2025年5月13日~15日にかけての2泊三日のプランで、前々から“ぜひ行ってみたい”と思っていました日本百名山の一つでもあります鳥海山に行ってきましたニコニコ当初は“前・中・後”の3回シリーズでの掲載を予定していましたが、鳥海山の景色があまりに魅力があり過ぎて「その〇」シリーズにシレっとタイトルを変えてしまいましたが今回がいよいよ最終回ウインクまた諸事情により、休み休みのアップになりましたこと、お詫び申し上げます。ま、それだけ思い入れがありました鳥海山です照れ“生きているうちに是非、行かねば”と思っていた鳥海山を訪れることが出来て本当に大満足ですウインクあ、山頂には行ってませんがね爆  笑と言うことで前回はこちら👇

さて、鳥海山に次ぐ今回の旅の目的は日本の土木工事史上、とても価値ある「折渡トンネル」を訪問出来ましたビックリマークその後訪れたのが、街中に戻る途中にありました「折渡千体地蔵(おりわたりせんたいじぞう)」ニコニコこのお地蔵さまは1772年(安永元年)、折渡峠に六地蔵があったことから、是山(ぜさん)和尚によって建立された「延命地蔵尊」がその始まり。またこの場所は日本海沿岸から近い場所にありながら、鬱蒼とした木々が生い茂る山中にあり、その山中を貫く車道は九十九折の峠道。冬期は通行止めにこそならないのですが、積雪や路面凍結が生じるため、地元の方も立ち入りを避ける交通の難所でもあります。このお地蔵様はそうした道中にあり、難所とされる折渡峠を通行人が無事に越えられるよう長くこの地を見守っていたのでしたニコニコまたその後、太平洋戦争の戦没者を弔うためのお地蔵様の寄進があったことにちなみ、平成に入ってから「折渡千体地蔵建立実行委員会」が全国からお地蔵さまの寄進を呼びかけ、平成3年(1991年)に千体のお地蔵様が集まったのを機に「折渡初地蔵かんじき詣り」が行われるようになったそうですニコニコそして現在ではかんじき詣りを行うことで、家内安全や世界平和を祈願するとされているのですが、元々はイボとり地蔵として古くから地元の方の信仰を集めており、願い事をした際にはお地蔵様の近くにある石を患部にあてて治癒を祈念した後、その石を懐にしたため持ち帰るそうです。そしてその後、願いが叶った折には日本海の河原(chuが夕日を眺めに行った「夕日の丘日露友好公園」付近など)にある石を、持ち帰った倍の数を拾いこのお地蔵さまの付近に置きに来るのだそうですニコニコ

【折渡地蔵尊祭礼(おりわたりじぞうそんさいれい)】につきまして、由利本荘市の「民族芸能伝承館まいーれ」の公式Webサイトに解説がありましたので転載させて頂きました👇

 大内と岩城を結ぶ折渡峠に六地蔵が鎮座しており、行き交う人々の安全を見守っていました。是山和尚はこの地を霊地と定め、子守地蔵、イボ取り地蔵を創り祀りました。縁日の7月24日には、延命地蔵尊、六地蔵尊、千体地蔵尊の法要が行われ、紅白のまき餅が奉納され、この餅を食べると健康や健やかな子の成長が叶えられるというので、参拝者は競って拾います。また、イボ取り地蔵は、身代わり地蔵として有名です。地蔵尊の境内の石で患部をなでると、痛み苦しみが抜けるとされ、石を借りていった時は、似たような石を川や海から拾ってきて、借りた分の倍の数で返すという習わしが今も継承されています。

