時は4月1日…長屋門前に咲く見事な桜は柏市の隠れた桜の名所とのことですが、松戸市民のchuが知る由もなく、この日ここを訪れて初めて見たその桜の壮観さに心を打たれちゃいましたチューで、ここの名前はタイトルにもあります「旧吉田家住宅歴史公園」ニコニコ「あけぼの山農業公園」で満開のチューリップに感動した後👇に、同じく柏市内のこちらにスライドしてきた次第です(^^)v

で、「旧吉田家住宅歴史公園」とは何ですか!?と言うと、元々ここは地元の名家で江戸時代には代々名主も務められた「吉田」さんの御自宅ニコニコそして現在の御当主が、平成16年にそのお住まいをそっくり柏市に寄贈され、それを受けて柏市では若干の建物の補修工事などを施した後の平成21年に歴史公園として開園されたものですニコニコそして公園のメインが江戸時代から続く古い造りの居宅でしたので、公園の名称も“住宅歴史公園”というものに爆  笑こちらがこの公園の公式HPです👇ウインク

そしてこちらに到着したとたん、まだ満開の域にありました見事な「ソメイヨシノ」に圧倒されてしまいましたびっくりまずは駐車場からの撮影カメラそしてだんだんと近づいていきますよウインク御覧のように住宅の前は広々とした芝生の広場。この時はサッカーの練習をしている方もいましたが、この芝生広場も含めての公園です。なおこの広場は柏市の広域避難場所にも指定されていますのでその大きさがお分かりいただけねかと存じますニコニコ

この建物が旧吉田家の長屋門なのですが、その立派な門造りにただただ驚くばかりですびっくり

そしてどうです、この満開の桜ウインク 時刻は9時25分。「旧吉田家住宅歴史公園」の開館時刻は9時30分ですからあと少しウインクしかしまだ開館前だからなのでしょうか、訪れる方はおらず、この満開の桜を独り占めしていますラブ

と、こんなふうに桜を満喫したり、カメラしている間に開園時刻になりまして中にINしますニコニコ 住宅の表側から見ていました長屋門ですが兎に角横に長くてその長さは25m超も叫び小中学校の学校のプールの長さよりも長いんだそうですびっくり

ところで長屋門とは諸大名の城郭、陣屋、武家屋敷の一部として誕生したもので、大名らは自分の屋鋪の周囲に家臣などのための長屋を建てて住まわせていたのですが、その一部に門を付け、ひと棟としたのがが長屋門の始まり。これ即ちお武家さんが家来のために住居兼用の門を設置したことに始まるわけでして、長屋門を造れるのはそこそこの地位のあるお武家さんなのですよウインクところが旧吉田家の当主は代々の名主さん。つまりお百姓さんの頭でこそありましたが武家ではありません。ではなんで吉田家の当主は長屋門を造ることが許されたのでしょうか??その答えがこちら👇

これによりますと江戸時代、千葉県北西部から現在の千葉市付近にかけて「小金牧」と呼ばれた幕府直轄の牧が広がっていて、そこで馬を育てて幕府に献上していたそうな。牧の管理は野馬奉行と呼ばれた幕府のお役人さんが行っていたのですが、実際に馬の世話をしながら戦の時でも使えるように調練するのは牧士と呼ばれていた幕府から直接任命されていた有力農民ニコニコこの地域で代々名主を務めていました吉田家の当主はこの牧士に任命されていたため名字、帯刀などが許され、さらに士分格の待遇を得ていたそうでして、それで名主=農民ではあるものの、士分格を経た吉田家当主は長屋門を造ることが許されたんだそうですウインク

 

そしてこちらが吉田家の御母屋。とても立派な茅葺屋根のお宅ですウインク

ですが御母屋に入る前に手前にあります蔵を覗いてみました(^^)/

ちょうど写真展が開催されていました。柏市内の風景を撮影たしたものが多かったのですが、他の観光名所のものもありました。

そしてこちらにあるのは醤油樽 そうです、明治期になり吉田家では醤油の醸造を始めたそうでして、三種類のブランド名のものが造られていたそうですニコニコ

で、こちらがその中でも一番の主力商品で「キッコーチヨ(亀甲千代)」というもの。なるほど、現在のしょうゆメーカーの最大手であります「キッコーマン」のロゴと似ています。「キッコーマン」の“キッコー”とは亀甲のことでしたびっくり確かに「キッコーマン」のロゴは、亀甲型のデザインの中に「萬」が入っていましたっけビックリマークで、吉田家で醸造されていましたものは亀甲デザインの中に「千代」の文字ビックリマークなるほど、それで「キッコーチヨ」なのですねウインク他にも、上の樽のブランド名は「カギ加」、右側の二つは「ジガミ華之井」。よく観察すると、外側のデザインと挿入された文字が見事に当てはまっています爆笑

