刹那-the Everyday Messiah- -4ページ目

刹那-the Everyday Messiah-

紡がれた言葉が、刹那でも皆様の心に残れば……

「私は、昔それなりに有数の権力を持った貴族だったの。女として産まれた私はいづれ大きくなったら父の出世の道具としてつかわれることは目に見えていた。政略結婚として全く知らない、好きでもない貴族の男と結婚させられて、新しい男の子を産むことを求められる。父の性格なら、もし私が男子を産むことができなかったら簡単に切り離すだろうと思った。それが我慢できなかった。一生父の掌の上なんて、絶対に嫌だった」

姉はグッとこぶしを握り締める。

「だから、禁忌を犯すことにしたの

「禁忌……?」

俺が呟いた。

男の顔がさらに険しくなる。

姉がそんな男を見ながら言った。



人工授精



沈黙が部屋を覆った。

男の部下は愕然としていたし、男は憤怒の表情で姉を見ている。

俺に至っては、意味が全く分かっていなかった。

「それって……?」

「本当なら子供を作るためには異性と交わってちゃんと受精するのが1番なんだけどね。人工授精とは、手術で人為的に受精することなの」

「だが、この国では禁止されていた」

驚いたことに、言葉を繋いだのは男だった。「生命の営みを愚弄する行為だとか、神に背信する行為だとか、うさんくさい理由でな」

「私はそれそかないと思った」

姉が再び話し始めた。

「この国には、人工授精を禁忌として定めているにも関わらず、成人を迎えた男子の精子を国に提供する法律があるの。だから、準備はそんなに難しくなかった。私は最も信頼できる医師にお願いして、手術をした。結果は無事成功して、私は子供を身ごもることができた。

だけど、それが思ったよりも早くバレてしまった。1ヶ月もしないうちに私達は捕えられ、最大の禁忌を犯したとして、私と医師、そしてカルテに書いてあった番号から、提供者として男の家族全員の名前を剥奪し、その家族の当主は処刑された。……その提供者が、このなのよ」

姉が自分に銃を突き付けている相手を指さした。

男の顔は、もはや怒り以外感じることができない。

「……13年前、成人になったばかりの俺は当主を継ぐ儀式が直前まで迫っていた。政略とはいえ、俺は妻を心から愛し、子供にも恵まれた。このまま幸せな人生を過ごせると思っていた。……それなのに!!」

「私は逃げなかった」

姉が男の話をさえぎった。「父の死を見た後でも、私は子供を産むつもりだった。母から後押しを受けて、私は医師と共に地下に潜って男の子を産んだの」

そう言って、姉は俺を見る。

今まで見たことない、涙と共に。

「それが、あなたなのよ

何も言えなかった。

そうだったんだ。

俺は国の禁忌によって産まれて来たのか。

姉の――母の、子供に対する愛情と、確固たる意志によって。

だけど、聞きたいこともある。

「……どうして、俺を孤児院に捨てたの?」

母が辛そうに顔を歪めた。

「それしかできなかった。産んだあなたをちゃんと自分の手で育てたかった。だけど、その前に他の名前を失った家族の生活を少しでも安定させることが必須だった。名前がない以上、固定職に就くことはできないから、何人かは出兵した。病気にかかっても、名前がないから病院に行くこともできない。13年の間に、本当に多くの家族を見殺しにしてきた。それでも、私はもう一度我が子に会えることを心の支えにして、必死に働いた。ようやく迎えに行けるころには、13年も経っちゃったの」