こちらが「折渡千体地蔵」の入り口にあります鳥居でかなり傾斜のある車道に面していますニコニコ
反対側にはロッジ風の立派な建物があり、社務所、寺務所!?の役割を果たしています。こちらでは「折渡千体地蔵」様の御守を拝受出来るほか、前述致しました“願い事をする際に石を頂き患部に宛てる”際の石、これは願い事が叶った暁には、近くの日本海の石(あびっくり付近を流れる小河川の河原の石でもいいそうですびっくり)を倍にしてお返しに来なければならないため、次にいつ、来られるかがわからないchuとしては、迂闊に石を拾うことも憚られた滝汗のですが、こちらにて頒布されていました石は、“お返しに来なくてもいい石”とのことで、喜び勇んで拝受させて頂きましたのは言うまでもありません爆  笑
こちらが、拝受しました「折渡千体地蔵」様の御守りなどニコニコ“おぃおぃ、どんだけ願い事があるんだよニヤリ”と突っ込みが入りそうですが、それなりにあるのですよニヤリそれにchuは欲張りですからてへぺろ
そしてこちらが、お地蔵様の近くにある「石」ニコニコこの石を患部にあてて回復を祈るのですウインクで、この「石」は、お地蔵様の近くにある石を、社務所(寺務所)詰めの方が拾い集めてきてくれたもの。患部にあてて回復を願うための「石」であり、そして自身(この場合で言えばchu本人)が拾って祈祷したわけではないので、願いが叶った場合でもこちらにお返しに来なくてもよく、ただそっと感謝の念を抱いて頂ければ良いとのことでした照れ
但し、一応、外袋にはこのように記載されています👉“この地蔵さんは昔からイボ取りの地蔵と言われ身がわり地蔵として霊験あらたかなことで有名です。この石で患部を撫でると痛み苦しみが抜けるとされています。ただし家に借りて持ち帰った場合は倍の数で返すならわしになっております 折渡延命地蔵尊 折渡千体地蔵尊”
なおこの社務所(寺務所)には毎日、人が詰めているわけではなく、週のうち3日ほど、しかも有人の時間帯は10時から15時までですので、15時直前に訪れましたchu一行は本当に運がいがったとしか思えませんウインク
2階部分は休憩スペースとなっていました。とっても立派な造りでビックリしましたびっくり
こちらは休憩スペースに展示されていました写真で、「折渡初地蔵かんじき詣り」の様子ウインク1991年に始まった祭事ですので歴史こそ浅いのですが、これから先、何十年、何百年と続くことでそれは伝統行事になることでしょう照れ
そして、写真の構成上、社務所(事務所)2階の休憩スペースなどを御紹介させて頂きましたが、ちゃんと先にお詣りはしておりますウインクと言うのは、お詣りに行く前に詰めておられた地元の御高齢の女性お二人に何時まで滞在されているのかをお尋ねしたところ、15時までとのことで、慌てて先に御守りなどをお分け頂き、それからお詣りに行き、そして最後に社務所(寺務所)風ロッジの2階部分にある休憩スペースにて暫時休憩をしたのでしたニコニコそれではここからはお詣りの様子などをお届け致しますニコニコ先ずは鳥居の横にありました大きな石…は、山のてっぺんから落ちて来た落石なのだとかガーン
「平成の霊石」…平成5年(1993年)の1月17日夜、標高80mの山頂から参道入口(この場所です)まで落下してきたもので滝汗重さは33t叫びこんな石で直撃を受けたらひとたまりもありませんゲローで、この石は通称「フモト石」と呼ばれるもので崩れやすく、治山関係者の話では山全体が「ネグサレ」という現象を起こしており、崩落の危険があるのだとかガーンそのため由利土木事務所の計らい
もあり、国の治山事業としてこの霊山(※おそらくこのこんもりとした木々が生い茂る山全体をさしているものと思われます)を保全することとし、麓部落民の総意により(※麓と言うのは、“山の麓”の意味ではなく、地名として「麓(フモト」と言う地域の名称です)この石を「平成の霊石」と名付けて後世に伝えていこうと決められたようですウインク

さて、「平成の霊石」を横に眺め、鳥居を潜り抜け石段を上がるとそこが本殿 おそらくこちらの6体が、一番最初に祀られた六地蔵と思われますウインク

お地蔵様の後ろには御神木!?が聳えています

鐘楼もありますが…あれキョロキョロそう言えば参道入口には鳥居がありましたけど、「折渡千体地蔵」は神社なの!?寺院なの!?さっきから社務所(寺務所)と、二刀流にて綴ってしいましたが、“地蔵尊”ならば寺院ですよねぇ、それに建立の経緯から見てもやはり寺院としての香りが強いニヤニヤしかも普通、神社には鐘楼はありませんから、摩訶不思議な「折渡千体地蔵」爆  笑それに鳥居の横には「南無折渡地蔵尊大菩薩」と彫られた石柱も建てられていますから、やはりここは寺院と考えた方が宜しいですね。なので、お地蔵様の後ろに聳える立派な木も、“御神木”とするのはおかしいあせるあせるあせるだとするとあの鳥居は何なんだ??ひらめき電球びっくり“神仏習合”と考えれば全て合点がいくびっくり神仏習合とはわかりやすく言えば、神仏習合は「神と仏は一体である」とする宗教思想で、 具体的には神社の境内に仏堂が建てられたり、仏教寺院に鎮守社・境内社が建てられたり、神前で読経したり、祝詞奏上と読経が共に営まれたり、神体を仏像が共に祀られたりする、といった例は国内に幾らでもありますから、きっとここも近隣の皆様がたのこうした気持ちが込められているのかもしれませんウインクま、深く考えずにアバウトな行きましょうか爆笑

