北海道最南端の街、松前町を後にします 国道288号線(松前国道)は、函館市に端を発し、渡島半島の南側をぐるりと回って江差とを結ぶ道。そうです、これからchuは江差へと向かいます。そしてこの江差も函館(若しくは木古内)を拠点にしなければ、長くても一週間の旅行期間では中々立ち寄ることは難しい場所に位置しています。前々から行ってみたかった江差ですが、今回の函館拠点3泊4日の旅でついに実現したのでした![]()
松前国道は、松前町を後にするとその方向を北へと変えていきます。道路の周囲にはこのような風力発電の施設が何十基も建ち並んでいました。この日は快晴かつ無風の、観光には絶好のコンデションでしたが、こうした風力発電施設が設置されているところをみますと、普段は風が強いのでしょう。眼前に広がる海はいつの間にか、津軽海峡ではなく日本海へと変わっています。冬の日本海と言ったら極寒の、そして強風が吹き付けるイメージがありますが、まさにその風が、この羽根を回して電力を創り出しているのでしょう。大概の人には嫌われる強風も、ここでは生活をしていく上では必要な自然の資源なのかも知れません。
「松前風力発電所」と名付けられたこれらの施設は(株)コスモエコパワー社によるもののようです☟
さらに車を進めると、白神岬展望広場で確認できた島が次第に近くなってきました。そしてその少し右側(多分、北西側)にはもう少し大き島も確認出来ます。こちらは松前町に所属する渡島小島。松前小島とも呼ばれている無人島です。貴重な海鳥や植物が群生しているため島全体が天然記念物に指定されており、上陸するには文化庁の許可が必要で、通常は島へ渡る手段はなく貴重な自然が保存されているとのことです。なお。この渡島小島周辺で操業する漁船が多いため、漁船の避難所・休憩所として漁港が設置されているようでして、2017年現在、管理委託された人員が年間50日間ほど滞在するために、松前さくら漁業協同組合が所有する管理小屋と発電機小屋、倉庫とトイレの4つの建造物があるそうです。
お
、海岸線に人影が燃えました
ZoomUpしてみましょう(^^)/ するとなんとあーた、海水浴をしているぢゃあ、ありませんか
ここ、海水浴場なのでしょうか
ふつうの海水浴場に見られるような監視員さんが座っている、ほら、バレーボールやテニスの試合などで審判員さんが座るあれ、あれが見当たらないです
そしてこのビーチパラソル、前々回の拙blogにも記載しましたが、海水浴のイメージはまるでなかった場所なのに、函館のホームセンターではビーチパラソルが売られているとしか思えません
函館のホームセンターでは雪かき用のママさんダンプは販売されているでしょうから、この品揃えは凄い
chuの地元の千葉県のホームセンターには、ビーチパラソルは当然ありますが、ママさんダンプは絶対にありませんからね![]()
そしてこちらが渡島小島の右側(北西側)に見える渡島大島。松前大島とも呼ばれている、やはり渡島小島と同じ無人島。そして日本施政下では最大の面積を誇る無人島との事です。また同島は火山島で、活動が継続しているため人の立ち入りは出来ず、上陸にはやはり文化庁の許可がいるそうです。渡島小島同様、島の近海で操業する漁船もいるため、天候悪化時に備え漁船が避難するための漁港が建設中であり、また渡島大島灯台に隣接した場所には海上保安庁のヘリポートもあるそうです。
奇麗な海岸線が続く日本海と渡島小島。ところでこの渡島小島をめぐってはつい先年のことですがとんでもない事件が起こっていました
Wikipedia様にその概要が書かれていましたので、リンクではなく該当部分をコピーさせて頂きます。
北朝鮮籍漁船による掠奪と破壊行為
2017年11月、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の朝鮮人民軍第854部隊に所属する木造の漁船が当時無人だった渡島小島に侵入。10人の搭乗員が10日間ほどの間に島内の施錠してあった海上保安庁の灯台施設や漁協の管理小屋、発電施設に入り、テレビ、バイク、冷蔵庫など金目の家電製品と1か月分の食糧の全て、燃料を入れていたタンクや衣類等などの多数を窃取し、ボイラーや太陽発電装置などを破壊した。被害額は1000万円に達する。