「…………」

聞いているだけですごく伝わってくる。

母の、俺に対する想いの深さが。

「…………そっか」

本当に多くの人が犠牲になった。

それでも、母は俺を愛してくれていた。

その愛の深さが多少度を越していることくらい、何となく分かる。

だけど、誰にも愛されていないと思いながら孤児院で過ごしてきた俺にとって、関係がなかった。

母に愛されていたということが、何よりも嬉しかった。


「……そろそろいいかな」


母の後ろから声が聞こえた。

ほぼ同時に母は俺を横に投げ飛ばした。

そして、その瞬間がスローモーションのように映った。

母は、最期まで俺に微笑んでくれていた。

そして、一言だけ、何かを呟いた。

その言葉を理解した直後、俺が手を伸ばした直後


姉の頭を銃弾が通り抜けた

「あなたは……?」


状況が全く読み込めない。

先程姉から聞いた事実。

そして、突然現れた男が言い放った言葉。


俺の子だ


理解することを体が拒絶していた。

俺の親は、13年前に孤児院の前に赤子だった俺を捨てたはずだ。

せめて親代わりと言えるのは、俺を引き取ってくれた姉妹だけ。

だから、今更親だと名乗る人が現れたところで、動揺するしかないのだ。


男は後ろに控えていた部下に顎で指示する。

銃を持った部下が2人、俺と姉の横を通り過ぎ、遺体となったの側に駆け寄る。

目で追うと、虚空を見つめる瞳が見えた。

怖くなって、急いで目を逸らす。

男と姉はただ無言でにらみ合っている。

特に男の方は、姉を今にも殺そうとするかのように非常に殺気立っている。

銃口を姉の頭に突き付けたままだ。

やがて、部下が男のところに戻ってきた。

1人が男に耳打ちする。

話が終わると、男は再び銃を姉に向ける。

そして、冷淡な声で問いかける。


あれを殺したのは貴様か


「えっ……」

何を言っているのか、一瞬理解できなかった。

姉が……殺した……?

まさか……

「バカ言わないで。実の妹を殺すわけないでしょう」

姉が即座に答えたが、俺はそれを信じることができなかった。

妹とは血が繋がってないと、先程姉本人から聞いたばかりだから。

「貴様ら、血が繋がってないそうだな」

男が嘲笑する。

「随分と美しい姉妹愛じゃないか。なぁ、そう思わないか」

後ろの部下2人も姉を笑っている。

そんな場合じゃないと分かっていても、俺は怒って部下2人をにらみつける。

視線に気づいた部下たちが笑うのを止める。

それに気付いた姉がそっと頭を撫でてくれる。

そして、じっと男を見据える。

「そろそろこの子にも話そうと思うの。この子が産まれた理由を

部下が銃を構えようとするが、男が手で制す。

自分は銃口を向けておきながら、あくまで姉の話を聞くつもりらしい。

姉はいつものように優しい笑顔を向けてくる。

俺は、緊張してうまく笑い返せなかった。

姉が俺の目を見ながらゆっくり語りだす。

大事な人だった 君は笑ってた

悲しいときでも あぁ 笑顔のままで


どこにいるの?電話越しに聞いても

「探してみて」見つけられずに……


降り続く雨の中で涙が消えない

傘も差さず叫んでみても君に届かない

「またね……」


かくれんぼしてた 雨の日の午後

早く見つけられたら あぁ 間に合ったはずなのに…


このまま死ぬことだけ考えてた

渡されたのは柔らかいタオル


降り続く雨の中で涙が消えない

なんでだろう?嬉しいんだ…遠回しの約束

「またね……」


降り続く雨の中で涙が消えない

変なあだ名付けられたらどこか可笑しくて


降り続く雨の中で涙が消えない

もう一度会えるのかな?「雨降り」の自分に


またね……

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いかがでしたか?

今回は藍雨さんの読み切り「雨降り」の青年・雨降りさんについて書かせていただきました!

作中では雨降りさんの過去は書かれてなく、想像して書いてくださいと言われたのですが、どこまで想像していいのか分からなくて(゚_゚i)

何日か寝かせて、雨降りさんの姿がぼんやりと見えだしてから書き始めました


最後は主人公の夏木くんとのシーンをイメージして書きました!

