突然、オーケストラ・ボックスから、音楽が湧きあがった。序曲である。
「“詩人と農夫”だな」警部は、遠慮なく言った。「なにか、新しいやつはないのかね」
これは先に読んだエラリー・クィーン「神の灯」
の文庫に併載されていた短編、
「首つりアクロバット」(「首つりアクロバットの冒険」との邦題のが有名かも)の一節。
アクロバットで想像されるようにサーカス
団で起こる事件ですけれど、
引用はサーカスの開幕を告げる音楽が鳴り響く中で、
エラリーの父親であるクィーン警部が呟く一言であります。
そして「詩人と農夫」と言われれば、フランツ・フォン・スッペの曲に間違いなかろうと。
引用の中でも序曲と言われているとおり、
スッペが書いたオペレッタ(オペラか劇音楽の可能性も?)の序曲なわけですが、
早くに中身は失われてどんな話なのか、内容はさっぱり分からないのだそうですね。
それでも序曲だけは生き残って、今も息の長いチェロのメロディを聴かせてくれているわけですが、
それにしてもクィーン警部の言いようは…。
でも、何となく分かる気がしないでもない。
スッペで一番有名なのが喜歌劇「軽騎兵」序曲、そして二番手がこの「詩人と農夫」でしょうけれど、
すっかりポピュラー名曲的な位置を確保している一方で、どうも扱われ方は「軽い」感じですから。
スッペの序曲は華々しくて鳴りもよく、とっても分かりやすいドラマ性を持っていまして、
その分かりやすさは子供でもOKだものですから、「軽騎兵」なんかはミッキー・マウスの
「Symphony hour」(邦題は「ミッキーのオーケストラ」)みたいに
茶化されまくったりしてしまうのではなかろうかと(Youtubeへのリンクはこちら )。
とまれ、スッペの曲はもっぱら序曲ばかりが残っているわけですけれど、
モーツァルト
もロッシーニ
も当たり前にやっているように本編で使われるメロディのさわりをつないで
短くまとまった曲にしてるのが序曲ですから、そのさわりのメロディを聴く限りにおいては
スッペも大したメロディ・メーカーだったのではないかと思うわけです。
さはさりながら、スッペ(1819~1895)の不幸?は
ヨハン・シュトラウス2世(1825~1899)と活動時期が被っていて、
しかも作品がオペレッタや劇音楽に極端に偏っていたということなのかもですね。
シュトラウスにもオペレッタはたくさんあるものの、その中で今に生き残っているのはほんの数曲。
ウィーン情緒濃厚なダンス・ミュージックの帝王であったシュトラウスのオペレッタでさえ、
この状況であることから考えれば当時のオペレッタは(言い方悪いですが)
ほとんど2時間サスペンスドラマのように量産されては忘れ去られていったのではないかと
思ったりするわけです。
その送り手としてスッペがおり、あたかも「火サス」は忘れられても、
「聖母たちのララバイ」を何となく覚えてるように序曲だけが伝えられていったと。
スッペにしても、シュトラウスがいなければもしかして
膨大なダンス・ミュージックを書いていたかもしれませんが、それは想像でしかありませんので、
すこしでもスッペを見直すためには彼の残した序曲に改めて耳を傾けることでしょうか。
それも「軽騎兵」や「詩人と農夫」でない曲、「美しきガラテア」や「怪盗団」、
そして「ウィーンの朝昼晩」、「スペードの女王」(プーシキン
とは関係なさそうです)てなあたりは
どうでしょう。
オペレッタの本体が失われたというと忘れられた作曲家のように、
またポピュラー名曲といってしまうと無名演奏家によるお手軽な名曲集の作曲家のように
思えてしまうところですけれど、いざスッペの序曲を聴こうとすると
かなり大どころの指揮者がまじめに取り上げているのですね。
スッペの真髄は序曲にありてなものでしょうか。
ちなみに今回はカラヤン
盤を聴きながら書いておりましたけれど、
どうもこの演奏は化粧の濃い大年増がやおら舞踏会に登場したふうでしたので、
もそっとあざとくないのがいいかなとは思ってしまいました…。