2010年3月 「青春18きっぷ」を使っての関西遠征、京都の旅は続きます(^^)/ そして前回はchuが京都Freakになった原点でもあります「石塀小路」をピンポイントで御案内させて頂きましたウインク👇

ここは、京都随一の観光拠点であります「清水寺」を中心とした東山エリアにありながら、道を一つ入ったところにある石畳で覆われた小路。そしてあたりの喧騒がウソのような、まさに隠れ家的なスポット照れまたそこでの趣きは、街灯に火が灯る夕方から日没間際の時間帯こそが“いと おかし”なのですが、この日のchuの宿は大阪ニヤニヤ であるため、本当ならもっともっと滞在していたい「石塀小路」(或いはどこぞに出向いても夕刻には戻りたいところ)なのですが、残念ながら今回はそれは叶わぬ夢笑い泣きと言うことで先を急ぎます走る人走る人走る人
 
こちらは「石塀小路」の西側の入り口と接している、南北を縦貫している下河原通りの北端で「八坂神社」の南の石鳥居。同社は全国にある祇園社の総本山なのですが、ここは、四条通と東山通りとがT字路でぶつかる祇園の交差点の真ん前にある正面(西楼門)ではなく少し地味目な出入口(^^ゞ しかし、chuの定宿である「石塀小路」内にある「寿栄屋」さん(前回の拙blogにて詳報しています)から徒歩数分の距離。しかも、宿を出て京の街中に繰り出す場合には市バスの祇園バス停から各方面に“出陣”することが多いので、どうしてもあさイチの参拝は南の石鳥居から入ることになってしまいます滝汗でもちゃんと、鳥居の下ではお辞儀をし、本殿にて二礼二拍手一礼は欠かしませんウインク
こちらは南楼門
神社の境内はこのような感じです(八坂神社HPからお借りしています)
こちらが舞殿 👆の見取り図を参照にして記憶を呼び戻しながら綴っています なにせ12年も昔の事なのであせるあせるあせる
そしてこちらが本殿です 「八坂神社」通称“祇園さん”のWebサイトはこちら👇
訪れたのは3月も下旬の候 東京では桜の開花が進んでいましたが、東京よりも西にある京都(や大阪)は何故か桜の開花は東京よりも遅いという摩訶不思議びっくり もっともこちらでも、これくらい蕾を膨らませていますので既に開花宣言は出ているでしょうが、2分咲きといったところでしょうかね。ですので今回の関西遠征では、“春爛漫の京の都”は残念ながら味わえてはいないのです(>_<)
👆や👇 「八坂神社」の東側に隣接している「円山公園」の桜です(^^)v 同公園は観桜の名所ですから、満開となった日には大勢の方が都の桜を楽しまれることでしょう。この調子だと多分、あと数日後くらいでしょうかウインク
で、京の街中に繰り出す前に、ちこっとだけ「円山公園」に立ち寄りましたが再び「八坂神社」の境内に戻り参拝お願い
そしてこちらは祇園交差点に面した西楼門 う~ん、社のマップを拝見させて頂くと、どれが正門ということはなさそうですが、
それでもやはり、“八坂神社と言ったら「祇園」そして祇園さんと言ったらこちらでしょ” 林先生に特別にご出演頂きましたクラッカー合格ありがとうございますチュー
祇園の交差点側から眺めた「八坂神社」がつとに有名ビックリマーク
やっぱ、“祇園さん”といったらここからのアングル、このsceneを思い浮かべちゃいますよねチュー
こちらが祇園の交差点。真っすぐ奥に延びる道路は京都の街中を東西に貫く数ある道路の中でも一番有名な「四条通」。そして手前を走る道が「東山通」です。そしてchuはこれまで何気に「東山通」と綴っていましたが正式名称は「東大路通(ひがしおおじどおり)」かも知れません。どうも市バスに乗り慣れていると“このバスは「ひがしやまどおり」経由〇〇系統どこそこ行き”なんていうアナウンスが脳裏に残っちゃっていましたので、はいウインク
既に前述させて頂いておりますが京都の中心部の道路は碁盤の目のような区切られていまして👇(画像はお借りしました。またレイアウトの関係で画面内には入らなかったのですがあせるあせるあせる一番下に十条通が東西を走っています)
そして祇園は「四条通」と「東山通」のT字路の交差点 京都で生まれ育った子供さんは、どこかに出かけても迷子にならないよう、東西南北に交差する道路の順番を唄にして覚えているんだそうびっくり 