悲しい中で光が見えていれば幸いです


近いうちにまた藍雨さんの小説を詞にしてみようと思います

ではでは

息子さんと2人で話がしたいと、先生が母を一旦待合室へ送っていった。

母はまだ先生に何か言いたそうだったが、先生に導かれるように出て行った

「……ふぅ」

母が出て行って早々、的場先生は深く息を吐き出した。

『すみません。うちの母が』

俺の言葉に、先生は苦笑する。

「いやいや、謝らなくていいよ。今日も君のお母さんは息子思いだと思っただけのことさ」

『迷惑はしてるんですけどね』

「コラ、そういうことを言うものじゃないよ」

この会話、成立しているようで成立していない。

まず、前述のように俺の病名は「失声症」だ。

ようするに、喋れない。

なぜ俺が先生と会話できているかというと、答えは簡単。

母から買ってもらった大画面のタッチパネル型の携帯端末に文字を打ち込んでいるからだ

もっとも、俺は携帯があるからいらないと言ったのに押し付けられただけだ。

最初はもちろん手話も考えたが、どこからか1,2週間で治ると聞いてきた母が買ってきたのだった。

だから、2ヶ月の間、俺はこの端末を使って人と話している。

『昨日、話しかけられました』

「ほぅ、誰に?」

的場先生が興味深げに聞いてくる。

『知らないおばあさん。車いすに乗ってて、男の人が押してた』

「ああ、多分315号室の吉沢武子さんだな。息子さんも昨日来てたんだ」

たわいもない話。

それが的場先生の治療法だった。

カウンセリングとは名ばかりの、世間話。

だけど、俺には最適の診察だった。

先生はどんな話題も真剣に聞いてくれた。

気が付けば、俺は親に対する不満や息苦しさを話してしまっていた。

それさえも、先生は受け止めてくれた。

それだけで、心が軽くなった。


今日も先生と話をして自分の病室に戻る。

廊下を歩いていると、窓ガラスから眩しい陽射しが頬を射してきた。

無理しない程度でいいから外には出てほしいと先生に言われていたことを思いだし、外へ足を向けた。


時刻はそろそろ11時になろうかという頃

俺は昨日と同じベンチに座っていた。

誰かに話しかけられたりしないように、売店で雑誌を買ってきた。

周りはパジャマを着た人が何人か歩いていたが、話しかけてくる気配はなさそうだ。

「…………」

つい、周囲を気にしてしまう。

陰口を言われていないか

あの人何してるんだろうと、笑われたりしてないか

癖で、つい気になってしまう。

元から内向的だったのが、失声症になって話しかけられることが怖くなってからは、人見知りにさらに拍車がかかってしまった。

「…………」

限界を感じ、雑誌を閉じる。

やっぱり、人に話しかけられるのが怖い。

立ち上がろうとしたとき、ふと視線に気付いた。

俺のすぐそばで、車いすに座った女の子がじっとこっちを見ていた。

思わずこっちも固まってしまう。

何秒間か硬直した後、女の子はにっこりと笑った。

(まさか……)

俺は一瞬で女の子が何をしようとしているのか分かった。

それが、今の自分が一番受け入れたくない、だけど、世間からすれば当たり前な行動。

つまり――


「こんにちは!」


満面の笑みを浮かべての、挨拶だった。

誰かのことを知ろうとして 自分のことは知らんぷりで

いつのまにか僕の心が分からない


僕は何だろう……人間?機械?

誰かのことを想っていても

面白いくらい僕の心は動かない


少しでも理解しようと歩んでも少しも近寄れてはいない……


傷つけば傷つけばまた分かり合えるかな?

この心が壊れるくらい涙を流したいのに……流せない

どうして?どうして素直になれない?

もう何も……感じられない


僕は何だろう……機械?人間?

繊細すぎて複雑すぎて

何を求めているかさえ分からなくて

壊れてフリーズして再起動……とかできたらどんなにいいだろう


傷つけば傷つけばまた分かり合えるかな?

この心が壊れるくらい涙を流したいのに……流せない

どうして?どうして素直になれない?

もう何も……感じられない


傷つけば傷つけばまた分かり合えるかな?

この心が壊れるくらい涙を流したいのに……流せない

どうして?どうして素直になれない?

苦しくても笑ってしまうんだ


傷つけば傷つくほど心が壊れていく

苦しくても笑っていれば誰かが救われるはずだと……信じていた

どうして?どうして何も変わらない?

もう何も……感じたくない

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いかがだったでしょうか?