11月28日、パトロール中の警察のヘリコプターが渡島小島の湾内に不審船が停泊しているのを発見。11月29日、現場に向かった海上保安庁の巡視船が、北海道南部の松前町の沖で木造船を発見。その際、巡視船のすぐそばで木造船の乗組員が掠奪した家電製品などを海に投棄し、その一部を巡視船が証拠品として回収した。木造船は函館港沖に曳航され、任意で聴取がおこなれた。12月8日に木造船を繋留していたロープを切断して函館港沖を1時間余りにわたって逃走したが、追いかけてきた海上保安庁の船に取り囲まれ阻止された。木造船は当初荒天のため渡島小島に一時避難していたとされていたが、12月9日、北海道警察は窃盗容疑で船長ら3名を逮捕した。残りの7人の北朝鮮人のうち1人は腹痛で入院し、6人は入国管理局に引き渡された。12月28日、札幌地検は船長を窃盗容疑で起訴した。2018年3月27日、函館地裁は船長に対し窃盗罪で懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を言い渡し[8]、その後船長ら乗組員10人全員が強制送還された。
いったいぜんたい、何処まで日本国に害を及ぼす気なんだ北朝鮮![]()
ところでトランプ前米国大統領と握手までした金正恩、彼はすがる気持ちで経済制裁解除に期待したところでしたが、ジョン・ボルトン氏など、真っ当な外交ブレーンにより何とか安易な外交展開は阻止され事なきを得ました(しかしその後ボルトン氏も更迭されています
)。今回の米大統領選でトランプ大統領が退場することで金正恩は大きな衝撃を受けたことでしょう。バイデン新大統領が、まるで商売のことしか考えていない損得勘定でしか動かないトランプ外交(注 ボルトン氏の回顧録等から)をそのまま継承するとは思えませんから、金正恩はここにきて大きな政策転換を迫られるのは必至であり、恐ろしいのは一旦は中止していた核兵器開発の再開です。オバマ元大統領は金正恩を正面から相手にしなかったため、結果としてその間に核開発を進める時間を与えてしまった事実は否定出来ません😣 バイデン新大統領におかれては、対北朝鮮対応は喫緊の課題であるということは十分、承知されているのですから(核弾頭を搭載し米国本土まで到達するICBMの完成は絶対に認めない)、経済制裁を継続し、ウオッチをし続けることが肝要です。そして日本人拉致被害者の一日も早い全員の帰国に向けて理解を得てサポートを頂きたいものです。気ままなお出かけblogには異色の内容を綴ってしまいましたが、渡島小島を見ていて数年前の事件を思い出し、そして米国大統領選挙の結果を見て、こう思った次第でした。
もう一度、奇麗な海岸線と自然が豊富な島全体が天然記念物に指定されている渡島小島を見て、気持ちを「旅」へと戻しましょう![]()
さらに松前国道を北上していくと、今度は彼方沖合に平べったい島影が見えてきました![]()
どうやらここは「上ノ国町」に入ったようです。渡島半島にはいくつもの小規模自治体がありますが、どうやら“平成の大合併”での合併は見送られたようです。そしてここからは「檜山振興局」の管内となりますので、今まで函館から南巡してきました「渡島総合振興局」管内の各市町とはエリア、いわゆる属性が異なることになります。
「道の駅 上ノ国 もんじゅ」には展望台もあり、はるか沖合に佇む奥尻島を望みます
そしてなんでも、この付近の海(日本海)には対馬海流が入り込んでいるとのことで、暖流が流れているため北海道にしては温暖な地域なんだとか![]()