で、この“霊山”の山頂は標高80mなのですが、なにせ海から近いですから、登ってみるとそこそこの傾斜(標高差)がある山道となります。そしてその山道の脇には無数のお地蔵様が…といっても無数ではなく、千体ですがね爆  笑このようにびっしりとお地蔵様が建ち並んでいました。これらのお地蔵様は前述しましたように、太平洋戦争の戦没者を弔うために寄進されたもので、平成に入ってから「折渡千体地蔵建立実行委員会」が全国からお地蔵さまの寄進を呼びかけ、平成3年(1991年)に、遂に千体のお地蔵様が集まったのでしたウインク「折渡千体地蔵建立実行委員会」が具体的に呼びかけを始めたのは平成元年(1989年)のこと。千体地蔵になったのが平成3年でしたが、この2年間の間に千体のお地蔵様が全国各地から寄進されたのです。なお、お地蔵様が実際に造られたのは中国の福建省とのことで、全国の寄進者から寄せられた千体の地蔵を祀ったことで、この山全体が「地蔵霊山」となったのでしたニコニコ

こちらが山頂部です。まるでヘリポートのようなフラットな更地が広がります。地元の小学生の遠足で、お弁当を広げるにはにちょうどいい広場かも知れません爆笑ここまで来るのに20分ほど要しましたが大汗を掻きましたあせるあせるあせるそして翌日の朝は、身体がバキバキでしたよ爆  笑

あと、お地蔵様の足元には寄進された方のお名前(ファーストネーム)のプレートが埋め込まれていまして、かようなものを見つけちゃいましたウインクですがこれはワタクシではありません爆笑だって、今日初めて、この「折渡千体地蔵」に来たのですからニヤニヤですが、お詣りに先立ち、願い事を託す「石」を拝受いたしましたので、この日この時から、chuは「折渡千体地蔵」様を崇拝する身となったのです照れ

さて、JR羽越本線の折渡駅と、土木学会史上、とても価値のある折渡トンネル、さらに鬱蒼とした林を抜ける折渡峠にあります「折渡千体地蔵」の訪問を終え、久しぶりに人里に降りてきましてほっと一安心チューだって、下手すりゃ、クマ🐻が出たっておかしくない環境でしたからねウインク秋田県内の中山間地域のみならず、人里にもクマの出没情報は相次いでいましたから、今回の旅ではクマ鈴は持参していませんでしたので、結構な冒険をしちゃいました爆  笑

 

「折渡千体地蔵」の参拝を終えたことで、今回の旅の目的の大半を成し遂げましたのでこちらは里に降りてきまして、毎度おなじみの地元のスーパー巡り爆笑由利本荘市大内地区(旧大内町)の三川にあるショッピングプラザですウインク

「Aコープおおうち」さんにて地のお酒とお土産などを購入ウインク店内は…至ってごく普通の(首都圏にあるスーパーと同じ)品揃えでしたが、やはり地元の品揃えは流石でしたウインク

そして少し早めに宿に戻ります。と言っても17時ちょい手前。今日は朝の動き始めが早かったですから、たっぷり一日活動きましたし、心地よい疲れです照れなお、この日は“夕日鑑賞会”には出向きません爆  笑そして初めての紹介になるのですが、こちらは今回の「秋田・山形の旅」で2連泊しましたお宿で「ぽぽろっこ」さんニコニコ温泉宿であると同時に、日帰りの入浴施設も備えた施設でJR羽越本線の「羽後岩谷(うごいわや)」駅に併設された「道の駅おおうち」と同じ敷地内にある地域の“総合交流ターミナル”として人気のスポットとなっていますウインク羽後岩谷駅は、由利本荘市の中心であるJR羽越本線の羽後本荘駅寄りも一つ、秋田駅寄りに位置する駅なのですが、初日に立ち寄りました羽後本荘駅の駅前周辺があまりにも閑散とし過ぎていたことに驚きましたが、こちらは施設内に野菜直売所を有し、かつ、日帰り温泉を目的として訪れる方多数ビックリマーク羽後岩谷駅前の駐車場(「道の駅おおうち」と「ぽぽろっこ」の駐車場を兼ねており無料です)は常に満車に近い状態であり、人出は、羽後本荘駅周辺をはるかに凌いでいますウインク

