7月22日(火)に有楽町から越中島まで歩きましたオリジナルの「駅からハイキング」、今回は「築地本願寺」と「勝鬨橋」などの様子をお届け致しますニコニコ銀座周辺を歩いた際の様子をお届けしました前編はこちら👇

生糸の専門ショップ、「東京アートセンター」にてお買い物をした後にchu一行が向かいましたのは「築地本願寺」ニコニコchuは真宗門徒ですのでもちろんここには何度も来ていますウインク

ですが実はこのお寺さんは「浄土真宗本願寺派」の寺院(本山は京都の「西本願寺」)で、真宗大谷派(本山は京都の「東本願寺」)門徒であるchuとは所属している宗派が異なりますあせるあせるあせるしかしまぁ、親鸞聖人を開祖とした宗派であり、また宗派が異なるからと言って、近親憎悪から来る、互いの宗派との厳しい対立をしていると言ったことはなく、「真宗教団連合」👇

なる、浄土真宗10派を纏めた会を構成する主流2派でもあることから、chuが「築地本願寺」を訪れることにいささかの問題もないのでありますニヤニヤで、chuが過去にこちらを訪れたのは「駅ハイ」のコースに入っていた時もそうなのですが、やはり浄土真宗の教えを乞いに行くことや、後は“銀ブラ”(👈古い滝汗もはや死語か爆  笑)した後で、ちこっと休憩させて貰ったりと、つまり親鸞聖人の教えは、“来るもの拒まず去る者追わず”なのでした爆笑で、こちらが「築地本願寺」ウインク

なのですが、改修工事chuでして、同寺院の目玉でもある古代インド模様をモチーフとした本堂は御覧の通りショボーンそしてこの本堂、

以前のものは関東大震災時に被災したため、新たに建て替えられた(竣工は1934年)のですが、当時の宗教施設としては珍しい鉄筋コンクリート造り。また壁面などには大理石の彫刻がふんだんに用いられる等、そのスタイルは現在においても斬新かつ荘厳で、築地の街の代表的な顔となっており、本堂は重要文化財にも指定されているのですウインクなお👇の写真2枚は2022年2月の「駅からハイキング」参加時に撮影したものですニコニコ

ここから再び2025年7月22日撮影分。重要文化財に指定された経緯などが説明されていますニコニコ

しかし暑いメラメラメラメラメラメラ熱すぎます叫びと言うことで、本堂に入り休憩をばダッシュダッシュダッシュ

祭事が執り行われていない時は本堂への出入りは自由ニコニコ冷房の効いた室内で暫し暖を取る…もとい、涼をとりますウインクあと、chuは真宗門徒ですので正信偈をある程度はそらんじて唱えられますのでお堂の前にて拝みます。こちらの写真は職員の方から許可を頂き撮影させて頂きました。

しかし今日ここにお邪魔させて頂きましたのは拝むためではなく涼をとるためニヤニヤ暫し休憩させて頂きました後に本堂を後にしますチュー

暫し涼をとらせて頂き本堂を辞そうとすると“お帰りの際に本堂に一礼ください”とありますので、振り返り(休憩させてもらったことも含めててへぺろ)一礼をし、「築地本願寺」を後にしましたニコニコ

次に訪れた…というより、散策しつつ通過しましたのが「築地場外」の飲食店街。元々この地にありました「築地市場」の敷地の外にあったことから、「市場」の「外」を表す意味で“場外”という言葉が使われていたのですが、その築地市場がお隣、江東区の豊洲に移転してしまった後でも、この地は未だに「築地場外」と呼ばれたままの“立派な観光スポット”として、今後も繁栄を極めていくことでしょう爆  笑つまり近くに市場があろうがなかろうが、もはや今ではそんなことは関係ないようですニヤニヤ

そして築地場外では昨今のようにインバウンド観光客襲来によるオーバーツーリズムが顕著化する以前から、ここを闊歩しているのは外人さんが圧倒的に多数ゲロー従いまして、中には良心的な価格帯で食物を提供しているお店もないことはないのですが、多くのお店では観光客、しかも金払いの良い観光客相手の“築地価格”の提供が圧倒的ですニヤリこれなど👇“ランチ限定”と銘打たれていますが、この価格帯だと手軽に食べられるものではありませんニヤリ(都心のサラリーマンが毎日の昼食として深く考えず躊躇なくに支出出来るお金は1000円までが目安。コロナ禍前ならワンコインランチってのも普通にありましたから、当時、chuとしては大いに助かっていました爆笑)