なお吉田家が醤油の醸造をしていたのは関東大震災が発生した前年までで、醤油醸造に関する一切合切は野田の「キッコーマン」に売却したんだそうです口笛

 

お次は御母屋に向かいます。まずは外側から茅葺屋根の造りから。とっても珍しい葺き方でして、今の時代、これを出来る人はそうそうはいない…ということで、今なお茅葺屋根の家屋が連なる、福島県は「大内宿」の職人さんに柏までお越しいただき作業をして頂いたそうですニコニコで、chuはその「大内宿」には何度か訪れていまして、しかし直近でも、もう3年半も前の事ですが、ちょうど「大内宿」を訪れた際、たまたま茅葺屋根の葺き替えをしているその場に立ち会うことが出来ましたニコニコこんな感じでblogにて御紹介させて頂いておりましたウインク👇

御母屋の中に入りましたニコニコそしてこの建物、築ん百年のとても貴重なもので国の重要文化財に指定されているのです照れで、確かにこの家屋、古く年季ものではありますが保存状態はとてもいい照れですが文化財に指定されたのはただ単に古いから、ということだけではなく、実は別の理由があるのですがその説明は後ほどにウインク

こちらは茅葺屋根の裏側 虫が付くのを予防するために定期的に煙を焚き上げ燻しているそうですニコニコ

こちらはかまど ニコニコ

この囲炉裏、実際にも使用されていたそうですが、今では茅葺屋根を守るためこちらのかまどで炊き上げ、煙を屋根の中に充満させているのだそうですニコニコ

そしてこちらは土間 貸しスタジオ的な要素もあり、ここでコンサートライブなどの開催もウインク なお「旧吉田家」ではこの土間に限らず各居室をも含めたオープンスタジオorセットにもなっているようです👇

そしてこちらでは、ワタクシが推しています“柏の歌姫「文音」さん”が、かつてライブを行いました拍手拍手拍手chuはこの時、誠に残念ながら勤務の都合で参加できなかったえーんのですが、文音さんを応援する―ayane`s family-の皆さんがそれぞれblogやインスタに投稿し、文音さんがこれらの写真をチョイスして(実は―ayane`s family-にとりましては自分が撮影した写真が使われるの、とっても嬉しくてラブ、素敵な写真を撮り続けるのですチュー)御自身のblogで様子を伝えて下さいます照れそれがこちら👇(文音さん、御無沙汰しております(^^)v「旧吉田家」に赴き、文音さんがこちらでライブをされたことを思い出し、blogを読み返しましたウインクリンクを貼らせて頂きますことご容赦くださいお願い)

こちらは主屋和室。旧御当主さんは商いもされていたそうな。ですが元々は名主さんですから農家の方。つまり農業と商い、さらに幕命を受け牧士となり将軍を始め幕閣が利用する馬を調練する、名字帯刀を許された士分格ですから、この住宅は農家、商家、そして武家屋敷のそれぞれの特徴をそろえた居宅なんです。そうです、旧吉田家住宅が国の重要文化財に指定されたのは、ただ単に歴史を伝える古い住宅ということではなく、三つの特徴をもった住宅だということがその理由なんだそうですウインク

商いをしている時、御当主はこちらに籠り、客人が来ると👆の和室にて待機したそうな。で、右の窓にある緑色のガラス、これは実はマジックミラーになっていて表からはこの中の様子は見えません。ここで執務している御当主さんのみが、正面から来る来客があった時に視界に入るんだそうですびっくり

👇緑色に囲んだ部分が👆の緑色のガラスの外側から見たところ。このように外からでは中の様子は全く見えないのですウインク

こちらは書院の東室で床の間、掛け軸、そして小さいながらも金箔を使った襖絵もありますニコニコ

左上の、小さな襖絵ですが狩野派の方が作成されたものだそうです。ホントこの家、ただもんぢゃありませんよニヤニヤ

暗かったので少しぶれちゃいました(^^ゞ しかし見事なものぢゃあ、ありませんかびっくり 京都の寺院を訪れた折には狩野派や長谷川等伯が描いた、このように金箔をふんだんに使った襖絵は沢山たくさん見てきましたが、ここは京の都から見れば江戸からも外れた東国の集落。いくら士分格を持ったとは言えただの名主の家ですぞえーしかるに武家屋敷さながらの居宅を造られて、一体全体、吉田家の御当主さんたちは何者!?って感じがしますよねウインク

そしてこの書院東室ではかつてこんかドラマが繰り広げられていたビックリマークびっくり

こちら、この時にお書き頂いた羽生さんのサインです👇いつか藤井君も来訪されるかも知れませんねウインク

お庭には鯱がビックリマークなんでも明治維新の時、江戸城が無血開城された際に城内にありましたどこぞの櫓のものだったそうで、鯱に刻まれている刻印から判明したそうですニコニコ