今回のテーマは「感情をうまく理解できない苦痛」でしょうか

こういったテーマは、俗にピエロを用いて表現されるものだと思うんですが、自分は他人の気持ちも、そしていつのまにか自分の気持ちすら分からなくなってしまうところを機械(ヒューマノイド)に例えてみました


相手の気持ちを理解できない

そういった苦悩は、誰しもが感じたことがあるのではないでしょうか?


ではでは

視線を受け止めても実体はない

まるで僕が透明になったかのよう

空虚な隙間をうめようとしても

掴めるのは空気ばかりで


途端気付く 消えたあの日

「戻ることなんてない……」


抑え込んだ感情の波がうねって爆発しそうなんだ

破れていた写真を握りしめてもう一度フタを閉めて


崩れかけた自尊心に寄り掛かったら

何もかもがどうでもよくなった

日常を生きることに必死で

いつの間にか順応したみたいな


地雷踏んでお先真っ暗

周りがフェードアウト


響いていた痛みを食いしばってお堅い笑顔をして

誤魔化そうとしても傷は癒えない無理矢理フタを閉めて


「もう二度と……」


苦しんだ過去の僕に告げよう 今はそんなに辛くない

どうしてって?それは秘密さ だけど…時間が教えてくれる


後ろに背を向け 逃げるように前へ進む

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いかがだったでしょうか?


今回は久々に90分で仕上がりました

本当に早いものは早いですね~(^∇^)


