5月12日に参加しました「駅からハイキング」(^^)/の後編です
後編は、本コースきっての“目玉スポット”からの御紹介となりますが、取り敢えず前編はこちら
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そして何を隠そう、“目玉スポット”とはこちら👇(まだ在りし日の姿から 撮影は昭和29(1954)年。尾竹橋の上から見た「朝靄に霞むお化け煙突」)
なんか、霧に霞む道路にガス灯、その向こうに見えているのは…と、ロンドンチックの様相
最もchuはロンドンに行ったことがないので想像ですが
実はこれ、昭和30年代後半まで実在していたもので、隅田川河岸にありました工場(千住火力発電所)の煙突。え
都心部に火力発電所
いゃ、戦後復興期の東京では公害などへの懸念よりも日本再生が最優先されていた時代。今では人口密集地にモクモクと煙を出す工場など、存在しようがありませんが当時はそうしたことは別に珍しくはなかったです。で、この煙突の持ち主である「千住火力発電所」とは👇(wiki様に解説をお願いしました(^^)v)
千住火力発電所は、現在の千住桜木一丁目13番北側の荒川(現隅田川)右岸に大正15(1926)年1月に建設され、煙突の高さは83.82メートルありレンガ製、その後、昭和30年代に周囲を鋼板で補強しました。で、なぜ“お化け煙突”と呼ばれるようになったのかと言うと実際は4本の煙突なのですが、上から見ると「ひし形」に配置されていたために見る場所により1本にも2本にも、さらに3本にも見えました。1本に見えるのは千住の旧区役所(現あだち産業芸術プラザ)方向と本木一丁目27番南側の荒川左岸(北側)の2方向でした。その他、発電所の南側を走るJR常磐線(当時は国鉄常磐線)の、北千住駅から三河島駅へと続く線路は緩くカーブしていて(黄色のマーカーで示した部分です)、車窓からこの煙突を眺めたとして、電車が走っている場所により見える煙突の数が異なったのです(矢印が電車の車窓から見える角度を示したものです)。赤丸がお化け煙突があった場所![]()
そのため、実際は4本の煙突なのに見る場所が異なるたびに見える本数が異なることから“お化け煙突”と呼ばれるようになったのですが、このことは「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両津勘吉巡査長が幼少の頃の思い出として語り継ぐこともありましたから、当時を生きていた方には強烈な印象を以って今なお、語り継がれているのです
しかしやがて老朽化と効率化のため昭和38(1963)年に発電所が解散され、翌年秋から解体工事を実施、11月末には完全に姿を消してしまいました。この不思議な煙突は、五所平之助監督の映画「煙突の見える場所」(昭和28・1953年)で全国的に知られるようになったほか、漫画や文芸作品にも数多く取り上げられ親しまれていたのです
で、今は無きこのお化け煙突、実際にあった場所を訪れてみました(^^)/ そうです、今回の「駅ハイ」コースにはここが立ち寄りスポットに指定されていたのでした
chuは何度か訪れたことがありましたが久々の再訪と、前回訪れた時はblogを始めていなかった頃の事ですので、本邦初公開となります![]()
とりあえず訪れたのは「帝京科学大学」の北千住キャンパス。そーか
さっきのファミマ大渋滞や周辺に若い方がたくさんいたのは皆さん、こちらの学生さんだったのですね![]()
で、こちらがお化け煙突のモニュメント ちゃんと4本ありますが少しショボい![]()
しかしちゃんと真鍮製のプレートでお化け煙突についての解説もあります。
ちっさくなった4本の煙突ですが、立ち位置を少し変えるだけで実際に見える本数が異なるのです![]()
こちらか実際にあった煙突を切断した際に繰り出した断面 その大きさかが伺えますね![]()
煙突のモニュメントとホンモノの煙突の断面 きちんと歴史を紡いでくださっています![]()
大学建物の壁面に飾られている真鍮製のプレート写真
今では撤去され、影も形もなくなってしまったお化け煙突ですが、その遺構を後世に伝えるべく、少々小振りではありますがモニュメントを設置し、真鍮版のプレートで往時を偲ばせてくれる「電気の資料館」並びに「荒川の昔を伝える会」の皆さまの御尽力には大変感謝申し上げます
また、校内への設置物等にご配慮いただいている「帝京科学大学」さんにも感謝です。さて、ここ隅田川沿いにはベンチもありちょうどいいのでここで大休止と、小腹対策のパンを食べました
相変わらず空はどんよりと曇っていて「絵」にはなりませんが(-.-)、見えている橋がblog冒頭で紹介したロンドンチックな橋、尾竹橋です(^^)v
大休止を終え、再び歩き出しますが暫くは隅田川テラスを散策しながら![]()