そして「築地場外」の顔!?とまでは言い切れないキョロキョロかもですが、この方が特に有名な「すしざんまい築地喜代村」さんです👉https://www.kiyomura.co.jp/

“平成 13年4月、築地場外に日本初の年中無休、24時間営業の寿司店『すしざんまい本店』を開店。以後、全国に次々と店舗を拡大。日本で一番安くてうまい、行列ができる寿司チェーンとして国内はもとより、海外からの観光客の圧倒的支持を得る”とありますから、ここが1号店ですウインク

現在、日本全国に58店舗を展開している「すしざんまい築地喜代村」は、良質なネタと良心的な価格をウリにしているお寿司屋さんですが、はて、こんなにしたんだろうかキョロキョロ一番、手頃な釜揚げシラス丼で1400円、ネギトロ丼で1650円は、まぁランチとして手を出せないものではないですが、海鮮丼は3600円滝汗北海道ウニイクラ丼は5000円、ウニ大トロ丼は7150円と(もっと高いものもあります)、とてもぢゃないけど平時ではパーが出ませんゲローなおこれは「しんざんまい」店内で提供されるメニューの一部です真顔

そして、“外人さん向け”キョロキョロの店頭販売されていたものがこちら👇確かに大トロと思しきものも入っていましたが、30℃を超える沿道で売られているのですから、陳列時にはこのように冷蔵庫に入れられているとは言え少々鮮度が気になります滝汗これを購入したとして店内では食べられませんから、炎天下の中を持ち歩いたとしたら、と思うと心配でしかありませんゲロー(その場で数分で立ち喰いするのならば別ですがねニヤリ)

と言うことで「築地場外」はただ単に、通過するという意味で歩き去りました走る人走る人走る人走る人走る人ニヤリあと、築地市場が豊洲に去った後に完成したこちらの施設は「築地魚河岸」👉築地魚河岸は、築地市場移転後も築地の活気とにぎわいを将来に向けて継承するため、中央区が設置した、仲卸を経営母体とした小売り店など約60軒が入居する生鮮市場、とあります。いま流行りの“公設民営”ってやつでしょうか真顔またこうも書かれています👉 築地魚河岸は「食のプロに支持され、一般客・観光客にも親しまれる、食のまち築地のにぎわいの拠点となる施設」を目指しています…しかし、“食のプロ”は豊洲市場に行きますし、この後、館内にも入りましたが、一般客が手軽に手を出せる価格帯ではありません。つまりこの施設も観光客、しかも円安の影響もあってか、カネをばらまく外国人観光客向けの施設、と言わざるを得ません真顔折角の公設民営施設でありながら、運営側の「民」が、金払いの良いインバウンドの外人相手のあこぎな商売に手を染めているこの事業(※これは官の事業を官民一体で効率的に行うPFIとは全く異なりますよパンチ!)に対して中央区民の税金も投入されているんだろうな、と思うと色々と考えさせられた場所でした真顔(中央区民の皆さん、この実態を御存知ですかえー)

でしたが“Photoスポット”としては映える壁画がありましたので、こちらでカメラしてお終いです爆笑chuが再びこちらを訪れることは、ないでしょうニヤリ(もっとお手頃で、かつ新鮮な魚介系の食べ物を食べさせてくれる飲食店が千葉県内の、chuの生活圏内に何店舗もあることを知っていますのでニヤリ)

で、次のお目当てが「かちどき橋の資料館」👇こちらも以前に参加しました「駅ハイ」コースに組み込まれているのですが、なにせ運営が「(公財)東京都道路整備保全公社」という、もろお役所ニヤニヤ同じ東京都の傘下団体で、都内にある幾つもの庭園を管理している「東京都公園協会」であれば、“来園者目線”での運営をしてくれているのですが、こちらは所詮、東京都建設局の天下り先でしょうから、その運営も“お役所仕事”そのものニヤリ何せ開館しているのが毎週火曜日・木曜日・金曜日・土曜日と週4日のみ。入館は無料なのですが、入館したくても中々できない理由はその管理運営の方法にありました、とさえー