今回のテーマは「喪失や損失に慣れる恐怖」です

例えば腕や足といった躰の一部を失ってしまった人や大切な人を失ってしまった(捨てられてしまった)人へ

そのコンプレックスや引け目を感じ、心が痛むのが嫌だから無理にでも笑って誤魔化そうとする

日常生活ではそれが正しいという場面が往々にしてありますが、それをあまりに続けてしまうと、それは慣れという名の心の麻痺に繋がります

それは本当に正しいのか?という問題提起な詞になっています


できたら、今日の夜に小説も書きたいと思っています

ではでは(^-^)/

起きた瞬間に異変に気付いた。

窓から陽射しと共に煙が目についた。

しかも、そこら中から上がっている。

何より、あちこちから人の悲鳴が聞こえてくる。

それも、この洋館の中からも
「何が起こってるんだ……?」

外から何かが爆発する音が聞こえた。

ほぼ同時に悲鳴が再び響く。

俺は震える体を鼓舞しながら、ガウンを羽織り、ベッドから出る。

怖いけど、そんなことも言ってられない。

館の中からも喧騒が起こっているということは、姉妹も巻き込まれている可能性が非常に高い。

ここのただ一人の男として、寝ているわけにはいかなかった。

勇気を振り絞ってドアのノブを回す。


部屋の外は、まるで地獄絵図だった。

館中から血の臭いがする。

周りを見てみると、全く知らない人が何人も倒れている。

全員頭や腹から沢山の血が流れている。

駆け寄ろうとしたが、すぐに思いとどまった。

血の量から、無知な俺でも手遅れだということに気付く。

「あ…………」

怖くて震えが止まらない。

涙と共に、胃の中の物が逆流しようと鎌首をもたげる。

必死に押し込めてフラフラと姉妹の部屋へ歩いていく。

死体のそばを通り過ぎる途中で、おちていた銃を拾う。

手にずっしりとした感触がのしかかってくる。

力の入らない両手で構えながら、俺は歩いていく。


絶望が全身を襲った。

やっとの思いでたどり着いた妹の部屋。

そこには、変わり果てたの姿があった。

前から撃たれたのだろうか、妹の躰は機織機の傍に横たわっており、頭から血が流れている。

機織機も、妹の血を浴びていて、明るい陽射しが指す中、赤い色がにぶく光っていた。

あまりの光景に俺はその場にへたり込んでしまう。

「あ…………」

酷い。

世界は何故こんなに残酷なのだろうか。

昨日までずっと俺に微笑んでくれていた妹が

俺のくだらない質問に一生懸命答えてくれた妹が

もう、この世にいないなんて

哀しみと怒りと恐怖から、俺は幾筋も涙を流した。


「……起きてたの」

後ろから声がして、ハッと後ろを振り返る。

が、肩や頭から血を流しながら立っていた。

手には大きな銃を持っており、服もところどころ黒くなっていた。

姉の目が、妹から俺の手へ移る。

俺は銃を持っていたことに気付き、怖くて姉の足元に放り投げた。

「ち違う……!おお俺じゃ……俺じゃな……!!」

「大丈夫よ、分かってるから」

姉はそう言うと、俺を優しく抱きしめた。

だけど、安心するどころか姉からかぎ慣れない血の臭いがして更にパニックになる。

「そんな顔しないで。あの人を殺したのは私じゃないわ」

「あの人……?」

「今この国はね、反乱が起きているの。この国は犯罪を犯した者やその親族、国にとって何か都合が悪いことをしてしまった、もしくは知ってしまった者の名前を没収する制度があったの。それはもうあなたが生まれてくるずっと前から。そうして親に捨てられて名前が無い人たちが大きくなっていって、気付いたら900人を超える人が名前を持っていなかった。名前がないと仕事に就くことも結婚することもできず、奴隷として働かされるか兵隊の斥候として体よく死んでいくだけ。だから、彼らは遂にクーデターを起こした。それが今起こっていることよ」

姉が話してくれたことは納得できる。

なら何故、名前がない妹は殺されたのか

暴走した反乱軍の凶弾に当たったにしては、不自然すぎる。

「ねぇ、どうして死んじゃったの?名前がない妹が、どうして」……」

姉は俺の顔をじっと見て聞いていた。

そして、姉は哀しげに微笑んで涙を流した。

「そうね……あの人が死んだのは、私が原因なの」

「え……?」

どういうこと?

そう聞く前に、下から大きな音が聞こえた。

まるで、鍵のかかったドアを蹴破ろうとしているかのような。

姉は一瞬耳を澄ませると、すぐに俺に向き直った。

「もう時間が無さそうだから、教えてあげる。どうして私があなたを家族として迎えたかったのか、どうしてあなたを産んであげるって言ったのか」

目を見開いた。

それは、ずっと気になっていた。

どうして俺を引き取ったのか。

産んであげるって、どういう意味なのか。

だけど、知ったらこの関係が崩壊する気がした。だから、聞けなかった。

それが、ようやく聞ける。

何かが突き破られる音がしたが、それがとても遠くからに感じられた。

「まず最初に、私とあの人は血は繋がってないの

「えっ……?」

「そして、あなたは……私の……」

「違うな」

姉の後ろから、乱暴な声が聞こえた。


俺の子だ

大柄な男が、姉の頭に銃口を突き付けていた。

連れて行かれたのは、市外の大きな窪地だった。

窪地というより、穴やクレーターに近いものだろう。

周囲を広大な森林に囲まれているにもかかわらず、まるで小惑星が衝突した跡みたいにぽっかりと穴が穿たれている。


俺は、鳳凰と成川先生に連れられ、この窪地にやってきた。

中心で待っていたのは、蛍火だ。

「来たか、坊主」

「ここで、何をするんだ?」

鳳凰が答えた。

「二次試験だと言っただろう。今からお前には戦闘を行ってもらう」

「戦闘……蛍火と?」

「いや、蛍火じゃない」

鳳凰は窪地の上の大きな森林を指さした。

「今、この森の中に2体の放浪者がいる。蛍火に頼んで少し頼んで弱らせてもらったが、今の少年が必死に戦ってなんとか勝てるレベルだ。決して弱くはない」

「……そいつらを倒せと?」

「そうだ。その2体を倒せばいい。制限時間は特にないが、フィールドはこの森の中だ。何か質問は?」

情報を必死に整理しながら、俺は首を横に振った。

鳳凰は歪みを展開し、俺の周囲に緑色の火の玉が現れた。

「……黒川くん」

成川先生が神妙な顔で近寄ってきた。「……頑張ってね」

「……はい」

「水崎さん」

先生の手が、胸元のネックレスを包み込んだ。「黒川くんのこと……お願いね?」

なんだかこそばゆかった。

「そろそろいいか」

俺は鳳凰に頷いた。

鳳凰が手を前に突き出す。

化炎・アグニ

鳳凰が掌を閉じたのと、俺の意識が消えたのは同時だった。

ある日、突然声が出なくなったら、あなたはどうしますか?

