2026年の1月前半は複数のアクティビティで特に忙しかった![]()
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岐阜県と富山県と石川県を旅しました『「第40回白川郷ライトアップ」と金沢・五箇山の旅(^^)v』につきましては👇の「速報版」を含めた6回シリーズでお届け致しました![]()
そして2026年1月中旬にお出かけしました標記タイトルの旅、は正に豪雪地帯の中を往く雪中行軍の様相も呈していましたが(いゃ、少しオーバーかな
)、数回に分けてアップさせて頂く予定てす。ところで今回の「雪だ!スキーだ!福島だ!あとちこっと山形へ(^^)v」の旅で使用した「NEXCO東日本」の「ウィンターパス2026」はこちら👇そしてこのウィンターパス、決められた始点(首都圏側の複数のエリア)と猪苗代・磐梯エリアのICとのいち往復が割引になる優れもの
但し、目的地エリア(今回の場合は郡山ICを基点に東北道は二本松ICまで、磐越道は会津若松ICまで)間のフリー走行(エリア内の乗り降り自由)は出来ませんので注意が必要です。そしてウィンターパスは今回chuが利用した「猪苗代・磐梯」プランだけではなく、「白樺・志賀・妙高」、「菅平・軽井沢」、「蔵王」、「那須・塩原」の各プランがあります
とってもお得なプランですので冬のこの季節に御旅行を計画されている方は是非、ご利用されてみては如何ですか
ただ、東京基点でラインナップされていますこれらは豊富な各方面へ、と言いたいところの何故か関越自動車道を使う「沼田・水上・越後湯沢」などは、無いんですよね
「NEXCO東日本」の七不思議の一つと言っていいでしょう![]()
常磐自動車道「流山IC」からIN![]()
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約2時間経過後の最初に休憩する場所は毎度おなじみの「阿武隈高原SA」ですが、福島県の「浜通り」側に位置する阿武隈高原エリアにあって、標高が比較的高いエリアですので真冬であれば積雪があってしかるべきなのですが、この時は残雪は全くありませんでした。
【御参考】何時ぞやの「阿武隈高原SA」の様子です。これでもまだ雪は少ない方でした![]()
こうして走っていると、やがて常磐自動車道と東北自動車道とがクロスする「郡山JC」に到着。ここで真っすぐ、今日の宿泊場所を目指すのであれば東北道を北上し「二本松IC」に行くのですが、まだ時間が全然早い
そうです、つい先週、“日本の大豪雪地帯”であります「白川郷」を訪れていたのですが、どっこい、福島県にだって大豪雪地帯はあります
“福島県を第2の故郷”と呼ぶchuにとりました、こうした雪との戦いは正にライフワークだ
大雪なんかに負けちゃいけないぜぃ
で、「ウィンターパス」の関係から一旦、「郡山IC」で高速を降り、今度は再び現金で「郡山IC」から入り東北自動車を南下し「須賀川IC」で降ります。なぜこんなことをするのかと言うと、「須賀川IC」は「ウインターパス猪苗代・磐梯」で設定されたコース外のため、「須賀川IC」でそのまま降りちやった場合、“ルール違反の走行”に認定されてこの旅行でのパス使えなくなっちゃうのですよ
で、「須賀川IC」で高速を降り国道118号線で西に進んだその先は会津下郷町。御案内の通り、会津地方は福島県の中でも豪雪地帯にカテゴライズされています
そして途中で、余りにも素晴らしい光景に出逢いましたのでちょいと休憩の巻、は「羽鳥湖」なのですが見事に氷結しています
これは素晴らしい![]()
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そしてこの「羽鳥湖」を山の上から見下ろすことが出来るのが「グランディ羽鳥湖スキーリゾート」のゲレンデトップから滑り降りて来るコースの途中です
眼下に見えている湖が氷結している「羽鳥湖」です。ただ誠に残念ながら、chuのホームゲレンデの一つでありました「グランディ羽鳥湖スキーリゾート」は2024シーズンの営業を最後にクローズしてしまったのです![]()
