こたびの安曇野行きは宿泊先が標高1000mほどの高地で、
朝食会場からは見上げればすぐそこに常念岳(2857m)のてっぺんが顔を出している場所。
例によって両親帯同であったのですけれど、
これを見て「凄い景色だねえ」という感慨を漏らしておりました。
「でも、もっと凄いのはあの山の向うだ」というと、「行ってみたい」ということになり、
「上高地には行ったことがないのか」と聞けば「ない」という答え。
んじゃあ、行ってみるかと出かけた上高地でありました。
とはいえ、いささか足元不如意なところには気を使うわけでして
せいぜい大正池から河童橋までなんとかもってくれればと願わずにはいられないわけです。
河童橋だけの往復ではあまりに味気ないので、
せめてこのくらいは歩いてもらわないと行った甲斐もありませんから。
といっても、連れてく本人からして上高地に赴くのはかれこれ30年は経ってますから、
あんまり偉そうなことは言えませんが…。
松本方面から向かうと梓川沿いにいくつも急カーブと長いトンネルを過ぎて、
最終的に釜トンネルを抜けると大正池ももう間近。
ここからはバスの最終ターミナルとなる河童橋の辺りまで散策路があるのですね。
大正池といえば、ここいらに残る活火山である焼岳(2455m)の麓、
かつての噴火のあとと思しき立ち枯れの木々が池の中からにょっきりという景色で有名ですね。
その大正池でありますけれど、行ってみてびっくり。
もやは池とは言えないほどに細っておりました。
今でも、焼岳からの土砂が堆積していっているようで。
その焼岳はといえば、大噴火てな話こそ聞かないものの、
崩落が進んでいて、それが亀裂となってくっきり見えてますですね。
それが流れ込んでいるようです。
自然の景観を保全できるようにと人間が頑張っても
太刀打ちできない自然があるということでもありますねえ。
でもって、こちらは田代池。
こちらもあんまり池の態をなしていないような…・。
霞沢岳(2646m)とのコントラストは素敵な風景ですけれど。
こちらは田代橋からの眺め。
最も上高地らしい涸沢カールが見えてきました。
ここまでで終点の河童橋まで半分の道のりでしょうか。
そしてほどなく、日本山岳史にその名を残すウォルター・ウェストンのレリーフを通り過ぎます。
もしかしたらご存知ない方がおいでやもしれませぬので、
案内板からの引用で少々のご紹介を。
英人牧師ウォルター・ウェストンは、明治21年(1888年)から同28年(95年)までの日本滞在中に槍ヶ岳や穂高の山々を数多く歩き、我が国に近代的な登山意識をもたらし、日本山岳会結成のきっかけを作りました。
清里 も軽井沢 も宣教師あってのその後の展開でありましたけれど、
明治期の近代化はこうした方面にも及んでいたのですよね。
てなことに思いを馳せている間に、さて河童橋に到着です。
穂高の峰がのしかからんばかり。
芥川龍之介 の「河童」はここから取られたのですけれど、
それはともかく何が変わらないといって、ここの賑わいは変わりませんですなあ。
そして、この河童橋を(上の写真で言うと)左から右へ渡って回り込むと、
おお!上高地!という景観が。
最高峰の奥穂高岳は標高3190m。
富士山、南アルプスの北岳に次ぐ日本第三位の高峰でありますね。
静かな山歩きを望む向きは、河童橋の喧騒をよそに
ここからぐいぐいと高度を上げていくのでありましょう。
そちらの方向にかなり後ろ髪引かれながらも、
足元不如意の両親の「よく歩いたね」という満足そうな顔を眺めつつ、
上高地を後にしたのでありました。