この後、ほんの少しだけ部屋に戻り休憩をしてから、楽しみな夕食に出向きました照れなお目的の食べ物屋さんは、羽後岩谷駅の反対側(東口)にあるため、自由通路となっている跨線橋を渡りますウインク2枚目の写真は自由通路から羽後本荘駅方面を眺めたものですニコニコなお羽後岩谷駅のホームはは島式、2面4線の構造ですが、現在使用されているのは2線(1番線と3番線)のみ。レールは残されていますが架線は撤去されています。

立派な駅事務所。地元の方の話では、この事務所には近所の商店のおじさんが代々、出札掛を務める…と言っても旧国鉄が民営化されて以降だと思いますが、由利本荘市がJR東日本から委託を受けて出札を行う“乗車券委託販売(簡易委託)”駅だったそうですが、現在は受託を解除し終日、無人駅に代わっているようです。また待合室も立派(駅寝が可能グラサン)ですが、誰もいません爆  笑

こちらが羽後岩谷駅の東口の様子。立派な駅舎であると同時に、旧大内町にありました唯一の鉄道駅として、元々は駅の東側(写真は同駅東口)が賑わっていたようなのですが…現在、駅の西口には先ほどの「ぽぽろっこ」があり、人の賑わいがありましたのであまりにも対照的ですウインク

旧大内町の中心街ということですが、“数えるほど”どころか、人影すらありませんニヤニヤここが街の中心街びっくりとのことです滝汗

、今宵の食事を求めて歩くこと2分ビックリマークそこには当地では有名なお目当ての「出羽食堂」がありますウインク

これだビックリマークちゃんと営業時間も調べてきましたよウインクところがガーンお休みだよ、聞いてないよパンチ!

って、店のホームページがあるわけではなく、これで調べたに過ぎないのですが👇夕方の営業は17時から19時までだったはずですよプンプン

☎をかけてみましたが、住居部分と思われる室内から、chuがかけたと思われる電話の呼び出し音が鳴り響いています(周囲が閑散としているので音が響いていましたグラサン)ですが何方も出る気配なし滝汗だめだ、こりゃチーンまぁ、仮に夕方2時間、店を開けてもお客さんはあまり来ないからってんで、クローズにしているのかもしれませんが、今日の夕飯に、と考えていましたのでかなり残念な結果になりましたショボーンえーん

では次善の策は…と言いますが、羽後岩谷駅の東口、元々は街の中心街はこちららしいのですが、飲食店どころかコンビニ一軒ありません叫びなので、ブラブラと散策しながら宿に戻らざるを得ませんねニヤニヤ

JR羽越本線の踏切から下りの秋田駅方面を眺めますニコニコ

こちらは上りの羽後本荘方面。視界の先に羽後岩谷駅が確認頂けますウインク

日が大分傾いてきました。けど海岸線に行っても夕日は眺められません(多分ぢゃなくて絶対ニヤリ)ので、慌てて行動は致しません爆笑

途中、とても立派な駐在所がありましたが、誰もいませんでしたニヤニヤ困りますねぇ、駐在さんは常に居なきゃですからねえーって、何かの事件処理で出かけていたのかも知れませんがウインク通常、駐在所のお巡りさんは巡査部長以上の幹部警察官ですから、地域の住民の方からの信頼は厚いですよねニコニコ

結局、この日は宿に向かう途中にありました「LAWSON由利本荘岩谷町店」にて、お酒ロックグラス日本酒生ビールとおつまみを買い込み、宿内にある食事処で酒の肴程度の簡単なお料理を生ビールと共に頂き、その後は部屋に戻り温泉三昧をしてバタンキューとなりました爆  笑

 

