皆さま、2020年が始まりましたニコニコ あけましておめでとうございます照れ(てか、既に5日が経過しようとしていますが(^^ゞ) さて、今年のお正月、皆さまはいかがお過ごしなされましたでしょうか!? この三が日、首都圏は好天に恵まれ初日の出鑑賞や初詣、あるいは初お買い物など、何をするにも、とてもいい過ごし方が出来たのではないかと思われます(大雪が降った地域もあるようです(>_<) そうした地域にお住まいの方、おもさげないお願い)

 

 さて、元旦の午前8時7分、chuは山梨県富士河口湖町にある竜ヶ岳から望めるダイヤモンド富士を見に…

と言うのは、真っ赤なウソでニヤニヤ真実はこちら👇

TV朝日系、朝の情報番組「羽鳥慎一 モーニングショー」の新春特大スペシャルにて、放映されたものをスマホで撮影したものでした爆  笑右下に、おみくじの札が高速で回っていて、カメラしたものが今年初の運勢、つぅコーナーでした爆笑 chuは自分の名前さながらの「中吉」でしたのでまぁまぁでしたねウインク と言うことで、この時はまだお部屋に滞在chuでした爆  笑しかし見事なダイヤモンド富士でしたね(^^)/ chuは以前、千葉県側から見られるそれを狙いに(夕日のダイヤモンド富士狙いです(^^)v)確か2月の中旬頃だったと記憶していますが、松戸→市川→千葉市と、数日おきに、綺麗に見られるビューポイントに通い詰めたことがありましたが、冬の晴れだというのに夕方だけ富士山山頂部に雲がかかり、結局、撮影出来なかったという苦い思い出がショボーンですので、リアルタイムでダイヤモンド富士を見たのは今回が初めてかもびっくりただし、ブラウン管を通じて、でしたが👈 この言葉、もはや死語ですなグラサン

 

 さて、新春第一弾がなにゆえ、こんなに遅くなったのかと言い訳しますと、仕事だったのですよえー 年末は31日まで、そして新年は2日からニヤリですので標題となっています「松戸七福神めぐり」は、元旦に出かけたイベントだったのですが、PCに向き合う時間がなくて中々blogに起こすことが出来ず、初回がかような日にちになってしまったのですショボーン 元々“筆の遅い”chuのこと、今年もその癖(へき)は治らないと思いますが滝汗どうぞ今年も宜しくお願い申し上げます(^^)v

 

それでは「松戸七福神めぐり」へGo!!

~七福神めぐりは、七柱の社を順に回り、縁起を呼ぶといわれる民間信仰で、室町時代末期頃から日本各地で始まりました。松戸七福神は、松戸市の観光名所のひとつとして始まったもので、お正月には「松戸七福神巡り」などの企画が催されています。
 一般的な七柱の神は、インドの神様である大黒天(財福を司る神)、毘沙門天(心の迷いや悪行を撤退させ、財宝を授けてくれる神)、弁財天(水の神で唯一の女神)、中国の道教からは寿老人(長寿の神)、福禄寿(福は幸福、禄は富、寿は長寿)、中国の仏教からは布袋尊(福の神)、日本神道からは恵比須神(商売繁盛の神)の神仏混合からなります~ 
(リンクしたサイトの説明文をそのままコピペしました)

 これは松戸市のWeb にアップされているものですが、“松戸七福神は松戸市の観光名所の一つ”…ってことを知っている49.8万松戸市民は、chuのようなお出かけ好きの一部を除いて、まず知られていないと思いますよニヤリグラサン 一つ一つの寺院が特に有名と言うこともなく、「除夜の鐘」を打てるお寺に初詣の参拝客が夜中に来るくらいで、日中は、元旦と言えども檀家さんが墓参に来ている程度。実はchuも今回の「松戸七福神めぐり」をスタートさせる直前にはchu家・先祖代々のお墓があります霊園に行き墓参をしてきましたニコニコ そうです、chuの初詣は、まずこのお墓参りからスタートするのが常なのでしたウインク


実はchuが「松戸七福神めぐり」をするのは初めてではありませんニコニコ 「松戸七福神めぐり」の期間は元日から7日までと短いため、仕事のオフと好天とが合わなかったりすると中々チャレンジしにくいのですが、以前、各寺院を回った時に、台紙(サインを書いてもらう色紙です)に各寺院の御朱印を押してもらったのですが、せっかく頂きました(あ、もちろんタダぢゃないですよグラサン 台紙500円と各寺院で頂く御朱印(500円×7)で一式、4000円を要しているのですが、失くしてしまったのえーん いえね、大切にしまい過ぎていたため、所在のありかがわからなくなってしまったの爆  笑 捨てた記憶はないので、家じゅう、引っ掻き回せば出てくるのでしょうが、“今度は大切に、額縁に入れて飾ろう”って思ったのですが、昨年に引き続き、今年もコロナ禍のため、各寺院での御朱印の頒布はなし滝汗 で、そのことが事前にわかっていれば恐らく今年も参加しなかったかも知れなかったのですが、それを知ったのは最初の寺院を訪れた時に、お寺の御住職から言われたのガーン 「松戸七福神めぐり」の公式サイト等はないので広く知らせる術はなかったのは仕方ないのですがね笑い泣き