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正面には東京スカイツリー![]()
帝京科学大学と尾竹橋を振り返ります。ちっさい造りでしたので、これくらい離れちゃうと残念ながら4本のモニュメント煙突はもう見えません![]()
そして隅田川 透明度は高くなく、“泳ごうよ”と言われてもちょっと躊躇しちゃいますが
それでも魚は正直なんですね
お魚さんがいるということは水質はまぁまぁ綺麗な証左ですからね![]()
途中で見かけた“温泉工場” 光明石、とは人工温泉の原料。温泉大好き人間のchuですが、そして勿論、源泉かけ流しが一番なのは論を待たないのですが、そうそう最上級の温泉があるわけではなく、加水したり加温したり循環させているのが殆どの温泉地の現状。今では雨後の筍の如く日本全国の各地に“〇〇温泉”が出現していますが、それは地中1000m以上も掘削して漸く探し当て、しかも湯流は豊富ではなく加温循環させているのが殆ど。そこへいくとはっきりと“人工温泉”と謳いながら温泉と同じ効果をもたらしてくれる「光明石」のパワーは実は素晴らしいものがあるのです
多分、人里離れた地方でひっそりと採掘されているんだろうなぁ…と思っていたのですが、そうでしたか
、ここで製造されていたのですね
あ、ここでの立ち止まりは本コースには入っていません
こうした発見も「駅ハイ」の楽しみでもあります![]()
次は京成本線を踏切で渡ります。ちょうど電車が来ましたので“撮り鉄”に変身(町屋駅~千住大橋駅間)
京成本線「千住大橋」駅前は複合商業施設の「ポンテポルタ」。数年前にこのSCが完成したことで、全く見栄えのしなかった街の洗練度がぐっとアップしました(^^)v
やがてコースは間もなく佳境へ そして写真は隅田川に架かる架橋なんちって、おやじギャグ
いえいえ、この橋こそ「千住大橋」です(^^)v 道路は日光街道。この千住大橋は徳川家康が江戸に入った時に隅田川に最初に架けられた橋。またこの付近の日光街道は片側2車線ですが、写真の橋は下りの日光方面の橋なのですが、関東大震災からの帝都復興で昭和2年に架けられたもの。タイドアーチというスタイルのこの橋は現存するものでは最古のものだそうです。
現存する中では最古、とは初耳でしたがタイドアーチ橋って、昔ながらの橋の姿で美しいです(^^)v
この通りが日光街道 前述しましたがタイドアーチ橋は下り線(日光方面)の2車線のみ(写真右側)。写真の左側は上り線(日本橋方面)で、橋の形はごく一般的なもの。
そして千住大橋の北詰にある大橋公園には「奥の細道矢立初めの碑」があります。奥の細道を旅するために深川の庵を出発した松尾芭蕉は舟で隅田川を上り、ここで上陸。即ちこの場所こそが、奥の細道への第一歩を踏み出した地なのです。
石碑には“「千じゆと云所にて船をあがれば前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻のちまたに別離の泪をそゝく」「行春や鳥啼魚の目は泪」”と彫られていますが、これは「奥の細道」の中で旅立ち初日の様子を旅立ちの地である千住の情景として記されているものです![]()
芭蕉はここから「奥の細道」へと旅立ちます(^^)v その全行程はこちら👇「奥の細道」というとどうしても“奥”のイメージからみちのく=道の奥=東北地方、と思われがちで、かつ、「奥の細道」紀行の句の中でも著名なものは東北地方で読まれたものが
多い印象を受けますが、実は50句、終着の大垣(岐阜県)までの句はちゃんとあるのです![]()
日光街道を渡った反対側にも芭蕉のモニュメント多数![]()
そしてここは本日スタートの北千住駅近くまで戻ってきているのですが、最初に訪れた「宿場町通り」、商店街こそここまで続いてはいませんが、参勤交代時、沢山の家臣を連れてそぞろ歩いた大名行列の様子が描かれています![]()
芭蕉が旅立った地には現在、「中央卸売市場 足立市場」があります(^^)v 規模は大きくはないのですが水産品など多数。
430年前にできた千住の青物市場、通称「やっちゃば」がその始まりで、昭和20年2月に西新井にあった北魚市場が収容され魚類部となり現在は水産物が取引されていて、青果市場は同じく足立区入谷に「北足立市場」として独立しているそうです![]()
そしてこちらが足立市場のルーツである「やっちゃ場」の地。現在、ここには元紙問屋の蔵が移築され「千住宿歴史プチテラス」としてギャラリーとして使われています(^^)/
次は「仲町の家」 戦前に建てられた日本家屋をそのまま用い、文化サロンとして利用されています。ここは北千住駅から徒歩で10分もかからないところ。また、この家屋の周囲には中高層のビルが林立しているのですが、何故かここだけエアポケットのようにポツンとした空間となっています。まさに都心のオアシス
