「私は、昔それなりに有数の権力を持った貴族だったの。女として産まれた私はいづれ大きくなったら父の出世の道具としてつかわれることは目に見えていた。政略結婚として全く知らない、好きでもない貴族の男と結婚させられて、新しい男の子を産むことを求められる。父の性格なら、もし私が男子を産むことができなかったら簡単に切り離すだろうと思った。それが我慢できなかった。一生父の掌の上なんて、絶対に嫌だった」
姉はグッとこぶしを握り締める。
「だから、禁忌を犯すことにしたの」
「禁忌……?」
俺が呟いた。
男の顔がさらに険しくなる。
姉がそんな男を見ながら言った。
「人工授精」
沈黙が部屋を覆った。
男の部下は愕然としていたし、男は憤怒の表情で姉を見ている。
俺に至っては、意味が全く分かっていなかった。
「それって……?」
「本当なら子供を作るためには異性と交わってちゃんと受精するのが1番なんだけどね。人工授精とは、手術で人為的に受精することなの」
「だが、この国では禁止されていた」
驚いたことに、言葉を繋いだのは男だった。「生命の営みを愚弄する行為だとか、神に背信する行為だとか、うさんくさい理由でな」
「私はそれそかないと思った」
姉が再び話し始めた。
「この国には、人工授精を禁忌として定めているにも関わらず、成人を迎えた男子の精子を国に提供する法律があるの。だから、準備はそんなに難しくなかった。私は最も信頼できる医師にお願いして、手術をした。結果は無事成功して、私は子供を身ごもることができた。
だけど、それが思ったよりも早くバレてしまった。1ヶ月もしないうちに私達は捕えられ、最大の禁忌を犯したとして、私と医師、そしてカルテに書いてあった番号から、提供者として男の家族全員の名前を剥奪し、その家族の当主は処刑された。……その提供者が、この男なのよ」
姉が自分に銃を突き付けている相手を指さした。
男の顔は、もはや怒り以外感じることができない。
「……13年前、成人になったばかりの俺は当主を継ぐ儀式が直前まで迫っていた。政略とはいえ、俺は妻を心から愛し、子供にも恵まれた。このまま幸せな人生を過ごせると思っていた。……それなのに!!」
「私は逃げなかった」
姉が男の話をさえぎった。「父の死を見た後でも、私は子供を産むつもりだった。母から後押しを受けて、私は医師と共に地下に潜って男の子を産んだの」
そう言って、姉は俺を見る。
今まで見たことない、涙と共に。
「それが、あなたなのよ」
何も言えなかった。
そうだったんだ。
俺は国の禁忌によって産まれて来たのか。
姉の――母の、子供に対する愛情と、確固たる意志によって。
だけど、聞きたいこともある。
「……どうして、俺を孤児院に捨てたの?」
母が辛そうに顔を歪めた。
「それしかできなかった。産んだあなたをちゃんと自分の手で育てたかった。だけど、その前に他の名前を失った家族の生活を少しでも安定させることが必須だった。名前がない以上、固定職に就くことはできないから、何人かは出兵した。病気にかかっても、名前がないから病院に行くこともできない。13年の間に、本当に多くの家族を見殺しにしてきた。それでも、私はもう一度我が子に会えることを心の支えにして、必死に働いた。ようやく迎えに行けるころには、13年も経っちゃったの」
「…………」
聞いているだけですごく伝わってくる。
母の、俺に対する想いの深さが。
「…………そっか」
本当に多くの人が犠牲になった。
それでも、母は俺を愛してくれていた。
その愛の深さが多少度を越していることくらい、何となく分かる。
だけど、誰にも愛されていないと思いながら孤児院で過ごしてきた俺にとって、関係がなかった。
母に愛されていたということが、何よりも嬉しかった。
「……そろそろいいかな」
母の後ろから声が聞こえた。
ほぼ同時に母は俺を横に投げ飛ばした。
そして、その瞬間がスローモーションのように映った。
母は、最期まで俺に微笑んでくれていた。
そして、一言だけ、何かを呟いた。
その言葉を理解した直後、俺が手を伸ばした直後
姉の頭を銃弾が通り抜けた。