およそ1時間をかけて居宅内及び御蔵、長屋門などを案内して下さいましたボランティアガイドの野口さん、ありがとうございました照れ「旧吉田家住宅歴史公園」ではボランティアガイドさんによる説明を頂きながら公園内を回ることが出来ますニコニコ今回、chuたちは開園直後の訪問だったのですが、チケットを購入し蔵を除いたりしていたらスタッフさんから“ガイドをお付けしましょうか??”とお声がけいただきお願いしたのですニコニコ今回、chuたちを案内して下さいました野口さん、丁寧かつ詳細に説明して下さいましたのでとっても良く旧吉田家の事を知ることが出来ましたニコニコ有難うございました照れなおこうしたガイドさん、全体で30人以上もいるようで、平日、土曜休日を問わず入り口近くにて待機されているそうですので、初めて🔰こちらを訪れるのであれば、ボランティアガイドさんによる説明を頂きながら園内を回ることをお勧めいたしますウインクただ、説明が丁寧かつ詳細な分、相応のお時間は要しますのでお時間に余裕がある時が宜しいかとニヤニヤ(ガイドさんに頼らず自分で園内を見て回るだけなら20分くらいで回れてしまいます。ガイドさんの説明を頂きますと今回の例で言えば80分超でした爆  笑)また、今回、野口さんから伺いましたちょっとびっくりしてしまいますびっくり“トリビアの話”を二つほど、御紹介させて頂きますウインクまず一つは、現在の吉田家の御当主は、この公園の直ぐ南側にあります洋館に現在も住まわれています。個人宅ですのでプライベートエリア。もちろん、用もなく立ち入ることは出来ません。で、歴史住宅の北西部には8面ほどのオールウエザーのテニスコートが、また、現在の御当主がお住まいの洋館の中庭にも1面のオールウエザーのテニスコートがあります。ん、吉田家の御当主はテニスが好きなのかなキョロキョロと思ったら、何でも現在も「吉田記念テニス研修センター」の理事長をお務めになられている方。そしてそのテニス場には、柏市御出身でこの度「国民栄誉賞」の受賞が内定した、パラリンピック5大会連続で金メダルに輝いている車いすテニス界のチャンピオン、国枝慎吾さんもここで日頃、トレーニングをしているそうですニコニコで、さらに驚いたことは、その吉田家の御当主の奥様はあのウインブルドンで優勝した沢松和子さん!!ポーンびっくり叫び合格クラッカーいやぁ、びっくりした滝汗

そして、もう一つのトリビア話ビックリマークま、これはローカルネタなので松戸市民であるchuだからびっくりびっくりと思う事なのですが、先のガイドの野口さん、chuたちがどこから来たのか最初の頃に聞いていてくれたのですが、最後の方になって“松戸からいらした方(chuたち)ですので御存知かな!?”と前置きされた上で、松戸には広大な敷地(面積は105haで東京ドーム約20個分の広さです)を持つ「都営八柱霊園」があるのですが、東京都は昭和初期、不足していた都民のための墓地を確保し供給するために土地を物色しつつ、都内だけでは一定の規模を持った土地が確保できなくなったため、“越境”して千葉県にまで進出。東京都が狙いを定めたその土地は田中新田というところ。そこに都営霊園を開設するために買い求めたのですが、その田中新田の土地の地主さんは昔の吉田家の御当主なんだとかポーンそれはそれは、chuは大したたまげたでございましたびっくりいやはや、江戸時代のころから今に至るまでの吉田家の御当主はやはりただ者ではなかったようですウインク

ガイドの野口さんからたくさんのお話を伺い、さらにトリビアなお話までお聞かせ頂きとっても濃密なお時間と空間を味わうことが出来ましたビックリマーク野口さん、ありがとうございました照れ 長屋門から表に出る直前の、長屋門を額縁にしての「絵」ウインク

そして「旧吉田家住宅歴史公園」内の居宅エリアを後にしました。なお左手に広がる、柏市の広域避難場所に指定されている芝生エリアもまだ公園の一部ですウインク 朝(9時10分頃)、到着した時は晴天の穏やかなお天気でしたが1時間強を見学に費やし、公園から出てきたのが11時を過ぎた頃。少し、風が吹くようになり舞い散る桜の花びらが美しい照れ

そしてこちらはプライベート空間ですが、現在の吉田家の御当主のお住まいニコニコあの沢松和子さんもこちらで暮らしていらっしゃるのです照れいやぁ、柏市って、やっぱり凄いですチュークラッカー合格

「chuの気ままなお出かけチャンネル」にて、ひらりひらりと散りゆく桜の花びらの様子をお届け致しますウインクただ芝生広場にてサッカーの練習をしている方がいらして、残念ながらその声が映像内に入ってしまっていました笑い泣きその声がなかったら、散りゆく桜の様子をじっくりと味わって頂くことが出来ましたので、ちこっとだけ残念ニヤニヤ