2年前の1月には滑れていました「グランディ羽鳥湖スキーリゾート」でしたが昨年、突然クローズしてしまったため、それ以降、chuが「羽鳥湖」と接する機会はなかったのですが、久しぶりの邂逅と、しかもまた見事に氷結している姿を見ることが出来ましたことはこの旅の幸先の良さを予感させるものでした![]()
そして今回の旅の最初の目的地がこちら👇
そして今回訪れている季節は厳冬期の真冬です
ここまでも、一部、除雪が間に合っていない箇所もあり大雪をかき分けかき分けやって来ました
で、“守備の達人”を自認しますchu、冬道に行く際には常にタイヤチェーンを携行して行くのですが、今回は今シーズンのシーズンイン前に新調しましたこちらが120%の威力を発揮してくれて、十に分な働きをしてくれましたので結局、雪の中で装着することはなく助かりました👇
ここに来るまで雪道を無事走り抜けましたchuの車に御褒美をあげましょう
雪だるまです
(「大内宿」の駐車場は環境整備維持費も含まれますので1回あたり500円が必要です)
こちらは「大内宿」周辺の散策路ですが、「大内宿」とは福島県南会津地方に位置している江戸時代に出来た宿場町で、江戸時代に会津若松と日光今市を結ぶ重要な街道の宿場町として栄えました。「会津西街道」という街道ですが、その街並には今も茅葺屋根の民家が建ち並び、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような雰囲気を味わえる、江戸時代の面影を残す国の「重要伝統的建造物群保存地区」にも指定されている観光スポットです。また「大内宿」の特徴としては「売らない・貸さない・壊さない」の3原則で景観が保存されていることに加え、茅葺屋根の家々が当時のままの姿で残されている事、20~30年に一度と言われる茅葺の葺き替えは地域住民の方が総出で手助けをする「結(ゆい)の会」の精神が脈々と受け継図れている等、chu一行が先日訪れていました「白川郷」とはその街区としての性格は瓜二つと言えます![]()
しかし我ながら言うのもなんですが、「白川郷」「五箇山」そして「大内宿」と、日本が誇る文化と街の景観をこうして連続して訪れることは、これを仕事として取材されている方以外であれば日本中を探しても、恐らくchu一行以外だと殆どいないのではないかと、自分たちに殊勲賞![]()
をあげちゃいたいくらいです![]()
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さて、大内宿周辺散策路ですが、そのメインは両脇に茅葺屋根の建物が並ぶ旧街道(メインストリート)を歩きます![]()
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両脇にありますこれらの建物は食事処やお土産屋さん、中には民宿もありますが、殆どのどの家屋も何らしかの商いをされているように見受けられました。「大内宿」の楽しみ方としては、まず“日本の原風景を目で楽しみたい”なのですが、それと共に、「町並み展示館」では江戸時代の生活を再現した展示がなされていること、「見晴らし台」では茅葺屋根の街並みを一望できる絶景スポットであること、「食べ歩き」としてはねぎそば、しんごろう、栃餅などの郷土料理で南会津の食事習慣を味わえること、等があげられると共に、季節におけるイベントとしては毎年2月には雪まつり、7月2日には半夏まつりが開催されています![]()
ところでこちらは滑り止めの縄のレンタル
chu一行は「白川郷」行きではチェーンスパイクを持参したのでしたが、今回の旅では不携行![]()
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フカフカとした雪が辺り一面に積もっているのですが、積雪の箇所は気を付けて歩けば大丈夫だとして、凍結している箇所は危ない
ですのでこちらの縄をお借りすることに(無料です)。縛り方にコツが要りそうで、写真を見ながら自縛です![]()
こちらは「大内宿観光案内所」にありました茅葺屋根の「大内宿」にあります建物のモデルと、「大内宿」来訪を祈念する御朱印。ですが「大内宿」そのものは寺院ではありませんから“御朱印”と呼ぶにはなんだかなぁ
なので、日本全国の神社仏閣の御朱印を集めに回っている、学生時代の友人の隅〇君も、さすがにここには来られていない事でしょう![]()


