を走り終点の君津到着は9時29分ですから、始発から終着までなんと2時間30分も時間を要する長距離快速電車ですびっくりなお木更津駅への到着は9時21分で、この日、chu一行が家を出たのが7時30分でしたから、やはり2時間の長旅となりましたウインク

木更津駅には、同じ千葉県民でありながら生まれて初めて降り立ちましたクラッカー合格ですので構内写真などをばしばしカメラしましたよ爆  笑

JR千葉支社管内では、以前…と言ってもchuが「青春18きっぷ」で千葉県南房総を大回りした時と比べてですが、千葉駅始発の内房線普通電車は終着が館山駅で、館山駅間と安房鴨川駅間も短い編成の普通電車が繋ぎ、安房鴨川駅を始発として外房線を経由して千葉駅に戻るものがパターン化していたのですが、ここ数年前からなのでしょうか、内房線の木更津駅と外房線の上総一ノ宮駅間を結ぶ普通電車の運行が固定化されているようです。そして出発案内を御覧頂くとお気付きになるでしょうか、その上総一ノ宮駅行きの電車は、僅か2両編成ですよニヤニヤどんだけローカル線扱いなんだよプンプンその次の、木更津駅の発車時刻表を御覧頂くと、千葉・東京方面の上り電車は、例えば朝の通勤通学の時間帯である7時台は、特急電車(別途、特急料金が必要です)を含めて10本、昼間帯でも3本は運行されていますからさほど不便は感じませんが、南房総に向かう下りのダイヤは、例えば昼間帯にも3本の運行があるのですが、そのうち2本は次の君津行きで、君津より先の南房総の観光スポットが並ぶ浜金谷、保田、富浦、館山の各駅に行く電車は1時間当たり1本の運行ですから(しかも時間帯によっては2両編成ゲロー)見事なまでにローカル線扱いなのですwえーん

こちらは木更津駅の券売機上にありました運賃表。少しピンボケになっちゃいましたが滝汗chu宅最寄り駅の東松戸駅から1230円です。ん、今まで参加した「駅ハイ」の中では片道運賃が最も高かったコースとなりました爆  笑

で、今回の「駅ハイ」のスタート地点は木更津駅西口にある「木更津市観光案内所」です。木更津駅は橋上駅舎のため、改札口のある2階部分のコンコースから地上部にはこちらの階段を使って降りて来たのですが、その階段には何やらデザインされた「絵」が描かれていました。青が基調なこちらのデザインは、木更津が港町であることから海波波波をイメージさせているのかもしれませんニコニコ

こちらが「木更津市観光案内所」ですニコニコ駅西口ロータリーの際に建つ商業ビルの一画に構えているのですが、この建物についての諸々は後編にてウインク

歩き始めて直ぐに、木更津市のマンホールの蓋のデザインに目が留まりましたウインクこれは日本三大狸伝説の一つに数えられている「證誠寺」の狸ばやし、そしてその伝説を基に作られました童謡「證誠寺の狸ばやし」を現したものですニコニコなお今回の「駅ハイ」ではこの後、同寺も訪れますので楽しみですウインク

そして最初の訪問地が「太田山公園」ニコニコ同公園は木更津市における桜の名所として知られているのですがもちろんchuは初訪問。そして訪れたことはなくても、何故かその名前だけは知っていまて…

その理由がこちら👇千葉県を代表する野球の強豪校であります「木更津総合高校」はその学び舎が木更津市太田三丁目にあり、学校の近くにある太田山公園は同校とは身近な関係ニコニコで、同校の校歌のイの一番に“由緒も深き太田山♪”と歌われており、同校が甲子園で勝利する度に、この校歌を聴くことが出来るのでした。chuは木更津総合高校のOBではありませんが、同校校歌のフレーズと、この歌詞の出だしの部分は特に強く印象に残っており、かようなこともあり、機会があれば木更津市のシンボルである太田山(公園)を訪れてみたいと漠然と思っていたのですが、その願いが今回の「駅ハイ」で叶ったのでしたウインク

それでは太田山公園の満開の桜を御観賞くださいウインクchuも本格的な観桜はこれが今年初めてとなります照れ

太田山公園の中心には何やら、タワーがありますねキョロキョロ

タワーの全容です👇

こちらは「きさらずタワー」ニコニコ太田山公園の頂に立つ高さ28mのタワーです。剣型のタワーの先端で手を差し伸べ合うのは日本武尊と妃の弟橘媛。また展望台のデザインは、江戸時代に江戸と木更津の間を物資輸送していた木更津船をイメージしたものだそうです。“春には山頂が桜の花で薄桃色となる市内随一の桜の名所”と紹介されているとおりタワーのてっぺんからは見下ろす公園内は桜の木々で溢れていましたチューまたここからの眺めは格別で、市内は勿論、東京湾や横浜まで一望することが出来ますウインク

眼下には、公園内にある桜が咲き競っていました照れ2026年の観桜、遅くなっちゃいましたが万歳だチュー

タワーてっぺんにありました方位版 赤で〇囲みしたところが木更津市。chuの住んでいる千葉県松戸市は青色で〇囲みしましたが、この方位版の中には納まりきれませんでした爆笑同じ千葉県ですが、日常生活を送っている限りにおいては松戸市民と木更津市との関係はnothingニヤニヤそして、その逆もまた然りだと思われます爆  笑

タワーのてっぺんからの眺めはどちらを向いても良好ですが、これは「東京湾アクアライン」を眺めたものですニコニコ

詳しい解説はこちら👇 左にある「風の塔」は「東京湾アクアライン」の地下の海底トンネル部分の排気塔で神奈川県川崎市に位置しています。真ん中の「海ほたる」はSA、そしてその東側が海上の上を通る高架橋部分ですウインク