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「…………」

俺は病院の外庭にいた。

ただ、別に病院にいるからといって、車いすに座ったりギブスをはめているわけでもない。

俺に異常があるのは、もっと別のところだ。

「おはようございます」

車いすにおばあさんが挨拶をしてきた。

いすを引いているのは息子だろうか、彼もこちらを見ている。

俺はつい習慣で挨拶を返そうとする。

「…………」

だが、口を開こうとして思い出す。

俺が入院している理由を。

俺は何も返さずに一目散に病室へ戻る。

個室である病室へ入るなり、ベッドに丸くなり、布団をかぶる。

「…………!!」

そして、体を震わせて泣いた。

病院へ入院して2ヶ月。

俺の病気が治る気配は、未だになかった。


「桜井雅哉くん、18歳」

母と先生が話している。

「症状は失声症

担当医師の名前は的場吾郎。

心療内科の若手医師である。

「先生、本当に雅哉は声が出せるようになるんでしょうか」

「大丈夫です、必ずまた喋れるようになりますよ」

「でも」

母はポケットから携帯を取り出す。

「サイトで調べたら失声症は1,2週間で治ると書いてあるではないですか。雅哉はもう入院して2ヶ月ですよ。いくらなんでも長すぎではないですか?」

的場先生は冷静に返した。

「それはあくまで1個の見解にすぎません。心因性失声症というのは患者の精神的圧迫――つまりストレスから起きる病気です。つまり、声が出るようになる速度も患者しだいなのです……残酷な話ではありますが」

先生がこちらを見たので、俺は小さく首を横に振った。

「先生は、雅哉が弱い人間だとおっしゃるんですか?」

「もちろん違います。先程も言ったように、失声症は患者のストレスが原因で起きる症状です。なら、患者のストレスを少しでも減らしてあげることが一番の治療法でもあるのです。我々にできることは、患者の負担を小さくても軽くしてあげること」

「じゃあ……」

「はい」

的場先生がゆっくりと立ち上がる。

「雅哉くんが治らない理由は私にもある。本当に申し訳ありません」

そして、頭を下げる。

ズキリと

俺の心が鈍い痛みを放つ。

(違う……)

先生は悪くない。

的場先生は本当に優しくしてくれる。

治らないのは俺の努力が足りないからだ。

だから、母さん

お願いだから……

(先生を責めないであげて……)

そうすぐ後ろにいる母に言いたい。

だけど、言えない。

俺は喋ることができないから。

悔しくてたまらない。

だから、目で訴えるしかない。

俺は首を後ろに向けて、うるんだ瞳で母をにらむ。

だけど、母がそれに気付くことはなかった。

雪が包む 悲しい景色

夢であればと誰もが望んだ現実・現状

疲れ果てても「一人じゃない」ってことだけは忘れないで


暗闇の中 今はまだ見えなくてもいつかまた「光」が見えるはずと

肩を貸しあってもいいから歩いて行こう

もう一度笑えるように希望の糸を紡いでいこう


窓に見える 雫の跡

揺れ動く影 呑み込まれても叫べない声

前向ける程やさしい傷じゃなくても繋がっている


暗闇の中 今はまだ見えなくてもいつかまた「光」が見えるはずと

肩を貸しあってもいいから歩いて行こう

もう一度笑えるように 笑えるように……


細い糸でも紡ぎ合えたら大きな希望になる


暗闇の中 今はまだ見えなくてもいつかまた「光」が見えるはずと

肩を貸しあってもいいから歩いて行こう

もう一度笑えるように希望の糸を紡いでいく


悲しい夜はいつか来るけど

怖がっていたら進めない

大切な「今」を手を取って進もう

光り輝く「未来」へと……

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


3/11

東北の皆様へ

1日でも早い復興を、心から祈っております


Pray

銀城蘇芳