前回は「偕楽園」のメイン梅林であります東西梅林を歩いてきまして👇
今度は「偕楽園」の外側から見た「偕楽園」、ポスターなどでも紹介されている絶妙なアングルからの絶景を御紹介致します![]()
おっと、その前にここはまだ「偕楽園」の苑内(入場料金が必要なエリア内)で孟宗竹林の南側、急な階段を降りた場所にある湧水地。偕楽園の地形の特性を生かし、白色の井筒を据えた湧水泉で「吐玉泉(とぎょくせん)」と呼ばれています。“偕楽園の地形の特性”につきましては前回のblogでも少し触れておりますが、東西梅林の南側に広がる芝生が張られた「見晴広場」、あそこから千波湖が眺められたsceneを覚えていらっしゃいますか
実は偕楽園と千波湖との間には車道とJR常磐線の線路が通っているのですが、喧噪さは感じません、と綴りました。そして「見晴広場」からの千波湖の眺望が優れているのは「偕楽園」自体が高台にあるから。そうです、「好文亭」や「見晴広場」からこの「吐玉泉」に向かうには雑木林の急斜面に設置された階段を下っていく必要があり、その斜面の途中にある湧水地に造られた湧水泉がこの「吐玉泉」。この水は眼病に効くと言われており好文亭に来た客人に振舞われた茶の湯にも供されていたのです。眼病と言えば現代では白内障や緑内障、或いは花粉症での目の痒みなどに効くのでしょうか、であればchuも是非ともここから湧き出でる水を頂いて帰りたい
(注 chuは只今花粉症の真っ最中(>_<)目が痒くて痒くてたまりません
)
常陸太田市の真弓山で採掘された大理石で造られた井筒。現在のものは1987年に更新されたもので4代目の井筒だそうです![]()
こちらに効能書きなど。また“定期的な水質検査は実施していますが飲用を保証するものではありません”的な注意書きがありますので、この場では飲用しませんでした![]()
👇「吐玉泉」の水質はこのように定期的に検査されていますが…
コンコンと湧きだしている状態がお分かりいただけるかと![]()
そしてここからは「偕楽園」の苑外エリア 急斜面を降り終え、「吐玉泉料金所」を出たところ。しかしこの無料エリアでも沢山の梅があり麗しい香りがプンプンと![]()
「田鶴鳴(たずなき)梅林」へと向かいます![]()
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振り返るとJR常磐線の普通電車。以前は通勤で毎日のように見ていましたから見慣れた車両です(^^)/(chuが都内まで通勤していた時に利用していたのは東京メトロ千代田線、小田急小田原本線と相互直通運転していましたJR常磐緩行線でしたので快速線として使用されているこの普通電車には実はあまり乗っていません(^^ゞ)
茨城県護国神社の横を通って…この日も参拝はしませんでした(>_<)ごめんなさい
(前回訪問時も確か素通り![]()
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「田鶴鳴梅林」に到着
素人的にはここも「偕楽園」の一帯だと思われるのですがここは苑外という扱いなので入場門等はなく、無料で散策&観梅出来ちゃいます
しかし実はこの「田鶴鳴梅林」こそ「偕楽園」を一番素晴らしいアングルで見ることが出来る一大
スポット
と言うのは何度かご説明しておりますが「偕楽園」は高台にあります。そして「田鶴鳴梅林」は平地にありますので「偕楽園」を見上げる形になるのですが、高台の中でもひと際高い建物である「好文亭」を見上げた時、その手前には「田鶴鳴梅林」の咲き競っている梅林が視界に入りますからこのような構図に👇 これ、「偕楽園」を紹介している数々の写真にも使われているアングルでして、chuは実は「東西梅林」よりもここからの「偕楽園」の姿の方がより美しいと感動しているスポットなのです![]()
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なお、御覧のように高台にある「偕楽園」と、平地にあるここ「田鶴鳴梅林」との間には車道とJR常磐線の線路が通っているので、撮影の仕方には工夫が必要です![]()
そしてこちらが「千波湖」
1周約3kmのひょうたん型の湖で、正式には桜川の一部である河川として分類されているようですが、湖の周囲ではウォーキングやジョギングを楽しむ水戸市民の憩いのオアシスとして親しまれているそうです。またここには多くの種類の野鳥がいるようで、バードウォッチングをされる方や貸しボート、レンタサイクルなど、これからの季節、休日の楽しいひと時を過ごすにはうってつけの場所となること、間違いなしですね![]()
正面の対岸に見えているが千波湖の東端で水戸駅も近い水戸の中心市街地付近です。2㎞ほどの距離ですからのんびり歩いても40分といったところでしょう![]()
この日も、千波湖には様々な鳥が羽根を休めておりまして、ハクチョウもいましたがこれは珍しいのでしょうか、白いハクチョウですから黒鳥
ブラックスワンです![]()