で、こちらが「かちどき橋の資料館」コーナー入口に掲げられています、2025年現在、隅田川に架橋されている全27橋の紹介。隅田川は東京都北区の岩淵水門で荒川と別れ、北区、荒川区、足立区、墨田区、台東区、江東区、そして中央区を通り東京湾に注がれる全長24㎞の一級河川ウインク江戸の頃には特に現在の浅草、日本橋界隈では「大川」という名称で庶民にはとても親しまれていましたニコニコそしてこの24㎞の河川に架かる橋の数は27橋ウインクつまり、橋と橋との間隔は距離にすると平均1㎞は離れていないことになり、なるほど、そのため隅田川が都心と都心以外とを結ぶ橋であるにも関わらず、各所で幹線道路の渋滞が生じにくいのは、橋の数が多いビックリマークということがその理由のようですニコニコ

こちらは同じくコーナー横に写真展示されていたもの。今から渡ります「勝鬨橋」が何で有名なのかと言うと、それは“可動橋”👉「勝鬨橋」の場合は跳開橋なのですが、こうした橋は橋下の水路(河川)に船が航行させるために橋を開いたり、あるいは回転させたりして航路を確保する「可動橋」なのです。こちらは全国の可動橋の写真👇こんなにもあることに驚きですびっくり

「可動橋」は、航路を確保させるために橋自体が動くという橋で、橋の中では特殊の部類に入ります。「可動橋」の各種スタイルにつきましてはwiki様に譲るとして、現在使用されている「可動橋」はもうかなり少ないですねショボーンこれは陸上の交通機関(陸送)が発達してきたことに加え、舟での運送が激減したため、わざわざトラックを止めて舟運を優先させる必要がなくなったからに他なりません真顔

こちらは「かちどき橋の資料館」で頂きました2種類の資料。両面をスキャンしたのですが、貼り付けるとどう回転させても縦型に固定されてしまいました(>_<)多少醜いのですが、スマホ画面を横にするなどして、拡大して御覧頂ければ幸いですお願い

 

そしてここからが、ジオラマにより「勝鬨橋」の跳開する様子を御覧下さい照れ船は手前の東京湾側から上流に向かい進んでいますウインク船が近づくと橋の中央部を境に跳開が始まり…

船が支障なく通行出来るよう、跳開した道路部は70度の角度を保っていますウインク

で、船が通過し終えると道路がが戻り、安全確認がなされたうえ、人、車、あと都電も行き来できるようになるのです照れ

その時の様子を詳しく説明しているパネルがこちらの3枚👇橋の全長は246m

そして実際に橋げたが、橋の中央を境(頂点)として両サイドに開く(跳開)する距離は50m。赤で示したのが道路部分で、その角度は70度で固定。道路が70度までせり上がるために要する時間は僅か70秒びっくりそして船を行き来させる間の、道路を通行止めにしている時間は20分。その後、70秒かけて道路を元に戻し安全点検をしたうえで陸上通行を再開させていたそうです。ではこうして橋が開くのは一日何回あったのか、気になるところですよねウインク資料によりますと、戦前は1日5回開いていたそうです…あれびっくり思っていたよりは少なかったびっくりしかし戦後の昭和22年から35年までは1日3回に。昭和36年以降は1日1回になったそうです真顔折角の可動橋なのですが、橋の跳開が減少した理由につきましては先ほども言及しましたが、物資を輸送する手段は昭和30年代に入ると船や鉄道から自動車へとシフトしていき、このため隅田川を航行する大型の輸送船が減少した上に、「勝鬨橋」が連絡している銀座と晴海とを結ぶ晴海通りの渋滞が増し、その結果、昭和45年11月29日を最後に橋の開閉は中止となりました真顔

ここで「勝鬨橋」の歴史を見ていきましょうウインクそれは今でこそ、月島や佃島、勝どきなどには中央区が誇る!?(これには諸説あるようでして、古くからの住民は“もう勘弁してくれ”との悲鳴を上げています叫び)地上50階建てに迫ろうかと言うタワーマンションが林立しているのですが、元々、江戸時代の埋め立てにより造られたこれらの地は“離島”でしたので、内地の築地側に来るためにはそれぞれ佃の渡し、月島の渡し、勝鬨の渡し、と言った渡し船を利用して行き来をせざるを得ませんでした口笛「勝鬨橋」は1940年(昭和15年)、こうした月島の交通不便を解消し、当時、埋め立てが進んでいた晴海や豊洲地区の開発支援のために架橋された橋だったのです。ところが隅田川河口部は、江戸から明治、大正、昭和初期にかけて江戸・東京の重要な港湾エリアであり河岸には荷物預かり、倉庫、加工工場と造船所が建ち並ぶようになり、そこに物資を運び込む船はマストが高い船舶や大型船も運航されていたため、一日数回でしたが航路を確保するための橋が必要になり、跳開型の可動橋である「勝鬨橋」が架橋されたのでしたウインク