♪まるたけえびすに おしおいけ
あねさんろっかく たこにしき
しあやぶったか まつまんごじょう
せったちゃらちゃら うおのたな
ろくじょうさんてつ とおりすぎ
ひっちょうこえれば はっくじょう
じゅうじょうとうじで とどめさす♪

(♪丸竹夷二 押御池
姉三六角 蛸錦
四綾仏高 松万五条
雪駄ちゃらちゃら 魚の棚
六条三哲 通りすぎ
七条越えれば 八九条
十条東寺で とどめさす♪)

まる・・・・・・・・・・・・丸太町通
たけ・・・・・・・・・・・・竹屋町通
えびす・・・・・・・・・・・夷川通
に・・・・・・・・・・・・・二条通
おし・・・・・・・・・・・・押小路通
おいけ・・・・・・・・・・・御池通
あね・・・・・・・・・・・・姉小路通
さん・・・・・・・・・・・・三条通
ろっかく・・・・・・・・・・六角通
たこ・・・・・・・・・・・・蛸薬師通
にしき・・・・・・・・・・・錦小路通
し・・・・・・・・・・・・・四条通
あや・・・・・・・・・・・・綾小路通
ぶっ・・・・・・・・・・・・仏光寺通
たか・・・・・・・・・・・・高辻通
まつ・・・・・・・・・・・・松原通
まん・・・・・・・・・・・・万寿寺通
ごじょう・・・・・・・・・・五条通
せった・・・・・・・・・・・雪駄屋町通(現、楊梅通)
ちゃらちゃら・・・・・・・・鍵屋町通(現、的場通)
うおのたな・・・・・・・・・魚の棚通(現、六条通)
ろくじょう・・・・・・・・・六条通
さんてつ(とおりすぎ)・・・三哲通(現、塩小路通)
ひっちょう(こえれば)・・・七条通
はっ・・・・・・・・・・・・八条通
くじょう・・・・・・・・・・九条通
じゅうじょう・・・・・・・・十条通
とうじ(でとどめさす)・・・東寺(通りの名前ではない)

以上、こちらのサイト👇から引用させて頂きました。ありがとうございます(^^)/

しかしこれって、「囲碁」や「将棋」の対局で碁石や駒を置く場所を特定するものと相通ずるところがありますね爆笑ピンポイントに場所を特定できますから効率的な事、この上ないですウインク