そしていまchuがいる場所が千波湖の西端付近。ここには「偕楽園」を拓いた9代水戸藩主・徳川斉昭公と、幼少の頃より叡智が際立っていた七男・七郎麿呂の像。斉昭公は、自身の後を継ぐのは長男・徳川慶篤(とくがわよしあつ)としていましたが、長男であるため家督は慶篤に譲らざるを得ないものの、実は全てにおいての能力は七郎麿呂の方がはるかに優れていることを幼少の頃より見抜いており、しかし、水戸徳川家に置いておいたのではその才能を埋もれさせてしまうことになるため敢えて養子に出します。御三卿の一つであります「一橋家」に入り一橋慶喜となったのがこの七郎麿呂(しちろうまろ)。で、その一橋慶喜公はその後、どうなった
そうです、七郎麿呂君(ぎみ)こそ、幕末の、外国艦船が押し寄せ執拗に開港、開国を迫る中、朝廷や諸藩に挟まれ苦しい幕政を強いられていた14代将軍・徳川家茂を将軍後見職として支え、家茂亡き後、遂には第15代徳川将軍となりました徳川慶喜公その人なのです![]()
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そしてこちらは第2代水戸藩主であります水戸光圀公 “この印籠が目に入らぬか”で有名な「水戸黄門」その方です![]()
さて、「田鶴鳴梅林」と千波湖周辺の散策を終え水戸駅まで戻ることとします。偕楽橋と呼ばれる、車道とJR常磐線の線路を跨ぐ跨線橋かにも、高台にあります「好文亭」を望むにはいいアングルです![]()
“ここに電車が走ってきたらいい「絵」になるなぁ”…なんて思っていましたが、chuは撮り鉄ではないのでわざわざ待機はしません
(特急は30分に1本、普通電車は1時間に3本の割合で走っていますから、電車を選ばなければ上下線で10本の電車が行き交いますから6分間隔と、遭遇する確率は高い
それでも待たなかったからワタクシの鉄分は少ないです
)
ですが偕楽橋を渡り終わった後に何やら電車がくる気配を感じたため慌てて走って引き返して![]()
少し待てばよかったかな![]()
ここはまだ「偕楽園」の苑内ではなく無料で散策できるエリア。ここには「大日本史完成の碑」があります。大日本史とは水戸光圀公が編纂を始め光圀公亡き後も水戸藩の事業として継続され、240年を経た明治期になり完成した日本の歴史書。徳川御三家の一つである「水戸徳川家」は、初代藩主であります徳川頼房公が徳川家康公の十一男であるのに対し、九男の義直が「尾張徳川家」を、十男の頼宣が「紀州徳川家」を興しましたが兄弟の年齢により、徳川御三家の序列は「尾張」「紀州」そして「水戸」と御三家の中での順位は一番低く、将軍を出し難い家柄とされていました。ですがどうして、この水戸徳川家、水戸藩主として他の誰もが成し得なかった大事業を、240年もかけて完成させていたのです。“「大日本史」を作った水戸藩”ということはもっともっと顕彰されて然るべきではないでしょうか
なお「大日本史」につきましてはこの後に訪れます「水戸学の道」編においても触れさせて頂きます![]()
再び「偕楽園」にIN 入場券は当日に限り有効で出入りは自由ですので最初に入園するところで手交される入場券は失くさないようにしましょう
こちらが「東門」で、総合案内所を始めお土産屋さんや露店が軒を連ねるメインの出入口。バス停の「偕楽園・常盤神社前」や、JR線の臨時駅であります「偕楽園駅」(但し同駅は「梅まつり」期間中の土曜休日の下り電車(特急を含みます)しか停車しませんからある意味、到達困難度はかなり高い“秘境駅”になるのかもです
)、また同駅前のバス停など、「偕楽園」を訪れる方の90%はここから入られているようですが、そうすると「好文亭表門」までいらした時に、“あらぁ、梅園はここまでね”で「孟宗竹林」を見逃してしまう可能性が大ですので残念な事なのです![]()
既に時刻はお昼を過ぎており、来園者はchuが到着した頃とは比べ物にならないくらい増えています。この方たちは恐らく全員、「好文亭」に向かうはずですから入場にはかなりの時間がかかることになります。またこの日は平日です。土曜休日であったら…考えるだけでも恐ろしいことなのです![]()
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こちらは「常盤神社」。光圀公や“烈公”と呼ばれた「偕楽園」を拓いた徳川斉昭公を祀った神社で明治時代初期に流行し各地にもある藩祖を祀った神社で、神社の格式としては新しいものでもあり、それほど高くはないようです。とは言いましても「偕楽園」を拓いていただきました斉昭公や、大日本史の編纂を始めた光圀公に敬意を表すためにも参拝をしたかったのですが、とても混雑していて…バスの時間も迫っていたことから、鳥居の外から一礼をさせて頂き「偕楽園」を辞させて頂いちゃいました
「常盤神社」のHPをリンクさせて頂きます👇
次回は一旦、水戸駅に戻り、そこから「水戸学の道」へと進みます![]()