これは「大内宿」が「重要伝統的建造物群保存地区」に指定された経緯についての説明です。それには①日光と会津若松とを結ぶ「会津西街道」の宿場町であり、会津藩が江戸時代の初期に会津と江戸との行き来をするために整備した街道で会津藩主の参勤交代の際には使用された重要な街道であること②宿場町としての規模は南北500m、東西200mの大きさで本陣と脇本陣が置かれていたことなどが記されています。なお「大内宿」に関して歴史的かつ体系的に詳細に説明しているコンテンツは、やはりウィキペディアに勝るものはないようですので、こちらにリンクさせて頂きます👇
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%86%85%E5%AE%BF
それではメインストリーを歩いて参りましょう![]()
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御覧の通り大雪です
先週訪れました「白川郷」とオーバーラップしそうな雰囲気ですが、ここはchuの第二の故郷の福島県です![]()
最近の天気状況を確認したところでは2日前まで豪雪だったそうです
いくら雪が好きだ
と言っても、そのような気象下でちゃんと
の運転出来るのか
は、まぁ、なんとかなるでしょうか
(地吹雪での磐越道を運転したこともありましたっけ
)
こちらはちっちゃいかまくらです。なお福島県の中通りや会津地方で降る雪はサラサラのパウダースノーですので、湿った雪しか降らない東京近郊であるchu宅近くの雪では、雪だるまでもかまくらでも、小さい玉をつくり、転がしながら大きくしていくのが常です。ですがパウダースノーが降るエリアでは、小さい玉を転がすのではなく握った雪玉を積み重ねていき、さらにその上から手で圧迫して雪の塊を作っていくのです。なおこちらのかまくらは少し小さいので子供さんぢゃなければ中には入れませんねぇ![]()
メインストリートの脇にあるのは側溝ですが、雪のシーズンには融雪溝として大活躍しています![]()
この時の様子は「chuの気ままなお出かけチャンネル」から![]()
こちらはお土産屋さんの中でくべられていました囲炉裏 ただ、「大内宿」の茅葺屋根の建物は「白川郷」の合掌造りほど大きくはなく、「白川郷」が4階建ての建物もあったのに対し、こちらは屋根こそ高いものの平屋建ての造りが殆どで、また建物の中で養蚕をされていたということはないようです。ですのでこうした囲炉裏は、室内から煙を燻すことで茅葺の保護に繋がっていたのだと思われます
なお「大内宿」と「白川郷」とでの決定的な違いは周囲で水稲耕作が出来るか否かだと思われます。「大内宿」では周囲に水稲耕作をする平地が多くあったため、それにより生計を立てることが出来たのですが、「白川郷」では周辺には山間部が迫り、いわゆる農業により生計を立てることが出来なかったため、養蚕業が盛んになったのでした。
こちらは宿場町時代、脇本陣でありました「富屋」さん
こちらでは会津木綿や木工品の特産品を取り扱っているのですが、500mに及ぶ旧街道の両側にはこのようなお土産屋さんの他、お食事処や民宿などがズラリと並んでおり、一軒一軒のお店の店先を覗いていくだけでも、相応の時間がかかります
どのようなお店が並んでいるのかは、冒頭にリンクしました「大内宿観光協会」のサイトから御確認頂けます![]()
こちらは「大内宿」の食べ物として有名な「ねぎそば」
ねぎそばとは、ねぎを箸代わりにしてお蕎麦を掬い食べる食べ方で、初代会津藩主に就かれた保科正之公が、それより以前、信州の高遠藩に身柄を預けられていたことから、会津藩下ではねぎを箸がわりにしてお蕎麦を食べる風習が伝わり、“高遠そば”と呼ばれるようになりました。ちなみに会津藩中興の祖であります保科正之公は2代将軍・徳川秀忠の妾腹の子である御落胤、そして3代将軍徳川家光の異母弟でもあります。正之公は生まれて直ぐに高遠藩に預けられ成人して行くのですが、頭脳明晰にして人柄として申し分なしとの人物。そのため家光は自身の側近として正之公を呼び寄せた上で会津藩主に任命します。こうして正之公は江戸表に来ながらも、兄の家光を助け続け信頼を深めた家光は正之公を益々重用することになります。また正之公は事ある毎に徳川より再三にわたり「松平」家を名乗ることを勧められるのですが、“高遠に大恩あり”として保科姓を名乗り続けます。さらに徳川宗家への忠誠心も極めて高く、「會津五訓」を定めたことで幕末には最後の会津藩主となりました松平容保公を苦しめることになるのですが、そのことを綴るにはあまりにも紙面が足りませぬので別稿とさせて頂きます。