って、北千住は都心ではないですが
「まちなかアートプロジェクト」が主催する「アートアクセスあだち 音まち千住の緑」の拠点になっているようです。なお公開されているのは土日月と祝日の10~17時なのですが、今回の「駅ハイ」期間中は全ての日程で見学させて頂くことが出来ました(^^)/
👆敷地の中も、また家屋の中も、時間を忘れさせて下さるようなとっても素敵な空間でした
そしてこちらは「東京藝術大学」の千住キャンパス。東京・上野にその本部を置く東京藝大ですが、ここ北千住や茨城県の取手にもキャンパスを持つなど、サテライトキャンパスをJR常磐線の沿線に展開させています。そのためか学生さんたちが常磐線を使って移動されることもあるのと関係しているのでしょうか。わが松戸にも芸大生の方が制作に携わられた作品や、アートの拠点もあります。“いかとするめの香り”のイメージが強かったわが常磐線ですが、東京藝大さんのおかげでイメージは変わってきたようです![]()
そしてここからは再び撮り鉄に変身
北千住駅南側の大踏切
JR常磐線と東武スカイツリーラインの2路線が通っています。“あれ
北千住駅には5路線が乗り入れている巨大ターミナルぢゃなかったの
”と、「前編」での拙紹介を覚えていて下さいました方、有難うございます(^^)v ホントなら全ての電車走行sceneをお見せできればいいのですが、「駅ハイ」途中のためそうはいかず
写真はわが常磐線の走行sceneのみ
で、東京メトロ千代田線は既に地下に。また同日比谷線は写真の中で、奥に写っている高架線、そして手前の高架線がつくばエクスプレス線です。ですので北千住駅の手前で踏切により道路と平面交差するのは2路線のみに留まっているのです![]()
そしていよいよ北千住駅に到着 今回のコースは11.5㎞でしたので東京支社が主催する「駅ハイ」としては結構長い距離でした
(地方のコースではもっと長いものもあります)。ただ前夜の仕事は“半徹夜”の状態でしたのでヘロヘロになりながらもなんとか完歩![]()
“やりきった感”ハンパないです![]()
そしてここからが楽しみにしていた“お疲れさん会”
少し怪しげですが
大好きな北千住の呑み屋街![]()
海産物がメインのお店。ラインナップにシチューはないのですがお店の屋号は「シチュー屋」。戦後のまだあまり皆が裕福ではない時、せめて名前くらいは洋風にして気分を豊にして貰おう、との当時の店主の発案で付けられた屋号だとか
とても人気のあるお店ですので来店される場合は予約必至です(^^)v
で、どこのお店にしようかと、この界隈では何時も彷徨うchuですが
、2020年から都心まで通勤しなくなっちゃいましたので、通勤途上にありました北千住を訪れることもぱったりなくなっちゃって![]()
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ですので、数多ある北千住の呑み屋さんですが、やっぱりchuはこのお店が一番大好き![]()
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「じんざえ門」さんです
キャパがデカいので基本、予約は不要ですが、休日前の19時過ぎは満員で入れないことも、よくあります![]()
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なおこのお店は14時からやってますから、chuが訪れるのは早い時間帯が多かったですね![]()
「駅ハイ」の終了を14時過ぎになるよう、歩程を調整して
一番乗りです(^^)v
こちらは「なめろう」 これが都内の居酒屋で食べられるなんて、シ・ア・ワ・セ![]()
どこにでもありそうな、「サバの塩焼き」ですが、抜群に旨い![]()
ですが、「じんざえ門」に来たら是非とも食べて頂きたいのが「もやしあんかけの鉄板炒め」![]()
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今回はたくさんの皆さまにシズル感をたっぷり味わっていただきたく、「chuの気ままなお出かけチャンネル」にて御案内させて頂きます![]()
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ような美味しさが伝わりますように![]()
【ご参考】👇皆さま、「じんざえ門」、絶対にお勧めです(平日、18時までは飲み物がとってもお得です
)
以上、5月12日に参加した「駅からハイキング」の様子をお届け致しました。御精読いただき有難うございました(^^)/








































































