「あ、時間だ」
僕はすかさず、色を変更する。
真向いの仲間も、同じように変色したのが見えた。
途端に、下にいる人間たちがぞろぞろと歩き出す。
……ふぅ、今回もちゃんとできた。
「なに息なんてついてるんだよっ」
と、僕の右隣の仲間が笑った。
「てかお前、口なんてないのによく息なんかつけるよな。怖っ」
「うるさいなぁ。そういう自虐ネタ止めろよな。自分だって一緒なくせに」
すぐに反抗すると、仲間はただ高らかに笑うだけだった。
……そうやって僕らが笑うこと自体、下にいる人間からすれば恐怖でしかないんだろうけどな。
そう、僕は思った。
僕らは信号機だ。
おっと、なんで信号機が喋ってるの⁉なんてナンセンスな質問はご遠慮いただこう。
人間よ、こう見えて機械もナイーブなのだぞ。
僕らは基本4体一組になって人間の作った道路(交差点)に配置されるんだ。
中には2体一組だったりっていう組もあるみたいだけど、僕はそっちに配置されなくてよかったって思う。
だって、ずっと向き合いながらというか見つめあいながら仕事するの……恥ずかしくない?
あ、でも何体かは成績が良くて大きな道路に配属された上に矢印ライトまでつけてもらったんだって。
いいなーそれ。信号機の世界ではエリートの証なんだよっ。
あ、僕?あはは~、普通の信号機だよ。
平均的過ぎて、普通にどこかの交差点に配置された、ただのしがない信号機。
でも、僕の組のみんな優しいから、仕事もすごく楽しいんだ。
さて、今日もがんばるぞ!
「ここの仕事って超たるいよなー」
そんなことを言い出したのは、例の右の仲間だ。
正直、彼が一番口数が多い。
「何を今更なことで文句言ってるの」
そう言うのは僕の真向いの仲間。どうやら、彼というより彼女らしい。
「ここの配置が嫌だったら、もっと別のところに希望出せばいいのに」
「出しても通るわけないだろ。所詮俺たちを配置するの、人間なんだし」
右の仲間が文句を言った。実際には口はないのに、なぜか口を尖らせているように見える。
それが、なんだかおかしかった。
「だいたい、俺たちの仕事だって人間たちの生活のためだけだろ?俺たちがする必要ないじゃん」
「はいはい、今更なことを愚痴らなくていいからね」
右の愚痴を向かいの仲間が綺麗にシャットアウト。仲いいよなぁ。
なんか、ダメな弟とデキる姉みたいな。
「ほら、時間だよっ」
「え?あっうん」
向かいの仲間に促されて、急いで色を変えた。
ふぅ、僕も大概だなぁ。
いやしかし、右側に笑われるのは癪だな。さっきまで同じように怒られてたくせに。
僕はすねたように顔をそらすのだった。
それは、突然起きた。
いつものように、僕らが仕事をしていた時のことだ。
「あれ?」
僕は小さな違和感を覚えた。
今は僕と向かいの仲間が赤く変色している。つまり、右と左の仲間の下を人間や車が走って行っている。
いつもの光景なのに、何かが違って見える。
下を見回して、ようやく気が付いた。
右側の下、つまり僕の右下に、異様に車道を窺っている人間が見えた。周りに他の人間がいないせいで、その人間の行動が目立ってしまっている。
「どした?」
右の仲間が聞いてきた。そろそろ変色の時間かな。
でも、どうしても下の人間が気になってしまう。
「いや、あそこの人間が――」
それは一瞬のできごとだった。
人間が突然、脇目も振らずに走り出した。まだ青い右側の真下を。
しかし、左の仲間の真下を、猛スピードで車が通り抜ける。そのままの勢いのまま人間に向かって突っ込んでいった。
右側の仲間にぶつかるくらい跳ね上がる体。僕も、右側も、向かいの仲間も固まった。
そのままスローモーションのように落ちていく。なじみ深い交差点に、赤い斑点が浮かぶ。
凍り付いた空気を、左側の仲間が切り裂いた。
「……時間だぞ」
はっとしてすぐに色を切り替える。下が騒がしくなっていたが、僕はもう下を見る気になれなかった。
「これが……事故なんだ」
向かいの仲間が呟いた。僕も小さく頷く。右側も向かいも僕も、顔が真っ青だ。
もういっそ、全員青く変色しちゃってもいいじゃないってくらい。
「あなたは……どうして平気なんですか」
僕は聞いた。自分でも分かるくらい震える声で。
左側は普段無口なのか、あまり会話をしたことない。寡黙というか、淡々と仕事をこなすイメージの信号機だった。
「別に、平気なわけではない」
左側は表情も変えずに言った。
「だが、自分たちにまかされた仕事がある以上、それは全うするべきだと思う。人間が自分たちを造ったのも、人間ではできないことを任せるためだろうからな」
僕は圧倒された。彼は、左側は、信号機として生まれたことに誇りを持っているのだ。それこそ、自分の仕事を愚痴っていた右側とは正反対だ。
なんか、カッコいいなぁ。
「その……なんか、ごめん」
右側がばつが悪そうに呟いた。左側はまた無表情に「気にしてない」と返し、向かいの彼女は吹き出した。
そんな仲間を見てると、なんだか心が落ち着いてきた。自然と笑顔になれた。
この仲間、やっぱり好きだなぁ。
雨が降っても、今日みたいに事故があっても、この3人となら楽しく過ごせそう。
「ほら、時間だよ」
仲間の声がする。
僕も、それに応えるように
今日も色を変えるんだ。