そして最終日(2025年5月15日)は、国道7号線を一旦北上しJR羽越本線の道川駅まで海波波波を見ながらのシーサイドドライブニコニコちょっとかわいい駅舎ですがこちらも無人駅ウインクですが駅舎のすぐ前は、交通量がとても多い主要国道の国道7号線が走っていますので、折渡駅と異なり“秘境感”は全くありません爆  笑

なお道川駅も、普通電車しか停車しない駅ではありますが、折渡駅と異なり上り下りの普通電車は全て停車しますので、御覧のような時刻表になっています👇一部の時間帯を除き、概ね1時間当たり1本の運行ですから、ローカル線ダイヤではありますが、ちゃんと時刻を確認して動けばさほどの不便はなさそうですウインクまた同駅は無人駅ですから、乗車駅照明書交付機がありました。

JR羽越本線「道川」駅に到達ですビックリマーク

そしてこちらも柵とホームだけの超簡単な構造ですニコニコ

そして道川に来た理由は、そこに海波波波波があるから爆  笑

こちらが「道川海水浴場」…しかし、2023年限りで閉鎖されていたガーン

閉鎖の理由として、来場者の減少が挙げられていますが“海水浴場の入り口から波打ち際までは50メートルほどだったが、現在は約200メートルまで延びた”ともイラッこれ、例えばchuが住む千葉県だと、外房の九十九里浜の海岸や、千葉市の稲毛海岸などでは波の浸食により砂浜が削り取られ、それを防ぐための護岸工事に莫大な資金を投じているのですが、日本海側の海岸線は太平洋側と異なるのかな!?それとも道川海岸だけのことなのでしょうか、それを調べて綴るには紙面が足りなすぎますあせるあせるあせるけど、たとえ海水浴場は閉鎖されてしまいましても、駅から至近の場所で、車を利用されない方でも徒歩で水平線に沈む夕日を眺めに来られるこの場所が貴重であることには違いはありませんウインク

さて、道川の海岸をしばし散策した後に、後は車にて「日本海東北自動車道」の「岩城IC」から同高速を南下。途中、この旅では何度も乗り降りしている「象潟IC」にて高速道路は一旦終了するため、暫し一般道(国道7号線)を走りますが、その途中にあります「道の駅鳥海ふらっと」にて小休止ウインク

なお、現在未開通の「象潟IC」~「遊佐鳥海IC」間(約22㎞)を結ぶ区間の高速道路工事は断続的に進められていましたので、そう遠くない将来には新潟から秋田まで、「日本海東北自動車道」がつながる日も来ると見ていますウインク

 

 

この後、再び暫定開通している「日本海東北自動車道」の「遊佐鳥海IC」から同高速を南下、途中「鶴岡JC」にて「山形自動車道」に入り、一部、未開通区間の「湯殿山(ゆどのさん)IC」から「月山IC」までの間は一般国道を走ります。するとほれ、国道13号にある東西栗子トンネルと同じ形(トンネルの出入口に送風棟が聳え立っている不気味なやつゲロー)ここにあの不気味な「月山第1、第2」トンネル(写真はお借りしました。東西栗子トンネルよりはまだ圧迫感が少ないですが、でもやはり不気味だゲローこれ、“トンネルFreak”を自認しているchuでも感じる事ですから、その他、一般peopleの皆さんはどう思われますか滝汗)

があり、これを通過叫びドクロ、一般国道を40分弱走行した後に「山形自動車道」の「月山IC」から「米沢JC」を通過し今度は宮城県の「村田JC」で「東北自動車道」に入り、その後は「郡山JC」で「磐越自動車道」を経由して「いわきJC」で「常磐自動車道」を通りchu宅近くの「三郷IC」にて高速を降り、無事、帰宅致しましたニコニコ今回の旅路はこちら👇往路は赤色、復路は青色で示しました。なお、自宅(千葉県松戸市)~「福島JC」までの間は同じルートになりますウインク途中、休憩を挟んで片道8時間30分。そうそう気軽に出向ける場所ではないのですが、それでも今回の旅が無事に達成出来ましたことはとても大きな意義がありましたウインク旅を通じて色々な方にお世話になりましたチュー紙面をお借りして御礼申し仕上げます照れ

以上をもちまして、2025年5月13日~15日にかけての2泊三日にて訪れました「残雪と新緑の鳥海山 秋田と山形の旅(^^)v」を終了させて頂きます。御通読頂きました皆さま、誠に有難うございましたウインク