こちらは開通初めて跳開した時の様子を収めた写真ですウインク“1日5回、予約制”とありますが、前述のとおり終戦2年後の昭和22年からは1日3回に減らされていますショボーンなお👆の絵もですが、👇の写真も、通行している船舶は貨物船ぢゃないようなニヤニヤどう見ても観光客船のようですが爆笑ま、いまでも隅田川には定期的なシーバスが運航されている他、遊漁船になり舟遊びをするプランは多数、ありますから隅田川、遊び心も多い河川なのです照れ

【遊び心の隅田川爆笑

 

それではここからは少し専門的なお話など。こちらは橋そのものを跳開させる発電設備で直流の発電機です。そのデカさには驚かされますびっくりまたモーターを動かし、それにより複数のギザギザの円盤をかみ合わ、橋をせり上げていくのですがそれが僅か70秒で上がってしまうことに驚きを隠せませんでしたびっくりびっくりびっくり

こちらは高圧配電盤。なおここはあくまでも資料館であり、実際に「勝鬨橋」の開閉運転をしていたのは橋脚にある合わせて4つある運転室と機械室。そこに8人の運転員が入り、モーターの作動から配電盤の監視、そして機械の作動状態などをウオッチしていたのです。大変、責任のある重要な任務でありました。誠にお疲れさまでしたお願いけど特に昭和36年からは1日1回の跳開作業でしたから、また跳開作業の時間として、上げ下げで140秒、橋を上げたままの時間が20分…しかし晴海通りの交通量の増大を受け、“極力、「勝鬨橋」開閉のための交通止め時間は短くしたい”、がお上ならぬ東京都から指示されていたと思いますから、前後の安全確認作業をしたとしても精々、長くて40分…或いはもっと短くて30分だったかもしれませんウインクすると開閉スタッフの方の実質的労働時間って、凄く短くないですかニヤニヤ(橋を動かしてない時でも、常時、機械の状況を監視していなきゃならないんだよプンプンバカヤローパンチ!なんて言われちゃうかもですから、先に謝っておきましょうお願い爆笑)

こちらは27ある隅田川に架かる橋のうち国の重要文化財に指定されている3つの橋で、「勝鬨橋」の他に元禄11年(1698年)に掛けられた「永大橋」と、1928年(昭和3年)に架けられた「清澄橋」が選ばれていますウインク選定理由としては「勝鬨橋」はわが国最大規模の跳開橋であり、永代橋と清澄橋は関東大震災後の帝都復興事業の象徴がその理由ですニコニコ文化財への指定は比較的新しく2007年(平成19年)11月のことですが、都道府県が管理する橋としての文化財指定、それも3橋同時の指定と言うのは初めてのことなのだそうですウインク

さて、「かちどき橋の資料館」を辞す前に、ライトアップされている各橋梁の写真などの説明ウインク全部で12橋ですから、隅田川に架かる27橋の全てがライトアップされているわけではないようですが、以前chuは、学生時代の友人のS藤君が中央区新川端に勤めていて、茅場町界隈で生ビール日本酒をした後、酔いを醒ますためにコンビニで買ってきた生ビールとつまみを永代橋の袂(の公園)で食べたことがあったのですが、その時に見たライトアップされた永代橋の素晴らしさは今でも脳裏から離れませんチュー“水辺のにぎわいを創出する隅田川橋梁群のライトアップ”いいぢゃないですか拍手拍手拍手拍手拍手(都庁本庁舎壁面へのプロジェクションマッピングには、コストの面からも賛否両論があるようですが、ねニヤリ)

ガンガンに冷房が効いていました「かちどき橋の資料館」でしたが、一歩、館外に出ると外はメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラメラゲロー

ですがこの橋を渡らなければ本日のゴールには着けません滝汗いざ「勝鬨橋」へ走る人走る人走る人

有楽町から越中島までの街歩き、次が最終回ですウインクなお「かちどき橋の資料館」運営につきましては多少、辛口な印象も述べてしまいましたが、展示物などにつきましては大変参考になり、とても満足のいく見学となりましたことを申し添えますクラッカー合格どうもありがとうございましたウインクあともう少し、開館日を増やして頂ければ言うことなしですウインク