さて、昨日(5月27日)のデーケーム、わが照れ「埼玉西武ライオンズ」VS「北海道日本ハムファイターズ」の観戦記といきたいところなのですが…試合自体は全くもって不愉快プンプン でしたが、試合前にはライオンズレジェンドのお二人によります“甦る名勝負 一打席対決 秋山幸二VS西崎幸弘”さんが登場されました! ですので、今回の拙blogは試合の感想は殆どNothingニヤリで参ります、ですので、必然的shortblogとなりますグラサン

秋山幸二さんは、わがライオンズにへの入団時は内野手登録でサードを守っていました。当時の背番号(一軍昇格後)は24。その後、打撃(打撃だけではなく走塁、そしてのちには俊足を生かした守備も)の良さを買われ、負担の少ない(今からそう昔ではない30年ちょいと前の話です)と思われていた(だから、決してそんなことはないですよ👊)外野手(センター)へとコンバートされました(背番号は1に)。本塁打40本連続で記録し、西武ライオンズ黄金期を築いた一人です。ですが、平成4年の秋、突如、当時「福岡ダイエーホークス」へとトレード…ガーン正午のNHKニュースのトップで報じられました時、chuは“ありえへん”(なぜか関西弁滝汗)とTVに向かって叫んだことを鮮明に覚えています。当時の巷の噂では監督との確執が言われていました…。あれだけ実績のある、チームの顔をトレードで放出するというのは考えられませんでした。あ、当時はまだFAなるものはありませんでしたから。その後、秋山さんは地元(御出身は熊本県です)の九州に帰られ、南海ホークスの後継球団である福岡ダイエーホークス…南海ホークスもパ・リーグの名門球団ではありましたが往年の勢いもなくなり、観客動員も芳しくなく、ダイエーへと譲渡、バブル最盛期の時代でしたが、ダイエーは元々は神戸市が発祥の地でしたが台湾等への海外進出を狙い、地理的に近い九州への移転を模索し「福岡ダイエーホークス」を誕生させた時代。しかし、初期のころは弱かった…。黄金期のライオンズの敵ではなく、確か、16年、勝ち越ししていたハズでした…が、その後、バブルがはじけたのちダイエーは“tooBig too fail”(負債が大きすぎて潰せない→融資しているMaineBankがつぶれかねず連鎖的な金融危機が起きる…が極めて実現化しかねない時代でした)の象徴となり、2018年の今なお、その姿は残しつつも勿論かつての繁栄はなく、平家物語よろしく“盛者必哀の理をあらわす”をなぞることとなりました。かような球団に行かれました秋山幸二さん、ファンとしては涙にくれたものでしたが、そしてその後、ダイエーホークスの後を継いだSoftbanはその豊富な資金を使いまくり、やがて日本最強の球団となりましたのは周知のとおり。そして後に秋山さんは「福岡Softbankフォークス」で監督を務め日本一に輝いているのですから“名選手 名監督に非ず”の例外のお一人でもあります。

 

 西崎幸弘さん 言わずと知れたトレンディエース。とにかくイケメンです(昭和末期、イケメンなる単語はなく、トレンディという言葉が流行りました照れ)。西崎幸弘さんは西武ライオンズのライバルであります「日本ハムファイターズ」(当時はまだ本拠地は東京ドームで北海道への本拠地移転前です)のエース格として活躍されていました。しかしこともあろうに当時の「日本ハム」はもの凄い実績を残されていた西崎さんを、当該年の成績が悪かったからとして、シーズンオフにこれまた、ありえへん、のような翌年契約の条件提示をします。TV映像でしたが、西崎さんがブランド物のセカンドバッグを机に投げ打ち大不満を漏らしていた姿を覚えています。そして、その後わがライオンズへはトレードでいらして下さり、日ハム時代の先発からリリーフエースーへと転身され御活躍頂きましたニコニコ

 