【御参考】2019年10月に「大内宿」に訪れた際に実際に頂きました![]()
【御参考】「高遠そば」の説明はこちら👇
こちらは「高倉神社」本殿へと続く手間への鳥居です。「高倉神社」は平安時代から今なお残る伝説、高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)を祀っている神社です。しかしこの先は雪深くて本殿まで辿り着けませんでした
残念![]()
なおも旧街道を北に向かって進みます。ご覧のように傾斜かついていて、北に行くほど標高が高くなっていることがお分かり頂けると存じます![]()
逆に、今、歩いてきた方を振り返ると下り坂になっていることがお分かり頂けます![]()
そして旧街道(「大内宿」におけるメインストリート)のゴールが見えて来ました
あそこが「大内宿」全体を見渡せる「見晴らし台」
集落の一番奥に位置する、大内宿を一望できる展望台です。例えば「白川郷」では「荻町展望台」があり、「白川郷」の集落全域を眺められる展望台がありましたが、「大内宿」自体が「白川郷」ほど大きくはなく、こちらの見晴らし台からでも「大内宿」全体を見下ろすことが出来るのです
なお見晴らし台に向かうには、最短ルートとなる石段は勾配がきついため、足腰に自信のない方は石段の左側に設けられた迂回路を利用して訪れるようになるのですが、冬のシーズンは積雪が凄いので石段ルートはクローズとなっていました![]()
こちらが見晴らし台です。「白川郷」の「荻町展望台」と比べちゃ、ダメですよ![]()
見晴らし台へと続くメインルートの終盤にありましたお宅は雪に埋もれていました![]()
そんな時、積もりに積もった雪を降ろすべく、たったお一人で雪下ろしをされてる方を発見しました。しかも遠目から見た限りでは“命綱”のようなものは装着されていません![]()
するとこの男性、なんと屋根の縁まで来たら、そのまま雪にダイブされました![]()
作業が終わり、ひと段落されました状態でお話を伺ってみたのですが、梯子は屋根に上る時に利用されるそうで、またこれくらい雪が深い時には命綱は使わないのだそうです
なんとも豪快な![]()
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まぁ、お怪我がなくて何よりなのですが、てっきりこのお宅の方かと思ったら違う、と
なんでも、「大内宿」にお住まいの方はお年寄りがとても多いのだそうでして、“こんな時は身体の動くもんが手分けしてみんなの家の雪下ろしをするんだよ”とは正に「結(ゆい)」の精神そのものです![]()
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ややもすれば“自分さえ良ければいい”的な風潮がまかり通りかねない世の中ですが、今回「大内宿」を訪れ、実際に“結の精神”に触れることで、己(chuです)の視野の狭さを大いに恥じたのでありました(>_<)
そしてこの方、降ろした雪を運搬機に乗せると雪捨て場へと移動させました。お歳を伺いましたところなんと80歳![]()
益々、自分が小さな存在だという思いを強くしました![]()
これからいよいよ見晴らし台へと向かいます。ボードに書かれているのは「大内宿」入り口にもありました伝統的建造物群保存地区と、大内宿の説明でした。
そしてこちらが見晴らし台にの最短距離で向かえる石段ですが、御覧のように“冬季閉鎖”されておりました![]()
【御参考】最短距離で見晴らし台に向かえる石段はこちら👇(過去に訪れた際に撮影したものです)
そしてこちらが見晴らし台に向かう迂回ルートですが…この傾斜も…滑って転んでってすってんころりんの人が多かった
とってもデンジャラスなのでした![]()
以下、大内宿後編に続きます![]()

















































