好きで20年もイギリスに住んでるんじゃないんだ!と最初は言おうと思ったが
なんか違う。すべては自分の想像と勝手な思い込みと狭い視野だから
そう言えたんだ。僕は僕。オレはオレ。自分は自分。昔の自分と今の自分は違う。
親の言ったことは頭に入れといて、自分の人生なんだから、
自分でコントロールして自分で選択しろ。
昔は補習校という毎週土曜日にある日本人学校に通っていた。
小1から高2(退学)までずっと。もし補習校に通っていなかったら
僕はどういう生活をしていたんだろうか。日本語も話せない日本人になってしまうのだろうか。
日本人なのに日本語喋れないのってなに?それっていいこと?それとも悪いこと?
通っていなかったら、今までできたロンドン在住の日本のお友達とも会えなかったし
そもそもここまで日本語を喋ることもできなかったかもしれない。
それはロンドン在住の大切な日本の友人達にも感謝するし、先生達にも感謝している。
そして親にも感謝している。
中学と高校時代が一番明るくて楽しくてよかった時期だったかな。
小学は暗かった。今こうして昔の自分を見ると、なんだかいろんな思い出が浮かんできて
楽しかったり、切なかったりする。
ほとんどのロンドン在住の日本の友達は帰国子女として日本の大学に行ってしまって
僕やロンドンに残っている数少ない日本の友達はこうしてイギリスで生きている。
みんな大学で、あまり連絡するヒマもない。昔のように戻れたらと度々思ったりするけど
過去を振り返っても意味がない。それは思い出。
「補習校」は単なる日本人学校じゃなく、もう一つの「家」として見ている。
ここでは僕みたいな日本が恋しい人間達が集まっている。と言いたいところだが
それも違ったりする。みんな人それぞれだから。
まあ何が言いたいかというと、小学から大学前までの生活は二つに分かれていた。
ロンドンの日本の生活とロンドンの生活。
現地校、ロンドンの学校では小学(プライマリー)から中学(セカンダリー)
そして高校と予備校(6thフォーム)まで通い続けて卒業した。
現地校での生活は僕にとっては決して楽しい生活じゃなかった。
本当の自分を出す場所ではなく、親の期待のために、いい学校に進行するために、
いい大学に入るために、将来優秀になるため・・・と始めはそうしたが
それもだんだん飽きてきて自分がいやになった。全学年では標準レベルと言ったところか。
けっして特別というわけでもなく、頭がすごく悪いということでもなく、普通のレベル。
変なプライドや勝手な思い込みとかで自分を、本当の自分を出すのが怖かった。
逆に補習校は本当の自分を出す場所でもあって、
中学になると、補習校がだんだん生活の中心となって高校に入ると、
それが格段にエスカレートする一方。今思うと、けっこう危険な行為でもあったりする。
補習校が生活の中心になっていくと、現地校にだんだん行きたくなくなる現象が起こる。
すると現地校での人付き合いもだんだん悪くなって来て、自分の日常生活のバランスも
崩れ落ちて行く。両立するのって難しいな。でも今までしてきたことじゃないか。
感情が激しいのか?反抗期だからか?そういや親には散々迷惑かけたな。
実家に呼ぶ友達や遊ぶ友達もほとんどが補習校の人で
親もだんだんそれに嫌気をさしていた。父親はあまり気にしていなかったけどね。
もともと日本が好きだったみたいで今でも帰りたいみたいだから。
母親はその逆で、海外生活が好きらしい。国語の先生、
バイオリニストとミュージシャン活動で生活している。
中学時代からはメディア(ネット・人から・テレビ・本・漫画など)
を利用しながら日本の情報や流行をがむしゃらにフォローしていて
日本に住んでいる日本人とはあまり変わらなくなってきていた。
高校に上がると日本の大学に行くか、行かないかといろんな日本人の友達と相談していた。
「夢は日本の大学に行くこと。日本の青春を味わいたい」というしょうもない理由で
日本の大学に行きたかった。それはたぶんドラマやネットの見過ぎだと思う。
現実はそう甘くないし、勝手に作った妄想や想像は現実に現れないというのも知った。
読者の皆さんに聞きたい。
あなたは青春を味わったことありますか?
反抗期の時代は
イギリスが嫌だ。キライだ。イギリスにずっと住むなら死ぬほうがマシ。
日本にどうしても住みたい。日本で働いてやらあ。日本の大学に行きたい。できれば高校から・・
と毎日懲りずに親に何回も言ったり、友達と傷を舐め合うかのように愚痴っていたりしてたなぁ。
そう、愚痴ってるだけなんですけどね。

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