 

 それでは七福神を巡ってまいりましょう(^^)/ 一番最初に訪れたのは松戸市日暮(「松戸七福神」ですので寺院は全て松戸市内ですから、以下、松戸市は省略します)にあります「徳蔵院」 松戸七福神の寺院すべてに公式HPがあるわけではなく、ですがこの「徳蔵院」さんはとても立派なお寺であり、前回もこちらからスタートした記憶がありますウインク

そして、こちらで頂きましたのが「松戸七福神めぐり」の地図やパンフの類。これらを頂きました時に、御住職から“今年も昨年に引き続き御朱印の頒布は見送ることになりました”とガーン滝汗叫びえーんショボーン

 

御朱印の頒布がなされないことを知ったchu、さぁどうする真顔 しかし、そもそも今回、再びチャレンジしようと思ったのは、以前、頂いた御朱印台紙を失くしてしまった見失ってしまったからであり、頒布を受けられないのなら、行く意味がない…ショボーン いや待てよキョロキョロ 確かに御朱印は、その寺院を参拝した証ではありますが、証をゲットすることと、新春に七福神を回って、それぞれの神様に新年の挨拶=祈祷することとは全く別物であり、せっかく、最初の寺院を訪れたのだから、やっぱり全部、回っちゃおうよビックリマークとの“心の声”が身体中に響き渡り、「松戸七福神めぐり」を継続することとしたのでしたニコニコ そうです、“一年の計は元旦にあり”って言うぢゃぁないですかウインク 七福神めぐりをしようと、決めたのですから、やはり決めたことは実行しないと、ね口笛(ちこっと意味が違うか(^^ゞ)そして、“見失っている”かつて頂いた御朱印台帳を、家じゅう、引っ掻き回して探すということは、多分、否、絶対にしないと思うグラサン ま、前の御朱印台帳は引っ越しでもするとしたら出てくるでしょう爆  笑けど、引っ越しする予定はありませんから、来年以降、再び“御朱印求め”の「松戸七福神めぐり」にチャレンジすることになるでしょうチュー

 

 それではここからが「徳蔵院」の様子  「徳蔵院」の正式名称は「日暮山医王寺徳蔵院」。15世紀初頭の頃、下総の国分寺の末寺として創建されたと伝えられていますが幾度かの火災により焼失したこともあり詳細は不明のお寺。前の住職が入られる以前は長いこと無住の寺で荒れ寺だったそうですが、前住職(信濃大僧正)の努力により境内には四季折々の花を咲かせるようになり、また寺院の敷地がちょうど、新京成電鉄八柱駅から河原塚へと下っていく坂道の途中にあり、こんもりとした樹木に覆われているため松戸では珍しく山寺の雰囲気を醸し出す寺院になりました。👇の写真が本堂へと続く参道の取り付け口なのですが、本殿に行くには急な階段を登っていくことが、より一層、“山寺”感を醸し出しているのです。なお、お寺への資材運搬に使うための迂回路的なものも一応、あるのですが、やはり急な階段を登りきって本殿前で参拝することで“達成感”が高まりますよね照れ

御覧のように急傾斜の階段、お歳を召された方にはちょいときついかもですあせるあせるあせる 

 こちらが本殿 とっても立派ですねウインク 約六百年前の創建だと言われていますが、赤ちゃんを抱いた観音様を御本尊としており地域の皆様から親しまれているそうです。 なお、この「徳蔵院」さんを始め、「松戸七福神めぐり」の全ての寺院は何れも真言宗豊山派のお寺さんですニコニコ

寺院HPに“また、徳蔵院には松戸七福神の一つである「寿老人」が祭られており、毎年1月には大勢の参拝客でにぎわいます”と紹介されている「寿老人」がこちらニコニコ  そして寿老人は長寿の神様ニコニコ 孟子の化身とも言われており、長命、富財、与宝、諸病平癒の神様でもあり、人々の安全と健康を守って下さるそうです。ありがたやありがたや照れ

「徳蔵院」に貼られていた七福神巡りのポスター。「松戸七福神」だけでなく、都内や取手の七福神めぐりの紹介をしてくれています。そしてこのポスターの発行元はJR東日本ウインク おそらく「JR東日本東京支社」管内の七福神を紹介してくれているのだと思いますニコニコ

 さて「徳蔵院」を後にしたchu、お次は千駄堀にあります「円能寺」へと向かいます。お寺のすぐ真下にはJR武蔵野線が通っていますが付近に駅はなく、また、こちらも鬱蒼とした木々が生い茂っておりとっても静かなお寺さんニコニコ 近隣に住宅は少なく、まるで京都の洛北の外れにある、名もなき寺院に迷い込んだよう爆笑 円能寺(圓能寺)は室町時代の文安4(1447)年に尊祐上人によって開山されたと伝えられているお寺です。ご本尊は阿弥陀如来。享保6(1733)年に虚空蔵堂(ぞうどう)を建立し、同18年にはコレラやチフスといった疫病除けの大六天神を勧請しました。松戸七福神のうち、福徳円満を授ける「福禄寿尊」を奉安しています。

