若かったころニューヨーク・ブロードウェイで、ミュージカルの舞台を観ることに漠然と憧れていた。それが具体的な気持ちになったのは1996年頃にTVでNHKがNYから中継して放映した、ジュリー・アンドリュース主演の舞台「ヴィクター/ヴィクトリア」を観た時だった。これは1982年にやはりJ・アンドリュース主演で公開された映画のミュージカル化舞台で、ガラスをも破壊する声を持つコロラチューラソプラノの歌手ヴィクトリアが、ひょんなことから“女装の男性歌手ヴィクター”として有名になった事で巻き起こる大騒動を描いた物語。それ迄アメリカについてはカルフォルニアや中西部を旅したことはあったものの、東部NYは行ったことがなかったこともあって、実際にブロードウェイで舞台を生で鑑賞すべくNYへ行くことを決めたのだった。しかしその後「V/V」の主演は「ミクロの決死圏」「恐竜100万年」で有名なグラマラス女優ラクウェル・ウェルチに交代となり、翌1997年の夏に漸くNYに行けた時には残念ながら既に舞台自体もクローズしていた。それでもBWにはまだまだ様々な舞台が溢れている、という事で面白そうな舞台を探して片っ端から観に行くことにしたのだった。しかしBWの舞台公演は原則水曜日を除いて平日は夜8時からのソワレ1回公演のみ。水曜日と週末は昼公演マチネがあるものの、それでも昼間の時間がかなり空くことになる。有名なところを観光するよりは、折角NYまできたのだからと当分日本では公開が先になりそうな映画や、そもそも日本では公開されなさそうなマニアックなインディ映画を探して観ることにしたのだった。
初めてのNY旅行は、タイムズスクエア近くに宿をとることにした。確か到着して2日目の夕刻だったと思うが、42丁目からさほど遠くない映画館でメル・ギブソン主演の「陰謀のセオリー」を観ることにした。映画・演劇が好きな理由の一つとして、スクリーンや舞台を観ている間は現実を忘れることができること。劇場という閉ざされた空間の中では、そこは現実世界から隔絶された異空間となって様々な世界に没頭することができる。しかし幕が下りて一歩劇場から外に出れば、そこには忙しない日常が待っていた。この映画ではM・ギブソン演じる主人公ジェリーはNYのタクシードライバー、ということで劇中NYの街角のあちこちが登場してくる。そしていつものように映画に没入した後で映画館を出ると、当然ではあるがそこは未だ映画に出てきたNYタイムズスクエアの雑踏のど真ん中ではないか。なんだか夢の続きにいるような、現実とも思えないような気分になってしまったのだった。
また自分の人生における映画に位置づけを決定付けた作品が、NYを舞台にしたブライアン・デ・パルマ監督の「殺しのドレス」だった。そしてこの映画は、劇中の映像の細部にまで注目すべきことを教えてくれた。それはアンジー・ディキンソン演じるケイトがメトロポリタン美術館の正面玄関から出てきて、路上に停まったタクシーから彼女を誘う手に気付く長回しのシーンに差し込まれた仕掛けに気付いた時の事だった。そして実際にその場に立ちあの場面を思い出しながら自分の眼で再現してみた時、また現実と夢の境界線に立っているような気がしたのだった。
当時は未だ今の様にネットで簡単に舞台や映画の情報が手に入る環境ではなかったので、ぴあNY版のような雑誌”TIME OUT”の映画・演劇欄を舐めるように読み込んで興味をそそりそうな情報を探し、地図で劇場・映画館の場所を探して出かけて行った。そして見つけたのがアンジェリカ・フィルム・センターというインディペンデンス映画やアメリカ以外の映画を主に上映している映画館だった。マンハッタンはグリニッジ・ヴィレッジにあって地下に6個ぐらいのスクリーンがあったのだが、そのすぐ下を地下鉄が走っているので電車の音が響くのが玉に瑕だった。ここで上映される作品のいくつかは後に日本でも公開されたが、大半は公開されないまま。そんなこともあって、とにかく以降NYに行くたびに先ずここで上映されている作品とスケジュールをチェックするのが恒例となったのだった。「Shall we dance?」(オリジナル日本版)もここで上映されていた。1999年インディペンデンスの低予算映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」が公開されアメリカ中で大ヒットとなったが、この時はアンジェリカのみならずマンハッタン中の殆どのシネコンで上映されるという事態になっていた。
翌年からは少々慣れたこともあって、タイムズスクエアから下った23丁目にあるホテル・チェルシーに宿をとることにした。このホテルにはかつて有名な芸術家、音楽家、作家が住んだ歴史があり、様々な逸話が生まれた場所だった。ボブ・ディラン、サム・シェパード、ジャニス・ジョプリン等が居住し、アーサー・Ⅽ・クラークは、「2001年宇宙の旅」をこのホテルで滞在中に執筆した。70年代を代表するパンクバンド、セックス・ピストルズのシド・ビシャスがここでガールフレンドのナンシー・スパンゲンを殺した事件は、1986年アレックス・コックス監督、ゲイリー・オールドマン主演「シド・アンド・ナンシー」として映画化された。2001年にはイーサン・ホーク監督で、ずばり「チェルシー・ホテル」という作品もあった。また、1994年リュック・ベッソン監督「レオン」では、映画冒頭のレオン(ジャン・レノ)とマチルダ(ナタリー・ポートマン)が住むアパートとして撮影が行われるなど、NYポップカルチャーのアイコニックなホテルであった。という事もあって折角だからと試しに聞いてみたら、そこそこの値段で宿泊が可能だったので泊まることにした。生憎2000年代に入り全面改装して今は高級ホテルとなってしまったようだが、当時はホテルとは言いながら長期居住者が多くいる半分アパートのようなものだった。ロビーから階段、廊下、客室内には地元を始めとした様々なアーチストによるオブジェや絵画が飾られており、インテリア・設備はかなり古ぼけていたが客室は非常に広かった。以降数年の間ここを拠点として、マンハッタンでの映画・演劇まみれの夏休みを送ることにしたのだった。