てにをは | レクチャーノート

てにをは

私自身反省させれるところが多かったです。どうも「てにをは」の発音がのびていると自覚できました。

これをしばらく気をつけていきたいと思います。


引用

理知的に見える話し方とは

■「てにをは」を引っ張らずに話す

感情に流されやすい人、なぜか部下から尊敬 されない人は、切れのよい、クール な「てにをは」を心がけましょう。ごく自然 に自らの発言が考えの垂れ流しではなく、考えを「部品(語句)の構成で完成する全体」と見立てて発言するようになります。

切れのいい「てひをは」を発言で発話を構築するとき、脳は理論(発言しようとしている思考 )そのものを「空間認知的に」処理していますので、相手の表情と読み取って感応している暇がありません。したがって、相手の感情の起伏に流されず、自らの発言に専念できるのです。

相手の感情に流されない(びくびくしない)ですむというのは、けっこうな楽なものです。自然に押しが強く、堂々としていられる、いざとなるとどうも気が弱くて、と思っていらっしゃる方、試してください。

型と精神 は一致する。多くの達人たちがそれぞれの分野でそういいますが、話し方の型と精神も一致するものです。感情に流されない理論派になろうとしてディベート 向きのボキャブラリー を増やすよりも「てにをは」の発声 の仕方に気をつけたほうが早いのです。

「てにをは」を引っ張ってしゃべるのは、言語 脳が紡ぎだす言葉 を、そのまま垂れ流すからにほかなりません。しゃべりながら、相手の表情を探り、次の展開を考えているのです。その思考時間を稼ぎ出すために「てにをは」の母音 を引き延ばしているわけです。もしくは、どこかで自分の主張の危うさを自覚していて、文脈の中空白をつくってしまうのを恐れているのかもしれません。

一方、「てひをは」を切れよく話すのは、話す内容とあらかじめ構造化しているからでしょう。ジグソーパズルピース をしかるべき場所に埋めるように、ことばをはめ込む。そうして、ピタ、ピタと語句をはめ込む、その着地を顕在化するものとして「てにをは」の音が機能しているわけです。だから、切れがいいし、リズムが心地よく、決して「それはぁ」だの「要するにぃ」のとひきずることがありません。