境内には枝垂れ桜が咲くような…桜の季節に訪れてみたくなりましたニコニコ

コロナ禍のため、一昨年までの御朱印、御守りなどの頒布を中止する旨のお知らせ(-_-) しかし、「松戸七福神めぐり」のお寺さんは、先ほど訪れました「徳蔵院」さんが一番規模が大きいように感じましたが、どれも大きなお寺さんではなく、檀家以外の信徒さんがそうそう参拝に来るとは考え難く、よって「松戸七福神めぐり」が一年で一番の“かき入れ時”と言ったら、御本尊様には大変失礼ではありますがお願い、お寺さんとてやりくりしなきゃならんのですから、大事な機会を逸しているのはお寺さんにとりましても痛いのでしょうねチーンショボーン

そしてこちらが「福禄寿尊」 福禄寿とは中国の神様でして、人名と言うより中国道教の理想である幸福、俸禄の意味を持ち、南極老人星の化身として現れた神とされているそうです。

円能寺さんにもありましたJR東日本発行の「オススメ七福神巡り」ポスター。「徳蔵院」さんのところに貼られていたものと、少し、図柄がことなっていましたのでカメラウインク

お次は幸田(こうで)にあります華厳(けごん)寺へ走る人走る人走る人 最寄り駅はJR常磐緩行線の北小金駅で松戸市と流山市との境界付近の閑静な住宅街の中にあります。ここはchu宅からだととっても遠くて、日常だとまず赴くことはないエリア叫びですので、この辺りを訪れたのは前回「松戸七福神めぐり」をした以来ぢゃないかなキョロキョロ(しかし“逆もまた然り”でして、このエリアにお住まいの方が、さして広くはない同じ松戸市の市民でありながらchu宅エリアに足を運ぶことはないのでしょう爆笑)  その華厳寺ですが創建は鎌倉時代と伝えられています。通称“火防の寺”と言われているそうで、関東一、大きなお地蔵さまがありますニコニコ お寺の伝記によると御本尊の地蔵菩薩は700年前の出水時、幸田川に流されてしまい、村の人たちが引き上げ安置し、その後この地域では火災が起こらなくなったとか。そして七福神では弁財天が祀られています。弁財天は弁舌・音楽・学問・智慧(ちえ:物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力)などを司る学問の神様で、かつ、七福神の中では唯一、女性の神様=女神です照れ

こちらが弁財天。“愛嬌を示し”と解説されていますが、はて、どうでしょうかウインク 「水の神」として日本神話に登場する市来姫(いちきしまひめ)と同一神としても信仰されているそうです。

そしてワタクシ、“弁財天”であるから¥の神様と早とちりして、“¥、宜しくお願いしますお願い”なんてお願いしちゃいましたwニヤニヤ 大変失礼いたしました滝汗 しかし弁財天は、七福神の起源であるインドでは先に説明されている神様なのですが、日本においては財福の神としても信仰されていることもあるようでして、あながち、間違えではなかったのかもですねウインク

「松戸七福神めぐり」、紙面編集の都合で2回に分けて掲載させて頂くこととしましてニヤニヤ 次が前編の最後となる4つ目のお寺で、中金杉にある「医王寺」ですニコニコ 先ほど訪れた「華厳寺」からは距離にして300m。5分とかからない場所にあります。ここも住宅街の中にあり、うらびれ感は全くありません。「医王寺」は江戸時代初期の寛永年間に創建されたお寺で、本尊は不動明王です。創建当時、疫病が流行していたこの地域に越後から不動明王を背落った僧侶がやって来てこの不動明王に祈願したところ疫病を鎮めることができ、不動明王をお祀りすることになりました。特に信仰の厚かった高木治右衛門が現在の境内にあたる土地を寄進し、堂宇を建立し病を鎮めたことから「医王寺」の名前が付けられたそうです。

寺院の入り口にありました力石。娯楽が乏しかったということで、この石を持ち上げることが村の若い衆の楽しみだったとか口笛しかもなんと昭和初期まで使用されていたようですびっくり ちなみに重さは30貫。一貫は3.75キログラムですから112㎏滝汗 そりゃ、力自慢が集うwな💪

!!確かに100㎏超級の石ですねグラサン

破魔矢の形をしたおみくじがありましたので、引いてみましたビックリマークするとなんと、“ダイヤモンド富士おみくじ”とおんなじ「中吉」びっくり chuならぬ中吉、深いご縁を感じたのでした照れ

そして「医王寺」にあります七福神は毘沙門天。毘沙門天はインドの神様で多聞天とも言われた仏教四天王のお一人。左手に抱えている塔は84000の宝蔵、十二部教の文義を表し、右手に持つ剣は宝棒。悪霊を退散させ財宝を授けるとされていますニコニコ

「松戸七福神めぐり」、前編は「徳蔵院=寿老人」「円能寺=福禄寿」「華厳寺=弁財天」「医王寺=毘沙門天」の4寺を回らせて頂きました。後編に続きますウインク