次いで立ち寄りましたのが木更津タワーのすぐ横にあります「橘神社」。日本武尊が東征の折、現在の東京湾を相模から上総に渡ろうとした時に、にわかに強風が吹き船が難破しそうになったそうです。その時、妃であつた弟橘媛は身を以て尊の命を救おうと海中に身を投じ海神を慰めたところ、直ぐに波風が収まり無事に上総に渡ることが出来たそうです。尊は太田山の山頂から海を見下ろし媛を偲んでこの場から立ち去れなかったとの言い伝えがあるのですが、その時の状況が“君、去れず”で、口語の変化と共にきみさらず👉きさらず👉木更津となり、木更津の地名の語源はこの出来事にあったと言われています。二人の強い愛情と悲しい運命を伝えるこの伝説から、「橘神社」周辺の一帯は“恋の森”とも呼ばれており、またこの「橘神社」は弟橘媛を祀るために建立された社だと伝えられており、現在では“縁結び”の御利益があるとされているそうですニコニコ

さて、太田山公園を後にしましたchu一行は狸ばやしの伝説の舞台であります「證誠寺」へと向かうのですが、その途中、矢那川沿いを歩いて参ります走る人走る人走る人すると御覧の通り、矢那川の両岸には御覧の通り、満開の桜が出迎えてくれましたチュー

2026年の観桜、ここにありビックリマークです合格クラッカー今回の「駅ハイ」に参加したことで今年も桜を愛でることが出来ましたチュー

さて、矢那川沿いの桜並木を抜けると今度は木更津駅の南側にあります内房線の踏切を渡りました。上の写真は木更津駅で、下の写真は君津駅方面。内房線は15両編成の快速が行き来する君津駅までが複線で、その先は単線になります。余談ですが千葉市美浜区にある「千葉マリンスタジアム」(現在はネーミングライツによりZOZOマリンスタジアムという名称です)を本拠地とする「千葉ロッテマリーンズ」は、この度、現在さいたま市浦和区にありますファームの球場を移転させることとなり、その移転先は複数の候補地の中から君津市に決定しました。しかし…君津市は…遠いですよ絶望球場と選手寮などが新設されるとの事ですが、例え千葉県民でありましてもおいそれて観戦しに行ける場所ぢゃありませんゲロー老婆心ながら、先行きをとても心配しております叫びドクロ

そして「證誠寺」に到着ビックリマークなんと、chuの宗派の浄土真宗のお寺さんビックリマークですが本願寺派ですので本山は西本願寺かショボーンchuは東本願寺を本山とする真宗大谷派の門徒ですのでちょびっと、異なりましたチーン👇

ですが宗祖であります親鸞聖人はとても立派な方でありました照れ

参道の入り口には狸ちゃんが参拝者を出迎えてくれました爆笑

こちらが「證誠寺」が舞台の狸ばやしのお話👇ウインク

子供の頃には、きっと誰もが聴いた事のある童謡ですねウインク

こちらは狸たちが夜な夜な、輪になってお腹を叩きながら宴に興じる様子をイメージしたものですウインク

童謡碑と狸塚ニコニコ

「證誠寺」を後にしましたchu一行は、直ぐ近くにある木更津の総鎮守であります「八剱八幡神社(やつるぎはちまんじんじゃ)」にやって来ましたニコニコこの社は木更津の総鎮守のみならず、“東京湾の守護神”でもあるようですウインク

神社の由緒が説明されていますニコニコ

👆にリンクしましたホームページ内にある由緒の部分を転載させて頂きますねウインク👉当社の社伝によると往昔このあたり一帯の地を八剱の里と呼び、この里の神を八剱の神と称え、この神に仕えるはふりを八剱と申した。人皇第12代景行天皇の40年、日本武尊御東征の折り、相模国(神奈川県)より此の地に渡らんとするとき、浦賀沖で暴風雨に遭遇し御船が転覆寸前となった。そのとき妃橘姫が、「これ尊の相模の地より此の海を望み給ひて、これ小海なり、立跳りにも渡りつべし、とあさみ給ひしに依りて渡津海の神の怒り給ふなり」と海の神の怒りを静めようとして、尊の身代わりとなって御入水あそばれた。そのことにより、尊は無事に此の地にお着きになりましたが、姫の死を悼んでしばらく当社にご滞留になり、此の地を去ることをなさらなかったので、「君去らず」と呼ぶようになり、なまって現在の「木更津」になったと伝えられる。

 

 ほらウインク太田山の頂にある「橘神社」の説明をしている時に少し綴りましたが、木更津の語源が丁寧に説明されていますニコニコそしてお次は“レイライン”の説明。千葉県の上総一ノ宮にある「玉前神社」から、島根県にある八百万の神が集う「出雲大社」へ春分と秋分の日、太平洋から昇る陽が一直線に貫く光の道…世界各地にも聖地を結ぶ同様の光の道があり、「レイライン」と言われています…木更津は、このレイライン上に位置しており、また全国で唯一縁起の良い「八」が二つ並ぶ八剱八幡神社があり、パワースポットとして注目を集めている、とのことです照れ

「御来光の道」は北緯35度22分です👇

そして境内には、國學院大學神道文化学部を大変優秀な成績で御卒業され、先ごろ同大学大学院に進まれました相川七瀬さんから奉納された大和橘が植樹されていましたウインク

 

以下、後編に続きますウインク