そして視界の先に見える「奥尻島」。以前、大きな地震(平成5年7月12日「北海道南西沖地震」)があり、その時に発生した津波により甚大な人的被害が出たことで記憶に残っていますが、その地震は今から27年前のこと。もう「過去」になりつつあります。島では津波に備えて海岸沿いの居住区域を中心に防潮堤を築くとともに様々な避難施設を設置するなど、その時の犠牲を無にしない様々な施策を行っています。今回は日程の都合から奥尻島まで行くことは出来ませんでしたが、島内には豊富なマリンレジャーの体験プログラムを始め、たくさんの観光スポットがあるようです(^^)/ chuは上ノ国町から奥尻の島影を眺め、犠牲になられた方への哀悼の意を表すとともに、奥尻島の益々の発展を祈念させて頂きました![]()
奥尻島について、二つほどリンクさせて頂きます
これらは奥尻島のマリンスポーツの一つです(^^)/ chuが好んで視聴しています「まるごと北海道」(スカパー「旅チャンネル」)
で、進行&ガイドを務めているイラストレイターの手塚越子さんが実際に体験されていたマリンレジャーです(^^)v この辺りは暖流の対馬海流が流れているから、北海道にありながらこのようなマリンスポーツが盛んなのですね😉
(写真は「奥尻島観光協会」のサイトからお借りしました(^^)/)
視界を北側に向けます。こちらは渡島半島の“付け根”の部分。乙部町、せたな町あたりかと思われます
このあたりまでが「檜山振興局」の管内で、それより北は後志総合振興局となります。ところで皆さん、北海道には難読文字の自治体・地名やスポットがが多いのですが、「後志」って読めますか
答えは「しりべし」
読めませんよねぇ…
もち、chuも![]()
さらに松前国道を北上すると、今回のchuの旅の目的の一つでもある軍艦「開陽丸」のマストが見えてきました
江差町に入ります。そして江差町には「檜山振興局」がありますので檜山エリアの中心です。
さらに近づくと、艦船のマストだということが分かります(^^)v
こちらが江差町の中心街。「檜山振興局」もこの写真の中にあります(^^)/
そして遂に到着しました
軍艦「開陽丸」です![]()
「開陽丸」についての説明はWikipedia様にお願いしちゃいましょう![]()
素晴らしい軍艦…いえ、姿形ではなくて、その戦い抜いた“生き様”にとてもとても感動しています![]()
「開陽丸」は徳川幕府最後の軍艦。徳川家臣救済のため「蝦夷共和国」樹立を夢見て榎本武揚らは「開陽丸」をはじめとする艦隊を率いて品川沖を出航、蝦夷地へ向かいました。そして無事、上陸を果たせた榎本軍は箱館「五稜郭」を占領し、松前「福山城」を落城させます。しかし進軍する陸軍援護のため江差沖に到着した「開陽丸」は突然の暴風雪に遭い志半ばにして座礁、沈没してしまったのです(>_<)
ですがもし、この軍艦がこの江差で座礁することがなかったら、時代は今とは異なっていたのかも知れません。それほど貴重かつ歴史の転換点にいた、否、歴史を動かしかねなかった艦船であったと、chuは確信しています
そうです、今回の函館の旅での一番の目的が開陽丸訪問だったのです
☟
ところがここでもコロナ禍の影響が(>_<) 艦内にはいろいろなことが体験できるプログラムがあるのですが、その全てに制限がかけられていました![]()
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徳川家の「葵の御紋」
軍艦に乗り込むのは戦闘員。そしてこちらがベット。ハンモック体験、とネーミングされたプログラムでして、本来ならばこちらでも仮眠体験が出来たのでしょうが…(>_<)
“寝ています 起こさないで~”とありますが、死んでるんぢゃないですか
乗員数は最大で500名![]()
船内の説明が色々ありまして、貪るように読みましたchuです![]()
「開陽丸」には後に追加されたものを含めて35門の大砲が装備されており、その内の18門は「16インチセンチクルップ砲」という強力な威力を持ったものだったそうです。
こちらは、開陽丸が座礁し、やがて沈没していく様子を見ていた土方歳三が、嘆きながら拳で近くにあった一本松を叩く姿を再現しているフィギアです。その時の歳三は、涙していたそうです![]()