ですので、この日の“甦る対決”は、西武時代の秋山幸二さんと、日ハム自体の西崎幸弘の対決。秋山さんは“25年ぶりにこのユニフォームを着ました!”と仰って下さいました。しかし、秋山さんは監督との確執!?からライオンズを出され、逆に西崎さんは日ハムから考えられないような冷遇を提示され、わがライオンズにいらして下さり、LIONSで選手生活を終えました。う~ん、LIONSを見続け48年のchu、(ですので「西鉄ライオンズ」時代から応援している筋金入りなんですよウインク) 御本人の本意ではなくチームを去り、また、御本人の本意ではなくチームにいらした…chuはこの偉大なお二人はその後、ホークストライオンズとで御活躍されましたことは当時も今もリスペクトしております(^^)v

 

そして今日、この日、お二人のお姿とお話を聞かせて頂くことが出来、とっても嬉しかったです照れ

秋山選手👇

西崎選手👇

秋山選手、懐かしき当時のライオンズユニをまとい、当時のチームメート、辻監督と談笑していました👇

公式戦の開始前、“甦る対決”です!! 投げるは西崎投手グー

対するバッターは秋山選手グー

そして結果は…本日の新聞では“見事、レフト前ヒットビックリマーク”と紹介されていましたよグラサン

けど、ショートの源田選手、秋山さんが放ちました打球を“微動だにせず”動きませんでして、その打球はレフト前へと爆  笑 源田選手はグラブに全く触っていないので記録上はヒット!?でした爆笑 けど、この日、かつてのお二人の実績を熟知され、とても楽しみに集まりました超満員の32000人のお客さんは、皆、ことの推移は分かってますので、この日の出来事を“秋山が三遊間を破るレフト前ヒット”と配信しました某スポーツ紙はダメだなぁ…と(笑) みんな、レジェンドの勝負の結果はどうでもいいのですから口笛 chuなら、こう書きます。「西崎投手、いろいろな球種を試しているのでしょうか、秋山選手はバットに当てるのに精いっぱい ですが、当たるとどでかいのを食らうのは 西崎投手、わかってますのでまるで現役の時の試合のように 多くの球種を投げ  あ、秋山選手 打ちましたビックリマーク ショート 源田は!? ありゃ まったく動きませんビックリマーク いえ、LIONSの、日本球界のレジェンドが放った一打に、身体が硬直してしまい、足がすくんで動けなんったんですね…記録はヒット。ですが、これだと西崎投手にも気の毒ですねぇ…  これは両者の勝利、ということで行きましょうよクラッカー」 そう、“打ったはったはこの際、どうでもいいんです。 秋山さんと西崎さんの顔合わせで、お二人は現役時代、好敵手と言われていた時を思い出し そしてそれを覚えているファンの皆さんが喜んで下されば もう何もいりませんからニコニコ

 

 

ほら、秋山選手が“ヒット”を打ちました後には、パ・リーグのみならず日本プロ野球の一時代を築かれましたお二人ががっちり握手でございます拍手拍手拍手

この日の試合は、結果として試合前のこの素晴らしいプログラムがこれが全てでしたwニヤニヤ

けど、撮影してありますので一部だけ(-_-;)

chuは夜勤明けでして、普段とは異なるアクセスで西武ドームを目指しました。こちらは「西武新宿」

駅でございます(^^)v

そして、こちらが「西武球場前」駅周辺、これ、試合開始2時間以上も前ですが凄い人です。

試合前のレオ君 この後、どんな試合展開になるのかはつゆ知れず…(-_-;)

けど、球場は盛り上がりましたね、両チーム、見せ場が多々。ございましたからドクロ

この日、超満員の32000人強でした(^^)v(月曜日発表)

chuは実は西武球場は1塁側が好き照れ だって、LIONSが所沢に来てくれて、今年で40周年だけど30ん年は、ずっと1塁側がホームで、そう、chuもずっと1塁側の景色がインプットされているので、3塁側から見る景色よりも1塁側から見る景色の方が、実は好きなんですよウインク

👇超満員でございましたニコニコ

 

そしてこの日の結果は…同一カード初の3連敗でした(>_<) しかも“ありえへん”のような試合展開。6点先制をひっくり返されてしまいましたからゲッソリ 皆さま、最後までご覧頂きありがとうございました(^^)/゜