 
さ、先を進みましょう走る人走る人 こちらは「東山通」沿いにある「祇園会館」。伝統ある「祇園踊り」や、最近では吉本新喜劇などもこちらで開催されているようです。chuがまだ学生だった頃、「祇園会館」内にありましたディスコ日本アメリカフランスイギリスドイツイタリアカナダ(👈意味不明爆  笑)には何度か通ったことがありましたウインク“京都でDISCO”も貴重な青春の一ページ…なんちってウインク
で、その後は「四条通」の南北のエリアを行ったり来たりと…こここそが“花街・祇園”の中心エリアであります「祇園新橋」、そして「祇園白川」界隈。ところでこの時はお見掛けすることはなかったのですが、夕方になると各お茶屋に向かう舞妓さんが行き交うエリアでもあります。chuのような平民が舞妓さんを呼んで都の夕げを楽しむことはないのですが(それはchuが分をわきまえていますからなんの不満もございません)、ところが何でも最近ではそうした舞妓さんの姿を撮影しようと、パパラッチ並みに舞妓さんの前後左右に立ちふさがり舞妓さんの行く手を阻んでまでして激写する輩…外国人と聞いていますが、が出没するそうなプンプン 舞妓さんは見世物ではなくて、また彼女たちは呼ばれたお座敷に向かう、いわば“通勤途上”です。たまたま歩いていて舞妓さんを見かけ、“わぁ かわいい照れ”なんて思って眺めるのが大人のわきまえであり、パパラッチ族は許せませんなムキー またこれは舞妓さんの激写と相通じるところもありますが、これは日本人が行っていることですが、所謂一部の“撮り鉄”のマナーが最悪なんだとか。場所争いから始まり、立ち入り禁止のところに入ったり、勝手にものを動かしたり、樹木を抜いたり、近所の方とのトラブルもなんのその、一人身勝手な撮影の続行など、chuは「撮り鉄」ではありませんが、それでも鉄道写真を撮影することもあります。ですがそれは許容されるルールの中で行うものであり、“行き過ぎた撮り鉄”と“舞妓さんパパラッチ”とは同根です。根絶させなきゃなりませんねプンプン
 と言うことで、ここは「祇園新橋」周辺です。例によってchuの永長文章ではなく、「石塀小路」を紹介させて頂きました時と同じく「祇園商店街振興組合」さんのHPから引用させて頂くことにしますウインク
~祇園新橋界隈は京洛の文化史にかかせない祇園発祥の地である。寛文6年(1673)祇園社領の中の弁財天町等の外六町正徳2年(1712)元吉町、末吉町等の内六町が開かれ今日まで一貫して繁栄してきた。その間、江戸時代の町民の大衆文化の浮世草子浄瑠璃、歌舞伎音曲の舞台となり絢爛豪華を極め今も伝統芸能として継承発展している。現在では新橋通と白川南側、切通しぞいの町並み一帯は「重要伝統的建造物群保存地区」として指定され、建築学上からも重要な文化財とされているが、特に新橋通は、石畳に両側には黒の千本格子の出格子、二階からはすだれの下がった、祇園独特の町家茶屋様式の建物が建ち並び、祇園の中でも最も祇園情緒あふれる印象的な町並みとなっている~
「花見小路通り」を歩いています走る人 
すると間もなく「祇園白川」へ走る人走る人
そしてやって来たのが、これまた“This is KYOTO”を代表する景観であります「祇園白川」一帯照れ またまた「祇園商店街振興組合」さんのHPから紹介文を引用させていだたきますチュー

~木の欄干のついた橋、その下を流れるせせらぎの音。昔は川の北側にもお茶屋が立てこんでいたようで、新橋の西にある  『かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる』という有名な一首を刻んだ「かにかくに」の碑は、歌人の吉井勇がよく通ったお茶屋「大友」の跡に建っている。戦時疎開によって取り壊されるまで「大友」の座敷は白川の上に張り出して建っていたのだそうだ。一時は景観を失った時期もあったが、地元の人の熱意が実り今では鯉が泳ぎカモが遊ぶ白川に戻っている。春は枝垂れ桜が美しく、川面に柳が影を写し、秋は紅葉と一年を通じて情緒があふれている~

桜が満開でしたらもっともっと「絵」になるスポットです合格クラッカー
『かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる』が刻まれた石碑 しかし達筆過ぎて読めません爆  笑
と言うことで、今回は“祇園さん”の名を持つ「八坂神社」から、花街・祇園を代表する「祇園新橋」、そしてchuが選ぶ“京都らしさ5本の指”に(独断で)選定している爆  笑「祇園白川」周辺をそぞろ歩きしてみましたウインク 次回は京都最大の繁華街、「四条河原町」から「木屋町通り」と「先斗町通り」を巡りながら「河原町三条」方面へ…数多な幕末の史跡が刻まれている歴史探訪のそぞろ歩き走る人走る人走る人をお届け致しますウインク 

あ、そしてここで一旦、東山エリアを外れるのですが、前回の「石塀小路」や、今回の「祇園界隈」の紹介に際しましては「祇園商店街振興組合」様のオフィシャルWebサイトに掲載されています紹介文をお借り致しました。ここに改めに御礼申し上げますと共に、同サイトをこちらにリンクさせて頂きます。ありがとうございましたニコニコ