ぜひ、こちらも覧ください☟(こちらに掲示されていましたQRコードで読み込んだサイトです)
http://www.kaiyou-maru.com/qr/qr41.html
さらにZoomして撮影。歳三の気持ちかchuにも伝わり、涙でシヤッターがブレてしまいました![]()
艦内には「蝦夷共和国」幹部らによる作戦会議の様子も再現されていました。
こちらが土方歳三。残されている写真のイメージとはちこっと違うかな(^^ゞ
☟とっても短く紹介されていますが、これでは土方歳三の生涯…「誠」と「義」を貫き通した人間性を分かりきることは出来ません。歳三を取り上げた書物は数多くありますが、やはり司馬遼太郎著の「燃えよ剣」が一番、歳三の姿を現してくれているのでは、とchuは思っています![]()
こちらは「蝦夷共和国」総裁に就任する榎本武揚。明治の時代になった後も、外交官、政治家として活躍されています。ここでchuが思うのは、例えば…例えばですが歳三が生きて終戦を迎えていたとして、似非官軍に囚われていたら、後に許されて明治の時代に活動していたのでしょうか…。いえ、それはないでしょう。何故なら新選組局長の近藤勇は千葉の流山で捉えられた後、即座に板橋の刑場にて斬首(武士の名誉を保った切腹ではなく、罪人扱いです(>_<))されていますので、歳三にも同様の措置がなされたことでしょう。しかし歳三は、生き残ることを恥と意識していましたからこそ、一時、恭順論に傾きかけていました榎本武揚らに反旗も翻していました。歳三は、降伏による生きたままの投降を潔しとせず、死に場所を求めて一本木門へと進み出たのです(「北海道紀行」Vol.48を御参照下さい)。そしてこの時、新選組を極端に憎んでいたのは西国藩です。二度の長州征伐を受け、西国は新選組や、そのスポンサーである會津藩を脱兎のごとく嫌い憎んでいましたが、そもそも天子様に矢を向けたのは南北朝の後では長州藩しかいないのです。不敬罪どころか天下の大罪であったにも関わらず、新政府が出来た途端に明治維新を成し遂げた偉大なる藩となっていることに、“勝てば官軍”以上に、“歴史は勝者が語る”をものの見事に証明しているものだとchuは思います
これこそ、「ワンピース」における世界政府に他ならないのですよ
ですが幸いにして、明治維新前夜と言う近世の出来事ですので史実に基づく検証も可能であり、“新選組=人殺し集団”という間違った…否、為政者側が発していた印象操作は、明治から昭和中期まではともかく、それは間違えであり、今では正しく認識されてきているようでしてchuは嬉しいのです
デッキに出てみました。目の前に見えるのが鷗島(かもめ島)です
そしてなんと、こちらには海水浴客が多数
開陽丸記念館の係の方に伺いましたところ、ここは海水浴場なのだそうです![]()
そして海水浴場の開設は8月16日まででしたので、既にその期間は終了しているのですが、この日はご覧のように天気も快晴であったため、たくさんの方がBeachで寛いでいたのでした
知内町のビーチで“え
北海道にビーチパラソル
”と、驚いたのが始まりで、その後も松前町の海岸でも、そしてこの江差では「かもめ島海水浴場」と、堂々とオープンしているぢゃぁ、ないですか
chuは今までの自分の無知(北海道で海水浴なんてあり得ないでしょ
)を恥じるとともに、本当にびっくりしたのでした
そしてもしワタクシが海パンを持参していれば、このビーチに入っていたでせぅ
(今度、夏の函館旅をする時は海パン&ゴーグルは必携ですな
)
こちらは3本あるマストの中で真ん中にあるものの下で万歳するchu(^^)v “土方歳三様 ばんざぁ~い”と叫んだのでした![]()
「かもめ島海水浴場」のBeachから眺めた「軍艦 開陽丸」の全景。繰り返しますが、この艦が不意の暴風雪に遭わず、この江差で座礁・沈没することがなければ、歴史は変わっていたのかも知れません。
次は、「鴎島」に上陸します(^^)v




































